703. 出発前のプチ送別会
モイラの店でお腹一杯にさせてもらった二人は、店内が少し落ち着いてきたところで、モイラにお暇の挨拶をした。
「また。来てね。遠くに行くんだろうけど。でも、私も旦那もここで宿屋のままだから。手紙は?書いてもダメかな」
住所が一定しないと言いかけ、イーアンはおうちの話をしたかった。でもそれは今は控えた。ドルドレンも察してくれたようで、モイラに『本部へ当てて出してくれたら、月日はかかるかもしれないが、届く可能性もある』とは言っておいた。
「そう。そうよね。馬車で旅するんだから。届くかどうかなんて。大丈夫、待ってるわ」
言いにくそうに、お別れの言葉を選ぶモイラ。『待ってる』がお別れの言葉と受け取り、イーアンは『また来ます』と微笑む。
「何か。私たちって。ほんの少ししか、会ってないじゃない?でもね。とても名残惜しいのよ。本当よ」
モイラは悲しそうに呟き、イーアンはウルッとする。横のドルドレンもウルッ。
泣き出しそうなイーアンは、腰袋から急いで紙を取り出し、カウンターに置いて、炭棒で『モイラ』と『イーアン』と日本語で書くと、名前の間に、大きなハートマークのアウトラインを描いた。
それから、驚いて見ている友達の顔をさっと見て、ハートの中に・・・丸を描いた輪郭線を顔にして、モイラの目鼻の特徴をちょんちょんと描き込み、笑う口と赤毛の髪型を入れる。自分の顔も、丸の線の中に垂れ目と、ニコッとする口を線で引っ張り、角をちょっと描いてから、くるくるっと髪の毛を足した。
唖然として見ている友達に、絵を描いた紙を渡し『これ。モイラです。こっちは私。この変わった形の線は、心や愛を示す印で。上に書いた字は、私の国の字で、これ・・モイラ・・・これ・・イー・・・アンって』そう言いながら、涙顔になるイーアン。言葉が続かなくなる。
ドルドレンは後ろでもらい泣き。『良い友情だ』と袖で目を拭う。モイラも涙ぐんで微笑み、絵を受け取って、泣く友達の背中に手を回して抱き寄せた。
「有難う。可愛い。大事にするね。次に来たら、これ飾っておくから見てね」
「モイラ。あなたは・・・私の、この世界の・・最初の友達で・・・」
えっえっ、と顔を擦って泣く、イーアンの背中をモイラは撫でる。撫でながら、優しい緑の瞳に涙をいっぱいに浮かべて微笑み『私だって。私も。イーアンは大事な友達よ』気をつけて出かけてねと、そこまで言うと、モイラもこぼれた涙を前掛けで拭いた。
モイラをぎゅーっと抱き締めたイーアンは、絶対にまた会いに来ると約束し、おいおい泣きながら(※最近しょっちゅう泣く)横でお金を払うドルドレン(※こっちも泣いてる)に引き取られ、泣いたままお別れとなる。
見えなくなるまで、モイラも店の外で手を振り続け、イーアンたちも手を振って、通りの角をまがった。
早めに倒して(←魔王)早めに帰る!宣言する涙の愛妻に頷きつつ、ドルドレンも鼻をすすって、目元を拭く。涙を拭き吹き、二人は町を出て、龍を呼んで次なる目的・お買い物マブスパールへ飛んだ。
マブスパールまで来ると、ようやく涙も落ち着いて。とはいえ、鼻も赤いし、目もぷくっとしているイーアンは、恥ずかしそうに俯いて町へ入る。ドルドレンはどうにか無事。
「イーアンのお別れの仕方は、涙を誘う。心が揺さぶられるのだ。感動的だった」
「感動的って。有難うございますと言いたいところですが、嬉しいお別れではありません」
そうだけどね、とドルドレンは言いながら、愛妻の背中に手を添えて歩く。イーアンは『あの形って何』の説明を求められ、前の世界で、ああいう抽象的な形があったと教えた。
「俺も描いてほしいのだ。イーアンとモイラみたいな」
