678. パヴェルの謝罪
「大丈夫なの、そいつ」
開口一番でミレイオに言われた言葉。イーアンは頷く。『ワル者ではないです。旅人を装っただけ。何かあるのでしょう、これからそれを伺います』大丈夫・・・そう言うと、親方がイーアンを抱き寄せて『一人で危ない』と言う。
「大丈夫です。あの方はそういう感じしません」
「タンクラッド。離れなさい、いやらしい、気持ち悪い」
即、人格否定されて、親方は苦しげに震えながら腕を解く。ミレイオが馬車から降りて、ちゃっとイーアンを抱き締めてから『一緒に行くわよ』と言う。親方歯軋り。周囲に聞こえるくらいに、歯軋り。
「ミレイオ。本当に大丈夫です。気配が、そう。そうです、パヴェルは気配が安全です。だから」
「気配で察知もスゴイけどさぁ。あんた、ほれ、元が鈍いから」
それは否定しない、と悲しそうに首を振るイーアンに、オーリンが笑う。『何かあったら困るだろ。呼べるように珠持っておけよ』と。オーリン一件落着役を披露してくれた。そう、オーリンはなぜか『一件落着役』を度々行うキャラ。
小学生の時、水戸○門が好きで、夕方いそいそ帰ってきては、ダイヤルテレビを前に、子供イーアンは体育座りで、よく見ていた(※時代劇と大河ドラマが好きな小学生だった)。一件落着はカッコイイ、と毎回安心したのを思い出す。有難うオーリン。ちなみに、ルパ○三世も大好きだった(※泥棒でもイイ人、の憧れが出来た、人格形成に貢献する番組)。
珠を近くに置いておきます・・・答えるイーアンに、ミレイオと親方は心配そうに送り出した。オーリンは『帰る頃に挨拶に行くよ』と、それで終えた。
イーアンは工房へ戻る。留守にした5~6分。パヴェルが犯罪行為を行っているとは思えない。絶対、彼は育ち良いはず(※自分と違うから感ひしひし)。
工房に戻ると、パヴェルは暖炉の側の椅子に掛けたまま、微笑んで迎えた。やっぱりそのままだよ、と思うイーアン。定位置から動かない、この信頼の作り方。お待たせしました、と挨拶すると、彼は首を振って『私はお願いしている身』と。
イーアンはお湯が沸くまで待ってもらい、お茶はもう少しお待ちをと声をかけて、縫い物篭から仕事を出して縫い始める。
「パヴェル。どうぞお話下さい。私は仕事を止めるわけに行きませんから、失礼と承知ですが」
「いいえ。イーアン。仕事の場に押しかけて不躾をお詫びします。でも理由があります。どうぞ聞いて下さい」
イーアンは誠実そうな男の言葉に、ちょっと目を合わせて頷いた。パヴェルは、考えているようで、少しの間、沈黙が流れてから、ぽつりと打ち明ける言葉が、静かな工房に落ち始めた。
「昨晩です。もうお察しでしょう。あなたと総長が王城にいらしたことからです。私は実はその場にいませんでした。いたのは私の親族。
私の名は、パヴェル・ヴァン・デュイス・アリジェン。王族の流れの貴族です。そんな紹介は邪魔ですね。ですが、これも必要なのです。了承頂きたい。
イーアン。目を、目を1分前に戻して下さい。話を聞いて下さい」
イーアンの目が警戒丸出しに変わったのを、パヴェルは押さえる。イーアンは彼を見つめる。
「分かっています。あなたはとても。いいえ、総長とあなたはとても酷い目に遭いました。私の親戚はそれを話しています。それを聞いたから、私はあなた方に謝りに来ました」
「パヴェル。私は無関係だった方に謝られても。その場にいらっしゃいませんでしたでしょう」
低い声と温度の消えた目が、パヴェルの眉を寄せる。少し困った様子のパヴェルは、イーアンに丁寧に頼んだ。
「あなたは、とても話が通りやすい。それは良い意味です。だからどうぞ、最後まで聞いて下さい。無関係の人間に謝られても許せない、と。それを言うイーアンは気高いです。逆を返せば、当人以外を恨まない。
その恩赦に縋ります。この行為を、私の気持ちとしてお受け取り下さい」
