688. 地元 サブパメントゥのある日
暗い夜の中を動くように、ミレイオは嫌そうな顔をして歩いていた。
「ホント。気が滅入る」
早く帰らなきゃと呟いて、大きく溜め息を吐く。時折聞こえるざわめきや、耳にこびりつくような金切り声を無視し、大股で目的地へ向かう。
「ここ、キライ。よくこんな場所で生活するわよ、皆」
あー、根暗まっしぐらー。やだやだ、はぁぁぁ。ぶつぶつ落とす、暗い道のり。自分は温度に合わせて見える目を持っている分、暗闇の道も平気で歩けるけれど、これを地上の人間が出来るわけもなく。
うっかり地下の鍵なんかで、イーアンやドルドレンが入ってしまったらと思うと、絶対そんなことは避けねばと怖く思う。それはさておき。
「こんなことなら。サブパメントゥ出る前に、持って来ておけば良かった」
面倒臭~い。ミレイオの愚痴は続く。ずーっと愚痴りながら、ざくざく歩いて進む。目的地までもう少し。地下の自宅から離れている場所なので、歩くと半日以上かかる。だからと言って、お皿ちゃんは使えない。
「使えたら楽よね。でも材質が、ここではムリ」
龍の骨から生まれた、龍気を帯びるお皿ちゃんは、サブパメントゥで使ったら目立ち過ぎて、出身者の自分も攻撃されかねない代物。背中に背負っているならまだしも、これでもうっすらと白く輝くことが、他の住人の違和感に繋がるよう。
「そんな警戒しないでよ。用が終われば出てくわよ、さっさと、あっさり。触んないで、あっちお行き」
しっし、と追い払う、度々まとわり付く輩に言い聞かせ、ミレイオはとにかく直進した。
どこだったっけねと独り言を呟いて、道なき道を進み、勘を頼りに坂を上がる。そのまま上がって、後ろに聞こえ始める脅し文句や悪口、大事な人をバカにする言葉を背中に受け、それらも無視して頂上を目指す。
聞くに堪えない言葉や嘲笑を、丸ごと無視。ここでも思う。人間と自分たちの差。
こんなのを食らったら、人間だったら振り向く。振り向くと石に変わって、そのまま、命を閉じ込めた塊に化す。『これが地上のどこだったかに、確かあるっけね』心をいじくる能力の低い輩は、こんな場所でもそれをする。
相手がサブパメントゥの者では、何の意味もないことだとしても、『ここはそういう場所よ』バカバカしいと吐き捨てるミレイオ。
やれやれ・・・ようやく着いた頂上に、大きな木が一本立つ。生ぬるい風はミレイオを撫で続け、木々の枝葉は笑い声を立てていた。
空っぽの鳥かごが揺れ下がり、木の根元には黒い水溜り。笑う枝を一本へし折ると、叫び声が上がった。空っぽの鳥かごがぐるんぐるん回り始め、ミレイオに声とも思えない罵声を浴びせる。ミレイオは、黒い水溜りに枝を浸して、その鳥かごを引っ叩いた。
鳥かごは反対側に回り始め、喚き散らす甲高い声は耳障り。『面倒臭いことを』嫌そうに眉を寄せたミレイオは、もう一度鳥かごを打ち、次に、自分に向かってばちんと開いた鳥かごの扉を、目一杯の力で枝で打つ。
空っぽの鳥かごに、突然灰色の煙が噴き上がり、辺りを包んだと思うと、鳥かごは大きな墓標に変わっていた。
「出てきたわね。仰々しいったらないわ」
墓標に描かれた絵を見つめ、ミレイオはそれを自分の体の刺青と照らし合わせる。位置を確認してから、小さく頷き『まぁ。ここまでは変わりない』そんなもんかとしゃがみ込む。
墓標の足元にある、蓋のない小さい壷に指を入れ、中から輪の切れた指輪を取り出した。小さな指輪で、輪が壊れて一部が欠けている。それを摘まんだ指を顔に寄せ、ミレイオは指輪を耳に引っ掛けて付けた。