どこに描くのと聞くと、『家の壁』と言われた。ちょっと笑うイーアン。ドルドレンも笑って『壁に大きく描くのだ。二人の家だから』と大真面目な依頼を伝えた。
そんなことを笑って話しながら、二人は食材屋に入る。ドルドレンが料理しやすい保存食を選び、イーアンが使いたい、魚介の保存食材も購入。ドルドレンは穀物粒も、店の主人に大袋で出してもらった。それから香辛料も沢山選び、『旅にも持っていける』として全部購入した。
「これだけ買っても、日当の半日分くらいだ。もしもすぐに出発となっても、馬車に積める」
それは大事だねと二人で頷きながら、どっさり買ったものを、箱にして持ち帰る。ドルドレンが箱を、軽いものは袋でイーアンが持つ。町の外へ出てミンティンを呼び、不満そうな青い龍にくくり付けてから、東の支部へ兄弟を迎えに飛んだ。
マブスパールから、あっという間の東の支部。馬なら時間も掛かるが、龍だからあっさり到着する。時間は2時過ぎ。お昼下がりの東の支部で、ドルドレンが呼びに行くと、ほいほいついて来た兄弟は、イーアンに駆け寄る。
「行こう行こう!もう、置いて行かれたかと思った」
「まだ2時過ぎです。そんなに忘れるほど記憶力は危険ではありません」
「ドルがいるからさ。まぁ良いよ、どうするの?皆で乗るの?」
兄弟に交互に話しかけられるイーアンに、ドルドレンがとりあえず割って入る。『龍を呼ぶ。ベルは俺の龍だ』笛を吹くドルドレン。イーアンの後ろには、ハルテッドがひょいと乗った。
にこーっと笑うハルテッド。『家。楽しみだよ』凄く嬉しいって分かる笑顔に、イーアンも微笑んで頷く。マブスパールで家具等を買ったと話すと、ハルテッドは『馬車の家族だ』と喜んでいた。
ドルドレンの藍色の龍が来て、ベルと一緒に乗ると、4人は北西の支部へ向かった。兄弟は、このまま・・・東じゃなくて、北西に居られたら良いのにと過ぎる、空の道だった。
そして到着する。賑やかな空の道では、ドルドレンはベルに、イーアンはハルテッドに、『北西支部に帰りたい』攻撃を受け続け、ちょっとぐったりして龍を降りた。家が見えてきた時点で、はしゃいでいたハルテッドは、ミンティンが着陸するより早く飛び下りた。
イーアンはハルテッドに急かされて、おうちの扉を開ける。職人軍団が休めるように、家はそのまま鍵を開けておいたから、戸を開けるだけ。
ドルドレンは先に、職人たちに挨拶する。そして、せっかちなハルテッドが相手だから、イーアンは後から挨拶に来るだろうと伝えた。ベルが付いて来て、タンクラッドを見るなり笑顔を向けた。
「タンクラッドさん。お元気ですか(※ベルは親方好き)」
「元気とはな。ついこの前だろう、お前が異動したのは」
ハハハと笑うタンクラッドに、ベルも嬉しそうに照れる。見ているドルドレン。何となく今なら、気持ちが分かる(※タムズ早く来ないかな、の心境)。ベルに一声かけて、彼は親方に預け、自分も家に入った。
入ってすぐに、ハルテッドが小走りに外へ出たので、イーアンに理由を聞くと『食材をミンティンに積んでいます』それを取りに行ってくれた、と言われる。
ドルドレンも手伝いに外へまた出て、仏頂面の青い龍から荷を外すと、龍はふらーっと帰って行った(※解放)。
ハルテッドに聞かれながら、買出しの箱の中身を教えて、一緒に台所へ行くと『俺が料理しようか』床に置いた箱を開けた途端、ハルテッドはドルドレンに言う。
「お前。だって。料理って言ったって。そりゃ、少しは食べる時間もあるだろうが」
「時間、気にしてんの?平気だよ、だって宿泊届け出したもん」
ハルテッドはそう言いながら、箱詰めの食材を引っ張り出す。『宿泊』の言葉に青くなる総長。こいつ、うちで泊まる気では。『ちょっと待て、二人でか?』慌てて聞き返すと、うん、と普通に返される。
