684. 朝の赤ちゃん部屋・タムズとミレイオ
ファドゥとルガルバンダは、次の日の朝、子供部屋の外を囲む廊下にいた。子供の世話を担当する女性の一人・アウレーが午後以降の状況を説明し、夜間の様子をもう一人の世話役・ヴィオリタが詳しく話す。
最初に、ファドゥが気が付いたことから、ファドゥが数時間置きに様子を見に来て、そして朝を迎えた時点で、父・ルガルバンダを呼んだのが今。
「もうじきシムも来る。お前たちは怖ければ下がって良い」
ルガルバンダは、龍の子の女性にそう告げ、彼女たちを子供部屋へ戻した。女性2人は少し緊張したまま、赤ちゃんたちの部屋に戻り、廊下をちらちらと見て不安そうにしていた。
「ニヌルタにも事情は聞いていたが。ここまで変化があると、もうイーアン抜きで話が進まないぞ」
「私もそう感じる。ただこれは、イーアンだけの問題でもない。精霊がそう導いているようにしか思えなかった」
ファドゥの言葉に、ルガルバンダも頷く。子供部屋でわちゃわちゃしている、小さな赤ん坊たちは、背中にちっこい翼があったり、ちょんちょんと角があったりして、お互いの体に触れながら元気一杯遊ぶ。
そんな子供たちを一晩、様子を見ていたファドゥは、見ている間に変化があったと話す。
「おかしいどころではない。見るからにもう」
「男龍だろうな。ここにいるほとんどが。お前の子はあれだろ?あの子はほんの数日で、あれほど成長してしまった」
ルガルバンダが指差した子供を見て、フフッと笑うファドゥの横顔に、ルガルバンダも少し嬉しい。
彼は『男龍に成りそびれた自分』を背負うと知っている分、子供に期待している。
ズィーリーとルガルバンダの子なのに、龍になれなかったファドゥ。要素は充分だったはずが、同じ時期のタムズが龍に変わり、彼は龍の子止まりだった。ルガルバンダは、ファドゥの子供には、男龍が生まれて欲しいと思っていた。それが今――
「イーアンの祝福なのか。精霊の齎したイーアンへの導きなのか。それとも俺たちの精気にも、宿る力が増したのか。これら全て、なのか・・・・・
彼らが旅に出る前に、この状況を迎えた意味。何か気が付かずに、進んではいけないだろう」
ルガルバンダの言葉に、ファドゥも頷いて同意する。『私にも出来ることはあるかも知れない。小さなことでも、私に教えてほしい』息子の気持ちを聞き、ルガルバンダは彼をちょっと抱き寄せて微笑んだ。
「そうなるだろうよ。お前も勿論、お前としての意味があるんだ」
そして建物の外を見た。『シム』ルガルバンダが見たすぐ後、大きな角を生やした男龍が降り立つ。中へ入ってきて、友達とファドゥに挨拶し、すぐに子供部屋の窓を覗いた。
「ハハハ。あれか。俺の息子は。可愛いな。もう角が出ているとは。よし、引き取るか」
「まだ早いぞ。男龍を引き取ったら、俺たちが全員で世話することになる(※保育パパ数×5人のみ)」
シムは、ルガルバンダの言葉に少し止まる。『その意味は』静かに訊ね返した男龍に、ファドゥがもう一度、中をよく見るように促した。シムは目を丸くして首を振った。
「なんだと。翼がある。おい、あれ。角が、他の子供も」
「そうだ。どこまで男龍に成るか。もう少し様子を見たほうが良いかも知れない。一時的かもしれないし。
この前の卵も、半数以上が孵った後、全く孵らなかった卵を確認するまで、数日は必要だった。色だけでも変化した卵があった以上、この子供たちにも同じことが言える。龍の子かもしれないし、男龍の中に女龍がいるかもしれない」
それはないだろ、とシムは否定する。『女龍は生まれないだろう。いくら何でも』言いかけて、友達が真剣に自分を見ているので、止めた。
「こんな事態が・・・これまであったか?ビルガメスに訊いたが、彼も知らない。イーアンが、彼の母に近いのではないかと言うが、それすらもう、誰も知らないことだ。