「あんた。ヨーマイテスって、名前だったのね。私にも言わないんだから。まさか、空の誰かに教えてもらうとは思わなかったわ。それも今になってね」
墓標を見て、ミレイオはフンと鼻で笑った。『私がどこにいるか。耄碌ジジイじゃ探すの大変でしょ。これ付けてやるから、ちゃんと探しなさいよ』じゃあね、ヨーマイテス・・・ミレイオはそう言って、黒い水溜りにもう一度、枝を浸してから墓標を軽く叩いて、それに背中を向けた。
墓標は再び灰色の煙に閉ざされ、ミレイオの上がってきた坂道は平坦な道に変わる。『最初からこうしてよ』疲れちゃった・・・ぼやく刺青パンクは、枝を振り振り、来た道を戻って行った。
「一泊していこうか。でもなぁ。ここ暗いしベタベタするからなぁ。やっぱり戻ろうか」
地下の家に戻る道を歩きながら、このまま地上に上がってとか、何とか。悩むミレイオは、やっぱり一度、地下の自宅に戻っておくことにした。
一泊して片付けて、もしもイーアンがお泊まりする時、汚くないように準備しようと決める。
「しばらーく放置してたから。台所とかクモの巣、凄そう。うぇ~~~イヤ~~~」
地下から上がればハイザンジェル。そうした道を目端に見てから、仕方なし、諦めてヨライデの地下方面へ向かう。
「別にどこからでも、自宅には下がれるんだけど。上がる時はね。その道ってのが・・・ここも便利なんだか不便なんだか。もうちょっと動きやすくしても良いのに」
面倒だ、何だとぼやきが止まることなく、てくてく自宅へ向かう。真っ暗な世界を、ほんのりと淡い白さが背中を覆う、ミレイオが歩く。
長い道に、時間の感覚が狂う。少しずつ、全ての感覚が狂い始める混沌の地・サブパメントゥ。目が慣れてしまえば、暗闇とはいえ、人の状態の目でも見えるけれど。
「悔しいことに。イーアンじゃないけど、私もサブパメントゥで力を使う方が疲れないのよね。かえって元気。いやぁね~。遺跡とかああした場所で使うと、消耗しちゃうから使うの悩むけど」
サブパメントゥで力を使えば使うほど、体に強い生命力が漲る。細かい神経にまで行き渡る、ビリビリした感覚が、自分を強く思わせる。
それほど多くの力を持たされなかったミレイオでさえ、出身地の空気と、その中に漂う専用の気に癒され、力を増す。それはどうやっても、自分がこの場所の生き物であることを、自覚する皮肉な感覚。
お皿ちゃんは連れて来たけれど、龍の上着は着れない場所。革のズボンにゴツイ革靴。上半身裸に、お皿ちゃんベルトとお皿ちゃんのみ。自分もここにいる以上、あまり衣服を着ない方が、体が楽と知っているミレイオは、こういう部分は諦めている。
「ささっと掃除して、早く帰ろう。横恋慕があの子に何してるか、分からないもの。そうよ、ダメよ。危ないっ(※パンクは察する)」
ぬぅ~ 背に腹は変えられないか。已む無し、体に青い光を浮かばせたミレイオは、土に両手を付けて命じる。『おいで、私の足。私はここよ。走っておいで、今すぐに』両手の平に、ずぅんと振動が応え、ミレイオの足元の土が捲れ上がる。ミレイオの体をぐっと上まで持ち上げたそれは、大きな鎌首を擡げた。
周囲にいた他の住人が少し下がったので、ミレイオはちらっと左右を見て『こっち来ないでよ』と言ってから、自分の足元に向かって『家に行くわよ』と伝えた。足元の大きな背中の生き物は、ぐらっと上下に波打つと、体を横にうねらせて、凄まじい勢いでミレイオの自宅へ向かった。