「どこに泊まる気だ。うちはまだ客室まで」
「え。支部でいいじゃん。部屋空いてるでしょ」
誰かが掃除するとは思わないハルテッド。ケロッとした顔で『部屋。あるじゃん』ともう一度、旧友に念を押してから、その話題を切った。
笑うイーアンに、ドルドレンも苦笑い。声にならない笑いを噛みしめながら(※『コイツー』の気持ち)已む無し、執務室へ宿泊の許可を出しに向かった。
「イーアン、俺作る。ベルも作るよ。一緒に作ろう。で、旅でもドルに食べさせてやって」
ハルテッドは食材を選んで、そんなことを言いながら笑顔。優しい言葉に、イーアンもしんみりしながら頷いて『ちゃんと覚える』と約束し、一緒に料理をしてもらうことにした。
二人で何を作るか話し合っていると、ベルと一緒にオーリンも来た。
「あのさ。朝渡そうと思ったんだけど、出かけてただろ。だからそこに、それ。袋置いたんだ。使えそうなら使って」
袋。食器棚の横に紙袋があり、何だろうと袋を開けたイーアンは絶叫。驚く3人に、震える手で中の乾燥腸詰をそーっと出して見せた。
そう。これはサラミ。イーアンが何より大好きな、サラミちゃん。腸詰、燻製塊肉、ベーコン、ジャーキー。この愛する、燻しお肉軍団の最高峰好物・サラミちゃん。
「さ。さら。サラミ。サラミー・・・・・(※もはや人名)私の心の友、サラミー・・・オーリンは何て素敵な人なの」
嬉しいイーアンはサラミ片手に、オーリンによよよっと近づいて、もう片腕で抱き締める。オーリンは笑って『それ。食い方知ってるの?すげぇ硬いぜ』抱き返しながら、一応訊ねる。
「知っているかなんて。これぞ、私の心の友。この世界でも廻り逢えるとは・・・神様、有難う。サラミを有難う。オーリンに逢わせて下さって有難う」
なにやら。腸詰越しに感謝を捧げられているオーリンは苦笑いで、兄弟を振り向く。兄弟も笑って、腸詰越しの感謝を頷いて見守った。
感激のサラミ抱擁が終わった後。ベルとハルテッドに、彼らの料理をお願いした夕食作り。
補助に回るイーアンは、彼らの料理のお手伝いをしつつ、サプライズ・サラミーちゃんで、是非ともペパロニ・ピッツァを!!の、やる気満々状態(※朝、生地練って良かったと自分に拍手する)。
ちょっとここで、熱く思い出す情熱。語りたい想い。
クイック・イージー&デリシャス・ホームメイド・ピッツァ。それはペパロニ・ピッツァである。
材料:生地に、トマトソースに、6オンスのペパロニ、そして1カップのシュレッデッド・モッツァレッラ・チーズ。
と、アメリカンなお友達に教わっているが、実際に彼らの分量を見ると、とてもじゃないが、6オンス程度で済みはしないペパロニ量(&チーズも)。
しかし日本でサラミを買おうものなら、高くついて仕方ないのだ。地元の軍の基地内に入って、買い物が出来たイーアンは、山のようなサラミちゃん(←商品名はペパロニだった)と一緒に、基地を出てきたものである(※買いだめ必須)。
サラミ。自分でも作れないことはないが、あまり上手に出来ないので縁遠かった・・・それが今。
オーリン様のお陰で、サラミーちゃんとまさかの再会を果たした。オーリン・サマサマ。出会いに、感謝感激雨あられ(※腸詰愛)。
ここでもう一度、オーリンを見て恭しく会釈(※オーリン・ビックリ)。
親方が研いでくれたナイフで、イーアンはオーリン・サラミー(※命名)を2mm幅でスライス。シャッシャ、シャッシャと真剣に、瞬く間に2mm幅スライスの山にする。
このペパロニ・ピッツァに、余計なものは要らない。生地とトマトソース、チーズに、偉大なサラミのみ。
