676. 龍としてなら、の今後
昼休みが終わる前。
いい加減、お互いを誉め合う二人は我に返り(※満喫)男龍と何を話したか、その話題になる。
「そうだった、何話してきたの。この件は、タンクラッドたちも怒るくらいだったのだ。男龍はもっとだろう?」
「それはもう。大変でした。あなたもタンクラッドたちを相手に大変でしたでしょうが、私も相手が男龍5人ですので、それはそれは」
「キビシイ。負けて当然の話し合い。でも無事に早く帰ってきた」
でもドルドレンはうっかり時間を使ってしまったので、執務室へ行く午後。自分は後から聞くからということで、ミレイオたちに先に話してと、彼は支部へ戻る。食器を片付けて立ち上がり、後でねと挨拶。
「旅人の容態も見ておく。多分大丈夫だと思うが」
宜しくお願いして、イーアンは見送る。それから自分も縫い物篭を持ってきて、外で仕事をしながら話すことにした。
イーアンが一人になった様子を見て、最初に来たのはオーリンだった。ベッド担当のオーリンは、木材を引っ張ってきて、ここでダボ作りをするからと『男龍の話。どうだったんだ』の質問と一緒に近くに座る。
タンクラッドも二人を見て、話を聞きたいと声をかけた。ミレイオが気がついて、自分は馬車から動けないから、こっち来てと頼んだ。
オーリンとイーアンは馬車の側へ移動し、タンクラッドも側に寄せて作業。ミレイオは馬車の中だけれど、『聞こえるから。その辺で話して』とイーアンに座る場所を指示した。
「何て話してきたの?男龍の方が、怒りそうな内容でしょ。私だって、サブパメントゥの感覚で言えば、オーリンの言った言葉そのままよ」
「人間代表の俺が言うのもどうかと思うが。俺はあまり、人間らしい感覚で『穏便に』と片付けない分、そんな相手に容赦不要に感じた。俺でこれだ。タムズやビルガメスが黙っているとは到底思えん」
ミレイオとタンクラッドの言葉に、イーアンはさっきの話をもう一度、思い出してもらうようにお願いした。
「私が、性悪かどうかではなくてですね。それはとにかく。先ほどの、私の感情と言葉の紹介は、『人間としての私』の状態でした。少々荒っぽいですけれど、それでもあの程度。
私の場合は、ケンカ慣れの経験もあるのでしょう。王城の一件は、言葉では殺すようなことも言いますが、実際に命を奪うかと言えば、私にその必要はないのです」
「俺はあると思うよ。龍族だ。俺たちは」
オーリンは黄色い瞳をしっかり向けて、イーアンに伝える。イーアンもそれを聞いて頷く。『男龍もそう言いました』それから、彼らがこの話を聞いて、どれほど怒ったかを教えた。
「そうなるだろうな。龍の民でも思うんだ。男龍なんて、激怒だろうと思ったけど」
「助け舟は、意外なことにタムズでした。タムズはそうしたつもりがあったのか、どうか。彼の話の流れで、別の展開を見出すに至りました。それを話すと、ビルガメスが受け入れて下さいました」
オーリンは黙って続きを待つ。木を削る鑿の音は控え目。タンクラッドも鉋がけしながら、聞き手に回っている。ミレイオは馬車の仕切り板をはめ込み、ちょっと手を休め、座るイーアンの側へ来た。
「あんたの見つけた展開って、何だったの。結果からじゃない方が良い。手前の・・・間も教えて」
その方が理解するからと、ミレイオが横に腰を下ろしたので、イーアンは間となる、始祖の龍のこと、ルガルバンダのズィーリーとの話を伝える。『この二つの話は、大事な要素です』そう言うと、じっと聞いていたミレイオは、小さく何度か頷いて静かに訊ねた。
「あんたは。そこまでで、どう思ってたの?その・・・最強の龍と、愛の形と、存在する意味の話」
「正直言えば、本当に困りました。私の感覚とまるで違うからです。私は・・・ちょっとこれについて、注釈を挟みます。
私は昔から、劣等感の塊で。私が暴力で挑む理由。自覚の一つに『負けたら自分の存在を失う』恐怖があります。幼い頃から、生きている意味を日常で見つけられない、その弱さが消せませんでした。徹底的に戦うのは、勝たなければ、落ち着かないのです。
自分という存在を守るために、力に頼るしか出来なかったのが、私の荒ぶる性質の根っこにあります」
