690. 銀色のファドゥへ
イーアンが卵ちゃんと一緒にいて、そしてビルガメスも一緒にいて。
その影響は絶大と、ファドゥは認めざるを得なかった。この二人が最強の座にいる、その力がここまで及ぶとは。孵らなかった卵はなかった。ビルガメスの卵は、昨日生まれたばかりなのに、一番最後に孵ってしまった。
ファドゥが見に来て、何も言えずに、次々に卵を割る龍の子供をただただ眺めながら、立ち尽くした数十分。
そこにあった卵たちは、全てが子供として出てきた。龍気の強過ぎるはずの、二人。どうしてなのか、全く分からなかったが、後から状態をビルガメスに聞いて、そんなこともあるのかと驚いた。歌うイーアンの龍気は柔らかで穏やか。でもとても濃い龍気で、やられてしまう弱い卵にもゆっくり馴染んだのかも知れないと。全ては憶測、と男龍は笑ったが。
とにかく、ビルガメスの喜びようは格別だった。ファドゥが来ていることも気にしないくらいに、全開で大喜び。
どんどん孵る、赤ん坊を取り上げては、二人は嬉しい悲鳴を上げて笑い合っていた。
「イーアン、また生まれた!」
「可愛いですねぇ。赤ちゃんだらけ」
「これ、こいつはお前にそっくりだ。誰の子か知らんが」
「アハハ、笑ったら皆そう言うでしょう」
そんなことを喜ぶ二人のパパママは、ビルガメスの卵だけは『今後孵るかも』と楽しみにしていた。3ヶ月の期間を短縮しているらしいことは分かっていても、いくら何でも昨日生まれたからと、それは了解していた。
だが、イーアンが赤ちゃんたちを抱っこしながら、もう片手でビルガメスの卵を抱き上げ『可愛い可愛い卵ちゃん。あなたはお父さんに似て、立派で賢く、強くて穏やかで、心の優しい男龍に成りますよ』と囁き、ビルガメスの微笑む中、頬ずりしてちゅーっとした後。
イーアンが抱き締めて『早くお顔を見たいですね』と嬉しそうに言うと、メケッと音がした。イーアンは自分が抱き締めたから割れたと焦り、ビックリして『どうしよう』とビルガメスに卵のひびを見せた。
「いい、いい。仕方ない。そういうこともあるだろう」
昨日の卵だから、気にするなと男龍に慰められたが、イーアンは申し訳なくて、何度も謝った。ビルガメスはそれを止めて『イーアン。気にするな。大丈夫だ』と頭を撫でる。二人が寄り添って、一つの卵を撫でた時、殻がぱかっと割れた。
驚く二人の前に、小さな透き通るように美しい龍が現れた。瞼を開いて、大きな金色の目が、イーアンとビルガメスを見つめる。
「イーアン・・・・・ 」
「ビルガメス。赤ちゃんです・・・・・ 」
本当か、とビルガメスはそっと赤ちゃんに触れる。赤ちゃんは大きな手を見つめて、首を傾げた。イーアンは卵の殻をそっと取って、赤ちゃんの体を持ち上げた。小さな透き通る皮膚の、金とも白ともつかない色をした龍の赤ちゃんは、イーアンの目を見て何度か瞬きした。
「綺麗。とても綺麗な・・・とても可愛いし。あなたはお父さんそっくりになりますね」
微笑むイーアンは、赤ちゃんにちゅーーーっとして、ニッコリ笑った。ビルガメスはそれを見て、『俺にも』と赤ちゃんを抱きたい意思を伝える。イーアンがそっと赤ちゃんを渡すと(※パパ手の平サイズの赤ちゃん)赤ちゃんは大きなビルガメスを見て、しっかりニコッと笑った。
「お前だっ!お前の笑顔だ、イーアン。俺の子に、お前の笑顔が」
「ハハハ、ビルガメス。皆にも笑顔はありますよ。この子も笑うのですね」
「何言ってるんだ、俺とお前の子供だ(※間違い)。ほら、また笑ったぞ。見たか?」