ベルたちを手伝いながら、横でトマト的な味のソースを作り、買っておいた柔らかめチーズを細かくし、その間に、伸ばした生地を焼き釜で3分ほど焼いたら、取り出してすぐにソース⇒チーズ⇒サラミの順に乗せて、再び焼くこと10~15分。
ベルとハルテッドも、脇で見ながら『おいしそう』と微笑んでいる。そして。お待ちかね。
焼き立てペパロニ・ピッツァを取り出して、覗き込む3人&自分を試食担当とし、ちゃちゃっと切り分けた、糸引くチーズのピッツァを渡す。
オーリン大喜び(※基本、山食事の人)。一切れ食べて、イーアンを抱き締める。『君は最高だ~』もう一枚頂戴と喜ばれ、どうぞどうぞとイーアンも笑顔で渡す。ベルもハルテッドも『これ、あれに似てる』と馬車料理の何々とか、名前を話している。
「イーアンが作ると平たいんだね。馬車のは皿に置いて深く焼くよ」
喜ぶ3人を見てから、イーアンは外のタンクラッドとミレイオにも、急いで熱いのを運ぶ。彼らも嬉しそうに寄って来て、すぐに食べた。『まだある?』ミレイオが一口食べて訊く。作ればある、と答えると、親方が『どれくらいあるんだ』と質問。
後ろから来た伴侶が、何を食べているのかと訊き、皆で一度、うちに入る。ベルたちの料理も仕上げ近く。
残ったピッツァは一切れ(※いない間に食われた)。ドルドレンは、さっとそれを引っ手繰って食べた。伴侶はうんうん呻く。セクシー伴侶に、イーアンは『絶対にもう一枚作る』と決心。
オーリンのサラミのお陰であると話すと、『もっと作ろうよ』と満場一致で決定。イーアンは残っている生地でもう一枚作り始め、もしものため、新たに生地をもう一度練った(※当る)。
この後。営業から戻ったロゼールが報告に来て、自分も食べると言い始めた。ロゼールが報告書を執務室に置いて戻ってくると、クローハルとブラスケッド付き。
「なぜお前たちが」
「いつまで経っても招かれないから」
ロゼールは『付いて来ちゃったんですよ』と自分のせいではないことを訴えた。でも。ちょっと申し訳ない気持ち。食材は総長とイーアンのお金で買っているし、見たら皆が食べようとするから・・・・・
量が足りないことを心配するイーアンに近寄り、自分が一緒に作るとロゼールは言う。『オーリンの腸詰ではないけれど。叩いた塩漬け肉でもイケそうです』隊長たちにはそっちを出せば、と提案。
急遽、支部から粉と肉をもらってきて、簡単なクラストを二人で作り、ソースと、質は違うけれどブゾーという硬質チーズを用意。ロゼールとイーアンで、せっせとピッツァ担当。
クローハルたちが支部にいないと知った、ポドリックも来て『良い家だな』と普通に上がってきた。ドルドレンは『食事は済ませて来い』と連中を叱ったが、ポドリックが酒を持ち込んだので、結局、居間はプチ・パーティーのような具合に変わる。
仕方なし、ドルドレンは温室の窓も開放し、敷布を置いて『そっちにいろ』と、椅子ナシ状態にさせた。気が付けば、来客は、職人3人・ベルとハイル・隊長3人・ロゼールの9名。
馬車の料理も、ベルたちが作ったのが10人前くらい(※一人2人前の予定だった)出来たので、それを皿に分けて渡す。大きなパプリカに似た野菜に、肉と穀物が詰まった煮込みと、切った肉に卵と野菜を巻き込んで揚げた料理が配られる。
ベルとハイルは、皆で食べるのが当たり前。食べたがらない場合は、自分たちが食べるけれど、そうじゃないなら、その場にいる皆で食べる。それは実はドルドレンも同じ。馬車の家族はそういうもの。
ロゼールが焼き具合を見てくれて、3段ある焼き棚の下段に、具ナシの生地。上中段は具付きの生地を置いて、ぼんぼん焼き上げる。
オーリン・サラミーちゃんは、80cm分は使ったが、まだ残っているので『これはイーアンと総長で』とロゼールが隠してくれた(※来客に見つかると食われる)。
