695. パヴェルの昼食会
王都はいつも、決まった場所へしか降りなかったイーアン。こんな所もあるのか、と驚いた。
「俺も来たのは、この前が初めてだ。城下町を歩いていても、こんな奥までは、用もないから知らない」
伴侶を見上げると、伴侶は頷いて指差す。『王城の庭。あれの続きが、貴族の家に繋がっていたのだ』パヴェルの家は、あっちだよと教えてくれた。イーアンは伴侶の顔を見つめたまま。気がついたドルドレンは『?』と目を見つめ返す。
「あなたの目の色、すごく綺麗です」
イーアンがニコッと笑って、一言。ドルドレンはニコーっと笑って『その言葉。嬉しかったのだ』と愛妻(※未婚)をぎゅうぎゅう抱き締めて頬ずりした。イーアンもえへへと笑う。
「嫌だな。あれ」
後ろを飛ぶ、タンクラッド。何やら二人の世界に入り浸る、総長とイーアンを眺め、横を飛んでいるミレイオにぼやく。
「(ミ)良いじゃないの。思い出でしょ。横恋慕の自覚持ちなさいよ、いい加減」
「(タ)うるさいっ 見せ付けることないだろう。他の者もいるんだから」
「(ミ)見せ付けてるつもりなんか、あの二人にないわよ。二人とも素でしょ」
「(オ)ああいうの見てるとさ。相手がいるって、楽しいんだろうなとは思うよな」
「オーリンもそんなこと思うのね。でも、思い出があるって、それは楽しいでしょうね」
ミレイオはそう言うと、少し自分の過去を思い出して黙った。もう。ザンディ以外の誰かを愛そうと思えない自分がいる。男龍は大好きだけど、それとこれは別。イーアンたちを見ていると、自分とザンディを思い出して、少し胸が切なくなった。
ミレイオが黙ったので、親方もぶすっとしたまま黙りこくる。オーリンは気にしないので、ぴゅーっと総長の龍の近くへ寄せて『どこ降ろす?』と龍の降り先を訊ねた。
ドルドレンが下を見ながら考えて、この前降りた場所が一番無難かなと、中庭を示すと、ガルホブラフが先に下降した。ドルドレンの龍・ショレイヤも倣って下降。親方の龍・バーハラーは余裕たっぷり、どーんって感じに続く。ミレイオもバーハラーの脇に並んで、一緒に中庭へ。数秒後、整った芝生の緑に、全員が降り立った。
ここからどうするの?と、ミレイオがお皿ちゃんを、背中の袋に入れながら訊いていると、建物の方向から誰かの声がした。『とりあえず。龍を戻そう』ドルドレンは3頭の龍を、空に帰すように指示。龍が飛び立った後、人影が見え、その人は手を振っていた。
「総長。パヴェルです。ようこそいらっしゃいました」
笑顔でやって来た男に、イーアンは固まる。固まった愛妻をいち早く察したドルドレンは、さっと肩を抱き寄せた。『離れてはいけない。俺がいる。大丈夫だ』ビックリしている愛妻にゆっくり声をかけたが。
ドルドレンもビビる。困ったなーと思いつつ、眉を寄せた顔を一度戻して、近づいたパヴェルに微笑んで挨拶した。後ろの職人3人も固まっているのが伝わってくる。
初老の貴族は、衣服が貴族そのもの。そして彼の後ろに、ずらっと召使いが続く。
パヴェルが振る手の袖から、フリフリの飾りが風に優雅にゆれ、きちっと整った髪は、まるで被り物のような、まとまりある艶やかさで陽光にきらめく。絶対使わないでしょと思う、キラキラ剣が腰にぶら下がっていて、あちこちヒラヒラしてる服が、お金持ちっぽさ満載。
頬と下瞼に奇妙な痙攣が起こるのを感じながら、ドルドレンはさらに見つける。彼の後ろから、似たようなヒラヒラな男女が・・・ずらっと並ぶ召使いの間を、てくてく歩いてきたのを。
「総長、イーアン。タンクラッド・ジョズリン。オーリン。ミレイオ。急な申し出によくお越し下さいました。今、私はとても感激しています。
こちらは、私をあなた方へ導いた二人です。私の従兄弟を紹介します。従兄弟のイェーシャンと、その妻ナイリスです」
ドルドレンは頷いて、自己紹介。それから彼らも『イェーシャン・・・・・ウンたらカンたら』と『ナイリス・・・・・ウンたらカンたら』の長い名前を名乗り、よく訓練されているであろう、お出迎えスマイルをくれた。
