687. ミレイオ留守の日
次の日。朝、ミレイオは来なかった。タンクラッドが代わりに馬車を担当して、オーリンもベッドが終わり次第、タンクラッドを手伝うことにした。
イーアンは3人分のお茶を運んで、ミレイオが居ないことに気が付き、タンクラッドに理由を聞いた。
「そうでしたか。ミレイオ、御用が。分かりました。私もお手伝いしますので、仰って下さい」
「お前はちょっと無理だな。力仕事が多い。縫い物だけで良いぞ。ミレイオは、昨日の夜から出るような話だったから、何か早めに片付けるつもりなんだろう」
帰り道でタンクラッドに言伝し、ミレイオはそのままどこかへ用で出かけたらしかった。『昨日までぎりぎり、都合を調整していたのかな』オーリンが親方に訊ねる。
「違うだろ。何も言ってないから。何か思い出したような感じがしたが。ああ、そうだ、といった具合にな。夜から出るとすれば、距離のある場所なんだろうが、それでも早めに行動に移したとすれば、そう何日もではない気がする」
「あんたさ。本当に頭が良いって言うか。何か、勘じゃなくて、やけに先見通すようなこと、言うよね」
「オーリン。タンクラッドは勘も良いです。異常なくらいに勘も働きますよ、頭も良いけれど」
「お前な。誉められている気がしないぞ。異常なくらいな勘って言われても」
ちょっと嫌味が入った言葉に、親方はイーアンを見る。イーアンは目が据わっているが、しっかり頷いて『誉めています。だって気持ち悪いくらい勘が良いから』と続けた。オーリンが笑って『気持ちワルイ』を繰り返し、親方がイーアンの角を摘まんで注意した。
「ルガルバンダのことだろ?俺じゃない。彼が俺に、龍を見つけるように授けた祝福が、お前の言う『気持ち悪い』だ。失礼なことを言うな」
ごめんなさいと、イーアンは角を摘ままれながら、一応謝る。でも、気持ち悪いくらいに、自分を発見する親方に(※町のどこにいようが見つかる)祝福を悪く言っている気はしないので、謝るのは口先だけ。
この後。親方にぐちぐち言われるのを聞きながら、イーアンは馬車に座って縫い物(※座る場所指定された)。オーリンも側で車輪作り。親方はミレイオの指示した、馬車の内部の続きの作業に入る。
『親方ぐちぐち(※新技)』を往なしつつ。何かミレイオにあったのかなと、イーアンは思う。
タムズと昨日、二人で話していたことが、影響しているような気もしたけれど、何にせよ、最近ずっと一緒のミレイオがいないのは、少し落ち着かない。早くまた会えるように祈りながら、ちくちく針を進めた。
イーアンは親方に拘束され(※ぐちぐち&見える所にいろ命令)オーリンが時々、脱出口を作ってくれる中。ミレイオの保護を、懐かしく思う午前を過ごした(※イーアン自由時間0)。
ドルドレンもこの日は、朝から身動きのとりにくい仕事を与えられていた。愛妻と朝食までは良かったものの、食べ終わったすぐに、執務の騎士3人に迎えに来られて、連行され、そのまま缶詰状態。缶詰はお昼まで続いた。
「こんなの。俺が分かるわけないような仕事だろう」
「仕方ないでしょう。機構の担当なんだから。総長が言いだしっぺですから、旅に出るんだか何だか。とにかくその時までに、出来る所まで終わらせて下さいよ」
やってもやっても終わらない、思い出しては書き込むような面倒臭い記録起こし。ドルドレンは『意味がない』とぼやくが、執務の騎士曰く、本部から回ってきた資料作成だとして、イヤイヤ渋々、ドルドレンがやらされていた。
「倒した魔物の記録を見れば、機構のヤツらだって出来そうなものだ。これまでの報告と時期と合わせて、見当を付けるだけだろう。
イーアンが回収した魔物だって、全部が使えているわけじゃないし、剣だ鎧だに、どれくらい、どんな魔物だったか、そんなこと・・・・・ 『材料必要数』何だ、これ。こんなページ書けるか。後ろの方、全部この項目じゃないか」
「一々、ケチつけないで、出来る部分やって下さい。書き込めるところ何かあるでしょう。イーアンに聞くとか、職人さん外にいるんだから、午後に聞いてみてとか。頭使いましょうよ」
