670. 王城一暴れの話
イーアンとドルドレンが戻ってきたのは、夕食の時間ぎりぎりだった。
「疲れたね。風呂は支部で入ろうか」
ドルドレンに促されて、着替えを持って支部へ行き、二人は交替でお風呂に入って、夕食を食べる。夕食を食べながら、何度かお互いに溜め息をついて、顔を見合わせて苦笑いした。
「でも。印章を受け取ったし。無事に戻れたから、疲れたけれど、戻れて良かったかな」
「そうですね。思ったよりも早く戻れました。あのまま、地下の牢獄って方向もあったでしょうから、そうしますと、私も無駄に疲れたわけではないです」
「怪我は?どこか打ったりしていないか」
「私は無事。全く。魔物相手の方が何かしら、雑魚が相手でも負傷がありましたけれど」
ハハッと笑ったイーアンは、ちょっと疲れている。ドルドレンは愛妻(※未婚)を少し見つめ、微笑んだ。『あなたは?どこか痛めたりされませんでしたか』微笑に返される心配を、ドルドレンは首を振って答える。
「俺も全然。龍の皮の手袋があったからかも知れないが、拳にも何も。
イーアンは少し心配だよ。外にミンティンはいたけど、10分、15分・・・?大丈夫かな。今はミンティンも帰ってしまった」
「今はそこに、アオファがいますので。外にテントでも寝袋でも出して、アオファと休みます。今晩だけは」
それを聞くと、可哀相に思うドルドレン。龍は体温が高いわけではないから、冷えてしまう気がする。自分も一緒にと言うと、イーアンは一緒にテントで眠ろうと笑った。
くらくらするイーアンを支えて、ドルドレンはアオファのもとへ行った。イーアンは眠るアオファに話しかけ、今日は一緒に眠りたいから、近くにテントを張ると伝える。
「テント。分かるかしら。あのね、ちょっと柔らかいから、お前に潰されたら、私たちすぐ死ぬと思います。ですのでどうぞ、いることだけは忘れないでね」
イーアンをアオファに預け、ドルドレンは倉庫へ行って、二人用のテントを持ってきた。暗いのでランタンを2つ用意し、小さな明かりの中でテントを張る。小さいから10分もしないで、多頭龍の横に用意出来た。
「これよ。この中に、私とドルドレンが居ます。朝までここにいますから、潰さないでね」
イーアンがそう言うと、アオファの真ん中の首がぐーっと動いて、テントの真上で見つめる。そしてまた首は、小山のような背中に戻った。
二人は毛皮を引っ張ってきて、テントの中に敷き、ランタンを中に掛けて横になる。アオファの横がイーアン。外側がドルドレン。二人は顔を見合わせて笑う。『遠征みたいだ』『そうですね』このテントで過ごしたねと笑いながら、毛皮を被る。
「どう?アオファの側に来て、すぐだから。まだ変わらない?」
「少し楽になっているのが分かります。徐々に戻るでしょう。眠っている間に戻るかも。気を失うほどではないので、イヌァエル・テレンに行くこともないと思います」
ドルドレンは心配だったが、イーアンが言うように、空へ上がって回復するほどとなれば、ここまでの時間で、男龍の誰かが迎えに来ていそうだし、それを考えると大丈夫だろうなと思った。
二人は『疲れたね』の言葉を何度か繰り返し、ゆっくり過ごした。すぐにイーアンが眠り始めたので、ドルドレンもランタンを消し、小さな角の生えた頭にキスをした。『俺の女神だ。君は俺の、誰より愛する女神』その細い体を抱き寄せて、ドルドレンは寒くないようにちゃんと腕に包み、眠りについた。
*****
王城で。一騒ぎが起こった後の、片付けに追われる騎士団の騎士たちも疲れていた。彼らは、滅多にない、殴打、打ち身、軽症止まりの負傷をして、その上、後片付けを、王様と高位貴族に命じられ、踏んだり蹴ったりの夕べを過ごしていた。
王城の大広間を片付ける、騎士団の二十数人を眺める、セダンカ・ホーズ。
・・・・・全体となれば。ここにいる騎士団で、どうにかなる片付けではないが。少なくとも、危険なガラスの破片や、緊急開設通路付近の瓦礫は、明日に来る業者の、迷惑にならない範囲で片付けられる。
馬の用意が出来たと、馬車の御者に言われて、セダンカは広間をさっと一瞥してから、帰路に着く。
