672. 愛の姿 ~破壊も守護も龍の愛
イーアンは話したが。順番を組んで慎重に話を進めた。にしても、それは大して、イーアンの期待する効果は齎さなかった。
最初に、とっても大雑把な骨組みを、起承転結で話した。この時点で、ニヌルタの眉が少し寄ったので、ちょっと考えた。
その後、軽~く・・・社会的背景として認識している、自分たちの人間社会=貧富・上下関係を、さく~っと説明。ここでルガルバンダが何かを思い出したのか、金色の目が怒りを含む。
そして起承転結の、起の部分を話し、承転をすっ飛ばして、結に進んだ。暫くの嫌な間が開き、イーアンは彼らの金の目が、『間がない』ことを指摘していると、無言の圧力で知る。
仕方なし。真ん中のいざこざ場面を嫌々話すと、話している最中から、ニヌルタが赤い龍気を放ち、シムも、聞いたことのない唸り声を上げ始めた。目が、目が白っぽい・・・・・
そっとタムズを見ると、彼は怒っている顔でイーアンに目を見開いていた。どうして??何で怒ってるの??私が?何かしたのかと思って、ビックリした目を向けると『話が違うな』と呟かれた。
怖いよ~ イーアンは皆さんを見ないように俯きがちになり、段々小さくなる声で話していると、ビルガメスに、角を摘まんで引き上げられ『聞こえない』と注意された。厳かな声が、最後の審判の声みたいに聞こえる。
出来るだけ、何を言われたかは、羽毛布団に包んだ豆粒くらいのサイズ表現で伝えたが、案の定、おじいちゃんが食い込んできた(※おじいちゃんは見逃さない)。
「そんな程度ではないだろう。お前が怒ったんだ。ドルドレンを愚弄した言葉にしては、あまりにも軽過ぎる。何を言われたか、きちんと話せ」
ひ~っ イーアンは頑張って目を逸らす。おじいちゃんまで輪郭が分からないくらい発光してる~っ(※おじいちゃん=この前まで最強の座に居た)眩しい皆さんに、イーアンは怖気づく。
皆さんが煌々と、朝っぱらから、おっかない気迫を漲らせているのが、びしばし伝わってくる。ストレスで円形脱毛症になるんじゃないかと思うくらい、耐えるのが厳しい龍気の渦に、イーアンは逃げ出したかった。
でも。逃げるわけにはいかない。この状態で放ったらかして逃げたら、彼らが何をするか知れない(※危険なことしか分からない)。
だからイーアンはちゃんと、自分がどう動き、王様もどうしたか。ドルドレンもその後、どうしたかを話して、また、攻撃をしかけてきた人々はいるにしても、それを止めて怒っていた人もいたことを、もう一度、念を押して伝えた。
「イーアンはその程度で終えたのか。しかしそれは、手ぬるいどころじゃないぞ。男龍に恥をかかせるような対処だ」
ニヌルタの声に、イーアンはびくっとして振り向き『人々は。龍を殆ど知らないから、あなたたちに恥をかかせていない』とすぐに言った。
「そうじゃない。神の正体を知らなければ、神の行いに唾を吐いて良いのか。そうした意味だ」
シムはイーアンを諭す。イーアンは困る。知らなければ仕方ない、とそういった範疇をとっくに超えている。そう言われたので、困った。でもすぐに言葉を続ける。本当のことは言わなければ、と。
「ですが。彼らは、全然知らないのです。本当に何も。私は両腕の爪と翼だけを出しました。それだけでも大混乱を起こして」
「お前を『化け物の顔』と詰った。悪魔とも。龍を侮辱するに、冗談ではもう済まないぞ」
ニヌルタはイーアンに近寄って、縮こまる女龍の顔に指を添えた。『お前を馬鹿にしたんだ。こんなに綺麗なのに。こんなに強く誇り高い女龍のお前を』ニヌルタの光は熱を持つ。触れている部分が熱くて、イーアンは火傷しそうだった。
「ニヌルタ。イーアンが怪我をする。離れろ」
