704. ラグスに挨拶
昨晩は。結局、お酒の量が足りないとか、飲んだら腹が減ったとか、そうしたことで、全員が支部へ移動して、夕食時間の終わり頃から二次会に入った。
ドルドレンとイーアンは帰りたかった。
だが、送別会じみてしまった分、送り出される自分たちが帰るわけにも行かず。また、タンクラッドも食事が足りないと言うので、夕食を支部で貰ったこともあり、職人たちが帰るまでは一緒に席に居た。
始まるのは早かったから、そうした意味では救いだった。8時を回る頃には、ブラスケッドがタンクラッドと話したがって、ベルとハイルは執務の騎士から部屋の鍵を受け取り、部屋を確認に行ったりと、動きが出てきた。
クローハルはイーアンと話したいと、ねだっていた。話すだけだと何度も言い続けたが、保護者(※刺青パンク)がイーアン座布団から絶対に離れなかった。
愛妻。座布団に変わっている間は安全なので(?)ドルドレンは愛妻に『ポドリックに、俺の後を頼むから』と、話をしてくる旨を告げた。
イーアンは了解し、オーリンがヘイズとロゼールに掴まって『シカの肉なんですけれど』と交渉されているのを横目に、ミレイオの保護のもとで、ちびちび甘いものを食べて、伴侶を待つ。
その間。クローハルはめげない。基本的にめげない人なので、刺青パンクを上手に捌きながら、どうにか話しかけていた。ミレイオもがっちりガードしているため、話は二人きりではないにしても、とりあえずはイーアンに言いたかったことを話せた。
どうしても、でもないけれど。クローハルは、お礼がてら。イーアンと、二人で話したかっただけ。
自分に見慣れた日常以外の、新しい高揚感を齎してくれたこと。
それに気が付く前に、いつも通りの自分で動いていたこと。
でも、手に入らなかったことが良かったのかも、とか。そんなことを一通り、会話で終えた。
親方が、ブラスケッドへの無視を頑張っている限界が近い頃(※友達だけど無視)。クローハルも話は終わりかけ、オーリンも何やら商談が済み、クズネツォワ兄弟も戻ってきた。総長とポドリックも戻り、時間は夜の9時前。
「お開きだ。職人の彼らは、朝早くからぶっ続けで動いている。俺もイーアンも挨拶回りで明日も出る(※ウソ)。ヘイズたちの厨房片付けもあるから、ここらで解散」
こうして、昨晩のプチ送別会は終了した。
職人たちを見送り、家に戻った二人は、お片づけが待っていた。台所はロゼールとイーアンが片付けて出たのだが、居間がとっちらかっていて、それは夜とは言えども掃除したい感じ。
二人で苦笑いしながら、敷布を叩いたり、箒で掃いたり、廊下を水拭きしたりして、どうにか10時前にさっぱりした。そしてお風呂に入り、一息ついてから明日の支度をする。
そろそろ荷造りも始まるから、イーアンは服や日用品を選び、箱に詰める夜。ちょっと意外なものを見つけると、手が止まったりもしたが。どうにかこうにか、11時くらいには今日の用事は全て終えた。
そしてようやく就寝。ドルドレンは食後&酒も飲んだため、これから張り切りどころだったが、振り向くと愛妻は寝ていた(※中年は疲れる)。
そして翌朝。
イーアンは早起きして、倉庫へ。伴侶には前夜にあれこれ伝えたので、朝はちょっと用事を話して、それから動き始めた。倉庫で植物繊維の縄を一つ貰い、工房へ行く。
が、今日は元ダビ工房である。ダビの使っていた工房で必要なものを用意し、覚えている限りで再現にかかる。
一番大事な工程は、どうやっても機械が欲しかった作業。だからダビの工房にある、回転する足踏み砥石の調整をして、砥石が入っている部分を外し、代わりに二つ折りにした、長さのある針金を両端に入れた。
試しに回すと捻れがちゃんと生じたので、イーアンは縄をほぐし、ある程度の長さに切ってから、針金の間にほぐした縄の繊維をぎっちり詰め込み、足踏みの機械で捻りを入れた。
