700. 東に出発挨拶 ~シャムラマートの話
「話に来てくれて、有難うね。俺、何言ったら良いか。こういうの、難しいな」
ベルは少し言葉を選ぶ。でも気持ちを表現すると、無理を言いかねないので、正直には言えない。そんな兄を見て、弟は考える。話し終えたイーアンは、微笑んでいるだけ。
「ね。旅の仲間って、後何人なの?イーアンとドルでしょ、ザッカリアと、フォラヴとシャンガマック。タンクラッドさんで6人でしょ?オーリンとミレイオも一緒に行くみたいだけど、彼らは手伝うって」
「そうです。オーリンは、完全にお手伝いさんとして、伝説の一部の人ですが、ミレイオは飛び入り参加なのです。彼の存在が同行可能かどうか、それは空で確かめてきました。大丈夫なんですって」
「俺はダメなの?」
ハルテッドは、素直。自分も行けたらと思う。その気持ちを直線で言葉にした。イーアンは笑ったが、その笑い方は嬉しそうでもあり、辛そうにも見えた。ベルはイーアンの気持ちが分かる。弟に首を振って見せた。
「ベルだって、行きたそうじゃんかよ。訊くだけは出来るだろ」
「駄目だって。分かってて訊くの?お前、訊いちゃったけど。イーアンは、そんな質問に返事出来ねぇだろ」
イーアンも連れて行きたい。本当なら、本音で答えるなら、一緒に行こうと言いたいけれど。怪我をするかも知れないし、もっと怖いことも起こるかも知れない。イオライ戦で、二人が必死になった顔を見たイーアンは、言えない。イーアンには返事が出来ず、ただ微笑んで、小さく頷くだけだった。
3人はお互いを見ながら、何とも言葉に出来ない気持ちを抱える。その後ろから、ドルドレンの声がして、イーアンが振り向くと、伴侶はすぐに側へ来た。ちょっと顔が怒っていそう。
「ベル。ハイル。お前らは。どうして」
「分かってるよ。説教すんな。統括に聞いたんだろ?仕方ないだろ、俺たちに出来ることは限られてるんだ」
「仕方なくない。騎士修道会に入ったのに」
「だから。そんな大事に至らなかったでしょ、って。回数が増えれば、異動も出来るって思うじゃん」
「ベル」
ドルドレンとベルの会話に、イーアンとハルテッドはだんまり。ちらっとハルテッドを見るイーアン。化粧していないハルテッドは、その鳶色の瞳の意味を見て、えへっと笑った。困るイーアン、つい笑ってしまった。
「何されましたか」
「ちょっとだよ。特に迷惑かけてないよ、酒飲んだりは誰でもするじゃん」
ドルドレンが睨む。『いつ、どこで飲むかによるけどな』厳しいお叱りにハルテッドは目を逸らす。ベルも顔を背けて『だから北西で良いって言ったんだけどね』と人のせい。
どうも伴侶が言うには、兄弟は素行が悪かったということらしい。二人揃って異動したい気持ちを、事ある毎に口にしては、注意されると不法行為を行うとか。『不法って、そんな大袈裟じゃないよ』ハルテッドが首を振るが、ドルドレンは『騎士修道会の法って言葉があるのだ』と厳しい口調で負かした。
「お前たちが取った行動で、東の町の店屋にも損害賠償だ。いい大人が何してるのだ。若い者でもないのに」
ドルドレンの口調がきついので、兄弟がぶーたれる(※怒られるのキライな36才と34才)。総長として、きちんと言いたいことは告げたドルドレン。イーアンを見て『行こう。もう次だ、次』とぶっきら棒に言う。
イーアンは了解したが、兄弟にこんなお別れであることも心が痛む。イーアンの困り垂れ目を見て、兄弟は微笑んで『気にしないで』と口ぱくで言ってくれた。イーアンは龍に乗る前、二人をぎゅっと抱き締め『また、会えますからね』と伝えた。怒っているドルドレンは、さっさとミンティンに乗る。
「あのですね。おうちが建ちました。もうじき、きっと旅も始まるでしょうから、お招きする時間がありませんけれど。いつか、旅から戻ったら、どうぞいらして下さい」
イーアンの家(※ドルドレンの家でもある)?! 兄弟はビックリして、場所が北西の支部裏と聞いたら、もう行きたくて仕方なくなった。
