693. 朝の雑談、休みの話
朝。イーアンとドルドレンが出勤する時間。洗濯物を持って(※これはまだ支部)朝食に向かう二人は、玄関を出て扉に鍵を閉める。
それから、支部の裏庭口に向かって、歩き始めてすぐ。向こうから誰かが来るのが見えた。でもその姿は浮いていて。
「あれ。ミレイオではないのか」
「そうですね。早い」
二人が立ち止まっていると、やっぱりミレイオで、お皿ちゃんに乗ったミレイオは、爽快な朝の草原に颯爽と降り立った。
「元気なのだ」
そう。刺青パンクは上半身裸。逆三角形の筋肉の引き締まった、刺青だらけの上半身に、お皿ちゃんベルトを引っ掛け、黒い革パンに、ゴツイ革靴。じゃらじゃらの首飾りと、石付きの指輪は毎度のこと。
「でも疲れている気がします。おはようございます、ミレイオ」
イーアンは、パンクが少しお疲れな様子に気がついた。『おはよう』ニコッと笑ったミレイオはお皿ちゃんを背中の袋にしまって、さくさく歩いてきてイーアンを抱き寄せた。
「あー・・・やっと安心。はー、疲れた」
「おはよう、ミレイオ。上着は?寒くないのか」
「おはようドルドレン。少しね。朝っぱらだから寒いかな。でも上着取りに行くの面倒だから、このまま来ちゃった」
どこかへ出かけていた、とは親方に聞いて知っていたが、ミレイオの微笑が疲労しているので、大急ぎの用事でもあったのかと二人は思った。ドルドレンは、刺青パンクに食事を訊ねる。
「ううん。まだよ、でも平気。お昼くらいまで持つもの」
「良かったら、一緒に食べよう。食べたら、時間はまだある。作業前にうちで休むと良い」
優しいドルドレンの提案で、大きく息を吐き出したミレイオは、頷く。『有難う。ちょっと甘えるわ』首に片手を置いて、鳴らすように頭を回し、ミレイオと二人は一緒に支部に入った。
イーアンは、さっき抱き寄せられた時に、ミレイオの体が冷えているのが気になっていた。毛皮ではさすがに熱いかしらと思うが、春用の上着はない。でも上が裸は、朝のうち寒いから、ミレイオに何か着るかと訊ねた。
「ん、そうか。そうね。ええっとね。もう暖かいから、毛皮はやり過ぎよね。あのベストある?前、貸してくれた・・・あれでも平気よ」
食堂でドルドレンが朝食を3人分用意する間、イーアンは自宅へもう一度戻って、魔物の皮ベストを取ってきた。ミレイオは朝の広間で、刺青丸出しの上半身。騎士たちがちょびーっと引いている中、彼らと目が合えば微笑んで『おはよ』と挨拶していた。
ベストを渡すと、お礼を言ったミレイオは、ゆっくり腕を通してベストを着た。動きが鈍いミレイオ。いつものきびきびした感じがない。
朝食を持ってきたドルドレンもそれに気づいていて、3人で食事をしながら、『本当に。少しでも横になって休んで』と丁寧に頼んだ。ミレイオはフフッと笑って、緩慢な動きのまま、朝食を口に運ぶ。
「何も訊かないのよね。あんたたちは。イイコ。有難うね。・・・・・うん、そうね。ちょっと部屋、借りようかな。体が慣れないから、少しだけ休むわ」
そう言うと、イーアンをちらっと見て『分かる?』と訊ねた。イーアンは、それが何のことか、一瞬考えた。
「体の、感じが違うような。気がしています」
イーアンはそれを言うと、伴侶にも質問のきっかけを与えそうで、控えたかった。どう言葉を選ぶのが良いのか分からなかった。ミレイオは微笑んで『そう』と頷いて、この話題は終わった。
朝食後。ミレイオは『まだ王様のところに、行っていないかどうか』それを二人に確認し、出かけていないと教えると、ニコッと笑った。それ以上、何も言葉はなかった。
見た目以上に疲れていそうな様子に、イーアンはそのまま、おうちへ連れて行って、ミレイオをベッドに案内した。『休んで下さい』いそいそ、敷布を交換するイーアンに、パンクは笑って止める。
「あんたたちのベッドよ。私、長椅子で良いわ。あれ、ちょっと2台繋げさせて」
この前は寝ちゃったけど・・・そう言いながら、ミレイオは居間へ行き、長椅子をちょいっと合わせ、その上に仰向けに体を倒す。両手を腹の上に組んで、天井を見つめると『少し眠る』とイーアンに小さな声で呟き、あっという間に眠った。
イーアンは、出来るだけ柔らかい布を探して、それをミレイオの体の上に掛けた。寝息も聞こえない眠り方に、少し心配になる。親方たちが来るまで、ミレイオの側で縫い物をすることにした。
・・・・・と。思ったけれど。イーアンは眠るミレイオをじっと見て。最近、度々思っていたことを、実行しようと、変更。紙を一枚持ってきて、炭棒を腰袋から出し、お絵描き。
