701. 東に出発挨拶 ~ティグラスと龍
3人は外へ出て、家と馬の囲い以外は何もない、広々した大地を見渡す。
「どこに呼ぶ?どこでも大丈夫だ」
嬉しいティグラスは、早く早くと急かす。ドルドレンがちょっと笑ってイーアンを見てから『まずはショレイヤを』と囁く。イーアンは了解。小型の龍ショレイヤに乗せてから、次がミンティン。
ドルドレンは弟に『見ててくれ。すぐ来る』と微笑み、笛を吹いた。すると向こうの空が、きらーん。
ティグラスの青い瞳が輝く。『来た!龍だぞ、龍だ!』龍を呼んだんだから、それしか来ないのだが、その無邪気な反応に、お兄ちゃんもイーアンも笑って頷く。
どんどん近づいて、あっという間に目の前に降り立った藍色の翼龍・ショレイヤ。ティグラスを見て少し微笑んだように顔を変えた。喜びのティグラスは、駆け寄って龍を撫でた。
「すごく綺麗だな。お前はとても綺麗だ。素敵な龍だね」
イイコイイコして撫でるティグラスは自己紹介もする。『俺はティグラスだ。ここで馬追いをしている。お前の名前は?』喋れない龍の首に手を添えて、笑顔で訊ねるティグラスに、ショレイヤは金色の瞳を向けて首を揺らす。
笑うドルドレンが近くへ来て、乗ろうと促し、ショレイヤの背中に飛び乗った。腕を引っ張り、弟を前に乗せる。前に乗せてもらったティグラスは、嬉しくてたまらないので、背鰭を撫でてお願いした。
「ショレイヤ。俺は初めて乗る。ゆっくりな」
笑顔だったドルドレンの目が、え?といった感じで見開く。急いで愛妻を見ると、愛妻も驚いていて、首を振った。ティグラスはニコニコしながら、お兄ちゃんを振り向いて『飛ぼう』と声をかける。
「お前。名前を、この龍の名を」
「ショレイヤだろ?教えてくれた。俺が自分の名前を言ったから」
違うだろーーーっ! それ、違うぞティグラスーーーっっ!! 龍、喋らないんだぞーーーっ!!
ビックリしているお兄ちゃんをよそに、龍はふわ~っと浮いて、ティグラスに言われたとおり、ゆっくりゆっくり青い空へ舞い上がる。どうして、なんで、と後ろで喚くドルドレンに笑いながら、弟は『聞けば教えるだろう?』と普通に答えていた。
上でわぁわぁ、疑問をぶつける伴侶とティグラス、龍を見上げながら、イーアンはちょっと笑う。
「彼は。心で話すのですね。言葉を使っているけれど、相手の言葉が声じゃなくても聞こえるのかも」
コルステインやヒョルドでは、それがあったけれど。龍とは、そうして脳内会話をしたことのないイーアン。でも分かる気がした。
自分が龍になった時、ビルガメスや他の龍たちは、龍の姿同士だと体をつけて会話をする。あれと同じかもしれない。
精霊に愛されたティグラス。永遠に若者の心のまま。純粋だからと理解する。それからちょっと思いついた。ショレイヤの次は、ミンティン。その次は――
『そう。そうしましょ』うん、と頷く笑顔のイーアンは、見上げた空にふらふら飛ぶショレイヤが、降りてくるのを待った。
5分ほどして、いい加減に喚くのをやめたドルドレンと、喜ぶティグラスは、藍色の龍と一緒にのんびり降りてきた。彼らが着陸する前にミンティンを呼び、彼らが降りたくらいで、ミンティンもやって来た。
ショレイヤにお礼を言ったティグラスは、ショレイヤの顔を抱き寄せて頬ずりする。『有難うショレイヤ。俺は初めて龍に乗った。優しいね。ゆっくり飛んでくれて、とても幸せだった。また乗せてくれ』藍色の艶のある顔に、せっせと頬ずりして喜びを伝えると、ショレイヤもちょびっと微笑んだように見せた(※ドルドレン似)。
それからティグラスは、ミンティンに乗ったイーアンの後ろに飛び乗る。『次はイーアンと。あ、何か体に巻いたぞ』笑顔を向けたティグラスの胴体に、ミンティンは背鰭を巻きつけた。
「ミンティンは大きいので、そうして、乗る人皆に背鰭を巻きつけます。落ちないように」
「そうか、この龍はミンティン。大きい龍だ。立派だし、優しいし、強い」
思うと何もかもが口に出るティグラスにイーアンが笑い、頷いて飛び立つ。ミンティンも少し笑っているような顔で、一度だけ振り向き、ティグラスを見た。
