696. セドウィナ・ホーションと交渉
一度咳払いし、パヴェルは短い挨拶を最初に伝えた。
「昼食を楽しんで頂けた様子(※黙って食べる=楽しいと解釈)で嬉しいです。さて、気持ちも和んだ所で。私が皆さんに無理を言って、お招きした理由をお話したいと思います。
イェーシャンとナイリス。彼らとも充分に話し合ったのです。時に総長。イーアン。この二人を見かけていますか?彼らはあの場にいました。今、同席しているのは、彼らの勇気であり、同時に謝罪の思いもあると信じて下さい」
パヴェルにそう改めて紹介され、お茶を一口飲む前は微笑んでいた夫婦の顔は、真剣な表情に変わった。そして二人ともしっかりと、黒髪の騎士と、白い龍の影を見せたイーアンを見つめた。
「そうです。私たちはあの場にいました。あの夜、あなた方を守ることが出来なかったことを悔やんでいます。寂しいかな。愚かな心を止めても、力及ばず。どう謝罪して良いか。この時まで考えました。あなた方が私たちを追い払うかも知れないと思いながら・・・隠すように同席しました、このことを最初にお詫びします」
イェーシャンは妻の手を握って、謝罪の言葉を伝えた。ドルドレンは無表情に見つめる。イーアンはじっと、二人の品の良い夫婦を眺めた。彼らは、どちらかの反応を待っているように黙っている。
「もう良いのだ。あなた方がパヴェルに託した謝罪はもう、受け取った。俺たちはそれを理解し、受け入れたのだ。終わったことだ」
ドルドレンは、その話を続ける気がないことを、きちんと伝えた。何度謝られても、一度生じた、大きな気持ちを繰り返し受け取るだけである。内容は同じ。だから充分だ、と頷く。
「有難うございます。それではお言葉に感謝し、先へ進めます」
夫婦が静かに頭を下げ、お礼を返した後。パヴェルは前置きを済ませて続ける。『北西支部から戻った日のことです』少し情緒的に思い出す、初老の貴族。
「ついこの前ですね。でも長い時間が経った気がします。私は戻ってすぐ、『王城の一件を話し合う』とされた昼食の席に招かれ、出かけました。その席には、貴族でも中立派の者だけです。彼らと話し合い、私は戻ったばかりの真実を伝えました。この話は・・・少し置いておきます。
それから昼食を終えて、この家に戻った私は、彼らイェーシャンとナイリスに、あなた方との出来事を伝えました。
イェーシャンたちは、とても心配して待っていたので、総長たち皆さんの態度を知り、心から喜びました。そして私は、彼らと相談し、また、懇意にしている、ホーション家の主とその妻を招き、自分たちに今後出来ることを考えました。旅の話を聞いたからです」
ここでパヴェルは、ちょっとだけオーリンを見た。目の合ったオーリンは、不思議そうに首を傾げる。
「いやね、オーリン。君は『話したら、それは他言だろう』って。そう言ったから」
少し笑った初老の貴族に、オーリンも笑った。『そうだよ。でも話したな』そう返して、肩をすくめた。続きをどうぞ、と促したので、パヴェルも笑顔を浮かべたまま続ける。
「有難う。続けます。実は、ホーション家の主たちも、王城のあの一件を止めた者たちです。彼らと、イェーシャンたちは、王城の惨劇を見て、互いに苦しい思いを抱えました。
旅人にやつした私が、北西支部へ向かい、また戻ってきたことを教えると、ホーション家の二人は彼らイェーシャンたちと同じように、胸に手を当てて感謝を捧げました。そして、私が協力する意志を伝えると、すぐに相談に乗ってくれました。
とはいえ。この国ハイザンジェルから、出られない私たちに出来ること。それは限られています。その限られたことこそが、もしかすると、私たちへの導きではと信じ、話し合った結果を伝えます。行動に移す前ですから、余計であれば、今止めて下さい」
ドルドレンは、黙って彼の話に耳を傾ける。他の4人も同じように口を開かないで、初老の貴族の話を待った。
「内容をお伝えしたかったのです。それは、私たちの伝を国外で使うことでした。あなた方がどこの国に向かうのか、私たちは知りません。例え知っても旅ですから、思い通りに、決定した行き先に向かうばかりとは限らないでしょう。
ですから、アリジェン家の繋がりは私たちが、ホーション家の繋がりは彼ら二大当主が、国外4国の、信頼出来る貴族と繋ごうと考えています。これが何の役に立つか。思いつく限りで、教えます。