「見ています。目の前ですもの。ビルガメスによく似ています。きっと素敵な男龍になりますよ」
ビルガメス、快挙!!!大喜びのビルガメスは、毎日卵を生んでも良い、と言い始めた。大笑いするイーアンは『それはさすがに』と、この子をまずは、ちゃんと見てあげてほしいことを言う。
「それは勿論だが。だが、昨日だぞ。昨日、この卵を生んで。お前が来て何時間だ、6時間?そのくらいだ。お前は、イーアン」
そこまで言うと感無量なのか。ビルガメスは急に黙って、片手に我が子、もう片腕にイーアンを抱いて、イーアンの目を見つめると、額に口付けた。『お前な。俺がどれほど嬉しいだろう。それが伝わるかどうか』静かに呟き、長い口付けのまま、大きな男龍は微笑んだ。
もう片手の赤ちゃんは、じたばたしていて、イーアンが抱き受けると、早々よじ登って、自分もイーアンの顔に掴まり(※ちょっと伸びる)匂いを嗅いでぱくっと噛んだ。
笑ったイーアンが赤ちゃんにちゅーっとすると、赤ちゃんもイーアンの顔を触って、真似する。もぐもぐしながら、イーアンの口にぶつかって、えへっと笑う。
「可愛い・・・可愛過ぎる。萌えて倒れるかも」
不可解な喜びの言葉に、分からないなりにも笑うビルガメス。イーアンも嬉しいのが分かるから、イーアンを抱き寄せて、赤ちゃんも一緒に包む。
こんな快挙が起こり、ビルガメ・ベイベも無事に生まれたお昼前。
ファドゥの立ち尽くす廊下をようやく見た、イーアンとビルガメスは、満面の笑みで、おいでおいでをした。ファドゥは『まだ信じられない』と表情も複雑そうに、赤ちゃんたちを見て、笑い始めた。
「こんなことが起こるとは。これが未来ではなくて、何だと言うのだろう」
「ファドゥの言葉は正しいな。そう思う。これが未来だ。俺たちの、龍の未来が今、目の前に現実として現れた」
ビルガメスは我が子を離さない。イーアンは他の赤ちゃんもせっせと抱っこ。ちゃかちゃか、よじ登る赤ちゃんに群がられ、笑うファドゥに助けてもらう。
それから、ビルガメスはイーアンに休むように言った。『お前は疲れているかどうか、自分では分かっていない。休め』優しい声でそう言うと、子供部屋に連れて行くようファドゥに伝える(※ママを労うパパ状態)。
イーアンは疲れていないけれど、ファドゥも休んだ方が良いと言うので、縫い物篭と一緒に子供部屋へ移動した。ちらっと振り返った時のビルガメスは、じっとこっちを見ていて、微笑を向けていた。
「ビルガメスはね。もう長い間・・・かなり長い間。卵を生まなかった。タムズの親も死んで、自分だけが生きていることを、彼は長生きし過ぎていると。
でもね。一昨日、タムズが中間の地から戻った後。私と男龍5人の、6人で話し合った。シムが自分の子供を自慢したくて、連れて来ていて。その子を見ながら話をしていたら、気がつけば全員が『男龍が増えたら』と」
ファドゥは少し寂しそうに、言葉を切り、イーアンを見た。ちょっと無理した様子で微笑み、『タムズは最後まで、旅のことを心配して、連れて来るのを止めるようにと、言った』だけどね、と呟く。
「タムズの子供も翼が生えていたから。まだ分からないにしても、これまでにないことが立て続けに起きてしまえば、試しにイーアンに一日だけ頼んでみようと言われて、タムズも止め切れなかった」
子供部屋に入った二人は、わちゃわちゃする赤ちゃんたちを見て、世話役の龍の子の女性に挨拶し、イーアンとファドゥに交代する。