「俺か。俺はティグラスだ。ドルドレンの弟なんだ。ここで馬追いをしている。この前、ミンティンを見たから、どうしても俺も乗りたかった」
イーアンは気が付く。ミンティンが思ったことがもしや。彼には伝わって返事をしているのかと。黙っていると、ミンティンは前を向いた。ティグラスは嬉しそう。
「ミンティンは、俺にまた会うって言うんだ。早く次も会いたいな」
そうなのですか、と微笑むイーアンは、それ以上は訊ねないでおいた。彼は龍と話したのだ。彼だから。彼だからこそ。
二人は大きな青い龍の背中に乗って、ゆったりとマムベト一帯を周回した。何度か周回する龍飛行。受ける風に目を閉じ、ティグラスは大きく深呼吸して『嬉しい。有難う』とイーアンに伝えた。
振り向くと、青い澄んだ瞳は自分を見つめ、静かに微笑んでいる。少年のように真っ直ぐな眼差しに、イーアンも『あなたに喜んでもらえて嬉しい』と答えた。
イーアンはそれから、ミンティンにちょっと相談した。『ミンティン。私、飛びますので。このまま飛んでいて下さい。それからもしかすると、大きくなるかも。一分くらいですが』良い?と訊ねると、青い龍は首をゆらゆらさせた(※『いいんじゃないの』的な動き)。
龍の了解を取ったイーアンは、ティグラスを振り向いて『そのままでいて下さい。もう一頭の龍に乗せます』と微笑む。嬉しいティグラスは『まだ乗れるの?』と満面の笑み。
ニッコリ笑ったイーアンは、龍の背に立ち上がった。驚いている彼を見て『ちょっと待って』と言うと、背中から翼を出した。
「イーアン!翼だ。翼が生えた」
弟の驚きに、下で見ているドルドレンは笑った。『イーアンは大サービスだ』朝もタンクラッドを持って飛んだのに・・・愛妻の親切心を眺めて思う。
タンクラッドが煩かったから(※親方はミレイオ任せ)重い彼を、一度は持とうとしたんだな、と分かった。満足げなタンクラッドの顔に、ドルドレンは何も言わないでおいた朝。
今度はティグラス。弟の方が全然軽いからまぁ、負担はないかなと、笑みを浮かべたまま見守る。
白い翼を広げたイーアンは、ティグラスの背中に回って、ぎゅっと胸周りに両腕を締めた。『ちょっと苦しいかしら』我慢ですよ、と言うと、彼は笑顔で『ちっとも苦しくない』と答えた。
イーアンはそのまま浮かび上がり、背鰭を解かれたティグラスを両腕で支える。本当はティグラスにも貼り付いてもらった方が楽だが、少しの距離なのでこのまんま飛ぶ。
「凄いぞ、イーアン!俺はイーアンの翼で飛んでる!イーアンは龍だ、凄い!俺も欲しい」
『俺も欲しい』で笑うイーアン。それはちょっと、と首を振りながら、少し軽いティグラスに感謝して、ふら~っとその辺を飛んだ。親方体重は厳しかったけれど、ティグラスはシャンガマックより軽い。
それから、もう一変化、頑張るつもりのイーアンは、浮かんだまま待機してくれるミンティンに寄って、一度ティグラスを移した。彼は胸一杯の満足を笑顔に託して『本当に有難う』と言ってくれた。
「ティグラス。まだ終わっていません。もう一頭の龍に乗ります」
そう言うと、イーアンは少し離れて、ミンティンと呼応を始めた。地上でドルドレンの横に立つ、ショレイヤも龍気を返す。呼応が高まるまで1分程度で、イーアンは真っ白い光の塊に包まれ、目をまん丸にしたティグラスの前で、巨大な白い龍に変わった。
「うわーっ、龍だ!イーアンが龍になった!!」
感激するティグラスは、ミンティンの背中から立とうとしてもがく。危なっかしいので、察したミンティンは、急いでイーアン龍の頭まで飛んだ。
下で見ていたドルドレンも、まさか愛妻がここまですると思っていなかったから驚いたものの、自分もすぐにショレイヤに乗って側へ飛び、ミンティンから飛び移る気満々の弟に大声で注意した。
「ティグラス!イーアンの角の間だ、角の間に乗るんだ。ミンティンが背鰭を離すから」
お兄ちゃんの言葉に気がついたティグラスは、『分かった』と返事をして、白い龍の毛の深い額に向かって飛び下りる。すぽっと毛に埋もれる下半身。イーアン龍の角の間に納まったティグラスは、感動で白い巻き毛を抱き締めた。
