685. サブパメントゥの生きた宝石
ミレイオはイーアンを振り向く。それから、タムズをすぐに見て『ここでは話さない』と断った。タムズは静かに頷いて、『場所を変えれば話す?』と訊ねる。了解するミレイオに、男龍は馬車から離れた。それから草原の方へ歩き、ミレイオも馬車を降りる。
「イーアン。ちょっと話してくる。ここで縫い物してらっしゃい」
「分かりました」
何とは訊けない、何か。これは自分は関係ないんだなと分かるので、ミレイオを送り出した。ニコッと笑う刺青パンクは、タムズへの『ふらふらクラクラ』はもう見えなかった。
馬車から距離を取って離れ、草原に立つタムズ。ミレイオが後ろから来たので、振り返った。
「君の親。話だけはね。知っている。そして君の話も少しは知っている。彼がサブパメントゥに残した『生きた宝石』は、君か」
「すごい誉め言葉。ビックリして腰が抜けるわよ。ちょっと控えめにして頂戴」
「ハハハ。だってそう聞いているよ。サブパメントゥに『生きた宝石』がいるって。知恵に生きた彼は、知恵の深淵に挑んだ。そして彼は、創った君に託した。彼が見つけた伝説の全てと、それを迎える者に逢える為の力を。なかなか有名な話だ・・・だから君は、光に触れても平気なんだな」
「タムズ」
ミレイオはちょっと恥ずかしそうに笑って、下を向く。
「あのね。私はあまり、自分のこと知らないの。サブパメントゥでは弱かったし、知ってもねって。人間に憧れた親が、私を人間に近く作ったのは知ってるけど。
体に描かれたこれは、確かに伝説の情報って、それは聞いている。だからって私自身が読み解けてないし、親も言わないまま消えたから。謎を知りたくて、遺跡巡りもしたけれど・・・全部なんか見つからないの。
それに、私は私よ。誰かの想いを乗せられて創られる存在、サブパメントゥの存在だけど、私って個人があるのに。親の思いを背負って生きるなんて、私の時間じゃないでしょ」
笑みは絶やさないものの、ミレイオは困ったように、タムズに思うことを伝えた。男龍は見つめる。
「あのね。『地下の住人』にしては、私は弱いのよ。それに、あの世界で生きていく気にもなれないくらい、黒くて気が滅入りそうな場所だったし、私は別の場所で生きたかったの。
だから、明るい地上に憧れて、ここへ上がって。ヨライデから上がったんだけど。遺跡を地下から探ってさ。地上でも明るく感じたのよ。もう戻る気になれない。利用はするけど、サブパメントゥの力も使いたくない。
この年で。龍に会えるなんて思わなかった。イーアンを知って、あなたたちを見て、もっと輝く空の世界があるなんて、驚きよ。嬉しかった。もっと知りたいと思った。でも私は・・・サブパメントゥの存在って、それはどうにもならないのよ、いつだって」
「ミレイオ」
タムズは近づいて、ミレイオを見つめる。『君はね。君だ。世界の情報をその体に託されていても、他の誰のために生きているのではなく、確固たる一つの命だ』低い穏やかな声が教える。
「この時期に。君が私たちとも関わる、この運命。それは君の生まれてきた意味が、もしかすると求められている。だが、そうであっても、ミレイオはミレイオなんだ。光を愛する、サブパメントゥのミレイオ」
優しい男龍の声に、ミレイオはニコッと笑った。『有難う。タムズ』お礼を言うと、タムズはミレイオの肩に手を乗せた。
「これからね。大事な話をする。よく聞いてくれ。上手く行けば、イヌァエル・テレンが開放されるかもしれない。ドルドレンを迎えるからだ。まだ、質問は待つんだ。そう、いいね。
どうなるかは分からないが、私たちの時代がこれまでを変える。私たち龍族も、空の者も、変化に挑む。ミレイオ、そうしたら一緒においで。君の憧れを見るんだ」
ミレイオは驚いて瞬きを忘れた。吹き抜ける暖かい風は、ミレイオの涙を飛ばす。口を開けたまま、驚きに涙をこぼすミレイオに、タムズは微笑んでいる。
「見たいだろう?君は光の側に動く。おいで」
言葉が出てこないミレイオは、ぎゅっと眉を寄せて、涙を拭く。タムズがその目元を指で拭ってやり、『君は生きた宝石。ミレイオだ。そして、その名にふさわしい生き方をしているよ』それが伝わることを話す。
「良かったね。君の親は、君が光を求める時を考えて、その体を光に耐えるように作った。全身にあるその模様が、君を守る。サブパメントゥで唯一かもしれない。始祖の龍に取り上げられた、光への力をその体に保有しているのは」
「始祖の龍に取り上げられた?」