見下したように『頭を使え』と言われ、歯軋りしながらドルドレンは、ペンを荒く、がつがつと紙に書き込む。そんな悔しい午前が過ぎ、お昼10分前。総長は『腹が減った』と大声で一言告げると、バッと立ち上がって、すたすた執務室を出て行った。
「(イリ)サグマン。総長の机、見てご覧よ。殆ど進んでいない。書いてる音だけだったのか」
「(サグ)イリジャも見て見ぬ振りしてないで、少し水面下で、総長に分かるような、記録を回してあげれば良いのに」
「(イリ)サグマンはそう言うけど。スーリサムの方が、報告資料の管理は長けているんだよ。ねえ、スーリサム」
「(スー)僕を巻き込まないでよ。総長の仕事の遅さを補助すると、自分の仕事が手に負えなくなる。もう、給料日近いから計算が」
「(サグ)最近、そう言えば会計が来ないね。彼らも、一斉購入の武器と防具の時に、相当疲労していたから。まだ続いているのかな」
3人は『総長が自分で大変にしている』とした意見で落ち着く。自分で引っ掻き回して、自分の仕事もおぼつかないよ、あの人、と文句を垂れていた(※言われたい放題)。
お昼の時間になったので、ドルドレンは大股でおうちへ向かう。『あいつら。俺を総長だと思ってなさ過ぎる。何だ、あの上からの命令っ』怪しからん!と、ぼやくドルドレンは(※陰口)ぶつぶつこぼしっぱなしで、馬車を見に行った。
「お。ミレイオは?」
「ドルドレン。お疲れ様です。私も疲れました(※まずは弱音)。ミレイオはお留守なのです。御用がありまして」
「お前、今。私も疲れたって言っただろう。何だその意味は!」
馬車の中から地獄耳の親方がウルサイ。イーアンが眉を寄せてぐったりしているので、ドルドレンは、愛妻がミレイオの保護を受けないとどうなるか、よく理解した。
『イーアン。気の毒に。ミレイオが早く戻ると良いが』小声で同情を伝えると、瞬間、イーアンが答えるより早く、親方のお叱りが飛んだ。
「総長まで何て言い方するんだ。俺が馬車を作っている間、側に居させて守っていた(※ウソ)のに、俺が疲れさせているように聞こえるぞ」
「あんた、自分が分かってないよ。人のことは分かるみたいだけど、ちょっと致命的」
オーリンは笑って、ぐっさり指摘するので、タンクラッドはきーきー怒って、言い返していた。ウルサイ親方が辛いイーアンは、伴侶と一緒にお昼を取りに行くことにした(※逃)。
「イーアンも大変だ。タンクラッドは最近、男龍にイーアンを連れて行かれるから、つまらなかったのか」
「私のせいじゃないですのに。あんまりですよ」
「可哀相なのだ。横恋慕が半端ない男に好かれると、こうも心身に影響を及ぼす」
タンクラッドは始祖の龍の時代にもいたようだから、とドルドレンが苦笑いすると、イーアンも困って笑いながら『あの時から、生まれ変わって3回目の横恋慕人生』そう思うと申し訳ないと、謝っていた。
食事を4人分運びながら、ドルドレンは愛妻に『イーアンが申し訳なくならないように』と注意した。『あれは勝手に、横恋慕なのだ。恋焦がれなくても旅は出来るはずなのに』と教える。愛妻も頷いて『そうですね』と答えるものの、げんなりしているので、タンクラッドに八つ当たりされているのは、目に見えるようだった。
「イーアンは縫い物。工房で、したらどうだろう」
「オーリンが気の毒ですよ(※親方被害)。それも難しい」
「そうか・・・・・ 俺も執務室でしごかれているが。俺はまだとりあえず、仕事だから。イーアンが何を言われているのか考えると、精神的にヤバイ気がする」
タンクラッドは更年期かも、とイーアンは呟く。男性にもあるみたいだし、タンクラッドは神経が細かいから。そう言うと、伴侶も同意。『きっと旅の前で、気持ちが落ち着かないのかも』更年期だしね、と(※決定しとく)二人は親方に理解を示した。
そして馬車に昼食を運び、4人は一緒にお昼を摂る。オーリンは気にしないようだが、ドルドレンは気になる、親方のぐちぐち攻撃。
自分が側にいても、よく人の奥さんにここまで言える、と別の意味で感心する。まるで第二の夫のように、イーアンを責めるタンクラッド。ドルドレンは彼が、本当に彼女が好きとは分かるものの・・・・・