時間のある時、少しずつでも、絵を描きたいなと思っていた。写真のない世界だから、絵。印象的な場面や、いつも一緒の人の表情。絵に描いて残せたらと、イーアンは考えていた。
30分後。綺麗なミレイオが、モノクロで紙に現れた。肩から上だけ。ミレイオは魅力的な人である。刺青もちょっとだけ、薄っすら描いておく。細かくて難しいから、あまり描き込むと顔が分かりにくくなる。
「うん。とってもきれいです。ミレイオは、本当は色がほしいですね。この方は色や輝きがあってこそ、の方ですよ」
だけど、これも充分・・・イーアンは満足。右下に、題名と自分の名前も日本語で入れる。『眠るミレイオ, イーアン』と書いた。
親方たちの声が聞こえ、イーアンはそれをそっと机の上に置き、ミレイオの額を少し撫でてから、縫い物篭を持って外へ出た。
親方とオーリンが馬車に来ていて、彼らに挨拶してから、ミレイオが今日は来たことを伝えるイーアン。『でもお疲れです。少し、うちで休まれています』そう言うと、親方は家を見て頷いた。それ以上を言わないイーアンに、彼女も聞いていないだろうと判断し、親方もオーリンもとりあえず、準備にかかる。
イーアンは彼らにお茶を運び、仕事前のお茶を出すと、昨日は一日どう過ごしたかを訊ねた。親方は久しぶりに『剣を作っていた』と。剣職人が久しぶりに剣を作る、怠惰なもんだと笑っていた。
「それ言ったら。俺だって暫く仕事しないぞ」
オーリンも笑い、仲間に仕事の振り分けした様子と、アーメルの親父の家でちょっと話し込んだことを教えてくれた。何とオーリン。イーアンがかねてから、ひっそり気にしていた、アーメルの腕を『治癒場に連れて行ってやった』とのことで、治して来たと報告。
「タンクラッドとダビが用意してやった、あの強化装備。アーメルの親父が、自分で付け外しするんだけどさ。何か緩んだって言うんだよ。俺に見せられても、俺は出来ないから。預かろうかって言ってたんだよ。
でも、思い出して。魔物にやられた傷なら、俺の目みたいに治りそうじゃないかと思ってさ。アーメルも、ダビが来た数週間で、すっかりやる気になってるし。ダメ元で行ってみるか?って訊いたら、行くって言うから」
そしたら、治ったよと・・・オーリンは笑った。イーアンも本当は早くそうしたかった、アーメルの肩のこと。でも、以前。ドルドレンと『誰に言うべきか』の話を悩んでいたことから、どう進めようとは思っていた。旅立つ前に、ダビに相談しようかとか、そんなことも思っていたが。
「オーリンの行動が、嬉しいです。私も気になっていたけれど、動けないままでした。良かったです、本当に良かったですね」
「うん。喜んでたよ。また作るとか言うからさ、剣はやめたら?って言っておいた。鏃は、ダビが頼るかもしれないから、鏃を進めたんだ。仲間も頼りやすいしね」
オーリンはハハハと笑って、年齢関係ないんだよ、あの人と、彼が無理をしがちなことが理由だと、この場で話した。
親方は、こんなオーリンを見て微笑む。こいつは変なところで優しいんだよな、と思う。北西支部に、頼まれもしないうちから、友達を総動員して弓矢を作っていたこともあった。
そして思い出した、昨日のこと。『鏃が』と言われて、そうだったと親方はオーリンに伝える。
「その鏃だがな。ダビが相当な量を作っている。魔物製の鏃だ。作ったは良いが、北西に持って来れば良いのか、それとも東に送った方が良いのか。それを訊いてほしがっていた。昨日は俺が工房にいたから、直に来て言っていたな」
「ああ。そう。俺、場所教えてもらったら、取りに行くよ。でもあれか。代金」
イーアンも、ここで話に参加。代金は請求書を北西支部に送ってもらって、オーリンが引き取った鏃は、東で矢を作った際に、鏃代を抜いた分を請求して、と話す。オーリンは了解して、そうしようと頷いた。
「ダビにそう伝えておこう。鏃だけ先に購入する形で、騎士修道会が支払うってことだな?」
「はい。それで大丈夫でしょう。ドルドレンにも話しておきます。ロゼールが向かうはずです」
オーリンは、タンクラッドに答えるイーアンをちょっと見つめ、『ちゃんと仕事、してるんだよね』と感心した。イーアンは笑って『いつもしています』と答えた。親方も笑っていた。
お茶を飲み終わる頃、ミレイオが出てきた。手に紙を持っていて、馬車の荷台に寄りかかって話す3人に、挨拶をする。
「ねぇ。これ。イーアンが描いてくれたの?」