「休憩だけでも。ここで。私の子供、ほら。あの子だよ。大きくなっただろう」
ファドゥは話を変えて、イーアンに薄っすらブルーシルバーの鱗を持つ赤ちゃんを指差した。赤ちゃんはすっかり大きくなっていて、最初に卵の殻から出て来た時の倍くらいに育っていた。
「あんなにすぐ、大きくなりますか」
「成長が早いからね。私たちは。10年くらいで成体になるよ。だからそれまでには、男龍か、龍の子か、はっきり分かる。大人と同じくらいになるまでは、もう少しかかるけれど、体自体はすぐだ」
おいで、とファドゥが声をかけると、ファドゥの子供は気がついて、トコトコ寄ってきた。一緒に違う子も来て、そっちは笑いながらイーアンが抱っこ。ファドゥの子はファドゥが抱っこ。
「イーアン。見て」
ファドゥは子供をイーアンに見せる。ここ、と指差された部分に小さな角が生えていた。その子の角は頭頂部から後ろへ向かって、捻れた角だった。
「角。ルガルバンダのような角が、1本」
「そう。でもほら。この後ろにも、最近出てきたこれは、もう1本の角かもしれないよ」
イーアンが頷くと、銀色の彼は子供を撫でて、ちゅっとしてあげた。それからイーアンにも顔を向けたので、イーアンはファドゥの子供にちゅーっとしてニコッと笑った。赤ちゃんもえへっと笑う。
「タムズは・・・子供だから、龍の要素が強く出ているだけかもしれないと言う。結論を急いではいけないと。でもルガルバンダは、龍の子であれ、男龍であれ・・・どちらにしても、孵る卵が増えると希望が持てると言っていた。それは私も同意だった」
静かに話を聞くイーアンも、そうなのかも、と思えた。男龍じゃなくたって、夢精卵ではなく、ちゃんと命が生まれてきた方が嬉しいだろう。イヌァエル・テレンが賑やかになる日。それを希望として想像しているはず。
イーアンが抱っこしていた赤ちゃんは、はいはいしてどこかへ行ったので、ファドゥは自分の子を抱かせた。抱っこした大きくなった赤ちゃん。イーアンは抱え込んで、顔に何度も口付けし、何回も笑って見せた。
横で見ているファドゥは『母もそうだったよ』と懐かしそうに見つめる。それは分かる、とイーアンも思う。ズィーリーも同じように可愛がっただろうなと分かるから、自分もそうしようと思える。
そんなイーアンと赤ちゃんを見ていたファドゥは、そっとイーアンの背中から腕を回して、ハッとしたイーアンに『そのままで』と囁いた。
「さっき。ビルガメスがこうして。とても羨ましかった。少しの間で良いから、こうしていたい」
背中から腕を回し、イーアンと自分の子を包んだファドゥ。イーアンは頷いて了解した。彼の中に、お母さんの記憶、自分が龍の子である引け目、生まれてきた子供の角、様々な思いが渦巻いている気がした。
子供部屋で、赤ちゃんたちが元気一杯に遊んでいる中。二人は赤ちゃんを抱っこした状態で、暫くそうして一緒にいた。
イーアン。ちょっと思うことあり。卵ちゃんたちも聴いてくれたから(※卵だから×3)歌を歌いましょう、と。ここは、保育園状態である。嫌だったらブーイングで止めるだろうし(※それも凹むが)。
もしかして、ファドゥはズィーリーに歌ってもらったかもしれない、と思って、歌は違って当然でも懐かしいかと、歌い始めた(※繰り返し延々サウザンド・イヤーズ)。
小さな声で歌い始めたイーアンに、ファドゥはすぐに気がついた。『イーアン』言いかけて、彼女の鳶色の瞳を見つめる。ニコッと笑いながら、歌うイーアンの声。