こうして何が出来るのかと言えば。『使えるでしょうか。タワシ』ねじねじねじねじ・・・これは人力でやる気になれない作業。もたもたしていると、挟んだ繊維が落ちるだろう。両手で押さえながら捻らないと整わない。
タワシ初挑戦なので、捻り終わってもブサイク感は否めないが、これはこれで使える気がした。終わった部分をヤットコで丸めて絡ませ、危なくないように押さえると『一応。タワシっちゃ、タワシです』フフッと笑うイーアン。
こんなブサイクちゃんなタワシ、初めて見ました、と笑いながら『まぁ。洗えれば。それが大事です』タワシ初めて作ったのだしと自分を癒す。
片づけをして、砥石も戻して稼動を確認し、イーアンは一仕事終えておうちへ戻った。
「では。行ってきます」
朝食後、ドルドレンは愛妻を見送る。二人で支部で朝食を食べてから、イーアンはイオライセオダ。『ラグスとボジェナに会います』そう言うので、タンクラッドは?と訊ねてみたら『彼は馬車の仕上げです』と言う。
なので愛妻は一人、青い龍に乗って手を振り振り、西の空へ飛び立った。『あれ。多分すれ違うのだ』そうしたら捕まるのではないかと、ドルドレンは首を傾げたが、愛妻はどうにか往なすのか。
自分も本当は出張扱いでどこか行けるのだが、今日はうっかり泊まりやがった、あの兄弟を送らねばならない。イーアンに話しておいたので、9時半を過ぎたらミンティンを戻してもらうことになった。
「龍。有難いことだ」
龍がいると劇的に便利・・・ドルドレンは感心しながら支部に入り、朝の遅い兄弟を起こしに行った。
イーアンは親方とすれ違うことを避けたくて、高度を上げて飛んでいた。ミンティンにお願いして、結構な高さを飛んでいたのだが。
「イーアン」
下から聞こえた、胃袋が縮み上がる声。見つかったら怒られるから、賭けだなとは思っていたが。
ルガルバンダめー!と思う瞬間。降りて来いと、喚くウルサイ親方に(※自分は上がらない)渋々、イーアンとミンティンは降りる。
目の据わったイーアンと青い龍に、親方は朝っぱらからお説教をかます。イーアン・センサーの発動率と的中率が恐ろしく高い相手に、イーアンは負ける。うんうん頷きながら『気をつけます』『ごめんなさい』を繰り返した。
一頻り、お説教を済ませた親方は、偉そうな龍の背で、エラそうにふんぞり返り『で?これからセルメ・・・ラグスのところか』お見通しの予定推測を口にする。
無抵抗イーアンは、うんと頷く(※親方見ない)。思ったとおり、親方は自分も行くと言うので、馬車がありますよ・・・と呟いてみると。『ミレイオに任せてから行く』ことにしたらしかった。
タイミング良くか悪くか。ミレイオも参上。空の上の龍2頭を見つけて、挨拶してから話を聞き『うわ』と嫌そうにタンクラッドを見た。
「放っといてあげなさいよ。そこ、女同士なんでしょ?あんたが来ちゃ、邪魔くらい分かりなさい」
「うるさい。俺の家で料理をして持って行けば良いだろう。温かい料理が運べる距離なんだから」
そんな予定ではなかった、イーアン。タワシを渡すだけなので、それをミレイオに(※窓口)言うと、パンクは翻訳して親方へ伝えてくれた(※ミレイオ翻訳=親方口答え阻止可)。面白くなさそうな親方はぼやく。
「ふーん・・・そうか。じゃ、すぐ戻るんだな。すぐだな。1時間も居ないってことか」
「だから。そういう威圧止めなさいよ、嫌われるわよ。行きなさい、イーアン。はい、行った行った」
ささっと逃がしてくれるミレイオにお礼を言うと、ミンティンが理解していて、ぴゅーっと逃げてくれた。後ろで親方の声がするが、同時にミレイオが怒鳴っているので、きっと追いかけては来ない。イーアンは、大急ぎでラグスとボジェナの家に向かった。
どうにか親方を切り抜けて、イオライセオダに到着し、イーアンはミンティンを壁の外に降ろして、町の中に入った。そしてすぐ、背筋が凍りつく感覚を得る。バッと振り返り空を見ると『バーハラー』なぜか親方の龍が向かってきた。
