674. 旅の人保護
イーアンにも、ドルドレンにも。それまでと違う見解を得た『王城の一件』。自分たち以外の誰かが、自分たちよりも怒るなんて、思いもしなかった。今回、それは新しい展開を見せた気がした。
ビルガメスたちに送り出されて、イーアンはミンティンと一緒に戻る、空の道。
帰る時。『一緒に行って彼らに説明する』とタムズに言われたが、余計にこんがらがりそうなので、丁寧にお断りした。自分の口から、彼らに話したいことを伝えると、納得していない様子で頷いてくれた。
『後で行こう』
そんな言葉を背中にもらい、イーアンは理由を訊ねる。理由は『折角作ってもらった陣羽織を、着ておこうと思う』から、と戻されて、全然関係ない上に、理由にもなっていないと指摘したかった。が、やめておいた。多分、何か。地上に降りたい理由があるのだ。
ビルガメスはイーアンがミンティンに乗る時、少し思うところありそうな目を向け『あまり日を開けずに、また来るように』と言った。了解して、今日のお礼を伝えると、シムが側に来てイーアンの肩を撫でた。
『イーアン。俺の卵が孵ったよ。聞いたと思うが、今度会いに行ってくれ』
微笑むシムに、イーアンはそうだったと思い出し、次は是非行こうと頷いた。ニヌルタも来てイーアンの頬を撫で『俺の卵も孵っている。子供部屋にいるから、顔を見て』と笑った。嬉しいイーアンは『勿論です』と笑顔で返した。
ルガルバンダは少し離れた場所で見ていたが、イーアンと目が合って微笑んだ。『俺の卵も。よく笑う子供が生まれたよ』ちょっと可笑しそうに言うので、イーアンは頷いて『抱っこしに行きます』と答えた。
そんな男龍たちに挨拶して、イーアンはミンティンと一緒に地上へ向かった。
そんな帰り道。赤ちゃんが、わんさか部屋にいるのを想像すると、可愛いったらないな~と、にやける。龍の赤ちゃんだらけ・・・考えると、一日ベビーシッターもいけそうな気がしてくる。『いけます。針仕事がありますから、持って行って空で・・・って針は危ない。ダメです。どうしましょう』仕事はしなきゃ、でも赤ちゃんの世話もしたい。
ううーんと悩むイーアン。針じゃない、安全な仕事を。針仕事を急いで終わらせて、安全仕事にして赤ちゃん部屋!これしかないな、と決めて、戻ったら早速、縫い物を全力ですることにした。
そんなイーアンだったが、赤ちゃん部屋は、シムの言葉から考えていたものの。帰りに見ておこうかと、先に考えていた場所を思い出す。
男龍やミレイオたちが『ぶっ壊してやる』宣言をしていた王城が、少し気になっていた。どんな感じになってるかなと(※破壊した人)確認出来たら。そう思い、上から見ようと、ちょっと寄り道。
「ミンティン。降りずに良いのですが、王城をね。上から。結構上で良いので、ちらっと見て戻りたいです」
あーそー、みたいな青い龍は、地上の空に入るなり角度を変えて、王都へ向かってくれた。どこから出たのか、あっという間に王都が見えて、イーアンは影を下に落とさないくらいの高度で、王城の上を飛んだ。
「距離があり過ぎて。私の視力では無理でした」
断念する。ちょっと見れるかな、と思っていたが、ちっとも何も。仕方ないので戻ろうと龍にお願いし、イーアンとミンティンは北西支部へ戻る。
「寄り道ですが、空から王都は5分もかかりませんでしたから、支部に戻るのも15分くらい。それほど時間は、無駄にしませんでしたね」
うんうん頷き、イーアンは『時は金なり』と呟く。今は急ぎの用事が多い。昨日、ムカつき過ぎて暴れたが、あれも時間的には短かった。それはともあれ、死者が出なくて良かったと思う。
そう。まさか『死者を出せ』と叱られるとは思わなかったが(※ストイックな仲間たち)そこまでじゃないのよ、とイーアン的には考えていた。ドルドレンを馬鹿にしたのは『もうムリ』ありゃ許せないっ、と呟くものの。
「私はですね。化け物顔とか・・・エライこと言いますよ、あのクソ野郎。失礼しちゃうっ
化け物顔って、種類多すぎるわよ。ここに来て魔物たくさん見たけど、顔がどこか分からないヤツもいたってのに」