「タンクラッド。俺がここにいるのだ。俺はイーアンの旦那なのだ。聞いていると、タンクラッドが旦那のようだぞ」
「どっちでも良い(※良くない)。この前はミレイオに邪魔されたが、どうして一緒に眠る必要があるのか。その理由を聞いていない」
ベッドを離せ、そのために一台ずつにしたんだ、とドルドレンの前でも暴露する親方。オーリンとドルドレンは顔を見合わせて苦笑い。
ここまで来ると、もう放っておいた方が、とさえ思い始めるが、それではイーアンが一人きりきり舞なので、オーリンはちょいちょい、話を逸らしてやっていた。
ドルドレンは理解する。タンクラッドは、最近。ミレイオがずっと側にいるから、イーアンと普通の会話をする時間が減っているのだ。鬱憤が溜まっているのかもしれない。ミレイオはすぐに親方を『みっともない』『いやらしい』と注意する。生来、プライドの高いタンクラッドは、ミレイオには弱いから、我慢が続いたのだろう。
普通の会話が出来ていれば、こうもギチギチの拘束をしないと思うけれど。これではイーアンに嫌われるような・・・イーアンが小さい翼を出して、頑張って翼を盾にしているが(※猛攻撃の対処)それも面白くないタンクラッドはがみがみ言う。
食事も終える頃。ドルドレンは食器を片付けがてら、タンクラッドにちょっと話をすることにした(※心の広い旦那)。
二人で一緒に食器を片付けよう、と目一杯不自然な誘い方をして、疑り丸出しの親方にも盆を持たせた。
「総長。俺が言っていることが気に食わないのか(※普通は当たり前)」
「タンクラッドの気持ちを考えていたのだ」
「イーアンがお前と恋仲なのは止むを得ん(※あなたの許可は要らないはず)。しかしな、こっちは」
「あのな。タンクラッドに、言わないといけない気がする。まずは聞いてほしい。あの状態では、イーアンはお前を嫌う。翼まで出して困っているのに、追い詰めるのを止めない」
タンクラッドは目を見開き、総長を睨む。ドルドレンは困るが、もう少しやんわり伝える。鬱憤の溜まり方が普通じゃない様子。
「もう少ししたら。イーアンはきっと言い返すだろう。言い返すと、次はどうなると思う?」
「怒る」
何やら思い出した親方。少し声が控え目になった。総長は静かに頷く。『今。警告の手前だ』見てて思う、と伝えると、親方は不服そうに唸った。
「さっきの状態がもう5分も続いたら、恐らく彼女は何かを言い返す。しかし、イラついているタンクラッドは、それも叩き返すだろう。すると」
「俺は怒られる」
「だと思う」
食器を食堂に運び、優しいヘイズが二人に甘い飲み物をくれたのを受け取り、タンクラッドとドルドレンは一緒に外へ出て、塀の上に上って並んで座る。座って飲み物を飲む、高校生のような男子2名。
「タンクラッドがイーアンを好きなのは。俺もよく分かる。最初こそイヤだったが、始祖の龍からの筋金入りと知っては、これも気の毒とさえ思える」
「気の毒がるな」
「運命は皮肉に思えるが、こればかりは俺には運命ではなく、どうにも出来ないのだ。俺がイーアンを保護し、それから一緒なのだ。はいどうぞと譲るわけにも行かない」
「譲ってくれても良いんだが(※ダメ)。でもまぁ、そうだろうな。俺なら譲るどころか」
そこまでうっかり口にして、親方はぴたっと黙り、横に座る総長を見た。彼は困ったように笑っている。親方は総長に少し、すまない気持ちになった(※ようやく)。それから、少し疑問に感じたことを訊いて、話を逸らすタンクラッド。
「その。お前な。何でそう、俺に笑っていられるんだ」
「こういう性格だ。お前のことを理解しようと思う。タンクラッドは俺の大事な仲間だ」
親方、ちょびっと反省。ミレイオの言っていた『超ド級の天然前向きバカか、理解力抜群・博愛献身性質』の、後者が総長なんだろうなと、今、まざまざと感じる(※決して前者ではない)。
二人はそこから少し黙り、塀の上で昼の暖かい日差しを受けながら、甘い飲み物をちゅーちゅー飲んで過ごした。
それから、ぽつりと。ミレイオの鉄壁に参っていることや、男龍の男らしさに打ちのめされることを、タンクラッドは総長に話し始める。
