694. イーアンの予定と昼食会の誘い
そんなことで始まった一日。イーアンの頭の中で、縫い物をする手を見ながら、別のことが計画されていた。
オーリンが話した、サグラガン工房のアーメルさん。彼のことを、旅に出る前に手を打ちたいと思っていた。でもオーリンが会話中に出した案で、彼は無事、肩を治すことが出来た。
そうなのだ。旅に出る前に、気がかりだったことを終えたい。それがイーアンの中で、計画と変わり始めていた。
男龍にも連れて行かれる用事が増え、段々、自分の身動きの幅が狭くなっている最近。これで旅に出ますよとなれば、ハイザンジェルにいつ戻れるか分からない。
気になっていたのは、まずはモイラ。友達のモイラに、挨拶をしておきたい。それからティグラスの約束。龍に乗せると約束したから、ドルドレンと一緒に。
そしてハルテッドとベルに会いたい。行く前に『行ってきます』を伝えたい。それにラグスとボジェナにも、料理の話をもう一回くらいしたい。ラグス、彼女にはタワシも渡したい(※作ったことないけど)。個人的には、このくらい。
仕事としては、オークロイ親子のルシャー・ブラタ工房、ダビのいる親父さんの工房、グジュラ防具工房も挨拶に行きたい。どこまで可能か分からないけれど、今後の国外から輸送する話も、自分の口から伝えておきたい部分。
伴侶に相談。お休みをもらって、二人で行きたいと思う。『む。でもボジェナの場合は、ドルドレンなしですね』あそこは一人で行くか、と思い直す。
馬車の荷台に腰掛けて、デカイ独り言を言うイーアンに、周囲は気が付いているものの。暫く放っておいたが、とうとうタンクラッドが笑った。続けてミレイオもオーリンも笑う。驚いたイーアンは、顔を上げて皆を見た。
「あんた。考え事が全部口に出てる」
「あらっ。そうですか。いえ、自分の癖ですので、知っていますが。んまー、じゃ。私の気持ちは筒抜け」
「イーアン。ボジェナとラグスの家な。俺がいる時にでも良いぞ。イオライセオダに行くなら、うちで何か作って持って行けば、熱いまま運べるんじゃないのか?」
「モイラって友達なの?仲良いの?」
「ハルテッドとベルって、あいつらだろ?女装の弟と槍使い。東の支部にいるんだっけ」
本当に筒抜けだー・・・ イーアンも笑い出して、一つ一つの質問に答えた。
それから。4人で話していると、ドルドレンが加わる。執務室で読んだ手紙を、すぐに持ってきて、彼は内容を教えた。
「予定に加わったな。早急だが」
親方がイーアンを見て、ちょっと笑う。イーアンも笑顔で頷いた。
「王だけではないな。だが、王の気持ちなのか。もう一つの手紙はパヴェルだ。彼は王を交えず、自分の親族だけで招いている。それがな、今日の午後」
「急。急過ぎるから、それって、無理あるんじゃないの」
ドルドレンは灰色の瞳をパンクに向ける。『俺たちが行けないと言える、逃げ道だ。パヴェルの気遣いだろう』思ったことを素直に告げると、パンクも笑う。タンクラッドもドルドレンを見て微笑んだ。オーリンは苦笑い。
「あんた。やっぱ、総長なんだよね。そんなこと思えるんだから」
「オーリン。彼はそういう器、って何度も言っていますでしょ。それをこなす人なの」
イーアンは自慢そうに伴侶の横に行って、うん、と頷く。笑うドルドレンは愛妻の肩を抱いて、頭にキスして『そうとしか思えないよ』と手紙を振った。
「パヴェルは、こっちが馬車を作っていることは知っている。木材の余りも見えていただろうから、まだ、ここで作る日数があることも、理解しているはずだ。
俺たちが一緒にいる・・・それが分かっている数日間中に呼び出せば、来れると予想したのだろう。しかし、本当に何か都合や用があれば、動かないとも知っているだろうし、俺たちが応じたくない場合は、こうして急でもない限り、断りにくいのも考えていそうだ。彼は、それくらいの気遣いはすると思う」