「綺麗だ、とても綺麗だよ。白い龍なんだね。イーアンは綺麗な龍」
わふわふしながら喜ぶティグラス。ドルドレンも微笑んで見守る。すると、イーアンの鳶色の瞳が自分を見たのが分かった。『どうしたの』ドルドレンはイーアンンが何か言いたそうなので、質問。
鳶色の瞳はきょろっと頭を示す。ドルドレンはハッとして『俺にも乗れと言っている?』そう聞き返した。
イーアン龍が頭を下げて向けたので、合っていると分かり、『分かった、俺も乗る』ドルドレンは笑顔で答え、そのままショレイヤに寄せてもらって飛び移った。
思えば。俺は初めて乗るんだ。ドルドレンは弟の横に並んで、イーアンの白い鬣の中に立ち、大空を見渡す。
皆、乗っている中。一人で出遅れて、乗れなかったままだった。イーアンは初めて、俺を乗せている。いつも一緒だから、いつか乗れればと思っていたけれど。彼女は気にしていたのかと知って、ドルドレンはイーアンの角にキスした。
「有難う。イーアンは俺を乗せたかったのか。とても嬉しい。気を遣わせてしまった」
イーアンに聞こえるかな、と思って、少し大きめにお礼を伝えると。轟く吼え声が返ってきた(※『良いのよ~』のつもり)。不意打ちでドルドレンは腰を抜かしかけたが、横のティグラスは、はしゃいで喜んでいた。
「カッコイイなぁ!イーアンはもの凄く強いんだな!俺をまた乗せてくれ。もう充分だよ、イーアンは疲れたな」
突然労うティグラスに、ハッとしたドルドレン。うっかりしていたが、もう数分経つと思い、イーアンに降りるようにお願いした。
イーアン龍はゆらゆらと地上へ向かい、着陸して頭を地面にぺとっと付ける。ドルドレンとティグラスが降りたのを目で見てから、光を放って人の姿に戻った。
ちょっとだけ疲れたものの。ミンティンもショレイヤもいたし、龍になったのは3分くらい(※変身お約束タイマー=3分間)。
喜ぶティグラスに抱き締められて、ドルドレンにも抱き締められて。イーアンは、頑張った甲斐がある嬉しさに浸る(※『良いのよ~』をちゃんと言う)。そして気がついたこと。この前、8人でスカーメル・ボスカの食事処に向かった時、6頭の龍がいた中で翼を出し、龍にも変わったが・・・あの時より今の方が、疲れていない自分がいる。
今日はミンティンがいたからか。ミンティンとショレイヤだけでも、この前と同じくらいの時間は、維持出来ている。この変化を覚えておこう、とイーアンは思った。
さて、喜び具合が分かりやすいティグラス。ドルドレンにも抱きついて、心の底からお礼を伝えていた。そしてイーアンを見て『そのうち。また龍に乗せてくれ』と、笑顔を向けた。
二人はティグラスに約束し、絶対にまた龍に乗せると言った。彼はニッコリ笑って頷き、龍の話を聞きたがったので、お別れの時間が来るまで、イーアンとドルドレンは、彼に沢山話して聞かせた。
ティグラスは空に強く関心を持ち『いつか俺も行きたい』と頼んだ。イーアンは、彼は多分大丈夫のように感じた。ここまで純粋な存在なら、男龍も何も言わないような(※ダヴァート一族とはいえ)。
それは伴侶も同じように思ったらしく、『お前はきっと行けるよ』と微笑んで答えていた。弟は兄の言葉に、笑顔のまま口を開けて暫く止まった後。
「そうだな。俺はきっと空に行ける。精霊は俺を呼んでいる」
小さな声で、何か遠くを見つめるような、ぼうっとした眼差しで彼は呟いた。不思議な一瞬に感じたが、ティグラスの言葉は、すとんと胸に入る。二人は微笑んで頷いた。
それから、そろそろ動く時間になったので、必ずまた会いに来ると伝え、ティグラスにお別れを言う。馬追いは最後にもう一度、兄とその妻をしっかり抱き締めて『気をつけて』と送り出してくれた。イーアンとドルドレンは龍に乗り、手を振りながらマムベトを後にした。
お読み頂き有難うございます。
本日は朝と夕方の投稿です。お昼の投稿はありません。
いつもお立ち寄り下さいますことに心から感謝して。皆様に良い一日でありますように。




