679. パヴェルの立ち位置
翌朝。イーアンとドルドレンが着替えて支部へ行き、朝食を摂った後。医務室へいくと、旅人パヴェルは笑顔で迎えてくれた。ベッドに腰掛けている彼は、少し汚れた外套を着た、その雰囲気の伴わない旅人。
彼は、すっかり元気になったことと、夕食も朝食も美味しかったこと。そして、謝罪を受け入れてもらえた安心により、夜はゆっくり眠れたことを、殊の外、大切そうに伝えてくれた。
パヴェルは午前中に戻ることを告げて、二人と一緒に立ち上がる。医者や厨房の騎士たちにお礼を言い、すぐに昨日の職人たちにも挨拶をしたいと言ったため、馬車修理の現場にも立ち寄った。
彼と少し話をしたいと考えていた二人は、もしかすると、パヴェルもそのつもりだったのかと、思う。お互いに何も話さなかったが、来客パヴェルと受け入れ側のイーアンたちは、職人のいる馬車へ向かうまでの距離、話の内容を考えるように口数が減った。
9時前後に揃う3人の職人は、馬車付近で、今日の作業の準備を始めていた。
やって来た総長とイーアン、来訪者パヴェルを見つけ、ちょっと手を上げたオーリンが、ミレイオと親方にも気付かせる。彼らは簡単に朝の挨拶を交わし、それから準備を続けつつ、パヴェルの言葉を聞いた。
彼は、自分がここへ来て謝罪が叶ったことは何にも増して嬉しいと。突然来た自分に、あなた方の紹介を求めるわけにいかないだろうが、またどこかで会えたら、どうぞ自分に声をかけて下さいと、優しい笑顔を向けた。
「遠回しに。自己紹介してないでしょ、って言われてる?」
ひそっとオーリンがミレイオに言う。ミレイオも小さく頷いて『だわね』と答えた。『俺たちが何で同席したか、って理由。話してなさそうだしな』オーリンがミレイオに答えた声が聞こえたか。ちょっと、パヴェルの顔が、弓職人とパンクに向く。
ドルドレンもイーアンをちらっと見る。イーアンは首を振って『全部を言わなくても』とジェスチャー。
パヴェルは考えた様子で『もし宜しかったら。昨晩考えたのですが』と思いを口にした。
「私にお話頂けないでしょうか。知らぬに並ぶ私の言葉に、信用出来ないかも知れませんが。なぜ、あなた方も私の話を。総長とイーアンへの謝罪を、聞く立場にいたのか。
これを伺うことが余計なことかどうか、判断が付きませんでしたが・・・総長とイーアンが呼んだ、ということは、あなた方にも大きな意味があったのではと」
パヴェルは単に、同席した『一見、無関係の3名』の素性が知りたいわけではない気がした。その言い方に含みは感じられず、昨日の彼の態度からも、彼が本心でそう感じているらしいと、5人は理解した。
その質問を引き受けたのは、親方。ふむ、と頷いて『俺も話しておいた方が良いと思ったが』そう言って、パヴェルの目を見る。
「パヴェルといったか。俺はタンクラッド・ジョズリン。あなたのような人間がいると、それを知っただけでも、随分と救いになることだけは、最初に伝えておく。
あなたは、総長とイーアンに会いに来て、なぜ俺やコイツらも同席したか、疑問に感じているだろう。イーアンが、俺たちにあなたの話を聞かせたのは、俺とコイツらが王城へ向かい、二人が殺さずにおいた者たちを、一人残らず潰す気でいたからだ」
ハッとするパヴェルの目は、澄んだ水色が恐れを見せていた。ごくっと飲みこんだ、唾の音が聞こえる初老の貴族に、タンクラッドは続ける。
「彼らが王城で騒動を起こした翌朝。昨日だな。その話を知って、すぐに立とうとした俺たちを、総長は止めた。同じ頃、離れた場所でイーアンもまた、荒ぶる強者を相手に、王城を壊す選択肢を止めていた。
今。あなたがこうして、俺たちの前で話している時間。もう一つの未来では、とっくに王城は消え、阿鼻叫喚の惨事後かも知れなかったわけだ。
