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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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69. 帰り道の昼

 

 北西の支部・援護遠征5日目の朝。帰路につく日。


 崖の向こうに朝日が昇った頃に焚き火は消され、焚き火跡の片付けを済ませると、テントを畳む。朝食は簡易朝食で済ませ、残る最後の仕事にかかった。


 北西の支部の、馬車担当のロゼールとギアッチを除く他の騎士たちは、堰のある場所で魔物の最後の確認をした。昨日の昼頃に燃え尽きた魔物は、もう布も含めて跡形もなくなっていた。そこには黒く焼けた後と、幾らかの布の焦げた切れ端があるだけだった。

 トゥートリクスが、念のために再びフォラヴと(嫌々)上から再確認をしたが、やはり何もいないため、騎士たちは積んでいた倒木を外して堰を壊した。積むよりも乱雑な作業で早かったので、堰はあっさりと壊れた。堰が取り除かれると、川は来た時と同じような風景に戻った。



 馬を繋いだ場所へ戻ると、北の支部が出発の支度を終えていた頃だった。馬上で北の支部との挨拶が終わり、お互いに帰路の無事を祈る。


 ドルドレンの前にフォイルが進み出た。


「山頂まではご一緒です。北の支部方面に続く山道がありますので、我々はそこでお別れです。どうぞお気をつけて」


 ドルドレンは、フォイルが使者の務めを果たしたことを労い、『次に会う時は、もう少し落ち着いて会えると良いな』と肩を叩いた。チェスが横から出てきて『この度は誠に有難うございました』と礼を言ったので、ドルドレンは頷いた。ドルドレンの腕の中にいるイーアンはチェスから目を逸らしていた。


「あなたには失礼を。しかし、助けて頂き感謝します」


 短く礼を伝えたチェスだったが、イーアンは『いいえ。私は()()()()()()に動いたのです。それに私ではなく、活躍した他の方々にお礼をお伝え下さい』と突っぱねた。イーアンの横顔を見ようとする北西の騎士は、一人もいなかった。ドルドレンも知らない振りをした。北の騎士は、部隊長の援護をしなかった。

 場に沈黙が2秒訪れ、ドルドレンは『帰るぞ。出発だ』と号令をかけて、場を切り替えた。



 ドルドレンを先頭に北西の支部が山道を進み、その後を北の支部の馬と馬車が続く。


 段まで上がるのに1時間以上かかり、その後の山頂までの道は更にかかった。だが下りよりも、上りで進む方が、この傾斜の道は楽に感じた。谷から上がる斜面は山陰だが、ここ数日の晴天で濡れた落ち葉は乾いて、馬車も狭い道を進むのにそれほど止まることもなく、正午よりも早い時間に全体は山頂へ着いた。


 山頂に北の支部の部隊が上がった時、改めて別れの挨拶をした。戦っていた騎士も、負傷者だった騎士たちも、皆、馬を操りながら、北西の支部の面々に最後のお礼を伝えた。負傷者だった数名はイーアンの前に来て『あなたの戦い方は大変勉強になりました。今後、目指して努力します』と言った。


 そして北の支部部隊は、山頂を横に進み、別の道から降りて行った。



「少し早いですが、昼はここで食べますか」


 彼らを見送った後、スウィーニーが昼食について訊ねると、ドルドレンは『早くても良いだろう』と頷いた。来た時に使った岩のある場所へ移動して、焚き火を作り、ロゼールとイーアンは昼食作りを始めた。


「材料はいつものですから、出来る範囲で頑張ります」


 イーアンはそう言いながら、ロゼールと一緒に荷台から鍋と食材を出す。ロゼールは『横で見ているだけでも面白いですよ』と話す。ドルドレンは『楽しみにしている』と微笑んで、近くで待つことにした。



 ドルドレンは、調理をするイーアンを見ていようと思って近くに座った。するとどこからともなく、赤紫色の鎧 ――シャンガマック―― が現れ、何やら手に抱えたものをイーアンに差し出した。表情はとっくに仏頂面だったが、面白くないにしてもドルドレンは成り行きを見守る。



 イーアンが喜んでいる・・・・・手は握るなよ。よし、握っていない。イーアンは喜ぶと何するか分からんからな。

 しかし何だアレは。何を渡した。シャンガマックの顔が、むぅ。あれは危険だ。俺の危険な勘が働いている。次はあいつか。あいつもか。そんな気はしていたが、うちの部下は皆そんなに飢えているのか。騎士ともあろう者が。イーアンに近づくな、しっしっ。



 膝についた片手を顔にあてがって睨みつけるドルドレンに気がついたか、イーアンが笑顔で手を振った。ドルドレンは空いている片手を振り返す。シャンガマックはそそくさ消えた。


 それからは何事もなく、淡々と調理は進んだ。途中、ロゼールがイーアンに何かを話しかけられ、焚き火の側を離れたが、イーアンは調理を続けていた。


 焚き火を起こしてから30分ほど経つと、イーアンがドルドレンに手招きした。それだけで充分機嫌が直る自分に呆れもするが、急いでイーアンのもとへ行く。


「もう出来たのですが、皆さんが食べる前にちょっと味見されますか」


 この前はロゼールが味見役だったのを思い出し、一番が自分であることを喜びつつ、頷く。


 2つの鍋は赤と白の印象だ。不思議そうな顔をして鍋を覗き込むドルドレンに、イーアンが匙で掬った料理を差し出す。

 味見はこうでなくてはならない。堂々とあーんさせてもらい、最初に白い方を食べた。

 柔らかく、味わいはしっかりとしている。これは支部でも時々出る、あれか?芋か?と思ってイーアンを見ると、『根菜を茹でて潰したところに脂と塩を入れた』と説明してくれたので『支部でも時々、料理担当によってこれを作っていたやつがいる』と伝えた。イーアンは『ではこれは、馴染みがあるから大丈夫ですね』と微笑んだ。