それは言い返せないイーアン。『私の気持ち』ってことは、自分が恥知らずって知ってますよと、だから聞いてくれという雰囲気。そう言われて断れないイーアンは、大きな溜め息をついてから、お茶を淹れて『パヴェル。あなたがなぜ謝るのですか』とそれは訊ねた。
「謝らなければ、とそれしか思いませんでした。聞くと、耳を塞ぎたくなるほどの無礼です。夜の間に、馬車を走らせ、王城の広間へ行きました。壮絶な崩壊状態に我が目を疑いました。
親戚が話した内容と照らし合わせた時、何とあなた方を苦しめた結果だろうと。それを思うと怖かったのです。何が怖かったか。あなた、イーアンではない。総長でもない。それを繰り返す可能性がある、私たちの愚かさです。なぜなら、あなた方は私たちの一人からも、命を奪わなかったから」
パヴェルの言葉に、眉をぎゅっと寄せたイーアンは顔を拭った。少し歯を噛みしめてから、彼を止め、同席させたい人がいると伝える。
イーアンには胸中複雑そのもの。マジかよ、こんなヤツもいるのかと、思う(※超・素)。こんな人がエラそうな貴族にいたのか、と思うと。折れないわけに行かなかった。この一言で、『彼は立派だ』と決定する、苦虫イーアン。がっちがちの貴族嫌をへし折って、彼の態度の高潔さは、どうにも認めざるを得なかった。
パヴェルは躊躇ったが、イーアンは伴侶と仲間をこの場に呼びたいと伝えた。不安そうなパヴェルは質問する。
「なぜですか。彼らの裁きも必要だから」
「パヴェル。あなたは、自分を信じてここへ来ました。旅人を装ってまで。そして私に、今、理由を打ち明けています。彼らに聞かせたいのです。聞く耳を持つ人たちです。呼ぶ許可をお与え下さい」
「その意味は。私は恐れています」
「パヴェルに約束しましょう。恐れることはありません。私は約束を守ります。あなたも守ります」
男は頷いた。すぐにイーアンを信用し、分かりましたと答える。イーアンはちょっとだけ微笑み、すぐに伴侶と職人3人を呼んだ。彼らは数分もしないうちに工房へ来て、パヴェルを囲む。
「パヴェル。あなたへの質問があるとしても、あなたのお話が済んでからにします。お話下さい」
ドルドレン、ミレイオ、タンクラッド、オーリン。イーアンの椅子の横に座る彼らを前に、パヴェルは大きく息を吸い込んで、最初から話した。
自分が親戚から聞いた王城の事件。それを知って、酷いと感じ、すぐに王城へ向かったこと。破壊された大広間。誰一人、大怪我も追わず、命も失わなかったこと。しかし総長とイーアンが、どれほど暴れたか。
「話と。現実に目の前にする光景を照らし合わせた時。私はとても恐ろしく思いました。一人の犠牲者も出ていません。あなたたちはそれを選ばなかった。それがどんなに尊いことか。そしてその尊さを、踏みにじる輩がいることを、知っている怖さ。私はどうしたら良いのか。一晩中考えました」
パヴェルは、夜明けまで考えて、すぐに謝罪に行こうと決めた。だが普通に出かけては、会ってももらえないだろうと思った。北西支部にいることだけは分かる。距離を見て、途中までは馬車で動き、時間を稼いだ。そこから歩けば、夕方には辿り着くと思う場所で馬車を帰す。
「歩きました。本来の姿にあるまじき貴族の恥を、私一人が償ってどうになるわけでないにしても。その立場に居る私です。心は一人の人間として、あなたたちに謝ろうと思いました。
歩く間に、何か良い方法が、あなたたちに門前払いされず、謝罪を聞き入れて貰える方法を思いつきたかったのです。
普段の服装ではなく、警戒されない衣服を求め、御者と換えてもらいました。それから幾らかのお金も持ちました。旧道を真っ直ぐ行けば、草原地帯に出た時に北西支部が見えると教わり、あの道を歩いたのです。
私の親族が行動しなかったのは、彼らの顔を見ているかもしれなかったからです。覚えていたら、きっと謝罪に出向いても怒らせる、と親族は悩んでいました。
