681. 新しい時代のそよ風
お昼を終えて、午後も仕事に精を出すイーアンと職人たち。思うことはあるものの、午前に戻った貴族・パヴェルの関与も、もう少し客観的に把握しようと、それぞれは言葉も少なく、作業の手を動かす。
彼の立場が何か、総長の話した示唆を見せていると、そのことについては誰も勘を疑わなかった。この先、パヴェルは何かの形で。パヴェルかどうか分からないにしても、彼の流れも水面下に混じる時はある。そう思えた。
そんな静かな午後の始まり。親方は食器棚を完成させたので、イーアンに見せて、一緒に家に運ぶ。親方が置いた場所が、食器棚の場所。イーアンとドルドレンに、反対意見は言えない(※小舅相手にメンドくさい)。
「よし。ここなら安全だろう。お前が棚を揺らして、うっかり下敷きになることもない」
「どんな設定で私に事故が。今まで、タンクラッドのお宅で、食器棚を倒したこと、ありませんでしょう」
笑うイーアンに、親方も笑いながら『俺の家の食器棚は、据え置きじゃないぞ。作り付けだ』だから、お前が安全だったんだ、と教えた。
「お前はうっかりするだろ。見ていると、俺の家の食器を取る時に、棚板に片手を掴まらせたりする。高い場所の食器を取る時、据え置きの棚だと下敷きまっしぐらだ」
あらやだ。そうだっけ、とイーアンは目をきょろっとさせて思い出す。言われるとそんな気もする。親方はイーアンをちょっと抱き寄せて、同じ目線まで屈みこみ、棚板を近くで見せる。
「分かるか?ダボで固定しているだけだから、高さは変えられる。少し引く程度では取れもしない。だがお前がもし、こう・・・な?手前を押せば背板側は浮くんだ。これ、危ないだろ?」
「んまー。タンクラッドはさすが。私言われないと、思うに、食器丸ごとひっくり返しました」
「王から貰った食器なんか売りさばけ。だが変なものを作ると、お前が、棚の下敷きになる展開が目に見える。
いいな、ここを掴むなよ。掴んで慌てても、すぐに倒れないように場所を考えたが。しかしきっかけはない方が良い。『掴むと死ぬ』。そのくらいの気持ちで、食器を出せ」
何やら軍隊のような指導を受け、イーアンは食器棚を前に、恐れを抱く。気をつけようと気を引き締め、どんなに浮かれて料理していても、絶対に食器棚には警戒を解かないと誓った(※大袈裟)。
「よし。イイコだ(※ここで親方愛情表現ナデナデ)。それとな、お前と総長のベッド。離せるから、離せ。そのために一台ずつ買わせたんだ。板敷いてあるだろ?あれを取れ。そうすれば離れる」
げーっ。何それー。小舅はダビだけだと思っていたのに、イオライ系男性は小舅か、とイーアンはビビる。
イーアンは咳払いし、『離れたところで、一緒に抱き合って眠る』と勇気を持って伝えた。見る見るうちにお怒りになる親方の顔が怖過ぎて(※憤怒)、イーアンは急いで走って外へ逃げた。
後ろから名前を叫ばれ(※怒号『イーアン!!』)ひえ~と、扉を駆け出してきたイーアンに気づいたミレイオが、さっと馬車から降りて抱き止める。
「どうした。タンクラッドに襲われたか」
「襲われていません。怒られて」
「ちょっと待ってて。おい、こらタンクラッド。おめぇ何しやがった」
ミレイオが守ってくれたので、イーアンはミレイオの背中に隠れる。家から出てきた親方が怖過ぎる。毛が逆立っていそうな(※静電気ではなく)人間味の薄い憤怒状態なので、ミレイオも首をゴキゴキ鳴らして『答えろ。何しやがった』と繰り返した(※やる気モード)。
ミレイオの質問には答えない親方。言ったら絶対に自分が悪くなる(※知ってる)。睨みつけて、背中のちっこいイーアンを覗き込んで『話がある』と説教を垂れようとすると、ミレイオに隠された。
「怖がってんだろ。近づくと立てなくなんぞ」