そして。拝み倒した結果。イーアンは今日、彼らを家に連れて行くべく、予定変更。『帰りに寄りますので、きちんと外出届を出して置いて下さい』それは一応お願いし、満面の笑みで見送られた。
「イーアンね。あいつらが何をしたか。詳しく聞いたら、絶対に家に入れたくないと思うよ」
強引に、夕方前に兄弟を連れて帰る約束をさせられたイーアンに、ドルドレンは仏頂面で言う。断る!そう怒ったドルドレンを宥め、これがお別れかもしれないからとイーアンは了解した。
「聞きません。聞かないでおいた方が良いこともあります。あのね、ドルドレン」
振り向く愛妻。龍の背の愛妻は、とても気高く見えるドルドレン。名前を呼ばれると『はい』と答えたくなっちゃう(※タムチュー効果)。
「私。彼らの気持ちも分かるのです。私は人の何倍も迷惑をかけて生きるような、そんな人生でした。思いが上手く表現出来ないことなんて、いくらもあります。ベルとハルテッドは、『いい大人』ですし、『友達が総長の職場』に来たのですから、それなりに努めるべきですが。でも、馬車の家族に育まれた、自由な精神と大らかな笑顔は、ほんのちょっとのお金やいたずらを飛び越えるものです」
ドルドレンは黙る。イーアンは振り向いたまま続ける。
「彼らの損害賠償はもう支払われましたか?お金の問題ではないでしょうが、それくらい、彼らは北西に帰りたかったのです。私が支払ってもかまいません。私は旅に出ますから、お給料」
「ダメだ。イーアンの給料なんか使わせない」
「良いのです。友達ですもの。私が立て替えます。イヤじゃないし、そんなこと決して、彼らに伝えてはなりません。彼らの気持ちを受け取ったのだと、それだけで終えて頂けませんか」
ドルドレンは背鰭に額をつけて溜め息。愛妻のこういう肝っ玉。これは愛妻その人、と思うべきなんだけれど、男龍と似ている。
孤独に培った経験だから、気質云々の影響と言えば、失礼かもしれないが、でも思う。こうした時、愛妻はやはり、龍なんだと。男龍の対・女龍と呼ばれる、深い愛情の人。
分かった、と小さい声で答えるドルドレン。そんなドルドレンにイーアンは、少し微笑む。
「だって。もしもですよ。私があなたと引き離されて、東の支部で、彼らと同じようなことをしたとしたら。理由が、あなたのいる支部に帰りたいからと知ったら」
「無理だ。何があっても連れて帰る」
イーアンは伴侶の灰色の瞳を見つめる。ドルドレンも笑って『そうだね』と例外を作る自分に、頭を振った。二人は笑って、そのままマムベトの川際に降りた。
「イーアンが。俺に会いたくて。どうにか悪さしたなんて知ったら」
「困らせますね、こんな年で何をしてるのかと」
「可愛いのだ。何が何でも守る」
ハハハと笑うイーアンを背中から抱き締めて、ドルドレンも笑いながら、くるくる髪にキスをする。『人によって態度が違いますね』と笑顔で注意されるが、ドルドレンは首を大きく振って『人として当然だ』と言い返した。
それから、ドルドレン。深呼吸して歌を歌う。
ああ~・・・! 嬉しそうに見上げるイーアンを見て、朗らかに、よく通る声で馬車の歌を歌い続けるドルドレンは、大好きなイーアンを背中から抱き締めたまま、持ち上げてくるっと回しては、川に、大地に、太陽に、山に、道に感謝を捧げながら、二人で笑顔の歌の時間を過ごす。
イーアンはのぼせそうなくらい、伴侶にメロメロ。うへぇ~~~ 素敵~~~ ドルドレン最高~・・・ヘロリライーアンは、ドルドレンの腕に抱き締められ、自由で伸び伸びした美しい歌声に酔いしれて、ぐるんぐるん回されていた。
こうして、ドルドレンは見つける。向こうから来る、小さな影を。微笑んで片腕を上げ、愛妻をぐるっと回してそっちへ向けた。
「来たよ。ティグラスだ」
ドルドレンが微笑んだ向こう、自由な馬を連れて、先頭の馬に跨った男が手を降った。
「久しぶりだ。ドルドレン、イーアン」
「何を言ってるんだ。ついこの前だろう」
そうでもないよ、とティグラスは笑う。イーアンを見て『可愛いな。角があるよ』と笑った。あっさり角を受け入れた弟に、ドルドレンは笑顔で頷く。