家までの道のりは馬車で数分。王都の中にある自宅へ向かう帰り道。馬車の窓から星空を見る。それから一つ思い出し、セダンカは途中で馬車を止め、閉店前の酒屋で、良い酒を一本購入してから戻った。
家について妻に挨拶し、少し遅れた詫びとして酒の瓶を渡す。
「あら。そんなに遅くなかったじゃないの。良いのに」
「いや。定時に帰れると思っていたのが、30分以上も遅れたから。君の料理が待っていると思うとね」
セダンカは妻に愛情を示す。奥さんは機嫌良く、ちゃんと温めた料理を皿にとってくれた。美味しいお酒と一緒に、夕食を楽しむ二人。
奥さんは、旦那が疲れ切っているのを知っている。この人。すぐに顔に出るのよねと思いつつ、やんわり今日の出来事を訊ねる。セダンカは酒を一口飲み、料理の煮込み魚を食べると、少し考えてから『今日はね』と、あらすじを掻い摘んで話した。
午前中からの話を聞き、奥さんは先ほどまでの騒動まで、黙って耳に入れた。旦那の静かな口調は、この人の建前で、自然体になっているだけで、本音が言葉遣いに出ている。打ち明け話に似た一日の話題は、旦那じゃなくても疲れそうだった。
「あなた。よく耐えたわね。王城、大丈夫なの」
「有難う。君にそう慰めてもらえると、耐えた甲斐がある。大広間は修繕に暫くかかるだろう」
「本当によく倒れなかったこと。頑張ったわね」
倒れたかったよ、と弱音を吐く旦那に、奥さんはもう一杯、酒を注いであげ、それから台所へ行って、セダンカの好きな、おしゃぶり飴を持ってきた。
「はい。これ買っておいたのよ。あなた疲れると飴ばかりだから、それも良くないと思うけれど」
おしゃぶり飴は長い。長さがあって、25cmほどの串に、持ち手5cmを残した後は、全て棒状の飴が付いている。セダンカはこれを舐めるのが、何も考えない栄養補給として好きだった。
飴を舐め、お酒を飲んで。はーーーっと大きく息を吐き出し、『いや。助かって良かった。ホントに命あっての物種』瞼を閉じて、飴を舐める。
「まさかね。もう、そうだね。そう、イーアンは何でもありだよ。さっき彼女がキレたと言っただろ?
まさか腕が、分かるかな。凄い長い鎌みたいに変わるとは。怒らせるととんでもないよ。
ん?それ人間かって?いや、だから。朝の会議で・・・そう、彼女は『龍です』と自分で言ったが、夜に正体を見たわけで。
総長も怒ったら、強烈。強烈過ぎて、負傷者が出たんだから。殴るとか倒すとか、打ち身で済ませてもらったようだけれど。彼は人間。多分。
確かにね、この前の王都に出た魔物も、あの二人が全部倒したから。戦わせたら強いことも知っているし、イーアンの怒鳴り声なんて、空から降ってきたら、腰が抜けそうになるくらい、怖いっていうことも経験済みだ。
しかしそれを、王城の大広間で聞くとは。猛獣どころじゃないよ、龍だよ?龍。吼えて怒って、鎌が突き出て。総長もイーアンの翼に、阿吽の呼吸で合わせて飛ぶもんだから、もう、天井から柱から床から壁から、ボロボロだよ。
騎士なんて、骨折してる者もいるんじゃないかな。鼻血や口を切った血は見えたけれど。でもあれは・・・騎士の味方には、なれないね。
あの二人を、どちらか一方でも。愚弄してはいけないと、今日を以ってして、学んだだろう。ここの騎士は。私は蚊帳の外で良かった。ホントーに良かった。ホンットーに」
セダンカは話ながら、また命が助かったと、目を閉じて震える声で、神様に感謝していた。奥さんは頷きながら、『馬鹿にしたって。どんなことを言うと、そこまで人を怒らせるの』と気になることを訊ねた。
旦那はちらっと奥さんを見て、酒を飲んでから首を回した。
「イーアンはね、見たことないだろうけれど。顔つきがちょっと変わっているんだよ。見たことのない人種だから、誰もが気にすると思う。でもそんな、おかしな顔、というわけでもないんだが」
「え。彼女の顔を馬鹿にしたということ?それはひどいわ。誰だって、顔なんて馬鹿にされたくないでしょ」
「顔のことは、きっかけ。この大騒動のきっかけだね。
理由がね。さっきも簡単に言ったけれど、殿下が戻ってきて・・・当然なのだが、殿下を責めるわけに行かないから、二人を責めるだろう?