タンクラッドは眉根を寄せて、イーアンを見つめる。側へ行って横に腰かけ、頭を撫でた。イーアンは親方を見て、少し微笑む。
「そんな私が。ここへ来て突如、龍。それも自分がいる種族は、龍の頂点と知るわけです。始祖の龍を始め、その凄まじい力の持ち主たちは、私もそうだから、その自覚を持つようにと言う。
考えてみて下さい。以前の世界で私は無力。細々と自営で生活しながら、このまま老いるだろうと。毎日そうして、生きていました。ケンカは若い時の話。粗暴を抑えれば、極端な気弱さしか残っていない、ただの中年女性です。
それがいきなり。ある日突然、全く違う世界にぽんと入り『お前は女龍、最強』と言われています。感覚が違うどころの騒ぎではありません。ここまで、ほんの数ヶ月間です。
掻い摘みましたが、こうした私が、ビルガメスたち、男龍の意識や感覚を聞いている状態なのですね」
タンクラッドは、小さな顔を覗き込みながら、同情で一杯の眼差しを向け、螺旋の髪を丁寧に優しく、撫でるだけしか出来なかった。よくは知らなかったが、気の毒に思う話。
ミレイオもイーアンを見つめて『強烈よね。天地逆転くらいの差でしょ?』と腕を撫でて慰める。作業していたオーリンは、イーアンを見なかった。自分も龍の民と知った時、同じような感覚があったのを思う。
話を一度切ったイーアンは、少し間を開けてから、それでと続けた。
「男龍たちに、私のこの状態は分かりません。理解をしようと頑張って下さっていますが、難しいかも。
私には、無力の劣等感から、最強の高位への変化です。誇り、威厳、気高さ。強さの責任、存在の意味、力を使う時は大いなる愛のため。彼らが教えた全て、私の人生に無縁の言葉でした。
・・・・・前置きが長かった。本題です。
オーリンが感じた感覚。そのもっと揺るがないものを、男龍は持ちます。圧倒的な強さが、彼らの存在の意味と。だから、龍があしらわれようものなら、それは片付けるもので、それが彼らの愛でもあります。
それぞれの世界の存在の意味を教え、愚かさを繰り返させず、存在を尊重出来るように、そのために力を使うのは、龍の愛の役目の一つとしてあるのです。
今回の王城の話。男龍の説明の流れでは、間違いなく許される対象ではないです。が、ここでタムズの話が出るのです。助かりました~
タムズは、旅の話を出したのです。棲み分けされた世界の者が、交錯する機会が訪れている今。
普段なら、交錯した時点でどこかの世界が滅ぶため、交錯する自体が、矛盾を生む動きだというのに、それが敢えて生じた理由を、彼は疑問に見ていました。
交錯を必要とされる『旅』の動きに、自分たちの今後を動かす何かがあるのでは、と彼は言ったのです」
「凄い。タムズ、さすが」
ミレイオが驚いている。イーアンも頷く。『本当です。あの方がいて下さって、救われました』そして自分が何を感じたのか、続けた。
「言われてみればその通りです。龍が触れる怒りは、人間の世界に来なければ良いだけのことです。始祖の龍は、地下の住人が空に手を出したから怒ったのです。分かれていれば問題ない、3つの世界。
それが今。旅を通して、変化が求められています。空も地上も地下も、運命的に触れ合い始めています。
ということは。王城の一件で、私が取った行動は、もしや『自分が気づいていない正解を選んだ』のでは、と思いました。
彼ら男龍にも言いましたが、私は人を殺すことに抵抗はありますけれど、絶対嫌かと言われたら、否定します。私が本気で怒ったら、それは私の中に戸惑いを持たないです。
その私が、王城で激怒したものの、誰も殺そうと思わなかった理由。私の思う理由以外の、誰かの思惑がそこに介在しているなら」
タンクラッドの目がすっと開く。ミレイオも目を大きくして、ゆっくり首を振った。オーリンは手を止めてイーアンの前に立ち、少し口を開いたが、言葉は出てこなかった。イーアンは3人を見て、問う。
「そう思いませんか。殺そうと決めれば、私は人間のままでも実行します。今や、人間以上の力もあれば、実行を許可もされています。でもそれを選びませんでした。選ばない、その私が取った行動・・・それが全員への、何か。必要な気づきであったとは思えませんか」