ドルドレンはそれを静かに聞いてやり、小さく何度も相槌を打ちながら『理解している』と答えた。そうじゃないかと思ったことも、タンクラッドの日常の会話の大切さも、自分は理解していると答える。
「お前。総長って言うだけあるんだよな。さすがだ」
「タンクラッドに誉められるとは。嬉しいものだ。俺よりもずっと、何でも出来るのに」
「何でも、か。どうだろうな、一人で生きている時間が長かったから。対人は得意じゃないだろうな」
「でも。だから一人でも、当然のように何でも越えるのだ。そんなタンクラッドは格好良い」
「俺が格好良いか。ハハハ、お前は。お前みたいな勇者だと守ってやる気になるな」
嬉しいドルドレンは塀の下を見て、微笑む。その横顔を見たタンクラッドは、腕を伸ばしてナデナデ(※親方愛情表現)。二人は昼休みが終わるまで、塀の上に並んで座って話した。
支部の騎士たちは彼らの後姿を見つけて、総長が男色の噂も浮上しているので(※執務の騎士が見た、男龍に抱きついている場面)いよいよそのシーンかと、窓から見ていた。が、待ち望んだシーンはなく、親方ナデナデで和やかに終わっただけだった。
何やら後ろから『つまらない』とか、落胆する声が聞こえるが、それはさておきドルドレン。ナデナデしてくれた親方に微笑んで『俺はね。思い遣れる仲の良さが大事だと思う』と最後に伝えた。
「旅に出るのだ。嫌でも離れられないこともあるだろう。うっかり誤解を生むこともあると思う。家に帰って一人考える時間がある、そうした生活ではない以上、旅路の中で思い遣れる関係が、いつでも自分たちを繋いでくれる気がするのだ」
馬車の家族はそうだよ、と呟くドルドレン。親方はしんみりその言葉を聞き、ゆっくり頷いてから、総長を見つめる。
「ドルドレン。お前は俺の弟みたいなんだ。俺がずっと昔に失った弟。お前と話していると、そんな昔を思い出す」
「タンクラッド。弟がいたのか」
「今はいない。だが、不思議なもんだ。お前がそう見えてくる。大事にしてやろう」
親方はそう言って、優しく微笑んだ。ドルドレンは少し可哀相な気持ちになって、不安そうな顔をした。総長の顔を見て、タンクラッドはすぐに笑い『お前はいつも泣きそうになる。もっとしっかりしろ』優しいんだな、と頭を撫でた。
それからドルドレンに空の容器を渡すと、親方は塀を降りて『馬車の続きを』ニコリと笑って、そのまま歩き出す。
背中を見送るドルドレンに、一度振り向いて『安心しろ』と一言だけ伝えると、タンクラッドはハハハと笑って馬車へ向かった。
午後は、イーアンは黙々縫い物が出来た。
昼食後、伴侶と一緒にいた親方は、戻ってきた時の表情が穏やかだった。伴侶が何か、彼を癒したのかなと思って、イーアンは心の中でお礼を言い、親方に指定された場所に座って作業をしていた。
オーリンも特にからかうこともせず、車輪を作りながら、時々イーアンに確認させては作業を進めた。親方は、ぐちぐちを言わなくなり、静かに馬車の中で仕事を続けていたので、二人は彼をそっとしておいた。
この日。有難いことに男龍も来なかった。連日の遅れを取り戻すべく、イーアンは張り切って縫った。縫うだけ縫ったので、夕方には、新しく布を切り出す時間も取れた。
明日の分をと、工房で布を切り出し、篭に詰めて、万が一どこかに連れ去られても(※予感は当たる)篭さえ持っていれば大丈夫なようにしておいた。
夕方。親方とオーリンは帰り支度を済ませ、空模様から『もし明日雨だったら』の話をしていた。夕焼けの赤は深く、下の方が黒く見える。その空を見て、明日は雨だろうと予測。
念のため、明日に備えて木材を屋根のある場所まで移動しようとなり、おうちの屋根が張り出している下にまとめた。
「明日。雨だったら休む。ミレイオが来たら、そう伝えてくれ」
親方とオーリンはそう決めたようなので、イーアンは了解し、久しぶりにお休みだなと思う。ドルドレンも来たので、イーアンは伴侶と一緒に、龍に乗った二人の職人を労って見送った。
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