殿下は自分が抜け出して、彼らにも迷惑をかけたと言うんだが、それを『そうですか、ダメでしょ殿下』とはならない。
龍で戻ってきた彼らは、殿下の部屋のバルコニーではなく、王城の門の前に龍を降ろしたんだよ。暗い時間だったし、明るい門の前の方が、後ろめたいことをしていないと伝える気持ちで。そう、総長が叫んでいたんだ。
時間が良くなかったのもある。丁度、夕餉の会が始まる頃で、欠席した殿下を責めたい輩が、遠回しに『殿下をかどわかした』として、彼ら二人を罪に仕立てたんだ。殿下が嫌な思いをするためにって、すぐに分かるようなことだよ。
でもそれに、乗った輩も出てきてしまって。それが騎士団の連中でね。総長のことも悪く言うわけだよ。機構の存在が、気に食わない騎士団の連中も多いから『総長が王を強請った』とさ。鬱憤が溜まっていたんだろうな。
そこからだよ。危険な空気に変わったのは。イーアンの目つきが変わったんだ。『彼はそんなことしない』と言い返した。すると騎士の何人かが、彼女に『気持ち悪い顔だ』と」
「それは可哀相だわ。顔なんて関係ないでしょう」
「君の意見が普通だ。しかし貴族騎士は違うんだよ。見た目と背景が、値打ちもの。一人がそう言うと、後ろの仲間が笑ったんだ。
イーアンは睨んで黙ったが、さらにもう一人が決定打を言った。『化け物みたいな顔で、騎士修道会についた悪魔だな』なんてことを」
奥さんもびっくりして、開いた口が塞がらない。『何てひどいことを言うの。それは怒って当たり前よ』奥さんの絞り出すような言葉は、セダンカも眉を寄せて頷く。
「私も、いくら何でも言い過ぎだと思った。身分が低いと、相手を馬鹿にして良いと思っている彼らだが、それにしたって言葉が酷すぎる。廊下にいても聞こえたくらいの大声だ。
そう言った後『金も教養もない修道会は、魔物退治でしか金稼ぎ出来ない』と続け、『そこに、その化け物顔が加担した』そう・・・笑ったんだ。恐ろしいことに、その場にいた騎士団も、夕餉の会にいた貴族も笑ってしまった」
首を振る奥さんは、貴族の名前を思い出す。
「貴族っていうけど、ホーション家やアリジェン家もいたでしょう?あの方たちは位も上だし、人間も出来て、良識があるから」
「そう。居た。彼らは最初から笑わず、不快極まりない顔を、さらに厳しくして『失礼だろう』と何度も注意していたよ。
でももう、無理だった。総長が怒ったんだ。あの気迫はこびりついて夢に出る。
イーアンを馬鹿にされた総長は、ものすごい早さで、笑った騎士を殴った。ふっ飛ばしたんだ。驚いた騎士を次々に殴り倒し、吼えて怒鳴った。『俺のイーアンを馬鹿にしたヤツは殺してやる』って怒鳴る。
それを聞いて、止めとけば良いのに騎士が『化け物に惚れた総長が、魔物に仲間を食わせたのか』と言い返した。
騎士修道会が、魔物退治で出した死者は数百人。負傷脱会も併せ千人近い被害記録が。誰もがこの2年で知った、恐ろしい事実を、あろうことか、総長をバカにする言葉で使ってしまった」
「ひどい」
「そう。ひどい。怒りで蒼白になった総長の後ろ。イーアンがそれで怒ったんだ。突然、イーアンが吼えた。その途端、大広間の空気が振動してガラスが割れた。吼えたイーアンの両腕から、一瞬で大鎌のような白いものが伸びて、それが振り回された時、あの石の柱が切れた。
イーアンは騎士に『死にたければほざけ』と。『ドルドレンを愚弄してみろ、死にたければ叶えてやる』そう言って、大広間の床を2本の大鎌で叩き割った。あの、ほら、奥の間まで。一瞬だよ。大地震のような亀裂が出来た。