「そうだ。俺の中の何か、ずっと奥深い場所の感覚が、それを知っている気がする。頷く自分がいる」
親方は、イーアンの髪を撫でる手を止めて、自分の中を探るように呟いた。イーアンも頷く。『私もそうです。だから男龍に、言い訳ではなく、実際そう感じると伝えました』必要だった行動なのではと、もう一度言うと、ミレイオが何度か瞬きした。
「それ。合ってる気がする。古い話なんだけど。地下にもそういうの、あるのよ。後で話すけど・・・それ、あんたのその展開。展開ってそれでしょ?」
そうだと言うイーアンに、ミレイオは男龍はどう反応したか訊ねる。『彼らは。受け入れたのはビルガメス?』他はどうなのかを教えてもらいたい。
「はい。ビルガメスは、これを聞いて『面白い』と私に言いました。その表情は厳しく、少し怖かったのですが、彼はすぐに『それは指示だな、受け入れた』と答えたのです」
「ビルガメスってもう、何だか超越してるわよね」
「そう思います。他の方も、ビルガメスが受け入れると、受け入れ態勢に入ります。彼の言葉はそれほど重く信頼があるのです。
タムズは考えていて、このことについて理解を深めたいと言い、ルガルバンダは『以前と違うのだろう』と了解しています。ニヌルタとシム、この二人は勢いのある方々ですが、彼らも『自分たちの時代には、自分たちの導きがある』とされました」
オーリンは少し黙っていたが、ようやく口を開いて質問をした。
「男龍は。王城の人間の侮辱を許したってことか?」
イーアンは、それは違うと思うことを答える。オーリンにも分かりやすいように、言葉を考え、少しずつ確かめながら伝える。
「侮辱を許したのではないのですね。思うに、そこではないのです。それは一つの、例えば手紙の冒頭です。冒頭が許し難い言葉で始まり、でも続きは、なぜそんなに許し難い言葉が選ばれたか、その大きな理由が書かれている。こういう具合で、捉えているのかもしれません」
「ずっと大きな存在を感じているってこと?」
「そこです。介在した何か。それは王城の出来事も必要なきっかけ、要素として使っているのです。それを男龍たちは、受け入れたのだと思います」
「すげぇ話になってきたな。男龍が全員受け入れるって。もうこの時点で、相当変化だぞ」
オーリンは笑い出した。イーアンも笑って同意する。『本当です。彼らは非常に大きい。度量が無限大です。厳しく、強く。あれこそ龍』二人で笑うと相乗効果なのか、どんどん笑いが高まって、あーっはっはっはくらいの呵々大笑に変わる。
何がそんなにウケるのか。ミレイオとタンクラッドには分からないので、二人の様子に苦笑い。
『イーアンも。ちょっと』パンクが呟くと、親方は頷く。『それっぽくなってきたのかもな。元々よく笑うし』ゲラゲラ笑うオーリンとイーアンが、落ち着くのを待った。
はーっ、と満足そうに笑い声を落とした二人は、少々引いている様子の親方とパンクを見て、うん、と頷いた。何で頷かれたのか。それも分からないので、苦笑いのまま首を傾げる。
「そういうことだよ。男龍が先を読んだってことは。この話を告げられた俺たちも、そういうものって感じで進めってことだな」
オーリンはタンクラッドとミレイオに、胸を張って宣言。ミレイオは静かに頷いて『知ってる』と答えた。親方も首をちょっと捻って『オーリンに言われるまでもないが』と呟いた。
「イーアンは。じゃ、これからは侮辱とかあったら、それは」
「その辺りは状況を見て。全部がそうではないでしょう。今回は、最初の試験だったのかもしれません。いつでも一緒ではない、と思って、注意深く動きます」
「許さない場合もある。そうか」
「はい。そういう時もあるでしょう。正解は分かりません。ですが、タムズが示して下さった、光の差す方向を見失わないように、常に意識はします。しかし、縋りはしません」
イーアンとオーリンのやり取りに、ミレイオは微笑む。ゆっくりイーアンを引っ張り寄せて、しっかり抱き締め『あんた。ちゃんと女龍だわ。大丈夫よ』と、角のある頭に、自分の頬を乗せた。
タンクラッドもイーアンの手を取って、ぐっと握る。目が合って、同じ色の鳶色の瞳が意思を交わす。『お前は頂点で問題ない。お前の側で守ってやる』力強い言葉をかける親方に、イーアンはニコッと笑った。