二人は、パヴェルよりも少し年が上のようで、イェーシャンは小太りでホンワカ。ナイリスも小太りより、もうちょっと小太り(←中太り)でホンワカ。育ちが良いことは確かであり、そして見るからに、性格も穏やかで優しそうだった。
それが分かったのは、ミレイオを見ても、パヴェル同様に彼らは動じなかった。イーアン角を見ても、すぐに視線を外して、失礼のないように微笑み振舞う、その調教の成果というべきか。
素晴らしい社交的な礼儀がこなせる、このことは、きっと中身も問われるものだろうと、ドルドレンは思ったからだった(※召使いさんたちはガン見)。
こんな、ヒラヒラ・パヴェルとポチャッと夫婦に招かれ、ドルドレンにしっかり肩を組まれたイーアン、後ろの3人は、召使いさんたち2列体制の間を通り、用途不明なほど大きな建物に入った。
イーアン。小刻みに震える。眉がぎゅーっと寄っているまま、困った顔を戻せない。イーアンの人生で、こうしたお宅に縁がないどころか、こうしたお宅に住む人々に差別を受けていたので、どうして良いのか悩んでいた(※イーアン、スラム出身)。
フェイドリッドの部屋は。王様だから、と思えたけれど。あれだって、慣れるのに時間がかかった。いや、気にしないようにしてるだけで、実際は慣れていない。
どうしましょ~・・・悩むイーアン。泣きそうになる。帰りたい~ イーアンの人生の軋みが、苦手意識を駆り立てる。
そんな泣き出しそうなイーアンを見て、ドルドレンはぎゅっと、彼女の肩を掴んだ手に力を入れる。『イーアン。大丈夫だ』小声でそっと伝えると、イーアンはちらっと、不安丸出しの瞳を向けて、気弱そうに頷いた。
後ろでは、タンクラッドが大股で歩く(※引くけど気にしない人)。オーリンも、時々見渡したりするものの『ふぅん』と関心のない様子。ミレイオは装飾を見て、何やら興味を持っているらしかったが、それも美意識の範囲だった。
職人3人は、貴族の生活そのものには驚いたようだが、だからといって、何が気になるわけではなかった。『貴族はこんなもんだろう』程度の意識である。
前を歩くパヴェルは、ドルドレンたちに通り過ぎる部屋を紹介しながら、自宅の様子を教えた。
それはドルドレンたちにとって、どう反応して良いか、全く分からない内容だったが、ドルドレンがひたすら『立派だ』『さすが』と繰り返したお陰で、パヴェルの苦笑いと共に紹介は終息した。
「すみません。私たちの礼儀です。来客が楽しめるよう、幾つかの部屋を案内します。気に障ったら申し訳ない」
「いや。気に障るなど、そうしたことはないが。ただ俺たちも馴染がない。どう応じて良いかも知らないため、パヴェルには、失礼に感じることもあるかも知れん」
「気にしないで下さい。もう少し進んで、庭に出ましょう。東屋があります。そこで一緒に昼食を頂こうと思って」
パヴェルと話しながら、ドルドレンはイーアンをちらちら見ていると、俯いているイーアンが、ドルドレンの服の裾を握っているのに気がついた。
怖いもの知らずで、気迫も凄まじい愛妻は、今、子供のように不安を抱えて、自分の服を掴んでいる。可愛いなぁと(※頼られてるから)思うと、つい笑みが浮かんでしまいそうになるドルドレン。とにかく、愛妻のその肩をしっかり抱き寄せていた。
後ろの3人も気が付いていた。総長はクロークを羽織っていないので、イーアンがガッチリ、彼の服を握っているのを見える。お互い、目を見合わせて、その様子に小さく首を振った。
5分以上、長い廊下をあちこち曲がって、大きなホールから再び外へ出ると、何連にも畳まれる扉が開放された先に、豊かな庭園が広がっていた。
パヴェルたち3人と来客5人は、日差しの温かな庭園を歩き、色とりどりの花々を目端に移しながら、庭の先に見えてきた、開放的な建物に向かった。パヴェル曰く『東屋』のそこは、休憩用の簡素な建物としての概念を、全く取り払った、実に豪勢な建造物だった。
屋根の高さこそ低いが、12角形の台座を床にした、広々とした空間を持つ。12本の柱に囲まれた中は、大きな一枚石の食卓があり、美しい彫刻のある椅子が10脚置いてあった。幾つかの綿入り長椅子も、美しい織物に包まれて置かれ、軽く昼寝が出来そうな雰囲気。