親族は昨晩、愚かな騎士団を叱りましたが、それは何の効果もなかったと悲しんでいました。彼らは、イーアンが自分たちを攻撃せずに避けていた、と言いました。総長も見向きもしなかった。他にも、騎士団を注意した貴族たちは、皆、無事だったと。自分たちは許されていた・・・そう、泣く彼らを励まし、私はその思いも背負いました。
私の顔を見ていないはずの、総長とイーアン。名前と所属、そして聞かされた姿しか知りません。でも、私が行くべきだと思いました。そして歩いて」
「もう良い。分かった」
ドルドレンはパヴェルを止めた。辛そうな男を見つめる灰色の瞳は、優しい光を湛える。
「もう良いのだ。よく勇気を持って来てくれた。あなたの心を汲もう」
「総長。ドルドレン・ダヴァート。許して下さると」
「許さないわけがないだろう。あなたがここまで来たのだ。慣れない徒歩で、心を痛めて歩き、その上、腹まで痛めた」
総長がそう言って少し笑うと、パヴェルも笑った。『本当です。情けない』頷いて、イーアンを見る。
「騙してすまなかった。でも」
「勇敢なパヴェル。あなたは誰も騙していません。私もドルドレンも、騙されたと思っていません」
有難う・・・パヴェルは少しだけ涙ぐむ。涙は落ちないが、本当に安堵したように頷いた。ミレイオはじーっと見ていたか、ちょっと口を出す。
「その。あんたさ。一人で来たでしょ?何かあったら、どうするつもりだったのよ」
「何か。何かって何ですか」
魔物に遭うとかよ、ミレイオが言うと、パヴェルは首を振って『魔物は出ないと言われた』と答えた。タンクラッドはミレイオを見る。ミレイオもその視線を返してから、もう一度質問。
「誰かがそう、答えたの?あんた、出かけるって言って」
パヴェルは自分の親族が護衛に付けた、馬車の同乗者の騎士がそう話していたことを伝える。『道を教えてもらい、ここから先は出ないと』答えながら、パヴェルの表情が硬くなった。ミレイオもその目を見続けて眉を寄せる。
「そういうことよ。あんた、危なかったのよ」
「そんな。私にまで」
「だが、そうだろうな。あなたを陥れる気で、そうとしか思えないが。魔物が少なくなったのは事実だが、出ないと言い切れる立場は、そこにいる総長だけだ。彼はまだ宣言していない」
タンクラッドがミレイオの言葉に続けると、パヴェルはとても辛そうな顔をして目を閉じた。『そんなことを私に。私が死んでも』そんな、と顔を手で拭った。オーリンもイーアンも、気の毒そうに、初老の男性を見つめる。
ドルドレンは苦い表情で、陥れられかけたパヴェルに、帰りは送ると伝えた。
「根が。深いのだ。あなたが高位貴族だとしても、あなたが事故で。まして魔物退治の現場に、のこのこと一人で歩いて出かけ、そのまま帰らぬ人となることを・・・知っていて勧める者がはびこっている。
行き先が俺たちの場所と知ったからか。あなたの謝罪したい気持ちを潰したかったのか。それは本人しか分からないが」
パヴェルの、衝撃を受けたような表情は続いた。それは様々な感情を含んでいる。悲しさが大きく占めているものの、情けなさ、恥、恐れ、苦しみを混ぜて、パヴェルの心を辛くさせていた。
本当に辛そうな彼を見つめ、ドルドレンは静かにお礼を伝える。
「しかし、とにかくパヴェル・・・あなたがすぐに行動し、謝罪を伝えたこと。その誠実で高潔な思いに打たれた。これはとても大きな出来事と言える。心から感謝を」
「総長。とんでもない。あなたとイーアンに無礼に働いた謝罪です。感謝などしないで下さい」
「いいや、パヴェルの真に勇気ある行動が齎したものは大きい。ここに同席した者たちが・・・うむ。今は言わずにおこう。あなたは疲れているし、背負ってきた荷物をようやく置いたばかりなのだ。
今日はもう、このまま、休んでほしい。俺もイーアンも、そしてここにいる大いなる仲間3人も、あなたの行為に感謝する」