それからイーアンは、後でタムズが来るかもしれないことを話した。親方とオーリンは、はたと止まる。ミレイオは嬉しそうだった。イーアンはぎこちない親方たちに、ちょっと不思議に思って、どうしたかと訊ねた。
「いや。別に」
「だってよ。総長にキスしたって」
オーリンが正直に言う。ミレイオは思い出したようで、少しむくれている。親方はおえっといった感じの顔になった。
「ああ・・・それですか。タムズは理解をしたいのです。不思議らしいのですね。その、口を合わせる行為が、それだけではないようですが。とにかく、それについては、特別な感情の表れではないかって。私もされました」
親方の目が見開く。オーリンも口が開いて『マジかよ。いつ』と時間帯を訊く。ミレイオも眉を寄せて『どうして私にはしないの?』何か違う方向の質問をする。
「お前っ おい、イーアン。何そんな普通に言ってるんだっ」
「タンクラッド、怒ってはいけません。ビルガメスが叱りましたから、大丈夫(※Just『こら』)。それにタムズの行為は、ファドゥと一緒です。分かっていないのです。意味も知らないし、何だか真似したいという」
「だから良いのか!!俺はどうなんだっ(※間違い)」
「タンクラッドが出来るわけないでしょ!でも何でよ、何で私には、しないの(※これも間違い)!」
イーアンは困る。伴侶にキスしたのも『試したいから』ってだけ。私にしたのも『イーアンにしたらどうかな?』ってだけ。
愛情龍気でもあるのか、それが欲しいとは言うけれど。多分、自分も欲しい&知りたいって、それだけのような(※当)。ちゅーの後も、タムズはケロッとしていた。当然だけれど、そもそも『ちゅー』で感情が動きやしない方々なのだ。
それに、彼は一度望むと、何が何でも押し通す聞かん坊。だから隙を縫って、ちゅーされただけだと思う(※大当)。
もう一つ、ついでに言えば。3m級タムズのちゅーは、『唇が重なった』というよりも、唇を中心に周辺全部が、ぶちゅってなる。あれはもう、キスではない。食われるのと似てる気がする。
しかし。目の前で、親方もミレイオも怒っている。ミレイオは特に悔しそう(※私は無視か!と)。親方は多分、『堂々・横恋慕街道まっしぐら』なので、それで自分もしたいと騒いでいる(※お断りです)。
ちらっとオーリンを見ると、オーリンは複雑そうだった。『どうだった?』なぜか感触を訊かれたので、一秒程度で分からない、と答えておいた。少し考えてから、体温はある気がする(※ぶちゅだから)と教えると、ちょっと笑っていた。
「君にとっては。そんなもんか」
「そうですね。ファドゥのが手強かった」
「ファドゥ。あれ、そうだよな。ちゅーって長かったし。まだやるの、あれ」
「しません。きちんと注意して止めました」
真似ですよ、とイーアンは苦笑い。お母さんが人間だったから、愛情表現で子供の時に嬉しかった名残と言うと、オーリンは理解する。『タムズは?』その質問には、自分が龍の赤ちゃんにちゅーしたのを知っている、と話すと『ああ~』の一声で、納得した。
「親。卵だし、そんな関係ないもんな。イーアンやズィーリーは、人間の習慣で、子供に普通にするから」
「そうです。龍の赤ちゃんを抱っこした時があって。あんまり可愛いくて、ちゅーちゅーしてたの。それをね。愛情表現だろうから、自分もしてくれって。そうですけど、誰にでもじゃないでしょう」
オーリンは可笑しそうに笑い『そりゃ、無理だろ』と、タムズの行動に首を傾げていた。『じゃ。イーアンに断られて、強行突破みたいなもんか?』オーリンの推測に、イーアンは大きく頷いて、大正解であることを伝える。
最初にドルドレンにしてもらったが、それじゃ納得できなかったみたい、と補足すると、オーリンはケラケラ笑っていた。イーアンは、オーリンにだけでも理解してもらえて良かったと、心から思った(※パンクと親方はお怒りのまま)。
「ああ、すみません。こちらでしたか」
突如。笑っているイーアンたちの後ろで、聞きなれない男の声がした。振り向くと、そこには医務室にいたはずの旅人が立っていた。
お読み頂き有難うございます。