ビルガメスに静かに注意されて。ニヌルタはイーアンの前に座った。ニヌルタの視線は外れたが、今度はルガルバンダの視線が気になって仕方ないので、イーアンはちらっと彼を見た。気のせいか、4本の捻れた角が、伸びている気がする。
「イーアン。俺の思い出の話だ。ズィーリーがお前と同じように、中間の地で仕事をしていた頃。彼女は優しく大人しいから、時々愚かな人間に、そうして嫌な思いを受けた。よほどでなければ、彼女は顔にも出さず、俺に話もしなかった。
それを知ったのは、俺の見ている場所で、彼女が苦しめられた時だ。いつもそうだったのかと俺が知った時、相手はその場で息絶えた。ズィーリーは驚いて、俺を止めたが。俺は今のお前に思うように、ズィーリーにも同じことを思った」
一呼吸置いて、ルガルバンダは腕組みしていた手を解き、戸惑うイーアンの座る膝に、大きな手を置いた。
「お前は。ズィーリーも。龍なんだ。中間の地にいる方が不自然な存在。龍があしらわれて良い場所なんか、どこにもない。その人生で摺りこまれた、人間の感覚があるだろうが、そんなものは捨てる必要がある。
龍があしらわれることは、俺たちも同じ扱いを受けていることになる。お前がそれを許せば、お前は、自分のみならず、俺たちにも、愚かな輩にあしらわれるよう促したのと同じ」
「そんな。そんなことは」
イーアンは驚いて首を振った。タムズはイーアンを覗き込み、目にかかる黒い螺旋の髪を持ち上げた。鳶色の瞳が不安を一杯にして、タムズを見る。
「ルガルバンダは正しい。そういうことなんだ。そしてもう一つ、大事なことを忘れてはいけない。ドルドレンも、タンクラッドも。私たちの祝福を授かった相手も、龍の守護の元にいることだ。彼らを辱めることは、私たちを辱めるのと変わらない。
だから君が、馬鹿にされたドルドレンのために怒ったと聞いて、私は正しいと思ったのだ。しかしドルドレンだけではなく、まさか君まで、そんな目に遭っていたと知ったなら。私はあのまま、その王城を壊しに行っただろう」
想像以上に、彼らの精神的なものが強く気高いと知って、イーアンはどうにかしなければと、必死に言葉を探した。そうしていると、ビルガメスがイーアンの角を、ちょっと引っ張って上を向かせる。
「聞け、イーアン。ドルドレンが先にお前を守った。ドルドレンは分かっているんだ。恐らく、俺たちの言う意味も、彼はすぐに分かる。
お前も彼を守った。お前の場合は、少し・・・間があるな。それが習慣性のある我慢なのか。ドルドレンにもあるだろうが、お前の方が根が深そうで、深刻だ。
俺が言いたいことは『存在を守る』そのことだ。お前とドルドレンだけの話ではない。大いなる力を受け取った存在となった以上、その存在を守れ。命だけではない。尊厳だ。俺たちの気高さも全て、お前が生きている時間全てに背負うと思え。ドルドレンも、タンクラッドもだ」
「ビルガメス。でも、それは。すぐに相手を死なせたり、破壊したりに繋がるのでは」
「間違いか?」
その一言に、思考が固まる。優しいビルガメスの言葉に、驚きではなく、厳しい当然が現れて、瞬間、自分はそれをするのかと目を瞑った。
イーアンは閉じた瞼の上に手を当てて、少しの間、悩んだ。誰も喋らなかった。満ち溢れる激しい龍気は、そのまま、ビルガメスの家に渦巻いている。
「イーアン。それが俺たちの言う、愛だ」
ビルガメスはイーアンの手をそっと掴んで、彼女がほんの数分、自分たちに閉ざした顔を、正面から見つめて教えた。
イーアンの目を捉えて、自分を見て聞くようにと伝えてから、美しい大きな男龍はゆっくり教える。
「どの存在にも意味がある。人間にもある。だが尊重をすることと、言うなりになることは全く異なる。相手の意味を理解して、どう扱うか。それはこちら側の采配だ。なぜなら、こちらにも存在の意味があるからだ。それに順ずるふさわしい行動がある。