ミレイオはちょっと微笑んで、紙をひらっと見せる。イーアンは、あっと声を出して、そうだと頷いた。持って来ちゃった、と思って受け取ろうとすると、ミレイオが絵を見て『綺麗』と笑顔を見せる。
親方が覗き込んで『ほぉ』と声を漏らす。オーリンも、何々?の言葉と一緒に、ミレイオの手元を見て『えっ。描いたの?』とイーアンを見た。
「私、疲れてたから寝ちゃったの。あの短い時間でも、こんな絵を描けるのね。とても素敵」
微笑むミレイオは、目を細めて絵を眺め、嬉しそうだった。はしゃぐような喜び方ではなく、じっくり、といった感じ。イーアンは少し照れて『有難う』と小声でお礼を言った。
一緒になって絵を見ていたタンクラッドは、自分の得意分野が絵の中にあるのを発見。絵の下を指差して、イーアンに訊ねる。
「端は分からないな。この部分は『ミ・・・イオ、間はレか。ミレイオ』だな?横のは『イーアン』って名前を書いたのか」
パンクが目を見開く。オーリンも指差した文字と親方を見て、『これ?そうなの』驚きの一言。フフンと笑う自慢げな親方。苦笑いのイーアンを、余裕な薄目がちに見て『だよな』と確認。
「そうです。タンクラッドは私の使う文字の1種類を、教えてもいないのに読みます(※435話参照)」
ビックリするミレイオは、得意な友人の目に視線を合わせて『そこまで行くと気持ち悪い』と呟いた。眉を寄せるタンクラッドに、オーリンがゲラゲラ笑う。
『だって。執念みたいじゃない。彼女の文字まで読もうとするって』コワ~・・・嫌がるミレイオに、タンクラッドがちょっと怒る。
「そうじゃないだろ。解読だ、解読っ 顔合わせるたびに『気持ち悪い』って連発するなっ」
苦笑いする3人に、親方は咳払い。そして、もう一つこの絵で思い出したことに、話を変える。『そう言えば。お前。俺も描いていたよな。何かこう、小さいやつ(※451話)』あれ、どうしたと言われ、工房にあるとイーアンが答えると、オーリンが『俺は?』と言い始めた。
お前に会って間もない時だよ、と笑う親方は、イーアンの描いたミレイオの絵を改めて見つめ『イーアンは、人を笑顔にするな』と呟いた。
「そうよ。この子はいつも。何か素敵なことで、誰かをホッとさせたり、楽しくさせたり。私の妹だから(※私が重要)。・・・イーアン、この絵。もらっても良い?」
嬉しいミレイオはイーアンを片腕に抱き寄せて、絵を二人の前に出し、顔を覗いて訊ねた。イーアンは、どうぞと答える。『本当は色を塗りたかった』と言うと、ミレイオの家で、絵の具を使って描いてと言われた。
「いっぱいあるのよ。私も描くし。そうだ、旅に出る時も、絵の具持って行こう。描きたい時、買わなくても済む」
こんな話を、朝一番からする4人。
親方は、イーアンが多才だと思う。必要な道具が近くにあれば、彼女は自分のこうした部分を、自由に活かしやすいかもしれない。引き出しのある家具を、時間が許せば作ってやろうと決めた。
親方の知る彼女は、料理を作る印象が強い。菓子も作れば、メンを作ったり、燻製を作ったり、魚を捌いて2本のナイフで丸めたり。でも、変わった武器のソカや、飛び道具、手袋などの防具、衣服も作る。絵も描けば、手品もする。この先も、何をするやらと思うと、ちょっと笑みが浮かぶ。
イーアンは気楽ではないが、緊張感も少ない。そうした面が救いになることも多い。それはここにいる皆が思うだろう。
「あのな、イーアン。馬車に乗せる家具。もうじき、予定の分は終えるから。運びたい荷物をそろそろ用意しろ。その量と種類を俺に言えば、分けて仕舞えるようにしてやるから、見せろ」
親方がそう言って、イーアンの頭をナデナデすると、イーアンもニコッと笑ってお礼を言った。夜のうちに、少しずつ準備をして、近いうちに見せますと約束した。
ミレイオもオーリンも、タンクラッドの言葉に、もう荷造りの段階に入ったことを感じた。自分たちもいよいよ。
今日は良く晴れている雨上がりの翌日。4人は、今日の作業に取り掛かった。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に、心から感謝します。とても嬉しいです!励みになります!!
そして今朝は、とても嬉しいメッセージも頂戴しました。活動報告にも改めてお礼を書かせて頂きました。
この場で、文字でしかお礼をお伝え出来ませんけれど、とってもとっても嬉しかったです!!心温まる優しいメッセージを、本当に有難うございます!!