「午後か。後3時間。そんなもんだな。1時だろ?」
タンクラッドは総長から手紙を受け取って、文面を見る。『本当にこりゃ、急ぎだな』どうするんだ、と仲間に訊く親方は手紙を見ながら『それにあっちでの時間が問題だな。2時間も居られないぞ』と呟く。
「1時間くらいならね。俺は、1時間で退散」
「私もかな。でも私が帰る時は、イーアンも一緒よ、この子、残す気にならないもの」
オーリンとミレイオは、1時間なら良いと言う。イーアンも一緒。ドルドレンも、そのくらいが限度のように思うので、親方が頷いたのを見てから『では。12時半に出発する』と微笑んだ。
王様の手紙は。また面倒じゃないと良いけれどと、イーアンが呟いたのを聞き、ドルドレンは、文中にセダンカの名前が出ていることを教えた。
『セダンカが関わっているなら、そこまでおかしな連中は組まないと思う』王だけだと心配だけどね、と笑った。イーアンもそれは頷き、王様の謝罪の席にも1時間以内でと、これは自分からお願いした。
ドルドレンは王様の手紙にはすぐに返事を出すことを伝え、この場にいる全員参加とした。
この話の後、総長として。イーアンに書類を見せて、相談。執務の騎士に、やっておけと命じられた記録作成。『俺には分からないのだ』困って言うと、イーアンはすぐ、大体の数や大きさを教えてくれた。
それからタンクラッドに話しかけて、親方に剣でどれくらい使ったか、覚えている範囲で訊く。イーアンが魔物の材料の種類や色を言うと、親方はすぐに思い出して、どれくらいの量でどれくらい使ったかを教えてくれる(※職人は記憶力が良い)。
ドルドレンがせっせと書き付ける横で、オーリンが来て弓に使う分の平均をイーアンに伝えた。イーアンはそれを聞いて、大凡のサイズを割り出し、伴侶に書かせる。ミレイオも、自分が受け取った使用分を、きっちり覚えていたので、『まだあるけど』と言いながらイーアンに量を話し、イーアンが大元の魔物の体から割り率を出して、伴侶に数字で伝えた。
「おお!埋まる、埋まるっ 俺の2日間は何だったんだ。すごい効率が良い!有難う、イーアン。有難う、皆」
空欄が書き込まれる快感に、ドルドレンは破顔。喜んで(※本当に心から喜んでる)書類を抱え、『これだけ出来ていれば、叱られない』と執務の騎士への恐れを口にする。
そんな総長が、ちょっと気の毒な職人たち。もっと早く相談すれば良かった、と悔やむほどに、総長はこの書類に悩まされていたらしかった。『何か。この子、総長なのに』『そう。こいつは総長なんだが』『優しいんだろうね。いびられても』同情の眼差しとひそひそ哀れみを受ける、ドルドレン。
そんなことは気にもならず、書類が片付いたと喜ぶ伴侶に、微笑んでいたイーアンは序とばかり、自分の予定も伝えることにした。
『お休みを取れたら、ティグラスやハルテッドたち、モイラに挨拶したい』と言い、ボジェナの家は一人で行くからと話すと、ドルドレンは頷いた。
「それが良いのだ。俺も、ティグラスの約束は気になっていた。男龍がいつ来るか分からないから、一日丸ごとではなく、出張扱いで動こう。委託工房にも行ける」
「万が一、連れ去られても。翌日も出張、ということですか」
「万が一じゃないのだ。四六時中だから。朝っぱらでも午後でも、時間関係ナシ。彼らに時間の観念があまりないから、こっちが合わせないと」
有給なんか使っていたら、有給が幾らあっても足りないとぼやく伴侶に、イーアンも笑って了解した。ちなみにこれまで。イーアンが連れて行かれている時は、どう扱っていたのか。
「うむ。世界の危機に関わる、と理解させてあるから。それらは『出張』だ。情報提供者って感じである」
男龍が(※ファドゥも)情報提供者。出張先が空。どんな処理なんだろう、と思うものの。詳しくは書かないんだろうなぁと、理解した。