案の定、親方付き(※置いて行かれた訳ではない)。『おい、一緒に行ってやる』無理やりついて来た上に、一緒に行ってやると言われ、イーアンは諦める。親方は、ミレイオを振り切ったことだけは理解した(※ミレイオに心で謝った)。
「タンクラッド。どうしましたか」
「その不満そうな顔を止めろ。お前、最近俺に冷たいぞ(※揚げつくね貰っても不満は残る)。これだ、これ」
ちょいっと摘ままれた角。イーアンは、あっと思う。その目を見て、親方はじーっと弟子を見つめてから『忘れていただろう。これ』俺が一緒に行って、説明してやるからと、親方の責務であることを告げられた。
確かにそうなんだけれど。いろんな理由を考え付くタンクラッド。
ビルガメスも似ている。地上では親方、空ではビルガメス。自分はこうした相手には勝てそうにないので、イーアンは従う。角先をくりくり(※親方もやる)されながら、一緒にラグスの家に歩いた。
「イーアン。お前は何かを渡すんだな?」
「はい。洗い物が楽に出来るようにと思って」
見せてくれるかと言われて、イーアンは袂からタワシを出す(※袂じゃないと痛い)。受け取ったタンクラッド、くるくる回しながら作り方を考えているようで、『これで洗う?』とイーアンに訊ねた。
そうです、と答え、つみれちゃんを作る時のまな板を洗うと教えると、タンクラッドは意外そうだった。
このハイザンジェル。どうも、食器などの洗い物は、手か布が中心である。粗布を手の平大に畳んで縫いつけ、小さなスポンジのように使うことが多い。男の人は、大体が手で済ませてしまう。
原材料や作り方の参考を聞かれ、それに答えながら歩いて、ラグスのお宅に到着。イーアンはタワシを返してもらって、ラグスの家の扉を叩く。名乗るとすぐに、ラグスは出てきてくれた。
「うわっ、またタンクラッドさん」
「どいつもこいつも。俺を見て嫌そうな顔をするなっ(※最近気にしてる)」
イーアンだと思ったのに、心臓に悪いと小声で言うラグスに苦笑いして、イーアンは自分が、そろそろ遠くに出張で出ることを先に伝えた。
「え。ちょっと待って、それはハイザンジェルを出るってこと?上がって。片付けてないけれど、玄関で話すことじゃないわ」
「良いのです。すぐにお暇するつもりで来ました。準備が始まっています。そう、そういうことで、今日はこれを持ちました。これが」
「たわしっ!! これ、そうね!たわしだわっ 話していた形と同じだもの。わ~・・・作ってくれたんだ」
ラグスはすぐに、タワシであると分かってくれて、イーアンから受け取ったタワシを見つめる。
『本当ね。洗いやすそう。お父さんの歯ブラシ、3本ダメにしたから。どうしようかなって思ってたのよ』打ち明けにタンクラッドとイーアンがちょっと笑う(※お父さんに同情)。
イーアンは、初めて作ったから上手じゃないことと、洗っていて繊維が落ちてきたら捨てるように、お願いした。ラグスは眉を寄せて首を振り『イヤ。取っとく。帰ってきたら、また作ってね』と言った。
「ねぇ。今日は?もう行くの?忙しいのだろうけど、ちょっとは上がってけば良いのに」
うーん、と困って微笑むイーアン。親方付き。そして親方は気配で察知。むすっとしたものの『俺は家で待ってても良い』と呟いてくれる。
その一言で、ラグスはタンクラッドに『後で迎えに来てくれたら良い』と言い、イーアンを家に入れて扉を閉めた(※動作が速い)。
親方はミレイオに散々言われた『あんたが行ったって、ジャマ』の言葉がぐるぐる回る。ラグスは、イーアンの角に気が付いていても、ちっとも気にしていなかった。ちょいちょい見ていたが、彼女は訊ねなかった。
「くそ。そういうもんなのか。女同士は。分かってても訊かないのか。
旦那相手にはどんな小さいことでも、呪い殺すくらいの勢いで質問攻めにして、じわじわ責めるくせに(※過去、結婚時代にやられた記憶)」
