705. 招待状
タンクラッドの家に迎えに行き、イーアンはタンクラッドと一緒に北西支部へ向かった。
「言えば俺が迎えに行ったのに」
親方に言われる空の道。今日は久しぶりにミンティンで、親方股間座席。
もう。会いに行けば男龍もアレ丸出しだし、ビルガメスにはしょっちゅう、小脇に寄せられるので、全然気にならなくなった(※そういう方々と認めるのみ)。とうとう、あのファドゥまで全裸になってしまったのだ。
男龍に慣れると(=全裸慣れ)親方の股間座席なんて、どーってことなくなるのも不思議である。
タンクラッドは、るんるん。ミレイオもいないし、思いつきは自分を幸せにした。
ミンティンに二人で乗れば、それはもう、最近めっきり減った『約束・股間座席決定』である。
タンクラッド的には、自分のアレが当たること自体は、特に気にしてないので(※『あるんだからしょうがない』の気持ち)イーアンさえ普通なら、馬の二人乗りと変わらない意識。
ただ、馬に乗ると密着度は減る。ミンティンは微妙に1,5人分の座席(←背鰭間)なので密着度が高い。親方はこれを、自然体であると考えている(※天然だから不自然であるとは思わない)。
「呼べと言われて思い出します。連絡球。家が近いと歩くのが普通で、呼ぶのを忘れました」
「そうか。そうだな。イオライセオダはまとまっているから、小道が繋がると早いんだよな」
いろんな町を見たけれど、イオライセオダは何かこう、すぽっと四角い入れ物に収まった感じの町に思う。隙間の道も沢山あるので、どこもかしこも近く思える。
話を変えて、馬車はあとどれくらいで完成するかと訊ねると、親方が言うには『馬車自体はもうじきだな』。途中で抜けるなどなければ、朝から夕方までを繰り返して、残り3日くらいだとか。
「3日。では、3日後の夕方には」
「動かせるだろうな。馬をちょっと慣らしてやった方が良いと思うが。ただ、馬車だけであればの話だぞ。中身が要るだろう。
家具はもう少しかかる。最初に予定した家具は作り終わっているが、優先順位で後回しにした家具はまだあるから」
「私も手伝えますか」
「うーん。どうだろうな。お前は器用だが、木工はあまり馴染みのない分野だろう」
そうかもと呟くイーアンに、親方は『無理するな』と頭ナデナデ。『オーリンがいるから大丈夫だ』あいつは扱い慣れていると話した。
オーリンは弓を作るから、木の扱いには長けている。以前、聞いた話で、オーリンはあの家と工房と納屋一式。中身の家具も全部自分一人で作ったらしかった。重さのある部分や、傾きの確認は仲間も一緒だったようだが、最初から最後まで自分の作業だと言っていた。
そんな話をしながら、見えてきた支部。親方はイーアンの胴体に回していた手を、ぐっと締めた(※親方名残惜しい&イーアン、おえっと言う)。
「またな。こうして乗ろうな」
「親方はもう、バーハラーがいますから」
「もう一度言うぞ。またこうして乗ろうな(※威圧)」
面倒なので、イーアンは抵抗せずにゆっくり頷いた。タンクラッドは満足そうにイーアンの頭をナデナデし、馬車の近くに降りた龍から、イーアンを抱えてひょいと降りた。
目が合うとニコッと微笑む、幸せ親方。このすぐ後に、ミレイオに攻撃されるのだが、それも覚悟した上での満喫をタンクラッドは心に仕舞う。
そして保護者が喚きながら来て、イーアンを連れて行った(※正確には引き離された)。強敵ミレイオ。どうにか攻略を考えねば、とタンクラッドは家具作りを始めながら思った。
「大丈夫だったの。あいつヤラしいから」
ミレイオは馬車の中に乗りながら、イーアンを側に座らせて眉を寄せる。『帰る時、呼んで良いのよ。そんな時間かからないんだし』ミレイオはどうやっても、タンクラッドと二人は避けろと口酸っぱく伝えたい。
「私が止めても、角がどうとか言っちゃってさ。止せって言ってるのに。強行突破しやがって。お皿ちゃんも速いけど、あのエラそうな龍のかっ飛びには敵わないから、あいつ私から逃げたのよ」
ケッと吐き捨てるミレイオは、とにかく馬車にいなさいとイーアンに命じて、自分は奥で作業を続ける。
イーアン。なぜか馬車に縫い物篭があるのを見て、どうしてここにあるのかと思うものの、とりあえず縫い物を始めた。
