682. イーアンと龍の赤ちゃん
強引な男龍に攫われること、もう数えていないイーアン。縫い物篭を片手に、ゲンナリしながらニヌルタに抱えられて運ばれた先は『ファドゥの家?』あら、とニヌルタを見上げる。
「違う場所かと思ったのか」
「男龍は男龍の卵として、別場所なのかと思っていました」
「龍の子の、女にな。任せているから。こっちだな」
そのうち別にしてもいいかもな、と笑ったので、余計なこと言ったかとイーアンは慌てる。『いえ、赤ちゃんは、いっぱいの方が楽しいから、皆一緒が良いと思います』急いでそう言うと、ニヌルタはニコリと笑って『それもそうだ』と頷いた(※あまり深く考えない)。
ファドゥは以前、私が彼らの卵のために、限定男龍のどこかに連れて行かれるような話をしていたが。あれは違う意味か、と理解する。確保されかねない、そういったことだったのかもしれない。
何はともあれ。イーアンはニヌルタに連れられて、卵部屋の続きにある子供部屋へ向かう。続きといっても少し離れていて、中庭の中にある建物だった。
「おいで。こっちだ」
建物の扉を開いたニヌルタは、イーアンと一緒に中に入る。卵部屋と似た造りで、観察する廊下のような場所の内に、赤ちゃんたちの部屋があった。部屋には世話役の龍の子の女性がいて、その足元には、小さな龍が沢山いた。色とりどり、角はまだないものの、小さくて目も大きく、鱗も柔らかなぷくっとしたのが・・・いっぱい、いる。少し大きい子もいれば、卵を出て間もなそうな小柄な赤ちゃんもいる。
「か、かか、かわいい」
イーアン、笑顔が垂れ下がる。ガラスの壁の向こうで赤ちゃんたちがウヨウヨ。イーアンはガラスに貼り付く。中の女性が笑って手招きし、イーアンと目が合うと頷いた。ニヌルタを見上げると、彼も微笑んで『一緒に』とイーアンの背中を押した。
世話役の女性は、それぞれ『アウレー』と『ヴィオリタ』と名乗り、イーアンを紹介するニヌルタに緊張していた。ニヌルタは、一度出て良いと彼女たちに命じ、彼女たちはすぐに部屋を出て行った。
「良いのでしょうか。彼女たちがいなくて、私はどうすれば良いのか知りません」
「良いんだ。イーアンが遊んでやれば。女たちは呼べばすぐ来る。見てご覧、俺の子だ」
ニヌルタは、赤ちゃんたちをちょいちょい分けて(※ニヌルタ身長3m超え・赤ちゃんSサイズ:30cm~)ニヌルタチックな模様のある龍の赤ちゃんを、二つばかり掴む。イーアンは、ニヌルタの赤ちゃんの扱いが危なっかしくて、目が飛び出そうになった。
「ニ。ニヌルタ。赤ちゃん、痛いのでは」
「ん?何がだ。ほら。これが俺の子だ。こんなの痛くない」
赤ちゃん龍の背中から、大きな手で鷲づかみ。『二つばかり、持った』その表現がぴったり過ぎて、焦るイーアンは、2頭の小さな龍を急いで両腕に受け取った。
怖いっ!! 扱いが、怖いっ! 赤ちゃん相手なのに、ニヌルタは普通に『わしっ』と持っていた。どこか痛めていないか、心配するイーアンに引き取られた赤ちゃん2頭。きょろっと金色の大きな目を向けて、イーアンの匂いを嗅ぐ。
フンフン嗅ぎながら、少し大きめな赤ちゃんの方がイーアンの頭に上る。笑うニヌルタは横に座り、その子を降ろした(※鷲づかみ)。
「上るな。お前はすぐに齧るから」
ぐへっ 齧るって。禿げるかもしれないため、それはお控え願うことにした。笑うニヌルタが、赤ちゃんをまた掴んで、イーアンの膝に乗せる。もう一頭の、少し小さめの赤ちゃんも、イーアンの顔をじっと見て、少し笑う。
「笑いました。赤ちゃん、笑うのですか」
「言っただろう。お前に似てるって」