俺がなぜ、こんなことをわざわざ詳しく話しているのか。理由を教えると。総長とイーアンの取った行動は、甘過ぎると判断した俺たちが、愚か者を潰す気でいたことを教えるため。もう一つは、あなたのような人物がいるなら、今後の状況を、変えることが出来る可能性を見たためだ」
ミレイオは動かずに、パヴェルの反応を待つ。タンクラッドは一度、話を切って、彼の言葉を待った。オーリンと総長、イーアンは、黙って二人の会話を見ている。
パヴェルは、目に静かな不快感を表した。同席の理由以上のことが話されているが、彼らの怒りを静めるに関わる、同席理由であることは理解した。しかしその怒りは、許し難い発言でもある。
「変える可能性の話は、後で伺いましょう。その前に。あなた方は、総長とイーアンの名誉のため・・・何十人も殺す気でいたのですか」
「名誉一人分が、一人に値するわけではないだろ。彼らを傷つけ、侮辱したことは、世界の頂点にいる存在も侮辱した。俺はその理由ではないが、少なくとも同席するこの男と、こっちのオカマ(※ミレイオにド突かれる)は、その理由で全滅を目的に動く」
「世界の頂点?王ではなく、誰の・・・ま。え。まさか」
「あなたは見たはずだ。昼前に裏庭に降りた青い龍に、あなたが運ばれていたなら。あの龍は本物だぞ。イーアンは龍だ。
昨日。彼女が、王城を壊す選択肢を止めた相手は、彼女を唯一の最強と認める龍族だ。彼らの怒りは、ハイザンジェルを、一瞬で塵と変えるに等しいほどだった(※親方ドラマティック解説)」
「何ですって。龍族。そんな種族が本当にいるのですか?彼らは怒って」
「それをイーアンが止めた。正確には、矛先を変えたんだ。その話は別だ。
王城での話を聞いたなら、彼女がどんな攻撃をしたか、見ていなくても知っているだろう。その力を持つのは、彼女だけではない。龍族がいるんだ。
こっちの男もそうだぞ。見た目は人間だが、こんなのでもとりあえず龍族だ(※オーリンに突かれる)。それにこのオカマも(※ミレイオに足を踏まれる)人間っぽくないが、人間じゃない。彼らの怒りは、種族への存在を否定したことに付随する」
「人間っぽくないってどういう意味よ!こんな素敵な人間、いないわよっ」 「龍の民に『こんなのでも』ってないだろ」
ミレイオとオーリンが怒るので、イーアンは必死に宥める(※『ミレイオは最高に素敵ですよ』『オーリン、クール』×頑張って連発)。
パヴェルは、段々理解し始めた。自分の謝罪を向けた先は、総長とイーアンだけではなく。ここにいる3人だけでもなかったのでは。
そして、はっきり分かったのは。騎士団が侮辱した相手は、彼ら二人に留まらず・・・想像したこともない、特別な存在にも及んでいた、そのことも。それを理解すると、途端に、ぞくっと背筋に凍るものが走った。
親方が、オーリンとミレイオに攻撃を受けているので、ドルドレンが困ったように彼らを見ながら、話の続きを引き受ける。
「俺とイーアンは、確かに誰も殺さなかった。理由は幾らもあるが、結論は、そこに至らなかっただけの話。しかし、俺たちを想う仲間と、彼女の種族はそれを許さない。
彼らは俺たちのため、罪とされる動き取ることを、決して罪とは思わない(※ここで親方が『総長のためじゃない』と言う)。当然の動きとして、深い愛情により立ち上がる。これは俺の見解では、強く勇ましい愛ゆえに(※タムズ愛を思うドルドレン)。
あなたは、知らなかったとはいえ・・・いや。パヴェルなら、知っても来ただろう。ここへ謝罪を伝えに、自分の罪ではない罪を背負い、恥に苦しみながら一人来た。それは俺たちへの謝罪に留まらず、この、荒ぶる愛持つ魂たちの前に、別の視点を届けた。
パヴェルは、誠実な心と共に愛を以って行動した。あなた方の身分が本来取るべき行動を、あなたもまた、誇りと愛を以ってして受け入れているから。その気丈で高潔な愛は、勇ましい愛を持つ彼らの怒りを止めた」
同席させたことが何を起こしたか、分かるだろうか・・・?
