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魔物資源活用機構  作者: Ichen
変化の風
702/2954

702. 東に出発挨拶 ~ウィブエアハ

 

「イーアン。大丈夫だろうか。龍にもなってしまったが」


「大丈夫そうです。赤ちゃん部屋で龍気をもらったかも知れませんね」



 龍気溜めが可能なのかどうか(※寝溜めのような)分からないにしても。イーアンも先ほど、この前の時より()()()いる気がしたことを、伴侶に話した。


 二人は、南西のウィブエアハへ向かう空の道。イーアンが龍になる時間や、その時に一緒にいてもらう龍の頭数に、少しずつ変化があるような見解を話し合う。『イーアンは強いのだ。もしかすると練習は、とても効果があるのかも知れない』伴侶は思うことを伝える。


「いつも思っていたのだが。タムズは何やら別の力で、地上に数時間いるようだけれど。男龍は大体・・・すぐ戻るにしても、連れているのがアオファとかミンティンだけなのだ。

 体の仕組みがイーアンと異なるにしても、彼らの様子を見ていると、地上育ちのイーアンならもっと動けるのだろうかと。俺の素人意見」


「素人って。あなた、私よりも理解していらっしゃる時、沢山ありますよ。玄人です、ドルドレンは。

 でもそうかも。目の付け所が素晴らしい。彼らの方が力がありそうなのですが、私とほぼ同等の力の持ち主はビルガメスだけのようですし、そのビルガメスがアオファ連れでしょう?アオファなら、と私も思ったことはあります」


「アオファと、イーアン。で、龍になるの」


 そう、と頷くイーアン。『ちょっと試験が必要ですけれど。ミンティンもいてくれたら全然平気でしょうが、アオファの龍気と私だけで龍になってみて、それでどれくらい頑張れるか。イケそうな感じ』そう思いませんか?とドルドレンに振る。


「思う。でも、やるならビルガメスでもタムズでも、側にいてもらった方が安心だ。イーアンは、自分で龍気が見えていないみたいだし」


 ぐはっ。伴侶にまで指摘された。イーアンは大人しく了解し『自分もそれは気をつける』と答えた。いつまで経っても龍気なんて見えません、と心でぼやくイーアン。龍気って、どんななんだろ~ そう思うものの。



「見えてきたよ。ウィブエアハだ」


 伴侶が指差したので、イーアンもその方向を見る。南西のウィブエアハ。見えてくるとすぐなので、少し離れた町の外で、龍を降ろして一度帰し、二人は町に向かって歩いた。


「今日は泊まらないから。モイラが忙しい時間ですが。少しお話するだけかも」


 横を歩くイーアンが話し始めたが、何だか途切れがちでちぐはぐな気がして、ドルドレンはちょっと『うん』とだけ返し、続きを待つ。何か気になっているのか。


「時間はお昼前です。昼食のお客さんは沢山来ますよ。挨拶が。お話も少しでしょ。でも今日」


「イーアン」


 ん?と振り向いた愛妻に、ドルドレンは、話が変であることを伝える。案の定、イーアンは考えて喋っていなかった。愛妻はこうしたことが度々ある。思っていることが丸きり声に出ていること(※これをデカイ独り言と呼ぶ)。


「イーアンは考え事をしていたのか。俺に話しかけているのかと思ったぞ」


「ごめんなさい。ぼんやりしていました」


 良いんだけどね、とドルドレンは答えて、どうやらイーアンはモイラに、落ち着いて挨拶できないことを心配しているらしいと、理解する。



 ティグラスとお別れしたのが、11時前。それからウィブエアハに着いて11時過ぎ。確かにこの時間から、民宿の食事処は大忙しだろう。


 以前、昼は2時から休憩と聞いていたのを忘れていて、うっかりモイラの宿へ向かったが。イーアンも思い出したか、時間の忙しなさ。うーむと考えるドルドレン。イーアンは少し元気がなさそうに見える。