嬉しそうなニヌルタは、イーアンの笑顔と赤ちゃんの顔を見て『そっくりだ』と無理のあることを言っていた(※赤ちゃんは龍)。それはいくら何でも、と苦笑いのイーアン。
じっくり観察したくても、赤ちゃんは大人しくないので、一頭ずつにした。ニヌルタが一頭を抱えている間に、イーアンはもう一頭の赤ちゃんを、自分の顔の高さに抱き上げて、ニコッと笑う。赤ちゃんもニコッとしたので、嬉しいイーアンはちゅーっとして頬ずり。
可愛い~~~ 可愛いよ~~~ 可愛いねぇ~~~ はー可愛い。ちょー可愛い。
せっせと頬ずりし、目を見ては、ちゅーちゅーしながら『あなたはとても良いお顔です。大きくなったら必ず素晴らしい、大きな龍になります』と抱き締めた。ニヌルタは目を丸くして『良いのか?』と少し笑って聞く。
「何がですか」
「お前はその子を祝福したから」
あ、そうだった、思い出すイーアン。祝福すると、龍気が流れるという話だった。どれくらい流れるのか分からないにしても、誉めたり、その子の未来に願掛け出来ないのはどうかなぁ、と思う部分。
それをニヌルタに確認すると『どうなんだろうな。女龍とは、俺も初めてこうして一緒にいるから。ズィーリーは、ルガルバンダとタムズの親が交代だった』祝福していたかも知れない、と言う。
「龍気がその子に流れると、私が疲れやすいなど、何かありますか」
「うーん。そうだなぁ。お前は龍気がズィーリーよりも多いし、強いからな。この先も増すことはあっても、減りはしないだろうと思えば。だが、お前に下手すると、ビルガメスに何言われるやら」
二人は笑って頷き合う。『ビルガメスに聞きましょう』『そうだな』ニヌルタが、後で聞いておく、と言ってくれたので、イーアンはもう一頭の赤ちゃんを引き取り、その子にも同じようにメロメロしながらちゅーちゅーを繰り返した(※赤ちゃん全員ちゅーしたい気持ち)。
横で見ているニヌルタは、満足そうに目を細めて、そんな女龍を見つめる。『お前は愛情深いな。子供がお前を慕う。イーアンの龍気が強いって分かっているんだ』イーアンの角をちょっと撫でて、ニヌルタはそう言った。
イーアンは赤ちゃんを抱っこしながら、男龍に質問する。『この子たちは、男龍になる場合、いつから分かりますか』大きな龍の赤ちゃんと睨めっこして、イーアンは笑いながら訊ねる。
「いつから、か。子供によるが、早ければ5年くらいじゃないのか。シムがそのくらいだったような、話を聞いている。タムズはもう少しかかったかな」
「ニヌルタも、翼ではないですが、背鰭や多くの角があります。龍の要素が多いのでは」
「俺か。どうだろう。強さはビルガメスの方が上だぞ。タムズも、俺より龍に近い。背鰭はあまり関係ないかもな。寂しいことだが」
ハハハと笑うニヌルタに、イーアンは『ミンティンに似て、背鰭が素敵だ』と誉めておいた。ニヌルタは嬉しそうに頷いて、『お前も脱げ』と返してきた。龍の要素を確認してくれそうな言い方に、誉める要素を素肌に求められても困るイーアンは、丁重にお断りした(※自信0ボディ)。
イーアンとニヌルタが、アハハ、ウフフを繰り返している様子を、少し離れた別の塔の窓から、ファドゥは眺めていた。羨ましい。なぜニヌルタがと思うが、イーアンは5人全員と仲良くなったからかなと思う。
「私もああして。イーアンと私の子を(※間違いな表現)」
呟きは聞こえない。男龍の邪魔はしたくないので、ファドゥはそのまま窓際に佇んで見守った。
片や、ニヌルタ。イーアンに自分のもう一頭の子供を差し出し、『これ(←赤ちゃん)。ちょっと祝福してくれ』と気楽に頼んでいる。さっき、ヤバそうな話だったのに、と思うが。ニヌルタはこういう人と知っているので、イーアンも笑って引き受けた。