そう言うと、総長は立ち上がってパヴェルも立たせた。唐突に思える退室を促されたパヴェルは、少し困惑したが『皆には仕事があるのだ』と丁寧に言われ、すぐに応じた。
「彼は医務室で休ませる。夕食と朝食を終えたら、彼を送るつもりだ。その前にもしも、パヴェルに話があるようであれば、俺に言ってくれ。彼に有無を確認する」
「総長。私はいつでも。このために来ました」
「そうかも知れない。だがあなたは病人として保護された。保護が先だ。俺はここの支部に所属する総長である以上、保護人の管理が責任としてある。医者が6時間様子を見ろというのだ。医務室へ戻って頂こう」
ドルドレンにやんわり指示されて、パヴェルは頷いた。そして椅子に座る4人に挨拶し、彼と総長は廊下へ出て行った。
出て行った総長を見送った、4人は。少しの間、黙っていたが、ミレイオがぼそっと呟く。
「あの子って。ああいう面を見ると、やっぱ総長なんだ、って思うわね。すらすら~って言っちゃうもんね」
「保護人が多かったんじゃないの?ハイザンジェルから逃げた国民、最初のうち続いたから。慣れだろ、あっさり扱うのは」
「保護する方は多かったそうですよ。子供もいれば、お年を召した方もいらしてと聞いています。保護すると、少し預かって、近くの町へ届けていたとか」
「あれ。イーアンも保護されたんじゃなかったか?そうだよね」
オーリンに聞かれて、イーアンは頷く。『そうです。私も彼に保護されました。で、3日後の遠征に同行して。それからそのまま居ついて』うん、と頷くイーアンを見て、犬みたいとミレイオは思った。
「お前は保護されて。それで恋仲か。どんな被保護者だ。怪しからん」
タンクラッドが眉を寄せる。イーアンは笑って『仕方ありません。お互い好きになっちゃったから』アハハと笑うイーアンに、ミレイオも笑って『そうよねぇ。私も昔経験あるから分かる~』と抱き寄せて同意していた。
仏頂面の親方。俺が保護すれば良かったと、どうにもならないことをぼやく。オーリンは、イーアンがどこで保護されたのかを訊ね、イーアンが王都近くの森の中の泉、と答えると、ミレイオが乗ってきて『泉でどうして』となる。
自分は異世界からここへ来た時、突然水中から始まって、それが泉。全身ずぶ濡れで、途方に暮れていたら、ドルドレンが通りかかって馬に乗せてくれ、保護されたと教えるイーアン。ミレイオは『素敵~』を連発して萌えていた。
そんな、イーアン登場場面を初めて聞いた、親方とオーリン。今度から、泉はちょっと探してみようと思った(※何かいるかも)。
こんな話をしながら4人は外に出て、それぞれの仕事を続ける。この日は、胸に思うことが各々多くあったものの。パヴェルの謝罪以降は、特にそれも触れず。固まる思いを待つように、それとは関係ない話をしながら、一日を終えた。
それは、ドルドレンもイーアンも同じで、パヴェルの容態を見に行ったり、少し会話をしたりはあったが、昨晩の王城の一件について、深く話を続ける気はなかった。
特にイーアンは、パヴェルの来た意味を、それだけ抜粋せず、全体の一部として見つめたかった。
夜になり、イーアンとドルドレンは家に戻ってから、今日の出来事を少しずつ話し始めた。イーアンが空でのことを伝えると、ドルドレンはとても驚き、また大きく感動し、それを自分たちはきちんと見つめないといけないだろうと思うことを答える。
伴侶の真っ直ぐな理解に、イーアンも大いに同意。パヴェルがこのタイミングで来訪したのも、確実に繋がっている気がする・・・そう言うと、伴侶は自分たちの解釈を深めてから、明日、改めて彼と話そうと。パヴェルが帰る前に、この話に彼も関わっていることを伝えようと決まった。
お読み頂き有難うございます。
今日は、この回、朝と晩の投稿です。仕事により、お昼の投稿はありません。いつもお立ち寄り頂いていますことに、心から感謝して。