「モイラに顔を見せよう。それで休憩に入る時間をまず聞くのだ。一番早い時間まで、町でぶらぶらしていても良い。

 どうせ、モイラの宿の次は、マブスパールで買い物して、その後ベルたちを迎えに行くだけだ。夕方はまた送らないといけないが、それだって日が暮れてからになるだろうし」


 布団は近くで買うから、別の日でも・・・そう言うと、イーアンは嬉しそうに『そうしたい』と答えた。


 ちょっと元気になったので、ドルドレンはイーアンの手を繋いで、一緒にゆっくり町を歩く。ウィブエアハは、来るたびにデート気分である。親父に邪魔されたこともあったけど。


 屋台の目星を付け、通りを歩きながら賑わう人々の中を二人は歩く。イーアンは角が生えたけれど、それほど目立つものでもない。通り過ぎる人は一々見てはいないため、二人はいつものようにのんびり歩いた。


 モイラの宿の通りまで来ると、今日は休日ではないからか、お昼の行列が出来ていた。『平日は、仕事をしている者が来るだろう。モイラの宿は大盛りだから人気なのか』ドルドレンも少し笑って、大盛況振りを眺める。


 一応、顔だけ見ようということで、二人は店の入り口まで行き、行列中の人々の頭越しに、ドルドレンが店内を見た。『いる。だが立ち回っているな。もう一人仕事をする女性がいるな、雇ったのか』忙しそうな状況に、声も掛けにくいと言う伴侶に、イーアンは考える。


 新しい女性も見えるというなら、それはきっと商売が上手く行っていて、雇ったのかもしれない。それに平日の、この行列具合を見ると。


「ドルドレン。書置きをします。会うのは可哀相になってきました。彼女は商売が繁盛しているのかも。稼ぎ時の時間に、こちらのためにお呼び立ては出来ません」


 そんなことで手元に間違いがあったりしたら大変と、愛妻が言うので、ドルドレンも頷いて『年末と状況が変わったのかもね』と了解した。


 腰袋から紙と炭棒を出し、扉横の壁に紙を当てて、ドルドレンがイーアンの言葉を書き付ける。

 その様子を見つけた、中で仕事をしていた30代くらいの女性が来て『お客さんですか?並んでもらっても良いですか』とドルドレンに注意した。


 さっと振り向くドルドレンを見て、女性は顔を赤くした。『あの。あ、お客さんでしたら、その。列があるので、後ろに』たどたどしく、黒髪の騎士に言う照れた様子を見て、イーアンは凄い効果だとしみじみ感じた(※伴侶顔効果=Best版 ~自分の場合は、顔効果Worst版)。


 いいな~顔の良い人って~ 何となく羨んじゃう44才イーアン。イラッとしてる他人でも、その顔を見れば一発でご機嫌。よく考えれば凄いことである(※伴侶がモテるのに耐性が付いた)。



 こんな愛妻の胸中は知らないドルドレンは、眉根を寄せて『客ではない。少し用があっただけだ』そう言うと、書きつけた紙を畳んで、女性に差し出した。

『モイラに渡してくれ。イーアンだ』ぶっきら棒に言い放ち、受け取った女性が紙ではなく、自分を見ていることに、嫌そうな顔をして首を振る。


「分かったな。モイラに渡すのだ、イーアンからと」


 もう一度そう言うと、イーアンの腕を掴み、ドルドレンはさっさと踵を返して来た道を戻る。大股の伴侶は小走りにならないといけないので、イーアンも急いでちゃかちゃか走った。


「ドルドレンは」


「言うな。好きでこの顔ではないのだ」


 怒っていそうな伴侶に、イーアンは黙る。そういうものなのかな、と思って口を(つぐ)んだ。単に羨ましく思ってしまうけれど。容姿に恵まれても、困り事もそれなりに生じるわけで、本人にどうにも出来ない部分ではある。


 それは。自分はいつも逆の方向で嫌だったけれど(※顔微妙イーアン)。見た目だけでモテちゃったり、何かにつけて、好きではない人が寄って来たり、それも苦しいのかもしれない。イーアン、配慮が足りなかったと反省する。



 屋台の通りまで出て、ドルドレンは目星を付けていた店へ立ち寄る。その間、ずっと無言だった。イーアンも気を遣って、黙ったままでいた。


 ドルドレンは屋台のおじさんに、二つの皿をお願いしてお金を渡し、巻いた肉と小芋の刺さった料理を手に持った。イーアンをちらっと見てから、少し黙り『すぐそこの長椅子に座ろう』とだけ言うと、屋台の横にある椅子に掛けた。