ミレイオは作業しながら、ドルドレンが朝、クズネツォワ兄弟を送りに出かけたことを教えた。イーアンはそれを聞いて、お別れの挨拶を少し思ったが、昨日がそうだったと考えることにする。二人の明るい兄弟に、心の中でお礼を言う。
それと、縫い物篭はドルドレンが持って来てくれたようで、何から何まで細やかな伴侶に、イーアンは感謝した。
ミレイオはそんな微笑むイーアンを見て『あんたたちって。どっちが女でも、どっちが男でも、何か上手くまとまりそう』と笑った。
他愛ない話を続ける午前。11時も回る頃には、ドルドレンもミンティンで戻ってきた。
青い龍は、時間差で呼ばれていたらしく、①イーアンがイオライセオダへ②ドルドレンが東の支部へ③親方とイーアンが北西支部へ④ドルドレンが北西支部へ、の4度を行ったり来たりしていた(※ミンティン・マイクロバス)。
もう帰るとばかりに、ドルドレンが降りるや否や、ミンティンはつるる~っと空へ上がっていった。青い龍にご苦労様を伝えて、ドルドレンはイーアンの見える馬車に行き『ベルとハイルがこれを』と焼き菓子を一つ渡した。
「甘いのだ。馬車の家族の菓子は、皆全部甘い。一つ食べると元気が出る」
手の平に納まる可愛いお菓子の説明をした伴侶に、イーアンはお礼を言う。それから彼らが『元気で気をつけて』と言っていたことも聞き、笑顔で頷いた。
自分もラグスの家で話したことを伝え、ミニ報告は終了。ドルドレンは、お昼にまた来ると言って、執務室へ戻った。
「それなあに?」
イーアンの片手に乗った菓子を見て、ミレイオが微笑む。イーアンはお菓子を4つに割って、皆で食べた。ミレイオにはウケたが、他の二人には『甘過ぎるだろう』と不評。ミレイオは蔑んだように二人を見て一言。
「コイツらにあげなくて良かったのに。男には甘いとしか言われないわよ」
お前も男だ、と親方とオーリンは思ったが言わなかった(※怖い)。ミレイオはイーアンに『素朴で力強い味』と誉める。イーアンもそう思うので、甘さが強いことはこの菓子に似合うと答えた。
こういうお菓子も。昨日の料理も。旅に出て作れるようになろうと思うイーアン。ベルもハルテッドも、ドルドレンに食べさせてやって、と言っていた。彼らの思い遣りを、自分は叶えたい。
そろそろ馬車に積む荷もまとめる時期に入ったので、調理器具なども可能な範囲で持って行こうと思う。
その話をすると、他の3人はもう、個人の荷造りは終えていると言う。『全体で使うものはね。家具に合わせて選ばないと』ミレイオは、タンクラッドが家具を作った時点で、全員が使うような調理器具や食器など、生活用具を荷造りすると教えてくれた。
お昼になるまで作業しながら、全体で使うものの用意について、意見を出し合い、お昼にドルドレンが食事を運んできた際、荷物の話を早速出した。
「そうなのだ。俺も布団を今日買いに行こうと思っているのだ。スカーメル・ボスカに出て、人数分がまずあるかどうか。在庫があるなら買ってしまうつもりだ」
他にも、洗濯用の盥や縄や石鹸、水汲みの桶、調理用品、掃除用具など、寝具以外でも細かく購入しておく必要があると、ドルドレンはイーアンに言う。
「午後。買い物するのだ。出張届けは昨日出してあるから。家具の容量だけでも分かるだろうか」
イーアンに言いながらタンクラッドを見て、大方の大きさと、収容する品の平均的な大きさや数を一緒に相談した。ミレイオは馬車があるから、手が離せないものの。買い物はついて行った方が良い気もする。
「私も行ければね。割りと正確に購入する数や形が教えられるんだけど」
5人は昼食時、ずっとこの話でかかりきりだった。ドルドレンに、執務の騎士が手紙を持ってくるまでは。
食事も終わるくらいに、壁の向こうから『総長』と呼ぶ、ドルドレンの心臓に悪い声が聞こえた。表情が沈む総長。溜め息をついてから立ち上がり、自分を呼んだ執務の騎士に向かって『何だ』と嫌そうに答えつつ近寄る。
それから短い会話を済ませ、騎士は帰り、ドルドレンは頭を掻きながら一通の手紙を読みつつ、皆の元に戻った。
「来た。何でこう・・・・・ 」
「その封筒は。もしや」
やけに高級そうな封筒を指に挟み、別の指に開いた手紙を見つめる伴侶に、イーアンは手紙の差出人を察する。灰色の瞳を向けた伴侶は、ゆっくり瞬きして肯定した。
「王だな。しかも、パヴェルとホーション家も加わった、夕食の席の誘いだ」