「彼女は龍になった。空へ行って」
「そうか。それが祝福だったのかな。精霊が祝福をくれるって」
二人が馬に乗せてもらって、不思議なことを言う弟ティグラスに、ぼんやりと頷くと、彼は『そうだ』と笑って、懐から粒肉の輪を出した。
「イーアンこれ好きだな。ほら。食べろ」
ティグラスの懐。素肌にベスト・・・・・その輪は、どこに引っ掛かっていたのか(※イーアン思うに脇の下)。ドルドレンも止まる。イーアンも笑顔のまま止まる。
ティグラスは腕を伸ばして、笑顔で差し出す。頑張って笑顔を向け、イーアンはお礼を言って受け取った。
『イーアン。それ』伴侶が囁き声で振り向かせ、小さく微振動の首振り(←やめておきなさいの意味)。イーアンも戸惑いつつも、そっと匂いを嗅いでみる。とりあえず、朝だから。汗かいていなさそうな・・・まだ無事なのでは、と小声で伴侶に伝える。折角ティグラスがくれたのに、食べないのも悪いような(※すごい困るけど)。
ドルドレンも一応、安全確認のために、ティグラスがこっちを見ていないうちに、さっと匂いを嗅ぎ『ま。あ。うーん・・・大丈夫のような』苦しげに呻き声で答える。
イーアンは、意を決して粒肉を一つ外し、伴侶の目が心配そうなのを見て、力強く頷くと、ぱくっと食べた。頑張って咀嚼(※脇の下直下の可能性あり)。
「む。粒肉。粒肉ですよ。美味しいです。熟成した・・・と、この表現は今は控えましょう。ドルドレンも、お一つどうぞ」
うん、大丈夫!目力(※垂れ目)で伴侶にも一つおすそ分け(※要らない)。お兄さんである以上、自分も食べねばと寂しそうに頷いて、ドルドレンもそれを口に入れてもらった。噛むのに抵抗があるが、そっとそっと噛み続け、汗臭さに敏感であろうと、嗅覚を総動員しながら食べた。
「うん。そうだね。うむ。本当だ。粒肉である」
「粒肉だよ。前、それ食べたじゃないか。美味しがってた」
兄の声が聞こえたティグラスは振り向いて、少し首を傾げ笑った。二人もにっこり笑い返し『美味しいよ』と伝えた。一度、大丈夫と分かれば、イーアンはずっともぐもぐする。有難く粒肉をむちゃむちゃ食べながら、ティグラスの家へ向かった。
馬を下りて、3人は家に入る。ティグラスは、前に通した部屋へ案内し、それから母親を呼びに行った。二人で待つ、長椅子の席。
「前も。この椅子に座って待ちましたね」
「そうだね・・・そう。ここは椅子の位置も変わらない。俺が子供の頃、ベルとハイルと一緒に、遊びに来たそのままだ。鬼ごっこは、シャムラマートにしこたま怒られるから、隠れん坊が殆どだ。それも怒られたけど」
ハハハと笑う伴侶に、イーアンも微笑む。子供ドルドレン、可愛い子だっただろうなぁと思う。大人で、これだけ美丈夫なのだ。お子たまドルドレンは天使どころか、も~、何て言えば良いのか。きっと食べちゃいたいくらいに、可愛いお子たまだったはずである。
そんな愛妻の(※未婚)ほのぼの笑顔を二度見して、ドルドレンは少し恥ずかしい。愛妻は、自分の子供時代を想像していると分かるので、咳払い。
「シャムラマートに挨拶をしたら。すぐに龍に乗せよう。時間がまだ早いから、少し長く乗れるだろう」
ドルドレンがそう言うと、すぐに奥から声が聞こえて『来てるの?二人?』と背のある女性が見えた。
「ああ!来たわね。ドルドレン、お帰り。イーアン、よく来たわ。さぁおいで。抱き締めさせておくれ」
装飾の多い青と白の衣服に身を包んだ、美しい黒髪の女性は笑顔で両腕を広げる。ドルドレンが立ち上がって彼女を抱き締めると、シャムラマートもしっかり抱き返して、その広い背中を撫でた。
「どうしたの。結婚した?」
「ハハハ、まだだ。でも家は建てたよ。もうじき旅立つだろうが、帰る家は手に入れた」
ドルドレンの嬉しそうな顔を両手に挟んで、シャムラマートは彼の両方の頬にキスをする。ドルドレンも同じように、彼女の頬にキスをして、イーアンを振り向くと腕を伸ばした。
「ほら。角があるのだ。イーアンは龍になった」