抱っこして目を見て、お互いにニッコリ笑ったら、後はちゅーちゅーするだけ(※流れが出来た)。ぎゅっと抱き締めて『あなたもとても男前。女の子でも男前っ。格好良くなりますよ。元気で賢い子です』カワイイカワイイして、イーアンは赤ちゃんを下ろし、両手に小さな頬を挟むと、ちゅうううっとしてニコッと笑った。赤ちゃんもえへっと笑う。
「お前のそれ。タムズが不思議にしていた、それ。俺にもするか?」
「げっ。いえ、失礼。ムリです。タムズにもしません。これはお子たまだからです」
うっかり、ゲッと言ってしまったが、目の据わったイーアンは、きちんと『こちらでは、お子たま限定』であることを知らせる。ニヌルタも興味深そうに見ていたようで、なぜ祝福しながら、額ではなくて口に付けるのかと訊く。
「これは習慣でしょう。私のいた世界でもそうでしたし、中間の地でも人間の習慣で、親しみが増えると起こる行為です」
ふうん、と言って終わったので、イーアンはニヌルタのあっさり性格に感謝した。
それからニヌルタは、シムの子供と、ルガルバンダの子供も見せてくれた。序に見つけたか、タムズ・ベイベも持ち上げる。
「これ、と。こいつと。これ、だな。これがシム。こっちがルガルバンダ、タムズの子は、こいつだな」
ユーホー・キャッチーな掴まれ方で、それっぽい赤ちゃんが運ばれる。この鷲づかみ光景に慣れるのは、少し時間が要るなとイーアンは思った。眉を寄せながら、そそくさ赤ちゃん4頭を受け取り、ニヌルタの赤ちゃんは放す(※お父さんが『もういいぞ』って野放しにした)。
ルガルバンダの赤ちゃんは2頭。薄い緑色のかかる、ぷりっとした頬っぺた。ルガルバンダ・ベイビーはイーアンの膝によじ登り、お互いで遊び始めた。タムズ・ベイビーはお父さん似の赤銅色と銀色の混色で、ふっくら丸まるしている。
シムの赤ちゃんは、ふんわり藍色の渦が巻く白い体。イーアンはその子供を見て、『?』と顔を寄せた。
「どうした。それはシムの子だ」
「この子は。これ、角ですか」
何?イーアンの指がある辺り、ニヌルタがちっこい赤ちゃんのおでこの横を触る。『まさか』ぎゅっと押されて、赤ちゃんの目がビックリして丸くなった。イーアンは、急いで赤ちゃんを抱き寄せ『痛いです』とニヌルタを注意した。
「おい、ちょっと待て。そいつを貸せ」
「怖いですよ。いけません。赤ちゃんです。ビックリしています」
イーアンが胸に抱え込んで首を振るので、ニヌルタは笑って『もう少し確認するから』とシムの子供を見た。シム・ベイベも、男龍を見る目がちょっと据わってる(※疑り)。
「大丈夫だ。押さない。な、イーアン。優しくするよ」
「この子がビックリしたら、もう触ってはいけません」
イーアンと赤ちゃんの目が疑っているので、ニヌルタは笑いながら頷いて了解する。それから、嫌そうな赤ちゃんのこめかみら辺を親指でなぞり、目を凝らした。『角だぞ、信じられない』一度だけ首を振って、心配そうなイーアンを見た。
「こんな小さいうちに出てくるなんて、ないぞ。俺の知る限りでは、ない。もう少し日が経ってから、はっきり現れたら、この子供は男龍と認められるかもな」
「もう?もう男龍ですか。あらまー」
緊張感のないイーアンに、ニヌルタは笑って女龍の背中を撫でた。『お前の龍気を受けたからかな』それもあるぞ、と言う。
「孵したのは私ではなくて、龍の子の女性です。少しだけ側にいましたが、それまで世話をされていたのは彼女たちで、そう簡単に決めるのも」