大蛇の背中に立つミレイオは、青光りする全身の模様を浮かばせたまま、飛ぶように滑る道に少し笑った。『早い早い。行きも使えば良かった』アハハと笑って、『足』と呼んだ大蛇に感謝する。
半日以上使った時間を取り戻し、帰り道は1時間ちょっと。あっという間に自宅へ到着し、『足』にお礼を言って地中に戻す。家に入って、自分の光でちょっと照らしながら、あちこち見て周り、細かい部分で『うへ~』の声を漏らす。
「時々使う部屋って決まってたからなぁ。全体見ると、結構ヤバイ。良かった、早めに戻って」
掃除掃除と慌しく、ミレイオは箒を持って、天井やら壁やらのクモの巣や汚れを払い落とす。体の模様は浮かび上がったまま。
サブパメントゥで力を使うと、体がこっち寄りに馴染み始めるのが、ミレイオには嫌だった。地下限定の移動手段の足も、あまり使うと自分が壊れそうになる。ミレイオの思う『自分』とは、力に頼らない自分本体のこと。
楽な方に頼る。その意味は、元来受け取ったサブパメントゥの体でこその楽であり、大事にしたい『自分』ではない。
力がないと、自分ではない。そんなの嫌だったミレイオ。そんなものに頼らなくても、自分は自分だと信じて、光を求めた。地下を巡った旅も、自分で歩ける範囲は殆ど歩いた。
「でも。今日は使っちゃった。仕方ない。さっさと終わらせて、早く帰ろう」
早くザンディの待つ家に帰りたい。アードキーの家が私の家。サブパメントゥの家も悪くないけど、使いたいかと聞かれたら、塒にはしたくなかった。
かび臭くて、実際にかびも生えていて。虫もいればクモの巣も大変なことになっている。『ヒョルドなんかは、こんな寝床でしょうね』気持ちワル~・・・そんな寝床を想像して身震いし、徹底的に掃除した。
「イーアンが来たら、嫌われそう。『ミレイオ、掃除した方が』『ミレイオはここで暮らしていましたか』とかさ。スゴイ分かりやすい、嫌ですって顔して言いそう。ダメダメ、私の印象崩れる」
風呂なんか絶対入ってくれるわけない、ヤバイよと言いながら風呂場へ行き、気持ちワルい生き物がうろつく風呂を、『ここは一気に』死ねっと容赦なく力を使って粉砕(※特殊掃除方法=力を使って消滅)。
風呂場は一瞬、青い炎に包まれて即、鎮火。蠢いていた無数の影は、跡形もなくなり、塵も埃も消えうせる。壁に両手を付けて、壁の素材以外を取り除くため、消滅。一秒後には、カビもすっきり消えた(※ミレイオ・カビキ○ー)。
「使う場面、少なくしたいけど。こりゃムリだ。ちまちま掃除してたら、明日も帰れないわ。力で掃除が進むなら、この際、使っちゃう」
地下の力を多用して、ミレイオはせっせと掃除に励む。まさか家事に使えると思わなかった、我が身の力よ。『役に立つよ、便利』意外ね~と、笑う。
汚れ物は気にせず、消す。装飾品の汚れは材料だけ残して、付着物を消す。消して消して、消しまくり、すっかり綺麗になった自宅を調べてから、『結界ね』これ大事よと呟いて、ミレイオは家の中心に立ち、仕上げの結界を360度球体で張る。
「もう入っちゃダメ。虫とか、冗談じゃないわよ」
結界を張った後。家に少しだけ、人間的な光を灯す。片手を握って、ゆっくり開くその手の平に、小さな火がつく。蝋燭を何本も飾った燭台に、火を移して居間と寝室を照らしてみる。
「あ。まずい」
寝室の鏡が曇っているのを見つけ、急いでこれも、曇りの要素を消滅っ キレイキレイと喜ぶミレイオ。
寝室のベッドも、埃や汚れは一掃したので、金属の寝台はキラキラ。かかる掛け布は洗い立てのような白さ。真珠色のベッドの寝具、少し黄ばんだ経年変化の見える、木綿生地の柔らかい織物。