呟く総長の灰色の瞳は、穏やかな優しさで、初老の貴族を見る。パヴェルの目に合わせた、その実直な眼差しと受け取った言葉は、初老の貴族の心に響く。
「総長。分かります。こんな僅かな時間で、私を信用し、打ち明けて下さるあなた方は、何て素直で正直なのでしょう。そして、侵しがたい聖域にいると知りました。
龍族・・・初めて聞きました。しかし例え、龍族ではなかっとしても、あなたやイーアンの心には、脱帽です。ここにいる皆さんにまで及んだ、胸の痛みを話して下さってことに、心から御礼を言わせて下さい。有難う。それに改めて・・・許して下さったことに感謝します。
そう。それでイーアンは、私の謝罪を、直に彼らに聞かせたかったのですか。彼らに届ける・・・それに値したと。そう、思ってくれたのか」
パヴェルは最初の話だけで、イーアンがすぐに『皆に聞かせたい』と、同席の許可を願った昨日を思う。自分の思いが、彼女にはあの時点で通じていた。
心の内側に静かな喜びを受けながら、パヴェルは暫し沈黙する。
それから、次の質問が浮かんでくる。タンクラッド・ジョズリンは、私の謝罪を聞いて『今後の状況を、変える可能性』を見たと言っていた。それは総長も言っていた『別の視点』と同じだろうか。それは何を示しているのか。自分が何かに関わったようにも聞こえる・・・・・
それにしても、彼らは。パヴェルは何にしても、一つ確認したくなった。その強い仲間意識の動き。人間以外の存在への示唆。彼らの関係は。ただの知人友人ではない、何か深い繋がりがあるような。
もし、自分も関わるのであれば、質問しても良い気がする。
「あなた方は一体」
不意に投げかけられたその質問は、来ると予想していたドルドレンが、間髪入れずに答える。
「王に聞いていないだろうか。俺たちは魔物資源活用機構の任務で、魔物が出現する国へ旅立つ派遣者。しかし、魔物の相手として戦い、その元凶を倒すことが目的で集う、生きた伝説への選抜者でもある。こっちが本当だな」
それ話しちゃうの、イーアンはちょいっと伴侶を見る。伴侶、ちょびっと愛妻を見て肩をすくめる。『ここまで来たら、正直に言うのだ』うんうん、頷く伴侶に、そうなのと思うイーアンも、了解した。
「伝説。選抜者。それは、あの。絵物語の・・・勇者と。もしかして魔封師の話」
眉を寄せながら訊ねるパヴェルに、そうだと頷く総長。他の4人も、誰も笑っていない。本当に、絵物語を信じている様子に、戸惑うパヴェル。しかしすぐに、気がついた。
龍がいる。すぐ側に龍がいて、魔物退治する総長がいて。精霊が導く・・・それがそのまま。自分の目の前にいる、不思議な5人の組み合わせは。それに。さっと目を向けた横にある、直しかけの馬車。馬車で旅をした男と魔封師を思い出す。『本当に。本当に?あなた方が』同時に、魔物の王がどこかに既にいる、と物語の最後を思い出す。
「魔物の王を倒しに、旅に出るんですか?これから?本当に、本物の魔物の王がいるって、そう言うのですか」
少し息が荒くなって目を丸くする、信じられないといった表情の初老の男に、タンクラッドは腕組みしてゆっくり頷き、簡潔に答える。
「そうだ。繰り返す伝説の、今回はもう始まっている。集い始めた俺たちは、互いを守り、互いを強めて進む。地上以外の世界の協力者も合わせ、この地上のどこかでふんぞり返っている、憎たらしい魔物の王を、木っ端微塵に叩きのめしに行く」
驚くパヴェルを横から覗き込んで、ミレイオは『そういうことなの』と言う。
「だからさ。ちっちゃい人間のどうでも良いことに、唾かけられたくなんかないの。大真面目でやってるから。序に余計な時間取られるのも、迷惑なのね(←王様のこと)。
分かる?こっちは、本当なら互いに知ることもない存在が集まって、上手くやってかないといけないってのに、バカに邪魔されたら、たまらないのよ。