 イーアンが座ると、ドルドレンは皿を一つ渡し『八つ当たりしたのだ。ごめんね』と呟いた。イーアンは首を振る。


「イーアンが。顔のことで、最初いろいろとあっただろう?最近では王城で。だから、俺が言うのも変なふうに思われそうで言えなかったが」


 ドルドレンは溜め息をついた。それからイーアンを見ないで、料理の皿の串に手を伸ばす。


()()()()()()される、その意味だけで言えば。俺も同じように嫌だよ。シャンガマックもそう言う。見た目がね、人気のある見た目。それはもしかすると贅沢なのかもしれない。

 だけど、中身を見てもらうに至らないという意味では・・・ある意味、一緒なのだ。辛い言葉を投げかけられる、その出来事に苦しんでいるイーアンに、言うことではないと思っていたが」


 寂しそうに芋を齧る伴侶を見て、そうだよね、と思う。イーアンはこの前、フェイドリッドに対して、それを感じたのを思い出した。

 彼は『孤独だ』と悲しそうに微笑んだ。絶対に貧しい暮らしをすることもなく、誰よりも気遣われて、何一つ不自由のない人生に見えても。彼は、孤独を常に感じなければいけない立場で、それはすぐに振り払えないのだ。


 伴侶もそうだったのだろうなと、改めて思った。王都から脱出した、女性に群がられたあの一件。笑い話になったけれど、シャンガマックたちだって、嬉しそうには決して見えなかった。


「イーアン。食べよう。冷めてしまう」


 黙るイーアンに微笑んで、ドルドレンは自分の串を差し出した。私もありますと答えると、伴侶は小さく首を振って微笑んだまま、イーアンに一つ食べさせた。イーアンもすぐ、お返しに自分の串を出して食べさせる。齧るドルドレンと目を見合わせて、二人は笑顔を向けた。


「人は。おかしな感じがします。見た目の良さに憧れるでしょう?お金を持つことにも憧れます。強さも。それを持たない人を蔑む・・・そうしたことさえなければ、憧れもないのかと言えば、そうでもないし。

 私は自分が、この世界で受け取った力に対して、最近はこうしたことを考えることが増えました」


「そうだね。似ているよ。羨みの対象となった時。自分自身はどこに行ってしまってるのか、それが疑問に変わるのだ。誰かの目に映った自分は、自分自身なのかどうか。そっちが気になり始めるのだ」



 何となく、深い話になってきて。二人は口数少なく、料理を口に運んだ。


 (ひが)み根性と一緒に生きていたイーアンは、()()()()()()()の気持ちの方が根強い。

 でもそんな自分も、今や、空の世界では強者として扱われている。嬉しくないことはないけれど、とんでもない責任付きで、僻み根性の裏打ちされた性格は、戸惑いとビビりに苛まれるばかり。


 もしこれが元から、そんな『凄い部分』を受け取らされて生きているとしたら、どうなのだろう。それが伴侶たちなのかなと思う。

 こうした話は、答えが出ない。ミレイオにそのうち、やんわり聞くことにして、もう考えるのを止めた。


 ドルドレンも、イーアンに八つ当たりしたことを、すまなく思っていた。顔のことでは、彼女は辛い思いをしているのに。逆に誉めそやされても辛いんだと、自分は理解を求めてしまった。それはやはり、してはいけないことだった気がした(※愛妻=化け物顔扱い>自分=常時モテモテ)。

 イーアンは、一生懸命理解しようとしてくれるだけに、悪いことをした気持ちが増え、それはドルドレンの心に渦巻いた。


 黙って食べる、早い昼食の時間。


 屋台の料理は美味しいが、量はそれほどでもないので、ドルドレンはもう一品買おうと言った。イーアンは微笑み、頷く。喋らなくなった愛妻に、ちょっと胸が痛いドルドレン。


 何度も謝るのも、それもかえって失礼に感じ、そのまま愛妻を待たせて別の屋台に買いに行った。イーアンが好きそうな料理を眺め、おばさんに腸詰を巻いた薄い生地の焼き料理を2つお願いし、それを袋に入れてもらって、待っている場所へ戻った。