俺たち龍において、他者とは大きな開きを持つ力が、その存在の確たる全てだ。教えよう。俺の母がどんな龍だったのか」
「ビルガメスのお母さん。始祖の龍」
「そうだ。始祖の龍。お前のように、外から連れて来られ、イヌァエル・テレンに龍を生み出した偉大な女龍。
彼女は一度、中間の地を滅ぼした。一人で。一掃したんだ。愚かな計らいを、一切、一握りも残さないために」
イーアンの目が開いたまま、呼吸が小さくなる。『滅ぼす』呟きに出た言葉は、男龍の全員の視線を集めた。
あれが。イーアンの頭に浮かぶ、香炉の絵。遺跡の絵。お皿ちゃんの絵。一頭の龍がいつも。あれは、地上を壊した時の絵だったのか、と知る。
「そうだ。滅ぼした。大陸を割り、大海に沈め、中間の地の大地を、木っ端微塵にした。空を閉ざし、全ての光を奪った。暗闇と水の世界に変えたんだ。彼女一人で、それをした。彼女の怒りは、愛によって生まれ、結果・・・一度、中間の地は滅びた」
大きな力を得た存在は、その存在する意味も得ている。それを知らぬ振りは出来ない。大きな力を持つ、それは自覚という責任を、常に実行出来る者でいなければいけない。丁寧に、ビルガメスは諭す。
「出来ない、とは言えないんだ。運命の重さは、耐えられる者にこそ科せられる。大きな力を持ち、存在する以上、その力を知って、必要な時に実行する責任がある。それが在る、その意味だ」
黙ってビルガメスを見つめるイーアンに、タムズが話しかける。
「私はね。君たちと数日一緒に過ごした。ほんの僅かな時間だったが、理解に苦しいことは幾らもあった。まだまだあるだろう。そして、今この話の中で感じていることがある。
それはね。龍が中間の地に関わらない理由だ。私たちが降りれば、中間の地は狂うだろう。私たちによって、消えてしまうからだ。居る場所が定まっているその意味を、今は感じる。当たり前のこととして理解していたものが、体感を通して感じるんだ」
心配そうに黙ったままの女龍に、タムズは近くへ来て、ベッドに腰掛け、話を続ける。
「本来、触れ合うことがない私たちと、中間の地。それはサブパメントゥも同じだ。触れ合ったら最後、どこかが消える。しかし夫々が在る、その意味。ビルガメスが話した意味があるからこそ、世界を分けて存在しているに至る。
さて。ここで考えてご覧。ここまでの話で、君は新しい認識を得たと思う。私はもう少し、君たちの様子を体験したいと考えているが、暫し小休止だ。
今、私たち龍が、中間の地にいる君たち、またサブパメントゥの者と、関わる事態が起きている。これを迎えた私たち全員に、お互いの存在を知ることは当然として、続きに求められている何かも見出す計らいが動いている。分かるね?」
うん、と頷くイーアンだが、難しくてよく分からない。何となくしか理解が付いて行かないけれど、タムズに先を促す。
「イーアン。君にね、特別な表現を持つ感情の動き、意識の移り変わりを求めたのは。私たちの言う『愛』と、君たちの捉えている愛が違うと思ったからだよ。
ビルガメスは、始祖の龍の『愛』について、理由を言わなかったが。言っても良いのでは・・・有難う、ビルガメス。では伝えよう。
あのね。始祖の龍は強大な力を持っていた。その出来事の起こる前、中間の地は、サブパメントゥから上がった者たちに支配されていた。彼らは、天も手を伸ばそうとしたんだ。そう、人間はいなかった時代だ。
サブパメントゥの者は、与えられている地下の世界を抜け出し、中間の地も手に入れ、さらに天まで欲した。空を与えられていた始祖の龍は、一人から始まって、多くの男龍を生んだ。その空を守らないといけない。
与えられた場所では飽き足らずに、腕を伸ばした中間の地の愚かな者を、始祖の龍は片付けに出たんだ。