龍族怒らせたら、とんでもないことになるのよ。それ、責任取って死んでくれるの?って、そんなのも大袈裟じゃないわけ。
私ら、世界を魔物から救う気だけど、その前にちょびっと誰か死んでもらってもさ(※誰とは言わない)。それもさ、理由がそいつが悪いってなら、龍の協力を手放されるよりはマシって、私は思うんだよね。
んーまぁ、でも。パーな貴族が多い中でも、あんたイイ人でちょっと驚いた。ホントよ。あんたの登場も、大事なのかもよ。
そうだ、この話。他の人にしないで。王様は知ってるでしょうけど、あんたの周囲はバカ多そうだから」
「しません。私はこの話を他言しないと約束します。ですが、今後。何か私が手伝えることがあるかもしれない。その時は私の信頼する者に、いくらかあなた方の役に立つよう、お話する時も来るでしょう」
「それ、他言って言うんじゃないの?」
オーリンが突っ込む。イーアンが苦笑いで、オーリンの腕をぽんと叩く。笑うオーリンも『だってそうだろ?それやったら、他言じゃん』とイーアンに言う。
首を振ってちょっと笑った総長が、『オーリン。他言が相談と利に繋がった場合、他言だけを取り抜いてはいけない』少し教える。
「あんたさ。俺の10コ下なのにね。何か、頭の中身がちょっと上っぽいよな」
イーアンはオーリンの腕に凭れかかって笑う。オーリンもイーアンに『笑うなよ。認められても困るよ』と笑っていた。パヴェルも一緒になって笑っていたが、『役に立つと思った時です』と強調していた。
タンクラッドとドルドレンは、イーアンがオーリンに凭れて笑うのを、仏頂面で見ていた(※ミレイオはあまり気にしない)。
それから、ドルドレンは咳払い。イーアンがさっと伴侶を見て、うんと頷く。『こっち来なさい』はい、と腕を伸ばした伴侶の横に行って、無表情イーアンはちょこんと納まる(※オーリンは兄弟感覚)。
「では。パヴェルは、そろそろ帰る時間が近いので、最後に大事な部分を伝えておきたい。
ここまで話したのだ。こちらも昨日から今にかけて、思うことを話したい。それは、パヴェルの取った行動は、パヴェルにしか出来ないことであっただろうし、択ばれた人物であったとも感じることだ」
「私しか出来なかった?択ばれた・・・私ですか」
「そう思う。あなたはその精神ゆえに精霊に択ばれた、と俺が言うのもどうかとは思うが、そうではないかと感じる。恐らくここにいる全員が感じているはずだ。な?うん、ね。ということで、そうなのだ(※精霊不在で決定)。
その役割は何か。それはこの時点では分からないが、きっとあなたもまた、この伝説の旅に何かしらの役目を受けている。あなたは先ほど、自分の口から『他言を通り過ぎた展開』を俺たちに伝えた。それが既に、何か今後の繋がりを細い糸で見せているだろう。
今、俺たちが分かるのはここまでだ。しかしどうか、忘れないで頂きたい。俺たちは再び、あなたと会うだろうことを。どのような形でか、それは何も見えないにしても。その時を忘れずにいてほしい」
ドルドレンは丁寧に、全てを喋り切ると、驚く初老の貴族の顔をじっと見て『俺の顔を忘れないでくれ』と頼んだ。パヴェルは微笑み『一生問題ないです』と答えた。
ミレイオは少し感心する。総長っていうか。勇者っていうか。これ、なかなか言えないわよねと。オーリンは頭がついて行かないので『まぁ、顔覚えておこう』くらいの気持ち。タンクラッドは自分が言っても良かった、と思っていた。イーアンも少し考えて、オーリン的に『この人の顔、覚えておかなきゃ』で終わる。
そしてパヴェルは、ドルドレンに約束してもらったとおり、元気になったし、謝罪の目的も終えたし、ということで、自宅のある王都へ戻る。皆に改めて、さようならの挨拶をして、青い龍に跨り、見送られて空へ飛んだ。
お読み頂き有難うございます。