「そうだが。でもそう思いたい。きっかけには関わってるだろう?お前がここにずっといれば良いのに」
ずっといるなら、そうも言えるだろうけれど。イーアンもそれは思う。だから違うだろうなと、でもそれは思っていても、言わないでおいた。
男龍は、人数が5人まで減ってしまったのだ。ズィーリーが孵さなかったから、とは誰も言わない。
だが、理由はその部分にあるように、聞かされ続ける。『始祖の龍は多くの男龍を生んだ』『ズィーリーの時代は、多くの男龍が残っていた』『ズィーリーは3ヶ月しか孵さなかった』そうした事実を耳にする度、彼女がもっと孵してくれたら、と聞こえるようになってしまった。
ズィーリーの立場を尊重したからこそ、誰も彼女が男龍を増やさなかったとは言わないけれど、自分には今、それを求めているだろうと思う。
「イーアン。お前は中間の地で、卵を孵すための場所を探すんだろう?」
「そうです。そうしたら、皆さんの卵を預かれます」
「イヌァエル・テレンでも良いのに。でもお前がそう言うなら、その場所を見つけてくれ。出来ることはする。俺の子供をもう一度、抱き上げてくれ」
はい、と了解したイーアンは、シムとルガルバンダの赤ちゃんを側に置いて遊ばせ、タムズ・ベイベが背中に貼り付いているのをそのまま、再び掴まれて運ばれてきた、ニヌルタ・ベイビーズを受け取る。
2頭の赤ちゃんはイーアンを覚えて、自分から貼り付いてきた。可愛いよ~~~ ひゃ~~可愛い~~~ あーよしよし、はーよしよし、繰り返しながら、イーアンは赤ちゃんに囲まれて笑いジワ全開。
そして気が付く。何度か見つめてから、大きめ・ニヌルタ・ベイベのおつむに、ちょんちょん何か見えるのを。皆、鱗の突起はあるので、それかなと思っていたが、先っちょの皮膚が透けている。そういうものなのかとニヌルタに確認すると、ニヌルタは目を見開いて、自分の子の頭を鷲づかみ(※赤ちゃん、頭だけで、ぶらーん)。
急いで取り上げ『危険ですから』と注意し、私の腕の中で一緒に見るように、目をかっぴろげて頼んだ(※怒る手前のイーアン)。
「分かった。怒るな。龍気が増えてるぞ。落ち着けイーアン」
苦笑いしたニヌルタは、イーアンを宥めて子供の頭に顔を寄せた。それから突起を撫でて、ちょっと押す。赤ちゃんの目がきゅーっと大きくなったので、イーアンは赤ちゃんを抱え込んで、男龍に背を向けた。
「いけません。もうダメ。もうニヌルタ、触ってはいけません」
睨みつける女龍に笑い、ニヌルタはもう触らないからと落ち着かせた。気が付けば、部屋の中の赤ちゃんは皆、いつの間にか移動して、ニヌルタを警戒した動きからか、イーアンの守護の元にまとまる(※次は自分の番かと、恐れる赤ちゃんs)。
「あなたが、赤ちゃんをもうちょっと優しく扱わないと。皆、あなたを怖がります。気をつけて下さい」
おばちゃんイーアンは、赤ちゃんsを背中に回して、男龍にがっちり注意する。男龍は大振りに頷いて『分かった。約束する』と言った(※負けたお父さんの図)。
それからイーアンはニヌルタに目を光らせながら、集まった赤ちゃんたちをそれぞれ抱っこし、抱き締めて⇒ちゅーっとして⇒顔を見て微笑み⇒次。を繰り返した。
最後の赤ちゃんを降ろした後。皆に『あなたたちは素晴らしい力を持ちます。立派に空を飛ぶ龍になりますよ』と頷いて教えた(※イーアン先生)。
ニヌルタは目を丸くして『お前。良いのか、そんなことして』と呟いた。赤ちゃんたちは、イーアン先生の龍気を見て、うん、と頷いた。
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