温かな、低い優しい声に、ファドゥは遥か昔の記憶を蘇らせた。母も、母も。何かこうして、声が音を変えて、私はそれを聴いて眠って。泣くとその音を聴いて安心した。
しんみりと、イーアンの声を聴く銀色のファドゥ。ほんの少し、金色の瞳が潤む。その瞳を包んだ温かな雫が、小さな宝石のように、イーアンの髪の毛の上に落ちた。
涙に気がついたイーアンは、そっとファドゥを見上げて、微笑みながら歌った。赤ちゃんも不思議な声に、耳を澄ませて大人しく聴いている。
微笑む、涙に濡れるファドゥ。抱き寄せた両腕を少し力を籠めて、しっかりとイーアン、子供を包み、歌声が止まないよう、黙って聴いていた。
イーアンはエンドレス(※同じ曲リピート)。ずーっと歌うが、それが同じ曲、とした理解がないイヌァエル・テレンでは、穏やかで深い龍気が満ちるのみ。
ファドゥの体に熱が少しずつ高まり、目を閉じている内側で、体の中の大きな呼応を感じ始めた。
その呼応は、ずっと昔に知っていた気もする。背中に翼の出たタムズを見た時、気持ちが閉じた、あの前まで。自分も呼応をズィーリーを通して、感じていた。懐かしい、遥かな過去の熱。
イーアンも感じていた。歌いながら、背中を包むファドゥから受ける、大きな揺れを。大きな龍気の飛び出そうとするような衝動を。
何だろうと思いながらも、イーアンは歌った。きっと、ファドゥの記憶が鮮烈に蘇っているのかも、とそう思っていた。
それは正しかった。ファドゥは熱が籠もって、体が衝動に負けそうになり、あまりの激しい龍気の昂ぶりに、突然『わぁっ』と吼え、その背中から、部屋の天井覆うほどの大きな翼が出た。
ファドゥの声もさながら、同時に飛び出た2枚の大きな銀の翼に、イーアンも赤ちゃんsも目を丸くして見上げる。
「ふぁ。ふぁど、ファドゥ。ファドゥ、翼が!」
はぁはぁ息をするファドゥを振り返ると、さらにイーアン驚愕。『ファドゥ?!』その姿は、と続けて、はっきり理解する。ファドゥは今、イーアンを包んでいた両腕を離して、後ろの床に手を着いた状態で座っている。その体は皮膚が銀色に輝き、顔には金色の涙の線が浮かんでいた。
そして彼の体は、服を破くほど大きくなっていた。ファドゥは、男龍の姿そのもの。
爆発に近いほどの龍気に、赤ちゃんsはビックリ仰天。でも龍だから、そこまでビビらないようだった。とはいえ、異変に気がついたビルガメスはすぐに来て、ひっくり返ったファドゥの姿に目を見開いて、口を開けて驚いた。
急いで部屋の中に入り、イーアンと子供たちを見て、まず安全を確認し、銀色の体に変わったファドゥを見つめる。目が合った、ファドゥとビルガメス。その目の前で、もう一つの変化が起きた。
ビルガメスを見たファドゥの額から2本の捻れた長い角が突き出た。それはルガルバンダに似て、また、イーアンの角にも近い白色だった。
今。銀色のファドゥは、3mを超える膨れた筋肉の体と、長く真っ直ぐな銀色の髪、捻れた白い角、銀色の2翼、金の頬の模様を持つ、男龍となった。
「お前は。お前はとうとう」
ビルガメスは最後まで言えず、笑い出した。笑ったビルガメスの目から、涙が溢れて、我に返ったファドゥも笑い出した。大きな男龍は、新たな体を手に入れたファドゥに手を伸ばし、ファドゥもその手を握った。
倒れた体を引き起こした、重鎮ビルガメス。ファドゥに『ようこそ。男龍のファドゥ』と微笑み、迎え入れた。
お読み頂き有難うございます。