ドルドレンは手紙を読んだ。その手紙自体は王様の招待状だが、別に書かれていた出席者の名前一覧に、全員が目を見合わせる。パヴェルと彼の従兄弟夫婦、セドウィナとその夫、セダンカ。までは、面識はある。が、なぜなのか。知らない貴族の名も他に5組ほどあった。
「誰なの。分かる?」
「いや。全く。議会に出てくる貴族の名前かどうかも。覚えがない」
イーアンは少し目を伏せて、黙ってお茶を飲む。ミレイオはすぐに気がついて、肩を引き寄せ、腕を撫でてやる。『大丈夫よ。私もいる』ね、とミレイオ自身も心配な気持ちを隠して、普通に声をかけた。
「その。他の5組は、全部で何人いるんだ。俺たち5人と、この前の者たち・・・あの女の旦那も来るなら10人だろ?そこに王とセダンカと、そいつら」
「5組は思うに夫婦か、兄弟姉妹だろうな。同じ苗字が2つずつあるから、このとおりであれば10人加わる」
イーアンは行きたくない。聞いているだけで、行く気が失せていく。
フェイドリッドが謝りたい、その気持ちも分かるけれど、こちらはそうした集まりを苦手と知っていそうなのに、どうして人数が増えたのだろうと思った。何か理由でもあるのだろうか。
ミレイオは黙っている。イーアンを片腕に抱き寄せたまま、ドルドレンとタンクラッドの会話を聞き、少し考えているようだった。
オーリンは気持ちが楽。美人も来るし、イーアンは乾燥腸詰が好きだと分かったし。俺は美人を見ていれば良いし、イーアンには肉を食べさせておけば、彼女も具合が悪くならない(※オーリンMyアイデアに微笑む)。
ふと。タンクラッドが眉を寄せて、ドルドレンを見たまま固まった。その表情に、少し驚いたドルドレンがどうしたかと訊くと、親方は『もしかして』と呟いた。皆が彼を見る。
「その、5組のうちの2組は。聞いたことがあるぞ。一つは・・・剣を頼みに来る貴族だ。俺の工房じゃない。イオライセオダの剣工房で請負があって。長く頼んでいる、装飾剣の発注相手じゃなかったか。
それと、もう一つ。どこかで聞いたようなと思っていたが。地主だ。イオライは地域の一部だが、西にかかるフーベックまで。ミレイオのいるアードキーは違うと思うが、あの手前までの地主の名前が確か」
「デイレ・グラハとゴブナイト・グラハ。夫婦か」
「そうだ。そう、それだ、グラハ領と。随分前だな、一度イオライセオダの剣工房を見て回ったことが。採石業者もそうなのかな。貴族の管理する土地に、鉱山があるんだ。もう・・・魔物も出るからと、最近まで稼動していた鉱山は、手前だけだが。
にしても結構な年だぞ、その夫婦。俺が見た時に、そうだな、ジジイくらいだったんだから(※ドルジジのこと)」
タンクラッドが思い出した相手は、地主と剣工房に発注する貴族だったと分かったところから、オーリンが『あ』と一声上げた。
「そういうことか。俺は関係ないけど、鉱山って言われたら俺も聞いたことはある。目灰の鉱山が、俺の家の山より奥にあるんだが、あの向こう全部。あれ?俺たちの方の集落もか?よく分からないけど、いるぞ。貴族。見たことないけど、鉱山には度々顔を出すような、キン・・・何だっけ」
「ラクトナ・キンキートか。マラウ・キンキートと」
「そんなような名前だった。と思う。でも山ばっかだろ?うちの方、税金が安くてさ。そういうのもあったから、あの山の辺にしたんだけど」
オーリンの移住話は税金によると知った面々。少し沈黙した後、ミレイオが『税金。安いっていうけど。それ、人口少ない地域で金取れないから?』東の山の中でしょ、と少し質問する。
「いや。それなりに金は取れるだろ。だってコンブラー弓工房とか、ハイザンジェル屈指だしさ。コンブラー系統の弓職人は、殆どあの地域だ。西は遠いからって、数十年前から剣も作っていたから。鉱山だって、目灰以外の鉱石はある」
ミレイオは、黄色い瞳の男を少し見つめ『それ。お金取らない感じの貴族ってことかしら』そう呟く。オーリンは首を傾げ『知らない』としか言わない。
タンクラッドとドルドレンは目を見合わせて、同じことを考えていることを確認する。その視線はミレイオにも動き、3人はお互いの視線が当たった時、小さく頷いた。
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