「ミレイオ、イーアンと俺の問題だ(※違う)」
「タンクラッドが、私とドルドレンのベッドを離せと言うので、一緒に眠ってるから無駄であると伝えました」
オーリンが後ろで笑い始めて、ミレイオは何回か瞬きしてから、イーアンを振り向き『そんなこと?』と呆れて呟いた。親方はムスッとした状態で睨み続ける。
イーアンが頷いたので、ミレイオは首を傾げて眉を寄せながら『あんたね』の一言と共に、剣職人を見上げた。
「私。忙しいのよ。つまんないことで、手を煩わせないで頂戴。その、意味分かんない横恋慕も、行き過ぎると、変質者みたいだからやめなさい」
「変質者とは何だ!抱き合って眠るとか俺に言うことじゃないだろうが」
「あんたが悪いんでしょ。一緒に寝るって、あんたなら離れるのかさ。真横で触りもしないで寝れる?」
ミレイオに馬鹿にしたように言われ、親方は唸る。真横にイーアン。狭い寝台。間違いなく俺は。そこまで考えて、タンクラッドは蹲る。ふーふーはーはー、何か苦しげに息切れしているので、ミレイオは嫌そうに『気持ちワルっ』と親方に吐き捨て、イーアンを馬車の中で作業させることにした(※保護者として)。
「面倒くさいから。こっちにいなさい。あいつと二人になっちゃダメよ(※親心)」
食器棚の話から、何でこうなるのやらと思いつつも、イーアンもミレイオの親切に頷いて、針仕事を馬車に腰掛けて続ける。親方横恋慕。好かれるのは良いことだが、こうなると、実らない思いも気の毒に思う(※既に他人事)。
伴侶の、タムズへの恋心と似ているような。でもちょっとまた、親方は違うのか。
ちくちく縫いながら、思い出す。そう言えば昨日。隠していると思われては困るので、伴侶にタムチュー(※タムズがチューする略)の話をしておいたが、意外や意外。伴侶は『いざ聞いても。思っていた感じと違う』と言っていた。
彼も、イーアンがタムチューをされたら、自分がショックを受けると思っていたらしいが、そうではなかったようだった。
『彼。タムズ。分かってないだろう?俺は彼が大好きだから、最高に幸せだったが(※素直)。いや、イーアンとする方が幸せだよ。でもタムズも最高。おかしい?うん、でもイーアンの方が、最高値は高い。タムズは僅差である。それはさておき』
どうもドルドレンの中で、タムズは人間扱いではない分、イーアンがちゅーされても、別枠に入ってしまったよう。『ルガルバンダが君にね。攫った時だ。頭ちゅーをしたんだが。あれはイヤでした』伴侶が最後、敬語で頷いたので、イーアンも頷いた。
思うに。人間のような愛情表現として使われると、カブるからイヤなのだろうか。
タムズは分かっていないから、ただそう動いた、としか思えなかったみたいで。『イーアンにも、してみたかったのかも』と伴侶の方から解釈してきた。
「実に様々な解釈と勉強があります。タムズはまた、ここへ来て、理解を深めるのでしょうか」
昨晩の伴侶との会話を思い出しながら、縫い物を進めるイーアンは呟く。
そう。話は変わるが、彼がここへ連日理解を深めに訪ねてくれたことにより、あの貴重な展開が現れたのだ。
「あれ。タムズはどう思われているか。かなり偉大な発見にも思えます。そして彼が言ったからこそ、説得力があったのです」
自分が龍の立場を認め、彼ら男龍の意向に沿い、龍として、侮辱への裁きを下すしかなさそうだった、その一定方向の矛先を動かせたのは、タムズのお陰である。
単に救われた以上の揺らぎが、あの時点に生じた。それは偶然に現れた貴族・パヴェルの登場もまた、受け入れる状態へと広がったのだ。
固定概念。
3つの世界の種族、それぞれに幾つもあるであろう、色も形も異なるブロックキューブのようなこれを。横に貫いて繋ぐ、そんな一本のグングニル。精霊から、この躍動の時代に入った私たちに齎されたのか。