まずは、連絡手段として使えるでしょう。国外の貴族を通して、連絡を回すことは、一般のそれよりも安全で優待されます。そして早いです。検問をくぐる日数が圧倒的に短い。
それから、事件のあった際。何か思わぬ事故や事件に巻き込まれたとき、一切の知り合いが近くにいない場合。そんなこと起こらないことを祈りますが、もしも不幸にもそうなってしまったら。
私たちの伝である貴族が、何らかの形で助けを出すことも出来ます。小さな援助だとしても、必ず突破口に繋がる方法を教えると思います。
また、万が一。仲間がはぐれた場合。探しようがない等の事態に、少しでも多くの情報が必要ならば、貴族の伝で情報源に触れることが出来ます。梨の礫でも、貴族を通してさえ、情報が得られない・・・例えばそんな時でさえ、それすら情報になります。
そして出来るかどうかは分かりませんが、どこかで足止めを食らったとした場合。私たち貴族の息のかかる安全な場所で、待機することも出来るかもしれません。この部分は、信頼問題に関わるので、実現が可能か、まだ打診でしかありませんが。
こうした形で、私たちがあなた方の旅の協力を、幾らかでも申し出ることは出来ると思いました。もし余計であれば、この話はここで終えます。いかがですか」
意外な話に、職人軍団(※イーアン含む)は目を見合わせた。ドルドレンの灰色の瞳は、真っ直ぐにパヴェルと夫婦を見つめる。誰も口を開かない数十秒。最初に沈黙を破ったのは、背後の声だった。
「突然お邪魔して申し訳ありません。本当はお話の場に参加させて頂きたかったのですが。パヴェルに止められて・・・でも思いが募って、やはり来てしまいました」
上品な、よく通る女性の声に振り返った全員。パヴェルと、夫婦は呆れたように溜め息をつき、少し笑った。視線の先には、背の高い、美しい黒髪の女性が見え、彼女はゆっくりとした足取りで、庭園の植物の道を通って近づいて来た。
長い髪を結びもせず、大きく胸元の開いた薄緑色のドレスを着た女性は、来客のいる場所で立ち止まり、同席の許可を求めた。
オーリンはちょっと、ごくっと唾を飲む。ドルドレンは目を逸らした(※安全策)。親方はただ彼女を見ている(※コイツ誰だろう)。イーアンは少しだけ、彼女がシャムラマートみたいに見えた。ミレイオは興味なしで、ちらっと見ただけ。
「彼女は。失礼しました。とても賢い女性ですが、少々聞かない部分がありまして・・・セドウィナ・ペルジェイ・オーロット・ホーション。ホーション家の当主の一人です」
困ったように紹介したパヴェルが立ち上がり、美しい女性の背にそっと手を回して、来客に紹介した。青い瞳と黒い髪。豊かな体形にすっきりした顔立ち。その凛々しい立ち姿、オーリンは脳ミソがちょっとやられる。
セドウィナは来客に微笑み、丁寧に自己紹介と、急な参加のお詫びをして、タンクラッドの横に座った。タンクラッドは無視した。オーリンはガン見。
着席したセドウィナに、召使いがお茶を出すと、彼女はお礼を言って下がらせた。それからパヴェルを見て小さく頷くと、自分からも是非話をしたかったと切り出す。
「王城で。そこにいらっしゃる美しい男性、騎士修道会の総長のあなたと。横にいらっしゃる、勇敢で気高い龍の化身のあなた。私と夫は、あなた方をお守りすることも出来ず、それを悔やみました。あの大広間が変わり果てた後、私たち高位貴族は緊急招集の元で話し合いをしました。
ですが、話し合う内容は、私やパヴェルたちの気持ちと全く異なる内容ばかりでした。この前、パヴェルが私と夫を呼び、彼の話を聞いてようやく、私たちの思いを形に出来ると知り、夫も私も同意したのです。
それが、先ほどまで、パヴェルがあなた方にお話したことです・・・聞き耳を立てるなど、恥ずかしい行為を先に謝ります。ごめんなさい」
「いいよ。気にしないで」
オーリンが即行、ちょっと赤くなりながら、いい、いいと笑顔で返した。笑うタンクラッド。ミレイオも『あんたじゃないでしょ』と笑って窘めた。パヴェルは、オーリンの率直な態度が気に入っているようで、軽快に笑う。夫婦もよくある光景(※セドウィナは男性に気遣われる)ので微笑ましく見守る。
一緒になって少し笑ったセドウィナは、オーリンの黄色い瞳を見て『有難う。では続けます』と答えた。