「始祖の龍は2度、許しているんだ。地下の者がね、空へ上がろうとしたことを。上がったが、2回は許された。でも3度目は許さなかった。そこから地下の者は、光を罰に感じるようになった」
ミレイオは、伝説の初代勇者の話を思い出す。彼は、サブパメントゥの力を受け取った人間だったとか。彼が3度目・・・だったのか。その話をするには、話題が違う。ミレイオは黙ったまま、頷いた。タムズはミレイオの頬をもう一度撫でる。
「私はね。君が不思議だったんだ。なぜ君は光に強いのか。自分から光を好む。それに龍の皮も平気だった。そして、その模様と。君の男女を越えた魂を感じる度に、君は特別ではないかと。
だけど言わないね。ミレイオは、そんなことを言いもしないし、探られるのも嫌うように見えた。気高い魂だ。私はそんな君が好きだよ」
ここからミレイオの記憶が飛ぶ。気が付いたら、どこかの部屋にいた。目を開けると、心配そうなイーアンが覗き込んでいて、『ミレイオ。大丈夫ですか』と訊ねられた。
「水があります。唇が乾いていますから、飲んで下さい」
イーアンに体を支えられて、一気に老け込んだ気分のミレイオは、イーアンが背中に回してくれた腕を丁寧に断って『何。どうしたの』と逆に訊ねた。
聞けば、タムズが自分を抱えて運んできたらしく、タムズが言うに『気絶』したそうだった。馬車に置こうとしたから、家に入れてもらって『ベッドに寝かせて頂いたのです』ということらしかった。
「え。何よ。私、気絶していたの?」
「そう聞いています。倒れちゃったそうですから、タムズも驚いたと」
『ちょっと、ちょっと待って』ミレイオは記憶を辿り、とりあえず受け取った水を飲んでから、頭を振ってよく思い出せないことを伝える。『今。何時なの』一応時間を聞くと、もう午後だった。
「本当~?!もっと早く起こしてよ!お昼どうしたのよ、あんた食べたの?」
「私は食べました。皆さんも。タムズはまだ居るかも知れないけれど、そろそろ時間切れでしょうから、もうじき戻るかも」
ミレイオの側で縫い物をしていたから、その後、見ていないとイーアンが言う。ミレイオは失笑。『起こして。起こして良いからっ』起きるわよ、とベッドを出た。
食事を食べるなら持ってくる、とイーアンが言うので、お願いしてミレイオは作業に戻る。イーアンは厨房へ。馬車に戻ると、タンクラッドが中にいて、自分の代わりに続きを行っていた。
「おう。もう平気か?休みもないから、疲れてるんじゃないのか」
「優しいこと言えるのねぇ。でも大丈夫。タムズの言葉に感動して、倒れたんだと思う」
苦笑いするタンクラッドは頭を振って、自分がどこまで作業したかを見せる。ミレイオは頷いて『これから昼食を摂る』と伝え、もう少しお願いした。
「タムズは」
ミレイオが見渡す場所に見えないので、ちょっと訊いてみると。『タムズか。総長に捕まってるよ』苦笑いでタンクラッドが馬車の向こうを指差す。影になっている場所にいると言うので、ミレイオが近づくと、いた。
「あんた。そんなになっちゃって」
ミレイオも笑った。馬車の裏に座るタムズに、総長が貼り付いて撫でられていた。笑顔のタムズがミレイオを見て『回復したか』と訊ねた。ちらっと見上げるドルドレンも『ミレイオは倒れたのだ。何か食べると良い』と言う。
笑いながら側に来たミレイオが、ドルドレンを見てからタムズを見て『あなたは愛されるのね』と言うと、男龍も可笑しそうに笑っていた。
ドルドレンは全然気にならない様子。幸せ一杯の表情で、タムズの腰に両腕を回して貼り付き、頭を撫でられながら、大きなワンちゃんのように大人しくしている。
「ドルドレン。タムズが好きだとは、イーアンに聞いていたけどさ。スゴイ好きって感じ」
「そのとおりだ。大好きだ。愛してるんだから」
アハハハと笑うミレイオに、タムズも笑って頷き『彼は大変、龍に忠実』と認めていた。
しかしこのドルドレンの状態が、叶う恋ではないのもまた、ミレイオにはよーく分かった。男龍にそうした感覚がないので、彼は全く気にしていないだけ。
にしても。総長といわれる立場にして、この甘えっぷり。ドルドレンは人目憚らず、自分が好きなものは好き、と表現するので(※イーアンにもそう)、この現場をうっかり見た騎士にも、ドン引きされていた。
「ねぇ。仕事の時間でしょ、あんた」
「良いのだ。さっき執務の騎士がここまで来たが、何も言わずに戻った。俺がタムズを愛してるから」
「それ、何かおかしい言い回しよ。そうなんだろうけど」