イーアンの『・・・・・』の表情に、ドルドレンは『一応ね。機構の関係で出張だよ』と添える。範囲の広がった任務のくくりで、扱っていることを教えた。
と。こんなことであっさり11時を回る。パヴェルの『ゆったりお昼の会』に出かけるまで、1時間半を切った。
ドルドレンは急いで執務室へ戻り、ミレイオはちょっと、自分の格好を見てから『一度家に戻って、服着てくる』とのこと。イーアンのベストを借りたまま、お皿ちゃんで自宅へ戻った。
タンクラッドとオーリンは、お互いを見合わせて『急だからな。別に着替えなくても』どうせ着替えも似たようなものしかないし、と笑った。
イーアンも特にお洒落着のようなものはない。春服自体が滅法少ないので(※角付き中年女性のため)少し考えてから、中に着るものを『お手製・魔物皮ズボン&ミレイオ製龍の皮タンクトップ』に、着替えることにした。
おうちに戻って、中の普通のブラウスとズボンと交換し、アオファ冠を首にかけ、今日は暖かいので、剣のベルトはズボンの上、龍皮の上着は押さえないまま羽織った。着替え完了。質素なものである・・・・・
手甲と脚絆はどうしようかと思ったが、『常に身に付けろ』とおじいちゃんの命令が下っているので、これも付けておく。『ここまで揃えると。龍の皮製パンツ(※イーアンの場合はズボンの意味)が欲しい』今度作ろうと頷きつつ、おうちを出た。
時間が来るまで、それぞれ作業。12時を回る辺りで、ミレイオがギンギラギンで帰って来た(※一張羅の一つ)。ギンギラじゃらじゃらトゲトゲ刺青パンクは、昼の日差しに眩し過ぎる。至るところが輝き、目を眩ました親方に『あっち行ってろ』と嫌がられていた。
「あんたみたいに地味じゃないのよ、私。これでも抑えたのよ。貴族相手だから」
どこがどう抑えられたのか。他の3人には全く分からないが、当人は控え目らしかった。いつもの方が控え目では、とイーアンが思っていると、それはミレイオが気がついたようで『いつもは普段着だもの』と言われる。
あれで普段着・・・オーリンとイーアンで苦笑いしている横、親方は首を振って『ムダに目立つ』と不理解を示していた。
そうこう言っている間に、ドルドレンも来て、彼もとりあえず着替えるらしく、家に入った。
すぐに出てきたドルドレンは、刺繍のある黒い長衣に、ズボンと剣帯と革長靴。長衣と言っても膝上程度まで。イーアン、その格好を見てぽかんとした。
「ドルドレン。あなたのその格好」
ニコッと笑った黒髪の騎士は、龍の皮の手袋を着けながら『そう。覚えてる?』と愛妻に微笑んだ。イーアンが最初に出会った時の、あの格好。クロークがないだけで、その姿を見たのは2度目だった。
「滅多に着ないのだ。もう春だし、冬の礼装だからね。イーアンと出逢った日の前日。俺はこの服で、セダンカや王と会議に出ていた。今日は貴族が相手だから、まぁ。こんなのでも着れば、騎士修道会らしいだろう」
イーアンはちょっと嬉しい。そそそっと寄って、ぴとっとくっ付く。笑うドルドレンに肩を引き寄せられて、嬉しいイーアンはえへっと笑った。半年程度なのに、何とも懐かしい気持ち。
そんな仲良しな様子を、無表情で3人の職人は見つめ『行こうよ(Byオーリン)』と促した。えへえへしている満足そうなイーアンは、ドルドレンの龍に乗る。
二人はニコニコ笑いながら、何やら思い出に浸っているので、仏頂面の親方は無言で自分の龍に乗り、周囲を無視することにする。ミレイオはお皿ちゃん。オーリンがガルホブラフに跨ったところで、ドルドレンの『よし。では出発』を掛け声に浮上。
3頭の龍とミレイオは、昼の光の中を王都へ向かって飛んだ。
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