もてなすパヴェルと従兄弟夫婦は、来客5名を椅子に案内し、どこも上座にしないように気を遣う。そして、具合の悪そうなイーアンを発見したナイリス(※中太りの奥さん)は、イーアンを側の長椅子に座らせることにした。
イーアンは、ヒラヒラぽっちゃり奥さんの顔を一瞬見ると、さっと顔を下に向けて、ドルドレンの裾を握ったまま長椅子に座った。ドルドレンはイーアンが服を掴んでいるので、ちょっと笑って、一緒に長椅子に掛けた。
「大丈夫なのだ。俺も一緒にここにいる」
「う。ドルドレン。私は」
息が詰まるイーアン。屋外なのに、つわりでもないのに、息苦しくて死にそう。来たばかりだけど、帰りたい。お空の神殿は平気でも、こうした神殿系とセットな生活の人々には、滅法弱いと改めて自覚した。
うーんうーん唸る、苦しいイーアンを見て、ドルドレンは彼女が想像以上に堪えていると知る。可哀相になるが、パヴェルの招きもある。イーアンを帰すとなれば、ミレイオも帰ると言うだろう。それは良くないと思う。
1時間だけだからね、と小さな声で愛妻に伝えると、イーアンはちょびっと涙目で頷いた(※苦手100%)。
「彼女は具合が悪いのかしら。どうしたのかしら」
ナイリスは気になるようで、お薬を持とうか、医者を呼ぼうかと言い始めた。ふんふん半泣きで、返事に困るイーアン。パヴェルも、総長に聞いていたと言えども、彼女はここまで抵抗があるのかと、少し驚いていた。
ミレイオは、一度椅子に座ったが、見ていてちょっと・・・イーアンの様子が難しいかなと気づき、側へ行った。
「イーアン。どうしようか」
覗き込んで優しく言うと、イーアンは垂れ目をもっと垂れさせて困っていた。ミレイオは察する。帰りたいんだと分かる(※アルプスの少女・ハ○ジ状態)。正確には、ここを出れれば良いだけかと。でも言えないのだとも分かる。パンクはちょっと笑ってから、交渉。
「あのね。1時間後には空にいるのよ。ここに居るのは、ほんのちょっとだわ。
パヴェルはあんたが助けてくれたから、お礼をしたくて呼んだの。お礼をしたかったら、ちゃんと招くのは、皆一緒じゃない?一番綺麗な場所で、自分も自分らしくして、喜んでもらえるようにしない?」
イーアンだって、このくらい分かってるだろう、と思うけれど。ミレイオは改めて、イーアンに問いかけた。
彼女は、引け目の記憶で我慢しがち。我慢じゃなくて、別の見方をしなさいと、ミレイオは度々教える。感情が強いイーアンだから、昂ぶると、普段の深い思慮さえ閉じ込めてしまう。
「怖いのね。でも平気よ。怖いのは、あんたの記憶の中だけだもの。あんたは記憶を通して感じているから、怖がってるだけ。記憶って過去でしょ。ここにないのよ」
ドルドレンと反対側に座って、ミレイオはイーアンの頭を抱き寄せ、ちゃんと丁寧に教えた。『そうでしょ?今は平気じゃない?』刺青パンクに諭されて、イーアンは落ち着き始める。うん、と頷くイーアン。
心配そうなパヴェルと従兄弟夫婦に、ミレイオは『この子。昔、いろいろあったの。こういうこともあるわよね』とあっさり流した。そしてニコッと笑うと、パヴェルも微笑んで頷いた。
何も訊かずに、パヴェルはそれからすぐ。号令を待つ召使いたちに、食事の用意をするように伝えた。
大理石のような模様の食卓に、光沢のある布が敷かれ、次々に料理の皿が運ばれてくる。その様子を、オーリンとタンクラッドは見つめる(※着席してる人たち)。
長椅子では、イーアンを両脇で介護中の総長とミレイオ。パヴェルは召使いに幾つか支持を与え、従兄弟夫婦は、タンクラッドたちの向かいに座って、料理の運ばれる最後まで微笑み続ける(※これも微妙)。
「肉。出てこないな」
「あれか。肉が出れば、イーアンがってことか」
オーリンの言葉に、タンクラッドが料理を見ながら答える。頷く弓職人。『肉、ここになさそうじゃない?』ちょっと見た感じ、何が入ってるか分からない形の料理ばかりで、見た目に肉と分かるものはなさそう。
オーリンたちの会話を耳にしたイェーシャン(※小太りの旦那さん)は、親切そのものの笑顔で『肉料理は、この続きでお出ししたいと思いました。先が良いですか』と訊ねた。
「いや。良いんだ。そっちの都合もあるだろう。出て来るなら、それで」