 すると。『あ、モイラ』近づいてすぐに分かる、赤毛の女性が、イーアンと話していた。少し立ち止まったドルドレンは、嬉しそうなイーアンとモイラを見つめ、もう一度屋台へ戻った。それからもう一つ同じものを買い、彼女たちのいる場所に戻る。


「ドルドレン。モイラが来て下さいました」


「こんにちは!びっくりしたわ、来ていたんだって知らなかったの」


 モイラは前掛けをそのままに、元気の良い笑顔でドルドレンにも挨拶した。ドルドレンは挨拶を返し、イーアンとモイラに屋台の料理を一つずつ渡す。『わぁ。買ってくれたの?どうも有難う!』モイラは大きな声で喜ぶ。


「うちで食べて、ってお願いしていたのよ。でももう、お腹空いてないわね」


「先に一皿食べてしまった。俺は食べれるだろうが、彼女はそこまで入らないかもしれない」


 そうよねと、モイラは受け取った生地巻き腸詰をばくっと齧った。『私はまだなの。うーん、美味しい』眉を寄せて、イーアンの横に座って呻くモイラ。笑うイーアンは一緒になって食べては、モイラと呻いていた(※美味いと呻く女2人)。


 ちょっと笑って見ていたドルドレンも、モイラの反対側に腰を下ろし『休憩よりも早いのでは』と訊ねた。モイラは頷いて『まだよ』と答える。心配そうなイーアンに振り向き『でも大丈夫。新人がいるから』平気、と続けた。


「10分くらいなら大丈夫よ。うちの旦那も、イーアンたちが来ているって知ったら『呼んでおいで』って、言ってくれたもの。

 でも・・・どう?食事は無理でも。時間はあるの?あれば、軽食だけでも食べて、二人で100ワパンだもの」


 そんな誘いを受けたら、断れないイーアンは、ちらっと伴侶を見た。ドルドレンは笑って頷く。『食べきれないなら俺が食べる』そう言うと、イーアンはモイラと一緒に行くと返事をし、モイラはイーアンの腕を組んだ。


「よし。じゃ、戻りましょ。これご馳走様でした。有難う」


 ドルドレンにお礼を言って、モイラは組んだ腕を引っ張って進む。宿に戻る道で、イーアンは今日来た理由を大まかに告げた。驚いていたが、『そんな気がしていた』とモイラはすぐに受け入れていた。


 それからモイラは、店の扉をくぐって行列を抜け、イーアンとドルドレンをカウンターに座らせた。『ここでも良い?すぐ出せるわ』そう言うと返事も待たずに、さっさと水を出し、白い皿にどさっと燻製肉の薄切りと葉野菜を乗せて、二人の前に置く。


「ちょっと食べてて。何か作るから」


 ニコッと笑ったモイラは、イーアンの白い角を見て『それ。素敵ね』と一言誉めると、すぐに鍋を熱し始める。ドルドレンの側に、見え透いた用事で寄って来る新人の女性を追い払い、『あっちのお客さん見て』と命令していた。

 それを見た二人が顔を見合わせて笑うと、モイラはちょっとドルドレンを見て『だって。うちの旦那には目もくれなのに、失礼しちゃうわ。まぁ、目もくれないのは悪いことじゃないけど』と困ったように笑った。


 それを聞いて、ドルドレンもイーアンもまた笑った。モイラがイーアンに気に入られた理由が、ドルドレンにも分かる気がした。彼女は中身を見てくれるんだろう、と。


 イーアンは嬉しい。伴侶もニコッと笑って『良い友達なのだ』と頷いた。昼食時の大盛況真っ盛りの店内で、二人はカウンターの隅っこに座り、モイラの料理してくれた()()を、食べきれないほどご馳走になった。

お読み頂き有難うございます。


どうも体調を崩してしまった様子で、明日も朝夕の投稿2回としました。病院へ行くのでお昼の投稿はありません。

お立ち寄り下さる皆様に感謝して。どうぞ、良い一週間の始まりになりますように。

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