小型のピッツァでも切り分ければ皆に行き渡るので、料理も全部配られた時には、11人全員で突然のプチ・パーティーが始まった。
「おい。どっか行くんだろ?本部の報告書にはそうあったが。機構の任務に変わったとか」
クローハルがドルドレンに、ずっと聞きたかったことを訊く。『馬車なんか持ち込んだし。何かそうじゃないかと思っていたんだ。そうなんだろ?』青灰色の髪をちょっとかき上げ、胡桃色の瞳を向けた男に、ドルドレンも静かに頷く。
親方とミレイオは横で聞いていたが、少し距離を取った。彼らはまだ、知らなかったのかと。それを理解する会話に、自分たちは入らない方が良い気がした。
そこへオーリンがひょこひょこ、クローハルとポドリックの側に近づき『あの人たちは?弓の隊長の』と言いかけたのを、ミレイオが襟首を掴んで引き離した。黄色い目を向けて驚いた弓職人に『後でになさい』と囁いて、彼らの話題に入らないで、と注意した。
オーリン的には、自分たちが出かけた後の弓の話をしてやろうとしたのに、と怒っていたが『それはロゼールがするだろう』と親方に言われ、ちょっとだけ空気を読んだ。
騎士たちが集まって話していて、隊長と総長は何かしんみりした雰囲気に包まれていた。ロゼールは、イーアンやベルたちと一緒に料理の話。
「私もあっちで話そう」
ミレイオは料理話に加わって、イーアン座布団。抱え込んで、酒を飲み、ピッツァと馬車料理を味わい『やっぱりこういう食事のが好き。楽しいよね』と嬉しそうに微笑んだ。
親方は何となく羨ましくなり、自分も料理の話サイドに加わったが、横にベルが座ってニコニコ話始めたので、うんうんと頷きながら、実のない話を続けてやった。でもベルは、自分の料理を分けてくれたので、親方はそれは有難く頂戴した。
そんな料理話組に、隊長&総長組が寄って来て、側に座る。
「イーアンも。職人たちも、旅か。いつ行くのか、まだ分からないんだな」
頷く面々に、ブラスケッドは『質問の答えは突然かな』と少し寂しそうに微笑んだ。クローハルもそう思っているようで『きっと。あっと言う間だろうな。のんびりじゃなさそうだ』鼻を掻きながら、酒を飲んで続けた。
「明日かもしれない。お前らがいきなり、いなくなるのは。偶然、俺たちは今、乗り込んで・・・ここに居るけどな。これが最後かもしれないなら、今日乗り込んでおいて良かった」
笑うポドリックは胡坐をかいた足に、肘を付けて前屈みに体を倒し、首を振る。『総長不在の騎士修道会。よくそんな案が通ったな』ちょっと疑問に感じていたことを呟いた。
「意味があるだろ。魔物。もう出ないような噂もある」
クローハルが答えたので、ベルとハイルも静かに頷いて『東でもそう聞いている』と噂を話した。その話は、アクスエク遠征地の魔物が最後、と。そうしたことからだった。
「ここに。このハイザンジェルに。もう魔物が出ないなら。総長不在でも、どうにかなるってことか。その総長は、次は」
ドルドレンは灰色の瞳を、戦友ポドリック・ブラスケッド・クローハルにしっかり向けて『次の魔物退治だ』と言い切った。
「俺の魔物退治は。この世界に出る全ての魔物を動かす、大物を倒すまで続く。彼らと共に」
そう言うと、ドルドレンは酒の容器を前に突き出した。
「暫しお別れだ。ここに鬱陶しく集まったのは偶然ではないだろう。この夕べを、出発前の酒の席にして俺たちの無事を祈ってくれ。俺たちはお前たちの無事を、ハイザンジェルの無事を祈る」
職人たちとイーアンを除く、総長含む騎士の7人は『おう』の応えを大きな声で返し、それぞれ腕を突き出した酒を呷った。
「カッコイイ」
騎士の誓いのような一場面に、フフンと笑ったミレイオ。誉められて、ロゼールがちょっと照れていた。