「ドルドレン。私はイーアンとも話があるよ。そろそろ君の用事をしなさい」
寂しそうなドルドレン。でも素直に言うことを聞いて、ちょっと灰色の瞳で男龍を見上げ、頷いた。次はいつ来る?と聞きたいが、男龍に甘えてはいけない(※激甘)と思って我慢した。
体を起こした総長に微笑み、タムズはちょっとだけ、おでこにキスをしてあげた。ドルドレンは赤くなって『行ってくる』とクラつきながら立ち上がり、タムズに『帰る時は見送るから教えて』と頼んで支部に戻った。
「タムズは理解するのか。ドルドレンは、あなたがとても大事よ」
「分かっているよ。彼は誠実で真面目だ。そして私が好きだね」
そうじゃないんだけど、と思いつつも。ミレイオはちょっと笑って、入れ違いで食事を運んでくれた、イーアンを側に座らせた。『こっちおいで。ここで食べるわ』タムズの側で食事にして、イーアンにも縫い物を持って来るように言う。イーアンはいそいそ、家に行き、縫い物篭を持って戻る。
食事を食べながら、ミレイオとイーアンは今後の予定を話す。タムズは少し聞いていたが、彼らの予定に見通しが立っている様子から、自分の用も伝えることにした。
二人の会話に間が見えた時、タムズは会話に入る。
「イーアン。話そうと思っていたことがある。君が祝福した子供たちのことだ」
昨日の晩から今日にかけて、何があったかを伝える。驚いているようだったが、イーアンは主観的に捉えないようにしていると分かる。黙って話を聞き続けるので、タムズは自分の見解を話した。
「ルガルバンダたちは、また別の見方をしている。ファドゥもそうらしい。だが私は、まだもう少し様子を見たい。ただ、彼らの高揚が動きに繋がりそうな気もするけれど」
「動きに繋がると、どうなりますか」
「君を迎えに来る。私以外の男龍が。ビルガメスは分からないが、彼ももしかするとね」
いつでも迎えに来ています、とイーアンが言うと、タムズは笑って頷く。『そうだね。でもそういう意味ではないよ。君が少し帰れない、そんな意味だ』と教えた。
「今、イーアン連れて行っちゃったら。旅困るじゃないの」
ミレイオは口を出す。余計かしらと思うが、同行する自分としては黙って聞いているのも違う。
「私もそう思います。今は無理です。ルガルバンダたちの気持ちも、言われれば分かりますが。出発前には」
「うん。だから私は彼らに、そう伝えるよ。戻ったらね。その前に、君に言っておかないといけないと思った。彼らが迎えに来た時に、私がいるとは限らない。私からも言うけれど、もしもニヌルタやルガルバンダが来たら、ちょっと頑張って追い返すように」
難しそう~・・・イーアンの困った顔が、タムズは可笑しかったみたいで、少し笑ってから『ちゃんと、話はしておく』ともう一度言ってくれた。
「希望を見せた、と。そういう意味かもしれないね。精霊は、イーアンを通して、男龍がこの先に増える可能性を今見せたと。それは、私たちが君たちの行動に積極的に参加して支える、大きなきっかけにもなる」
タムズの言葉は、いつも間近ではなく、もっと先の部分を見ている。イーアンは、彼の存在を頼もしく感じる。自分もそう思うと伝えると、彼は微笑んで『そろそろ帰る』と言った。
タムズはイーアンに、『ドルドレンを呼んで』と頼み、イーアンが伴侶を呼びに行くと、伴侶はイーアンを抱えて走って戻った(※大急ぎ)。
「ではね。また来るよ。ドルドレン。君の家に入ったが、少し見ないうちに、とても人間らしい家になった。今度は私も中に入れてくれ」
「いつでも歓迎する。今日だって良かったのだ」
フフッと笑って、タムズはドルドレンを撫でた。それから衣服を脱いで、体を戻し、翼を出すと、タムズは振り向いてミレイオを見た。ミレイオもタムズの目を見る。
男龍は、パンクに囁くように伝えた。それはミレイオの耳にだけ届き、他の者には、何の話か分からなかった。
「ヨーマイテス。君の親の名前だ。恐らく、彼はまだどこかで生きている。地下でもなく、地上でもなく。その間にいる。ミレイオが本当にいたということは。彼もいる。
君が、この旅に同行するのも、運命だと今は言える。ヨーマイテスは、君を待っている。幾つもの道を閉ざす、扉の鍵こそ、君だからだ。扉の開け方を知っている者は消えない。鍵が動き出すのを待っている」
タムズはそう言うと、ミレイオに優しく微笑んで『これからも宜しく』そう言い、『それではね』と続けて皆に挨拶すると、アオファを呼んで一緒に空へ戻った。