何がこの先、起こるか分からないんだ。男龍に成る子供がどれくらい、いるのか。角や翼持ちでも、龍の子止まりの子供がいる可能性もある。女龍だって、そう思えば、ないとは誰にも言えない」
3人は、窓の内側の子供たちを見た。暫く無言で見つめた後、男龍の間で、この件を相談することをファドゥに話し、ファドゥには引き続き、様子を見ているように頼んだ。銀色のファドゥは『喜んで』と引き受けた。
二人が戻ってから、少しして、ファドゥが子供部屋で女性と話していると、また男龍の龍気が現れた。『タムズ』呟いてから表へ出ると、翼を畳んで舞い降りた男龍が歩いてきた。
「私の子を見に来た」
穏やかな笑顔に、ファドゥは案内し、先ほどルガルバンダたちが話したことを、手短に伝えた。タムズは頷きながら、ガラス越しに自分の子供を見つめ『なるほど』と一言。
「さて。あの子はどちらかな。いくら何でも、生まれて間もないのに、この変化は極端だ。龍の子の可能性もある。先に龍の要素が現れてしまった、と。そう捉えることも出来るな」
「そうか。そうした見方も出来るか。龍の要素が、赤ん坊だから如実に引き出されているだけ、というのか」
「可能性だ。幾らでもある可能性の、私が感じた一つだ。生まれ立ては皆、龍の姿で生まれる以上。イーアンの強い龍気や祝福の効果で、体の殆どを占める、最初の龍の要素が表面化している。そうも見える」
そうか、とファドゥも納得する。その方が有り得る。ルガルバンダが女龍の話をしたことを伝えると、タムズは少し笑って『気が早い』と首を振った。
「彼はせっかちだから。思い込むと一途。この様子を見て、卵もそうだが。気持ちの昂ぶりが、期待に繋がっている。期待は良いことだが、真実ではない。様子見だな」
銀色のファドゥ。タムズのこうした見解が自分にも備わっていればと、たまに羨ましく思う。これは能力ではない気もするが、タムズの感覚は冷静で、何となく母を思い出すからだった。
そんなファドゥに気づいたか、タムズは彼を見て『昨日から彼らの変化を見ていればね。期待に飲まれる気持ちも分かるよ』そう言って微笑んだ。
ただ、何でも全体を見なければね・・・そう続けると、タムズは自分の子供に会いに部屋に入り、女性2人に軽く目を伏せることで挨拶とし、子供の側へ寄った。
抱き上げた自分に似た色の子供は、小さな翼が付いていた。その色は白く、皮膚の色は自分と同じに見えるものの。
「おや。お前は白い翼?4対。4対だな。ちょっと誰かさんみたいじゃないか」
ニッコリ笑うタムズは、小さな翼2対を撫でて、その下に隠れるように畳まれた、もう2対の翼を誉めた。誉めると赤ちゃんはタムズを見て、ニコッと笑った。『笑うところまで。ハハハ、似ているよ。可愛いね』赤ちゃん龍もハハハと笑う(※一丁前)。
タムズは、笑顔でさよならの挨拶をして、また来ると約束した。赤ちゃんは、うん、と頷く。
それから、子供部屋を微笑みながら出たタムズは、ファドゥに後を頼むと、そのまま外へ出た。
『よし。教えてくるかな』それとも私が学ぶのか・・・機嫌良さそうに呟いて。大きな翼を広げると、一気に光と化して、真っ青な空へ飛んだ。
*****
職人3人とイーアンは朝の作業前のお茶の時間。すっかりお外の毎日。そろそろ雨が降るかもねと、オーリンが話しているが、ミレイオが言うには『今年は雨が少ない』ようだった。
騎士修道会の仕事は、機構の任務に移行しているので、実際の所、ドルドレンを除く4名の騎士&イーアンは、北西での業務が特にない状態。帰属は本部扱いだし、任務内容も変更し、単に出発準備期間の待機場所が『北西支部』となっている。
ドルドレンは総長なので、留守にする前に、やれ書類作れ、資料作っとけと、執務の皆さんにしごかれているが、これも総長職のみでしか出来ない仕事なので、決してイジメではない(※ドルドレンは、イジメられてると思っている)。