「ホーション家は。国外と言いましても、テイワグナ共和国とヨライデ王国にしか、親戚の貴族はいません。知人を頼ることも出来ますが、知人は付き合いが表面的な部分も多いため、信頼出来る相手を選ぶと、その2国に限られます。それでも、あなた方の大いなる旅路のお手伝いは、出来ると思うのです」
一気にそこまで話すと、凛とした表情を向けてセドウィナは、来客の言葉を待つ。オーリンが何かを言おうとしたのを、タンクラッドが『お前は黙ってろ』と止める。ドルドレンとイーアンは、少し考えたいと思っていたので、それを言おうか戸惑った。
するとミレイオが先に口を開いた。ギラギラ刺青パンクが、セドウィナに目を向けて少しだけ見つめる。セドウィナは、その目の色の違いに驚いたようだったが、すぐに表情を戻して微笑んだ。ミレイオは微笑まない。
「セドウィナ。私はミレイオ。ここにいる私たちはね、すぐには決定出来ないと思うの。協力してもらえると助かるのは、よく分かったけれど。それを頼るには、私たちにも準備が要ると思わない?」
パンクの言いたいことは、タンクラッドとドルドレンにはすぐに分かった。イーアンも、少しして気が付く。オーリンは分からないまま、美人に釘付け(※役立たない)。
『準備』と言われたセドウィナは、少し間を置いてから、小さな咳払いをし、瞳の色の違う不思議な相手に訊ね返した。
「ミレイオ。準備はいつまでですか。もしあなた方が出発されて、その後から動くとなれば」
「遮るわよ。ごめんなさいね。セドウィナ、話の根本が違うわ。私たちの準備は、私たちがするんじゃないの。私たちに向けたあなたたちの動きよ。どこの馬の骨か分からない私たちを、姿形・ある出来事だけを紹介状にして、よその貴族の誰かに助けてもらえるなんて。出来るかしら?私の言っていること、分かる?」
賢いセドウィナはハッとした。そしてすぐに頷く。『そうね。そうだわ』形良い唇に、細く長い人差し指を当て、青い目を泳がせる。何かを素早く考えている様子なので、ミレイオは答えを待つ。
「出来ます。分かります。私がすぐに用意出来るもの。はい、大丈夫です。準備はすぐに整えましょう。勿論、何かを持って頂くつもりでしたが、もっと確かなものを求めていらっしゃるのね」
「そうよ。王城の件。そこにいるドルドレンとイーアンが、何で怒ったか。あなたは知っているでしょ?口にするのも嫌だから、言わないけど。
あなたもパヴェルも、従兄弟夫婦の彼らも、良い人たちって分かるけどさ。そんな人どれくらい、いるのか。口約束で頼った相手が、私たちの誰か一人でも、王城の夜と同じ扱いをしたら・・・私は容赦なく叩きのめすわよ。そんなこと、されたくないでしょ?」
毅然としたミレイオの静かな言葉に、セドウィナは少し震えた。一瞬で心の奥を掴まれる、感じたことのない力強さに戸惑う。
そんな戸惑いを見せた美女に、ミレイオは目を少し細めて眉を寄せ『そういうことよ。まず固めて頂戴』と呟く。
横のイーアンの頭をちょいっと抱き寄せて、小さな白い角にキスをした。『あんたに、もう二度とあんな思いさせないわよ。大丈夫よ』笑わないミレイオはそう呟いて、自分を見上げるイーアンに頷く。イーアンも少し微笑んで、はいと答えた。
セドウィナは、不思議な相手の力強さから受ける感覚を、じっくりと、でも急いで胸に感じた。彼の愛情を受ける、角の生えた女性を見つめ、もう一度、ミレイオを見た。ミレイオは自分を見ていて、返事を待っているようだった。
「ミレイオに約束しましょう。今、この場で。私はホーション家の当主です。私の協力を受け取って下さい。私たちは、ハイザンジェルの貴族として、国土を守る立場にいます。その繋がりと役割を、他国の貴族にも求めます。それが私たちの真の姿と信じ、大いなる旅路に貢献しますように。準備はすぐにでも取り掛かります」
思いも寄らず。ミレイオが交渉する形となって、ドルドレンとイーアンは目を見合わせた。ミレイオはイーアン座布団。抱え込んで『だってさ』と微笑んだ。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方、ポイントを入れて下さった方に、心から感謝します。とても嬉しいです!励みになります!!