立ち上がったイーアンを見つめ、微笑んで頷くシャムラマートは、その角をそっと触り『龍の角』と囁いた。それからイーアンを抱き締めて、同じように頬にキスをする。イーアンがニコッと笑うと、彼女は自分の頬を差し出して『真似して頂戴。龍が私にキスをするのよ』と冗談で笑った。
イーアンは嬉しいので、うん、と頷いて綺麗な頬両方にキスをする。シャムラマートが満足そうに笑みを浮かべたので、見ていたティグラスも『俺にも龍がキスをするよ』と言った。お兄ちゃんは目が据わる。
シャムラマートは『そうね。それは良いと思う』許可。イーアンがドルドレンを見ると、何も動かないでじーっと見ているので、少し笑って、イーアンはティグラスの頬にも軽~くキスをした。ティグラスもお返しにちゃんと頬にキスしてくれた。
「ドルドレンも」
一人だけ、むすっとしているドルドレンを可哀相に思った弟は、お兄ちゃんの首を引き寄せて、目の据わるお兄ちゃんの両頬にもちゃんとキス。『有難う』呟いたドルドレンに、ティグラスは自分にもするように言うので、お兄ちゃんもしてやった(※タムズなら、と復唱する心の内)。
挨拶が終わり、それからようやくシャムラマートと4人で椅子に座り、これまでの報告をしたドルドレン。
シャムラマートとティグラスは、彼が話し終えるまで、静かに聞き、次に自分たちの知っている話をした。
「こういうことでね。結構前だけど、ティグラスが見ている先は、旅の始まりは、魔物を向かえると同時のようね」
イーアンはそれを聞いて、自分が夢で見た話をした。大きな黒い龍が海底にいて呼んでいる、その呼び声の言葉に『次の国の危険』が含まれていたと話すと、シャムラマートは真剣に頷いた。
「合うわね。ティグラスは海が割れると言っているの。私も占いで見たけれど、二つの未来なのか。一つは大津波がどこかを襲う場面。もう一つは襲う津波を打破する・・・あんたたちだと思うけれど。小さな影が見えるのね。
この前。私が見た占いの話を覚えている?あんたたちに、新しい仲間が増えるところと、空の誰かと出会うような、あれよ。
でもあれは、話を聞けば。占いで見た『仲間』は、どうやら旅の仲間とは異なる、付き添いの意味だったのね。それに空の誰か。龍がいると思っていたけれど、龍と人の体を交換するような、そうした相手だとは。龍だらけなんだと思っていたけれど、それも一部だったわけよね。
だとすると、私が見た大津波も、もう一つ並んで出てくる、誰かが立ち向かう打破の場面も。きっとそれ自体は正しいにしても、事実はまた、様々なことを含んでいるかもしれないよ」
それからシャムラマートは、真面目に自分の話に耳を傾ける2人に、ティグラスが見ているものを、もう少し詳しく話した。
「私が思うにだよ。ティグラスは見えている部分を言うだけだからね。この国を出るまでは、イーアンなんだ。イーアンが飛べるようになって、龍の味方をつけたんだろ?それが必要な相手が来るのよ。
そして旅が始まる時、ドルドレンの動きに変わるのではないのかしら。あんたたちはいつも一緒にしても、役割はドルドレンの方が増えるかもね」
今はここまで、シャムラマートは両手をちょっと上げて話を終えた。ドルドレンとイーアンは、少しの間、聞いた話をゆっくりと頭の中に置き並べ、それからお礼を言った。
「もう良い?もう俺は龍に乗れる?」
母親の話が終わったと分かったティグラスは、母親に確認する。すぐに話が変わるティグラスに、シャムラマートも笑って頷いた。ドルドレンとイーアンも笑い、兄は『行こう、龍に乗ろう』と促す。
大喜びのティグラスは、二人の腕を引っ張って、早く行こうと玄関へ向かう。慌しい退室に、イーアンとドルドレンは振り返って、美しい占い師にお礼を改めて伝えると、彼女は笑いながら『無事を祈っている』と言ってくれた。
その意味は、龍に乗せるティグラスとの無事の話ではなく、もう次に会う時は、旅が終わってからとした、旅路への無事だと、二人は理解した。
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