イーアンは作り手なのもあり、手袋が破けたとか、脛当の革紐が切れたとか、そんな相談には乗って、ちょこちょこ修理することは続ける。
ロゼールからの報告も、特に大きな情報でもなければ、顔を合わせた際に聞く程度。ロゼールは営業なので、紙にまとめた記録を、日報にして執務室に出すくらい。質問相談があれば、その場で対処する。
そう言えば。ロゼールは外套を新調していた。それはオークロイ親子の『お祝い』だとかで、お代を訊くと『要らねぇよ。着心地でも宣伝しておけ』と笑って終わったらしかった。
外套は、鎧の種類によっては、内側に貼る裏当て材料で、イーアンが渡した魔物の皮だった。鎧ではないが、パネルスタイルにされたそれは、薄い鎧的な上着として仕上がっていた。
雰囲気としては、セーターにパッチが当てられている、あれが沢山。しかし鎧職人が作ったので、またカッチョエエ上着に見える。
イーアンが感想を目一杯、思いつく限りの誉め言葉で伝えると、ロゼールは赤くなって照れていた。『自分に勿体ない、って言ったんですよ。でも俺が少し動いたのを見て、これくらいじゃないとって』えへへと笑う若い騎士。オークロイ親子の親切に、ロゼールはやる気を増したようだった。
そんなロゼール。裏庭外には、職人3人が来ている毎日なので、こちらはまとめて御用聞きが済む。『だから、今は動いている時間、少ないと思います』行く場所が3軒だからと言っていた。
弓の工房については、オーリンがアーメルを紹介したので、彼の工房を中継地に、オーリンの仲間とやり取りする話に変わった。
『サグラガン工房。ダビが喜んで』アーメルと繋がりが出来たことを、剣工房のダビに伝えると、彼はとても嬉しそうだったと話す。
こうした話を聞くと、自分が手を離しても、ちゃんとロゼールが繋ぎ、上手く取り持ってくれるので、今後も安心と、イーアンはホッとした。
やはり、ロゼールにお願いして正解。彼がお皿ちゃんを乗りこなしたのも。そう、これも、何かの縁だったと思えた。
イーアンは、職人たちと一緒に外で縫い物。昨日は結局、全然進まなかったので、今日はがっちり頑張る。そして邪魔は入る。
縫い物はシーツの端を縫う作業。早くシーツを終えて、上掛けに入りたい。そうすれば、6人分のベッドの布物は完了する。まだ、枕と座布団と、シーツ4枚しか出来ていない。
そこへミンティンと一緒にタムズが、微笑みながらやって来る。
喜ぶミレイオを脇に、イーアンは微笑を疲れたように返し、今日は何の用だとばかりに(※絶対言えないけど)用件を聞く。『私は今日は。絶対に縫い物をします』それを最初にと伝えてから、男龍に向き直る。
タムズは、機嫌があまり良くなさそうなイーアンに、どうしたかと少し考えたようだが、まずは服を用意してくれとお願いし、イーアンは工房へ服を取りに行った。そして服を受け取り、タムズは体を縮めて翼を消し、さっさと着替えて(※全裸だから早い)ズボン、靴、陣羽織スタイルに落ち着いた。
服を着たタムズを見て。この格好になった、ということは。数時間いるつもりではとイーアンが警戒すると、タムズは側に来て『今日は私がここにいて、君たちの作業を見る』とか。
それなら良いかと思って、イーアンは早速、縫い物を始めた。ミレイオが頼むので、馬車の後ろに腰掛けて、タムズとイーアンはそこで話す。ミレイオは馬車の中で幸せそう。タンクラッドとオーリンは、少し離れた場所で作業した(※キス注意報)。
伴侶を呼ぼうかと思ったが、タムズはそれを見通したらしく『彼には後で、話がある』と言い、何の話かも、他人には控えるらしかった。
縫い物を見つめるタムズ。何に使うのか、どうしてそれを縫うのか、小さなことも色々、知りたいと何でも訊く。
イーアンは出来るだけ分かりやすく答え、馬車の中も少し紹介して、ミレイオが作ってくれている大きな部分と、タンクラッドが担当する家具、オーリンが担当するベッド等も、生活に必要であることを話した。