タンクラッドが片手を少し上げて、イェーシャンにお礼を言うと、オーリンは親方を見て『先にもらえば良いだろう。イーアン、肉食べさせれば忘れるって』とケロッとした顔で言う。
後ろの長椅子に座るドルドレンが、笑うのを堪え、ミレイオも一瞬、笑いかけたものの飲み込んで、イーアンの頭をぎゅっと抱き締めた。当の本人は恥ずかしそうに苦笑いで俯いていた。
ナイリスは、恥ずかしそうでも少し笑った様子のイーアンを見て、すぐに召使いに『お肉を一人分、先に頂戴』と頼んだ。イーアンを気遣って囁いて伝えたのだが、オーリンは聞いていて、すぐに後ろを振り向き『良かったな。肉だぞ』と笑う。タンクラッドが『お前』と弓職人に苦笑いを向けた。
ドルドレンは堪え切れなくて、失笑。愛妻に『ごめんね』と思うが、オーリンの屈託ない態度が可笑しくて、笑ってしまった。
ミレイオも少し笑って『食べよう。イーアン』そう誘って、上手に誤魔化した。イーアンも、中年なのに駄々を捏ねているような自分が恥ずかしいのもあり、頷いて食卓を見た。
遠慮せずに言うオーリンに、パヴェルもハハハと笑う。従兄弟夫婦も可笑しくて笑い、先ほどまでの心配漂う場は、少し和やかな(?)雰囲気に変わった。
イーアンを立たせたミレイオは、ドルドレンを見て、顎でちょっと席を示す。ドルドレンは理解して、自分とミレイオの間に、イーアンを座らせた。ドルドレンの横には従兄弟夫婦。その横にパヴェルが着席した。
ようやく。昼食会が始まったのは、予定の1時を20分回った頃。東屋には、1時10分前に着いていた。
料理が揃ってからも、あれこれと料理の説明を受けながら、来客はなかなか食べるに手を出せない状況を終えて、若干温度の下がった『焼き立て』『作り立て』料理を食べ始めた。
口には出さなかったが、後10分早く食べれていたら、きっともっと熱くて美味しかったと、来客の誰もが思いながら、人肌の温度に冷めた汁物や、焼き立て20分後の料理を味わう。
有難いような寂しいような。イーアンは一人、肉から食べることになり、肉料理を黙々と食べた。
運ばれてきたそれは、縦横8cm×1cm厚さの肉。30cm径の皿にちょんと乗っているのを見つめてから、少しずつ切り分けて、少しずつ口に入れた。美味しい肉に変わりないのだ。量が微量というだけで。
ミレイオの横から、イーアンの皿を見ていたオーリンが何かを言おうとして、ミレイオに足を踏まれた。オーリンが睨むと、ミレイオは睨み返した。怖いので、オーリンは負けた。
上品に食べる。その仕草も知らない5人は、とりあえず、あまり音だけは立てないようにして、頑張って食事をした。
食べている気が殆どしない時間は流れ、時々、パヴェルが料理の感想を聞きたがるのに答え、従兄弟夫婦の朗らかな会話に相槌を打ち、どうにかこうにか、〆のお茶まで辿り着いた。
タンクラッドは後悔した。来なきゃ良かった。心底思う。量が少な過ぎて、ヘンに食べた分だけ、腹が鳴る(※一食でカツレツ15枚食べる人)。
オーリンは普段が肉食なので、よく分からない味付けと、よく分からない調理方法の料理に、笑顔が減っていた。もっと具体的な料理(※見て材料が分かるやつ)が食べたかった。
ドルドレンは時折、総長の立場もあって、こんな食事を食べる機会も、これまでに数えるほどではあるが、遭遇している分、支部に帰ったら何か食おうと思うのみ。
静かに食べ切ったミレイオは、別に料理自体に何も思わなかったが、ちょっと・・・食事を楽しむ雰囲気が違うかな、とは思っていた。
ちらっと横を見ると、イーアンは、食べているのに食べていると思えない様子。最初よりは落ち着いたようだけれど、彼女もまた、食事そのものを楽しむミレイオと同じなので、この状況の『昼食会』は不自然なのだろうと分かる顔だった。
パヴェルは運ばれてきたお茶を、やたら平たい容器に注がせて(※冷めるの早い)笑顔で皆に勧めた。
それからようやっと、本題。1時間で切り上げる来客の言葉を聞いていたので、残り15分の状況で大事な話に入る。パヴェルたちからすれば、後1時間は欲しかった、大切な目的を話し始めた。
お読み頂き有難うございます。