イメージすると『焼き鳥』。呟くイーアン・・・(※グングニルどこ行った)『焼き鳥状態です。バラけたら食べやすい。いや、そうではなくて』バラ状は、焼き鳥同様調理でもちょっと違う、と首を振る。
「タムズは、串を手に入れ、焼き鳥を齎したのです(※ズレ)。これ大事。上手く言えませんが(※焼き鳥で脱線)」
思い出すと焼き鳥を食べたくなる(※醤油のないハイザンジェル=タレはムリ)そんな焼き鳥イーアンは、ふと、気配を察知。なかなか進まない針仕事なので、出来れば無視したいが。
空から来ていると分かるので、多分またタムズが来て、30分ぐらいは手が止まるのかなと、困りながら見上げた。
少し見ていると、向こうの空に光がカッと広がる。やっぱり男龍だなと思う光。オーリンが気づいて見上げ『イーアン。誰だ』と空を見て言う。親方もちょっと見上げて、そのまま(※まだ不機嫌)。
「誰かしら。タムズが来るようなことを話していたので、彼かも」
「え。タムズ?どこどこ」
ミレイオは『忙しい』と言っていた手をあっさり放し、ニコニコして馬車奥から出てくる。浮かないイーアンの顔を見て『どうした』と聞くので、作業が進まないとぼやいた。ミレイオは笑って頷いた。
「そうね。でもあんたは縫い物でしょ。出発しても出来るもの。それより、龍の準備の方が大事よ」
「そう思いますか。龍の準備の方が、時間が必要そうですから、そっちは追々でも」
ムリよ、と笑うパンクは、イーアンの髪を撫でて『自分が誰だか分からなきゃ。今、そういう時なの』と諭した。
光はどんどん近づいて、眩しさが辺りを包んだ時。光の中から声がした。『イーアン。一緒にイヌァエル・テレンへ行くぞ』聞いたことのない声に、オーリンとミレイオ、タンクラッドは目を見合わせた。
「眩しくて分かりません。光を抑えて下さい」
「俺は初めてだ。抑えたら動けなくなるかもしれない」
「ニヌルタ?」
声がニヌルタのようなので、イーアンが質問すると『そうだ』と返ってきて、少しだけ光が和らいだ。白い光の中に、淡く赤い影。白赤色の不思議な模様が浮かぶ体に、10本の角、ミンティンのような背鰭、強い眼差しに余裕そうな笑みの顔は、少年のように若々しい。
短い艶やかな髪が撫で付けられた、太い腕を組む男龍は、馬車の前に降りて『行くぞ』と、もう一度言った。
「うはぁ。美味しそうっ」
目を丸くしたミレイオが、赤くなって不謹慎な驚きを口にする(※素)。ニヌルタには『美味しそう』の言葉は分からないので、気にしなかった。イーアンは縫い物を手に、ちょっと交渉。
「私。作業をしています。行けません時は、そう伝えるとお話してありますね。昨日も行きました」
「そう言うなよ。卵が孵っているんだ。俺の子供に会いに来てくれ」
む、赤ちゃんと来たか。イーアンが黙ると、ニヌルタは両眉を引き上げてニコッと笑う。『お前に似てるぞ。よく笑うんだ。シムも見せたがってる』ちょっと空を指差して、赤ちゃんsを仄めかす男龍。
「でも。そうですね。そう、あの。赤ちゃんたちに会いたいから、早く縫い物を終わらせて、と」
「ぬいもの。何がダメなんだ。それか?その手に持っている。持って来い」
イーアンは首を振って、赤ちゃんの側に行くのに、針があると危ないから、これが終わったら行くと伝えた。ニヌルタはそっと手を伸ばして、小さな針を摘まむ。『これ?』イーアンに見せる。
「どう危ない」
刺さると赤ちゃんは痛い、と答えるイーアンに、ニヌルタは大笑いし『見ろ、イーアン』そう言って、自分の腕に、針を勢いつけて真っ直ぐ降ろした。針は消えた。
「針。どこ行きましたか」
「消滅した。攻撃される前に消える。心配するな。皆、赤ん坊の時は龍なんだから」
え~~~っっっ!!! 赤ちゃんsが、強過ぎる~~~っ!!