「君たちはたくさんの物が要るな。イーアンはもう、無くても良さそうだけれど」
「それはムリです。どうしたって、抵抗があることもありますもの」
「彼のように?」
タムズは、馬車の奥で作業するミレイオをみた。『彼はサブパメントゥだけど、衣服も着けるし、装飾もあるね』いつ見ても違う服を着ているし、物が好きなのかと言う。ミレイオは聞こえていて、少し笑っていた。
イーアンには分からない質問の部分で、どう答えようかなと思っていると、ミレイオがちょっと来て、タムズに答えた。
「あなたは私の本来。何も持たなくても過ごす、生き方を話してるのね」
「そう。サブパメントゥの者も衣服や物が不要だろう?それともあるのかな」
「持つ人もいるわよ。寝床とか、私みたいに家もあれこれも。人間に近いとそうかしらね」
「ミレイオ。君に聞きたかったんだが。怒らないで聞いてくれるか」
ミレイオは何かなと思って、どうぞと促した。タムズはミレイオをじっと見つめてから『君はどうして、光が好きなのかね』と訊ねた。意外な質問に、ミレイオは『憧れたのよ』と正直に答えた。
「君は素直だね。サブパメントゥの生まれで、誰かの創造による命。物体を操る君たちは、内部に深く入り込むと、そう聞いているけれど。君は外へ向かったのか」
「そんなふうに、空の誰かに言ってもらえる日が来るなんて、思わなかったわ。有難う。そうね、私は光が見たかったの。だから地上へ上がって。ここだけでも眩しいと思ったのよ」
「ミレイオ。ちょっと私に触らせてくれるか?嫌かな?」
ミレイオはびっくりしたものの、すぐに真顔でがっちり首を振って『嫌なわけないでしょ』低い声で、意志をがっつり伝える。さぁ触れ、とばかりに側へ寄った。イーアンは笑ってはいけない部分でも、ちょっと可笑しくて咳払い。
タムズはそっと、壊れ物を触るように、ミレイオの頬を撫でた。ミレイオはとりあえず目を瞑って、失神を避ける(※勿体ない)。イーアン、針を置いて見守る(※姉が倒れるのを防ぐ)。
「ビルガメスが。君の顔に触れたと言っていたんだ。私はそれが不思議だった。君は私たちが触れても、何ともないのか」
「ぜ。ぜーん。ぜーんっぜん。ちっとも何ともないわよ。もっと触れても良いくらいよ」
はーはー言い始めたミレイオに、イーアンは眉を寄せながら、とりあえず背中側へ移動(※後頭部打つと大変)。
タムズは息切れするミレイオに気が付き『大丈夫か?少し影響が』と金色の瞳を向ける。ミレイオは目を見開いてぶんぶん頭を振り、『素晴らしい影響はあるが、否定的なものはない』とはっきり主張。
笑うタムズに、ミレイオは赤くなりながら『有難う』のお礼を伝えた(?)。タムズはちょっとミレイオの刺青に目を留め、それもじっと見つめる。ミレイオは奴隷。好きにして下さい、と呟く。
「? 好きに?いや、何もしないよ。ただこの模様が。あまり君たちの事を探るのも良くないと思って、訊かないでいた。これは君の元からある模様か」
「そう思うのね。ニヌルタもすぐに気が付いたけれど。そうよ」
イーアンはその答えに『刺青ではない』ことを知る。元からある。刺青って言っていたけれど、それは表向きの説明だったのかと理解する。
「そうか。ここに。なるほど。それでか。ミレイオ、君はこの模様を、もしかして全身に持つのか」
パンクは微笑んだ。タムズは静かに頷く。『君は。控え目だ』呟いて優しく微笑んでから、ミレイオの手を取って、手指にある模様も見つめる。
「君の親。君はミレイオか。フフ、そうか。これも面白い」
タムズはそう言うと、ミレイオをしっかり真正面から見て『会えて嬉しい。私は龍のタムズ』と改めて挨拶した。ミレイオは少し面食らったものの、『タムズ。あなた・・・本当に?知ってるの?』と眉を寄せた。
お読み頂き有難うございます。