悪魔だなんだは、別に気にしないけどさー。イーアンは、ぼやく。今更、思い出してイラッとする。『悪魔だと~?そんなの若い頃、散々言われたから平気ですが。まさか中年になってまで、ぶり返すとは』ちきしょう、金持ちボンボンクソ野郎。こっちも、もっと言ってやりゃ良かった、などと思っちゃう。
「悪魔で化け物って。お前、ホントに悪魔で化け物見せてやろうか、ってなりますよ。龍だけど。そうです、そうそう。聖なる存在に失礼です。以前の私なら、悪魔化け物死神何でもあり!っちゃ、アリですけれどね~」
イーアンは思う。自分が廃れ過ぎてしまっているから、罵声に暴力で返すのは流れ、みたいに捉えているが、これから先は『それではいけません。誇りがありますからね』皆さんの誇りも背負ってますよ・・・そこ大事、と頷く。
そんなことをデカイ独り言で言いながら(※龍は無視)北西支部へ戻る空。何やらミンティンが高度を下げた。いきなり下がる時は、何か見つけている時。
「どうしましたか。誰か倒れていますか」
下をさーっと見て、誰も見えないイーアン。目を凝らしても分からないので、龍にお願いして対象物を教えてもらう。ミンティンは首をちょっと傾けて、道の脇を示している様子。
「どれ?どこです?ん・・・もしや。あれ?何あれ、人間でしょうか」
龍がちらっと見たので『一応。確認だけ』と答えると、龍はすす~っと道の脇の、何かに向かって降りた。側まで行って理解した。蹲っている人だった。
「あらやだ。大丈夫でしょうか。ミンティン、ちょっと待っていて下さい」
イーアンは龍を降りて、10mほど先にいる人に近づいた。その人は大人で、年齢は50代くらい。民家もないような旧道に、蹲ったまま。側に馬もなし。さっと見渡して、連れもいない様子に、少し違和感。服装が厚着で汚れているから、もしかすると旅人なのか。
「あのう。もしもし。こんにちは。どうされましたか。具合が宜しくないのでしょうか」
そーっと近くへ行って、イーアンは小さな呻き声を出す人に声をかける。その人は足音で気がついていたようだが、お腹でも痛いのか、頭を上げないで『ちょっと、その』と言いかけて、また呻く。
白髪の入った髪。少し脂汚れのある襟とくたびれた外套。顔は少ししか見えないが、髭があるような。
「その、こんな場所ですと。お体が大変でしょうから、近くのお店屋さんでも移動出来たら」
イーアンもそう言ったものの、旧道を前後見て、一番近い店はどこなんだろうと考える。旧道沿いは店もないし、街道まで出れば、スカーメル・ボスカはあるけれど。この人、お金持っているだろうか。それも気になる。
呻く男の人は苦しそうな様子のまま、気を張ったのか、顔を上げてイーアンを見た。『すみません。食中りかも知れなくて』そう言うので、もう少し喋れないか、話しかける。
「馬はありますか?どなたかご一緒では」
「うう、いえ。痛っ・・・いえ。歩きです。歩いて、旅を。うっ」
あら~ イーアンは困る。顔も青ざめているし、脂汗もかいている。どうしようかと思って、良かったら近くの町へ連れて行くと言うと、その人は荒い息をしながら、大きく息を吐いてイーアンを見上げた。
「有難う、すみません。でも。いてっ、あなた女性ですから。そんな、ご迷惑で」
「ですが、ここでそのままは大変です。あなたを運ぶ力がないので、それだけは問題ですが」
気配は悪いものがない。ただの人間だし、自分から何かを発しているような気配もしない。悪人ではなさそうと、それだけは分かるので、イーアンは助けることにする。
「怖がらないで下さいね。龍が側にいます。あの子に乗りますから、立てますか」
「え。龍?」
男の人はびっくりして、それまで側にいたミンティンを、ようやく見つけて素っ頓狂な声を出した。イーアンは急いで落ち着かせて『何もしない』と言い聞かせる。
「私は騎士修道会の者です。あなたを近くの町へ保護して運ぶことは出来ます。街道沿いに、道を移動しても良いですか」
イーアンと青い龍を交互に見て、一瞬でも腹痛を忘れたのか。男の人は少し怯えたように頷いた。それから『騎士修道会』とイーアンの顔を見て呟く。
「騎士ではないのです。所属しているだけです。命の危険がある方は、お手伝いで保護します。お店屋さんへ入ると思いますけれど、お金はお持ちですか」
男の人はお金の話をされて、ちょっと黙った。イーアン、悩む。お金持ってなさそう。『お薬だけでも』少し言いにくいけれど、薬代はと訊ねると、男の人は困った顔でお腹を押さえて首を傾げた。