驚くイーアンと、他3名も魂消て目を見開いている状態に、男龍は呆れたようにまた笑う。『お前たちは痛いのか。仕方ないな、違うんだ』そう言って困ったように笑顔のまま、イーアンを引っ張った。
「毎日、俺たちの子供がお前を見たがっている(←そう思うだけ)。昨日シムが誘ったが、お前は戻ると言うから。今日まで待ったぞ」
「それ、待っていませんよ。今日まで待った、って。皆さん寿命が恐ろしく長いではないですか。もう少しゆっくり」
「初めて一人で来たから、少し疲れるな(※イーアン無視)。ミンティンもいるが、もう戻ろう。イーアン、来い」
強引だよ~ この人たち、いつも強引~ イヤイヤするイーアンを、ニヌルタは笑いながら引っ張り出して、ミレイオに縫い物篭を示し、腕を伸ばす。縫い物篭を渡したミレイオを見て、ニヌルタは少し微笑んだ。
「お前か。同行する、サブパメントゥの男は。いい顔してるじゃないか」
「えっ。いい顔」
「良い顔だ。その模様もいいな。ヨライデの前の大陸・・・ガドゥグ・ィッダンだな。そのうち、お前とも話そう」
ニヌルタは何かを知っているようで、フフンと笑う。それからすぐに抱えたイーアンに顔を向け『諦めろ』と言うと、笑いながら光と化した。そしてミンティンと一緒に、一気に空へ向かって飛んで消えた(※イーアン攫われる2)。
「また連れてかれて」
オーリンが苦笑い。タンクラッドは眉を寄せている(※男龍に敗北感)。一人、誉められてしまったミレイオは、ニヌルタのフレーズがぐるぐる頭を回っていた。そのぐるぐるは、体にも影響し、足元が危なくて座った。
「もう。やだ。イヤ。私もう」
馬車の中で、ぶつぶつ言うミレイオに、オーリンはちょっとだけ付き合ってあげる。『何がイヤなんだ』何となく見当はついているけど、そう質問すると、ミレイオは額に手を当てたまま、馬車の床に寝転がった。
「何であんなカッコ良いの、男龍って。皆、あんななんだもの。私、サブパメントゥだから絶対、祝福してもらえないし(※ちゅー率0枠)。今ほど、出身を悔やんだことはないわよ」
オーリンも、近くで聞いている親方も、どうして男が良いんだろう、とそれが不思議だった。返事も出来ずに立ち尽くす二人をよそに、ミレイオは『男龍を家に連れて帰りたい~』をずっと連発していた。
親方とオーリンは黙って作業に戻り、午後の休憩時に、お茶を持って来てくれた総長に事情を伝え、多分彼女は夜には帰るだろう、と推測だけ言っておいた。
よく連れて行かれる最近なので、ドルドレンも慣れてきて『ああそうなの、分かった』で終わる。今日の夕食作っておこうかな、と夕食のメニューを考え始めるほど、よく連れて行かれることに違和感が消えていた。
しかしニヌルタとは。以前、龍の顔を見せた赤っぽい彼か。そのうち、間近で拝見したい(※今や、警戒を解いた、スキ対象の男龍)と思いながらも、ドルドレンは先に仕事の話に入る。
「行くか?行っても良い者は」
先に一言、意味ありげな言葉を呟いて、一通の封筒を見せた総長。3人が自分を見たので、手短に内容を話した。
「呼び出されて行くのもな」
「でも来たら、イヤでしょ。あっちも、嫌がられるって思ったんじゃないの」
「俺はそういうの、向いてないから」
オーリンは不参加。タンクラッドとミレイオは少し考える。『どうだろうね』ミレイオは総長の手から手紙を受け取って、文面を眺めた。
「この前のあの子でしょ。王様って。まぁ、一昨日あんなことになって、そりゃすぐこっち来れるわけないわよね。気持ちは謝りたいでしょうけど」
「あれだろ?その王様が別に、悪いわけじゃないんだろ?聞いてると、彼もあんまり大事にされてないようだったし」
オーリンが総長に訊ねる。総長は小さく首を揺らして『そのとおりだ。彼は確かに抜け出してしまったが、その彼に嫌がらせした輩が、火種みたいなものだ。王はすぐに、印章を取りに部屋へ行き、その間に騒ぎが起きた』気の毒だが、彼も巻き添えかなと答えた。
「謝罪を公に、って感じではないな。出来るわけないか」
親方はミレイオに渡された手紙を見て、首を掻く。『彼が謝るのは、お前とイーアンだろ。俺たちが一緒に行っても意味ないだろう』そう言って手紙を総長に戻した。
「そうだが。仲間だから。俺たちと一緒に動いてもと思った」
ドルドレンの表情が柔らかいので、親方は思わず微笑む。ミレイオもちょっと笑って首を振り『一緒に来て、って言えば良いじゃない』とドルドレンに答えた。もう、旅が始まっている。それを総長は意識し始めた。共有したいのかも、と職人たちは感じる。
「俺も行ってやろうか。でも作業があるからな。1時間だ」
オーリンがお茶を飲み干して、『ミレイオが馬車の中を整えたら。ベッドは4台もう、入るぞ』指差す木枠のベッドを見せた。『ベッドが終わったら、二重車輪だ』総長にニコッと笑って『分かる?後10日で完成する』そう教えた。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして頂いた方に感謝します。嬉しいです!励みになります!!