舌打ちして、悔しいタンクラッドは『言われたら守ってやろうと思ったのに』とか『角に驚いたら、俺が大事に思ってると、目の前で言うつもりだった』と。ぶつぶつこぼして自宅へ戻った。
そんなタンクラッドの存在は、扉を閉めた途端に掻き消されたラグスとイーアン。ラグスは台所に連れて行って、タワシのお礼を言いながら、お茶を淹れる。
それから、出発だか出張だかの話の詳細を訊ね、それが魔物退治の延長と知ると大きく溜め息をついた。
「最近。魔物の話がないのよ、ここでも。イオライは、魔物の出やすい地域って有名なんでしょう?私たちもそう思っていたけれど、ある時を境に止んだの。確かね・・・騎士修道会が遠征で来たあれ以降よ」
「イオライの遠征。あれで、ここは最後でしたか。あの時は強烈でした」
笑わないイーアンの顔を見て、ラグスは不安そうに顔を曇らせ、向かいに座って彼女が机に置いた手を握った。
「イーアンはまた、別の国で戦うの?他の人にお願いできないの」
「出来ないのです。私が行かなければ。私は。私。ラグス、私はそのためにここへ来ました」
垂れ目の、頭に何かくっ付いたイーアンを見つめるラグス。唇をちょっと噛んで、ゆっくり頷いた。
「女なのに。過酷よ。ボジェナもあなたが怪我をした時、とても怖がっていたもの。お風呂に入れて、少し血が取れても、傷が凄かったって」
それって、あれですね。イーアンの目が据わる。ダビに『ムダムダ』言われ続けた、イオライ・カパス夜戦。うぬ~・・・・・ 何と言えば良いのか。お風呂有難う、とは言えるけれど。
ラグスは大きな溜め息をついて、黙るイーアンに頷いた。『仕方ないこと。そうなのか』外野が言ってもねと残念そうに呟く。
「誰と一緒?総長と?」
イーアンは一緒に行く人たちを、ざっくり説明する。自分を含む騎士修道会から5人、タンクラッド、他職人2人だと言うと、ラグスは少し了解したように小刻みに首を揺らし『そう。それだけいれば、安心かしら』どうかな・・・と続けるが、視線が合うと微笑んだ。
「タンクラッドさん。イーアンは分かってるか知らないけれど。あなたのことが好きなの(※周囲もご存知)。総長も素敵な男性なんだろうけどね、でも一緒に過ごしたら、タンクラッドさんの良いところ見えると思うわ。
彼はあんな感じで(※どんな感じ)少し、何と言うか。優しいはずなのに、勘違いされやすいけど、そうでもないのよ。よーくよーく考えてみれば(※そんなに考えないと無理な相手と伝わる部分)彼は深い愛情の持ち主って・・・気がするのよ(※それでも『気がする』だけ)」
ラグスはそう思うのに時間がかかるらしい、そのことはイーアンにも理解できた。
だが、彼女はタンクラッドと自分をくっつけて、イオライセオダの町に住まわせようとしているのも知っている(※人口増加希望)。イーアンは自分も、親方には良くしてもらっているし、今後もきっとお世話になると、前置きをきちんとしてから。
「ですけれど。ドルドレンが最高ですから、タンクラッドはタンクラッドです」
それだけはビシッと言っておいた。ラグスは頭を振り振り『まだ若いのよ』と、誰への言葉か分からない言葉を言っていた(※ラグス46才)。
タワシを渡し、出発の話をし、タンクラッドをお勧めされ、イーアンは用事が終わったのでラグスに挨拶した。彼女はとても惜しんでくれて『絶対に、生きて帰ってきなさい』と約束させた。
そして『生きて帰ってきて、動けないとかはダメよ。ちゃんと無事に元気で帰ってくるのよ』と念を押して、イーアンを玄関へ送った。昨日のボジェナのように、自分は泣かなかったが、ラグスの強い友情の言葉に、心から感謝する。
「必ず無事に帰ります。約束します」
イーアンは。はっきり約束した。それから抱き合って、再開の日までのお互いの無事を祈り、見送りを受けながらタンクラッドの工房へ歩いた。