空を与えてくれた、大いなる精霊の想いに応える愛のため。生み出した龍たちの世界を守る愛のため。そして、身の程知らずの輩に、二度と思い上がらないように躾ける愛のため。
無敵の力を楽しんで、片付けたわけではないよ。怒りが、止め処なく溢れたわけでもない。彼女は痛みの中の怒りを信じて、それが大きな愛と充分に理解し、愛を持って、恐ろしい破壊を実行する・・・自分の存在たる責任を果たしたんだ」
「龍の愛は。何と厳しく、重く、大きいのでしょうか」
「それが、龍の存在なんだ。祈りを聞き届ける立場、と私は言っただろう?祈る者は、自分の判断しか出来ない。聞き届ける立場は、自分以外の判断を知ってても実行するかどうか、その力を持つんだ。イーアン、君もだよ。
私たち龍は、計らいの何かに応じるのだ。きっと。その動きは、存在を示すだけでは足りない。強さの頂点に君臨する者しか行えない愛を、何かの形で求められている気がする」
タムズはそう言って、鳶色の瞳を困ったように垂れさせる女龍の頬に、ちょっと手を添えて、そっと口付けした。イーアンと他4人の男龍は、1秒ほど固まったが、ビルガメスが無表情にイーアンを引き離し、ルガルバンダは、タムズの肩を掴んで後ろに引っ張った。
ビックリしたまま、真顔のイーアンを片腕に抱えこんだビルガメスは、タムズをちらっと見て『こら』と注意した(※おじいちゃんは後で説教する)。
ルガルバンダも龍気の方向がタムズに向いて、目をかっぴろげて『お前』と言いかけ、タムズに見返されて睨み合う。
「愛だ。愛の伝え方だと思った。共通するのは、人間の中にある愛しかなかった」
「何を言ってるんだ。意味が分からん」
「彼らが口を合わせる時。愛の一部を託している。彼女はドルドレンや、ファドゥの子にそうする。ビルガメスには」
さっと疑わしげに見たタムズに、ビルガメスは眉を寄せて『俺はない』と即答した。『お前は何をしているんだ。単に自分にも、してもらいたかっただけだろう』おじいちゃんは見抜く。タムズは表情を変えずに首を振り『意味がある』とだけ、返した。
イーアン、我に返って咳払い。こういうこともあります、と頷きながら(※ファドゥを思い出す)少し目が据わっている状態で、ちょっとタムズを見る。タムズは少し微笑む。
まー、舌が入ったわけではなし(※それは危険)。ちょっと付いた程度だし。おじいちゃんも叱ったから、おいたと思って、今回は見逃すことにした。
「偉大な話を聞きました(※タムズのおいたは無視)。始祖の龍の遥かな愛を、私は命のある限り、いつも思うでしょう。
龍の自覚と言われますと、とても厳しく大きくて、自分が出来るだろうかと悩みます。でも出来ないと言えない、そうも教わり。今暫く、時間をかけて理解を深めようと思います。
そして、王城の前夜については。答えが出ました。自分の話と、今のお話を全て聞いた上で繋がることがあります。
これこそ、天と地上と地下の関わる事態にどう対応するか、それを問われた何かにも思えました。
今回は厳しく打つ愛ではなく、龍たる者だからこそ出来る何か。言い訳ではありません。本当にそう感じるのです。
この際ですので、この場でお伝えしておきますが、私が本当に怒ったら。私は人間相手に命を取ることに、実際、恐れを持ちません。私が誰の命を取るにも至らなかった、今回。違う選択肢を選んでいる、この結果に、続きが入っている気がするのです」
ビルガメスはイーアンを見る。『お前は面白い』笑みのない鋭い表情で、ビルガメスはそう言った。
「言いたいことは分かる。そうか。その見解は、指示だな。受け入れた」
大きな男龍の短く告げられた意志に、他の男龍は驚いたように彼を見る。自分を見た4人の仲間に、ビルガメスは少し笑う。『俺の愛は、イーアンを信じることだ』彼女の判断は間違っていない、と付け加えた。
お読み頂き有難うございます。