「あの。北西支部に・・・ええっと。私の所属しているところです。薬を頂きましょうか。ご一緒して頂かないといけませんが。その、旅の道が変わってしまうけれど」
男の人は考えながら、背に腹は変えられないと思ったか、頷いた。
ようやく。旅の人を保護する方法が決まり、イーアンは彼の近くにミンティンを呼ぶ。てくてく歩いてきた青い龍は大きく、男の人は、まじまじ恐れを持った目で見上げた。お腹を両手で押さえながら、どう乗るのか、と訊くので、イーアンは摘まんでもらった(※ミンティン嫌そう)。
「吐きそう」
「大丈夫ですか。これしか方法がなくて」
いや、大丈夫・・・口を押さえたまま、男の人は眉を寄せて頷く。イーアンは前に乗り、背鰭に掴まるようにだけお願いし、男の人を保護して北西支部へ向かった。
支部へはもう、目と鼻の先くらいの距離だったので、3分後には支部が見えてきた。あの場所からだと、スカーメル・ボスカの方が、時間がかかったかもしれない。
この人のためにも、支部で良かったかもと思いつつ、イーアンは支部の裏庭に降りる。支部に近い方が案内しやすいので、彼も降りてもらい、一緒に中へとお願いした。
男の人はお腹をぎゅっと押さえて、脂汗は止まっていない。『歩くの。無理そうですか』イーアンは降りた男の人が座ったので、彼の背中を擦って訊ねる。小さく頷くので、待っていてもらうことにして、伴侶を呼びに行った。
執務室へ行く前に、廊下で伴侶に会い、大喜びするドルドレンがイーアンを抱き締めた(※九死に一生得た気分のドルドレン)。
「ドルドレン。帰り道で旅の人を保護しました。裏庭にいますので、医務室へ」
「何?保護?医務室って、具合悪い人なのか」
一緒に小走りに裏庭へ向かいながら、旧道沿いにいたことと、食中りと本人が言っていること、お金がなさそうなことを伝える。
裏庭に出て、青い龍と一緒にいる民間人を見つけたドルドレンは、すぐに側へ行き、片腕を背中にかけてやって立たせた。『歩けるか。医務室へ』ドルドレンの方が背が高くて、その人はぶら下がるようにして片足を浮かせながら、一緒に歩いた。
ドルドレンも何度か話しかけたが、まぁ痛そうで。喋っては目を瞑ってお腹を握るので、後で事情を聞くことにした。
医者にベッドに寝かせるように言われ、外套だけを脱いでもらい、男の人は医務室のベッドに倒れる。お医者さんは彼の衣服を捲り上げて、お腹を触って聴診器を当てて、彼の口内を見てから、幾つか質問。
「食中り。って、本人が言うんでしょ。そうかもしれないですね。何か悪いもの食べたのかな。古いものとか食べた?」
話が出来ないって言うのに、お医者さんは普通に訊く。男の人は苦しそうにしながら、頷く。
「早く薬を出せ。気の毒だ」
総長にせっつかれ、お医者さんは『そうだね』と落ち着いた感じで、引き出しから薬を出した。水を用意して、男の人に薬を飲ませると『ちょっとねぇ。様子見ないと怖いから。後、6時間くらいは居てもらって』と言う。
「6時間もいたら。宿が」
宿まで距離のありそうな支部を思ってか、どうしようと悩んでいる。総長は、泊まることが出来ると教え、今日はここで一泊したらどうかと促した。
「いえ、でも。お金をそんなに持ち合わせていないので」
「一泊くらいで代金をもらおうと思わない。一週間いたら貰うが。夕食が食べられるなら、夕食も食べると良い。共同だが、風呂もある。朝食も食べて、それから立てば良い」
優しい言葉に、旅の人は感謝を伝えた。途切れ途切れの言葉なので、ドルドレンはもう良い、と止めて、彼に布団をかけた。
「休んでくれ。後でまた様子を見に来る」
旅の人がようやく、少し安堵の微笑みを浮かべたので、ドルドレンもイーアンもホッとした。挨拶をして、お医者さんに任せ、二人は退室した。
時間はお昼前。11時を過ぎ、半に近い頃。ドルドレンは、執務室での仕事は少ないからと言うので、イーアンと一緒に工房へ行き、縫い物加篭を持って外に出た。そしてそのまま、職人のいる馬車へ行き、お昼の用意を始めた。
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