 もう一つの赤い料理も ――これだな。あいつ(シャンガマック)が渡したのは―― イーアンは匙で食べさせてくれた。一口食べて、その味わいに驚く。酸味も幾らかの甘さもあるのだが、肉と一緒だからか、双方の旨味が面白いくらい引き出されている。肉は小さく刻まれて、ぽってりした料理。


「気に入ったみたいで嬉しいです。シャンガマックが木の実を持ってきてくれました。成り時期が長く、秋から冬の初めまで落ちずにあるそうです。彼の故郷にも同じ種類の木があり、故郷ではよく使う、と。

 加熱すると蕩け(とろ)て、細かく刻んだ塩漬け肉と相性が良く美味しく出来ました」


『ちょっと味わいが変わるだけで、いつもと違いますね』とイーアンは笑った。ドルドレンはこの場で抱き締めたかったが、どうにか耐えた。料理も上手い。俺のイーアンはどこまでも最高だ。



 イーアンは『お昼ですよ』と周囲に声をかけた。


 ロゼールが最初に来て、『彼女が楽しみにして、と言うので、下がらせてもらっていた』とドルドレンに話した。皿によそられた料理と焼き目の付いたブレズを見て、ロゼールは『わぁ』と嬉しそうな笑顔に変わった。


 シャンガマックも来て、総長にやや気を遣っているものの、赤い料理には切れ長の目を細め、 ――明らかに喜んでいる―― 微笑みながら料理を受け取ると、さっと戻った。

 他全員に食事を渡し、その度に『きれいな色だ』『美味しそうだ』と彼らは楽しそうに料理を眺めた。


 イーアンとドルドレンも料理の皿を持って、近くの平らな岩の上で食べ始めた。


 一つの皿に、白くこんもりした芋料理と、明るい赤い色の肉料理がよそられ、6枚にスライスして焼いたブレズが添えられている。イーアン的には、言ってみれば『マッシュポテトとミートソース』という形象。

 芋は、ここの芋も特に変わらない味と質で使い勝手が良い。皮が薄い特徴がある。

 シャンガマックのくれた木の実は、トマトの様な果肉質で、見た目がざくろ粒。生果の皮はしっかりしていたが、そのまま煮て良いと聞いたので、加熱すると、皮もすぐに柔らかく蕩けた。皮の酸味が小さな果肉の甘さと釣り合いが取れていて、これは良い食材、と気に入った。



「イーアン。とても美味しい。本当に美味しい。・・・うん。ああ、なんだろう。う・・・」


 ドルドレンが満足そうに顔をほころばせる。『こんな遠征の食事は始めてだ』と快感を感じているのか、悩ましい悶え方をしている。食事にその色気は・・・と思うものの、美丈夫の色気にイーアンは見惚れる。こんなに悩ましく食べる人がいるなら、これからもせっせと作ろう、一日3回は見れる、と妙なやる気が湧く。


 ふと視線を感じ、顔を上げると、少し離れて座っているフォラヴと目が合った。フォラヴは片手を少し上げて微笑んだ。彼は立ち上がって側に来ると、目の据わる総長を無視しながら料理の感想を伝えた。


「遠征で、このような腕を振るわれるとは。今後あなたが旅立つ遠征には、例えどれほど疲れていても、同行の許可を頂きたいものです。()()()()癒される美味でした」


 フォラヴも俗に言うイケメンである。白金の髪と白い肌に空色の瞳、涼やかな顔。


 実に、見栄えの良い成人男子が多い世界である。統計は分からないが、人口比率で見たら相当な確率に思える。それも様々なイケメンが揃っているとは。町で見かける女性も美しい人が多いので、恐らく全人口の70%以上は『美』なのであろう、とイーアンは見当をつけた。これだけ多いと、体に良いのか毒なのか、難しいところである。


 フォラヴは空色の瞳を遠慮がちに伏せ、冷たい過重力を注ぐ総長から逃れるように立ち上がる。『大変嬉しく頂きました。どうぞまた、心の破れた私にあなたの料理を分けて下さいますように』そう流れるように告げると、寂しげな微笑を湛えて去って行った。


「あの言い方は何だ。心が破れるとは、どこのどの部分が破れたんだ」


 ドルドレンの真面目な苛立ちなのだが、何だかいつも使う言葉がおかしくて笑ってしまう。イーアンは、心ですよ、と言いたくなるが『どこのどの部分』と再質問されそうで下手に返さないことにした。



 フォラヴの後も、全員がお礼と感想を伝えに来てくれた。

 先ほどのフォラヴほど詩的ではないが、美味しかったことと、また作ってという内容は同じで、イーアンは嬉しかった。騎士だからかもしれないが、彼らは一様に礼儀正しいと感じる。ちゃんとお礼を言う。ちゃんと誉める。誰でも、頑張った後に誉められたら次もやる気が出るものだ。


「好評だと頑張り甲斐があります」


 イーアンの言葉に、ドルドレンは困ったように肩をすくめた。『好評なのは良いが、俺以外が食べることについては複雑だ』と。そのうち、あなただけに作る時が来ますよ、とイーアンが笑うと、ドルドレンは意味を察したのか少し赤くなった。


「早くそうなるように努力しよう」


 そう言ってイーアンの肩を抱き寄せた。まだ出会ってから一ヶ月と経っていないのに、もう何年も一緒にいるような気がして、ドルドレンは不思議な高揚感に浸っていた。




お読み頂きありがとうございます。

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