甘い香りのする蝋燭。真っ赤な絨毯に焦げ茶色の毛皮を敷いた床。どこもかしこも、キラッキラ。そんな部屋に立って思う。
『ここって、ひたすら夜みたいなんだよね』夜に来れば違和感ないけど・・・ベッドに腰を下ろしたミレイオは、窓のない部屋を見回して、改めて呟く。
小さな蝋燭の光を撥ね返す素材を沢山集め、家中どこもかしこも鏤めている、ミレイオの地下の家。決して陽光の届かない場所だから。少しでも明るくしたかった気持ちが、探してきた宝と炎の光で、この家を作った。
「あいつ。ヨーマイテスか。親の名前知らないって・・・それも徹底してるけど。あいつは私のキラキラ部分、好きじゃなかったみたいね。予想以上って感じだったのかな」
予想以上に、光に憧れた我が子。人間に近づけた、創造の子供。いつか、光の照らす地上を歩くだろうと、体中に光を受け入れる呪いを入れた、親・ヨーマイテス。
「自分は獣みたいだったのにね。あれ、自分の姿が嫌だったのかしら。私に名前を教えなかったのは、自分が上だと思っていたかったのか。フン。でも、こんな小さな指輪・・・後生大事に持って。変なやつ」
耳に付けて戻った、小さな指輪を少し触って、鏡を見ながらミレイオは微笑む。
「私が作った指輪。子供の頃に、自分で作った指輪。金属、あの頃から好きだった。初めて金属取り出したから、脆くて壊れちゃった。頭に来て捨てたのに」
親が消える時。
『お前が必要なら、力を貸してやる』と言われた。その力のある場所は、自分の眠る場所だと言っていた。私が地上に上がる時、頼りたくないと思ったから、そのまま上がった。
「場所は知ってたけど。趣味の悪いところに眠っちゃったわけね。散々聞かされた御伽噺そのものって感じの墓の出し方だし。どっちが幼稚なんだか」
よく、幼稚と言われて笑われた。飾るものや、衣服を好んだミレイオは、『自分を知らない、幼稚な未熟さ』と言われていた。子供の頃はその言葉に傷ついたけれど、ミレイオは徐々に気にしなくなった。
こいつ。羨ましいんだ、と分かってから。幼稚な未熟さが、ミレイオの楽しさに変わった。
「まぁ。ムリよね。あいつ見た目、獅子みたいだったもの。獅子なんてテイワグナにしかいない動物だってのに、何でわざわざ、あんなのみたいな形、選んだかね」
綺麗になったベッドにばふっと寝転がり、ミレイオは金と赤で彩られた天井を見つめる。飾りも衣服も、親の体には無縁。そりゃ羨ましいか、とちょっと笑った。
それにしても。まだ生きているって。タムズがなぜ、そんなことを知っていたのか。ニヌルタも気づいた模様の出所。彼らは親も知っている様子だし、それ以前のことももしかすると。
「この年で。親に会うってか。うわ~気持ちワルい~ こっちゃ中年だよ」
やだやだ、死んでなかったのか~(※死んでることにしてた)アハハハと笑って、『まぁいいわ。使えるものは使いましょ。私が名前を知ったってことは。いつか、あいつは私に呼ばれるって設定だったんでしょうし』あいつにも利点があるのかな、と思いながら、ミレイオはベッドで少し埋もれて目を閉じた。
少し休んだら。馬車の続きを作らなきゃ。
早く。私を待っている皆のところに帰らなきゃ。自分の居場所は、この柔らかで睡魔に揺られるベッドではなく、光の朝が来る地上だと、ミレイオは思いながら、僅かな時間を眠りに委ねた。
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