『私の爪は龍の爪。龍の手で死ねるだけ感謝しろ』この言葉は伝説になるだろうね。
彼女が叫んだ時に、誰もが後悔した。彼女の真後ろに、白い龍の影が浮かんだんだ。巨大な龍の影が、幻のように。彼女が守った灰色の瞳の総長は、彼女の真横で睨んでいる。
イーアンの怒りは止まらなかった。まるで菓子でも切るように、鎌の両腕は石の床を壊し、逃げる騎士の前に、翼を出して飛んで逃げ道を塞ぐ。そう、翼も出たんだ。6枚の白い大きな翼だ。誰も逃がさない。もの凄く速い。あ、でも。騎士を注意していた高位貴族は・・・目もくれなかったような。
いやしかし、そのイーアンの攻撃に加え、総長がイーアンの腕に飛び乗って、素手で騎士を叩きのめすもんだからね。悲鳴と大混乱だった。
そこから、殿下が頼んで止まるまで・・・10分くらいかな。大広間は崩壊だ。文字通り、崩壊。ほんの20分前まで無傷だったのに。
皆。理解しただろう。王でも貴族でも権力でも、どうにもならない相手が、そこにいたと知ったはずだ」
「無敵。無敵な人たちを怒らせたのね」
奥さんは呆気に取られる。人をそこまでバカにしている騎士たちに、まず驚く。そして怒らせた相手の底力が建物を壊すほど、それにも驚いた。
「私は王城にもあまり行かないから知らないけどね。貴族の騎士団は、そんなに嫌な人ばかりなの?」
「そう、なってしまったんだよ。昔はそんなにでも、なかったけれど。ちょっと嫌味っぽいくらいで。でも、代替わりしたからね。
治安も良くて平和、潤っていた時代の王国で、先代が頑張って築き上げた土台に育った貴族の子供が・・・今、騎士団にいる。嫡男以外の、相続で継げない立場の者は、騎士団で安全に給料を受け取る」
「それがどう、変わる理由になるの。性格が悪くなる要素なの?」
「私が思うにだよ、僻みだろうと思うんだよ。騎士団の殆ど、親が頑張った中で育った、苦労知らずの次男・三男ばかり。
王都は、魔物被害が唯一なかったし、中にいれば王城と城下町くらいしか守る任務がないから、戦うなんて無縁な騎士団だ。それはもう、周知の事実。
そこに2年前から魔物が出て、民間を守る立場の騎士修道会は、自然と外を守る任務で、魔物退治専門になってしまった。だから戦死者も多く、実戦続きの・・・本当に悪夢の2年間だった。
私は、それを早くから知っていたから、どうにか援助したかったけれど。なかなか進まないまま、被害と修道会の犠牲が増える一方だった。
まぁ、私の話は置いておいて。そうするとだね。騎士修道会は実戦で必死だろ?片や、安全で舞踏会にも参加する騎士団は、民衆にどう思われると思う?」
セダンカは奥さんの目を見てから、しょうもなさそうに首を振った。奥さんはもう一杯ずつ、酒を注ぐ。何となく分かってきた。
「それが僻みなの。戦わない安全な場所でお給料ももらって、身分も安泰な騎士が、外で死に物狂いに戦う人たちと比較されて、ということでしょ?」
そうだねと旦那。一口飲んで、飴を舐める。『僻むとね。酒場や会食の席、ひどいと舞踏会でも、その話題ばかりを愚痴るようになる』それが続いて、こんな感じだと思う、とセダンカは結んだ。
暫し、沈黙。
「それが。2年・・・僻みが膨れて2年くらい、続いて。騎士団の性格が、一方的に悪くなってしまったと。貴族の騎士だって、まともな人もいそうだけど」
「君は正しい。まともな貴族だっているよ。勿論、人格者もいる。でも人格者は、そういう溜まりには加わらないだろう?一緒にいる気も失せて、辞めてしまうよ。
だから必然的に、頭の悪い・・・いや、性質の歪んだ、貴族こぼれのような者だけが、騎士団に残ってしまった。そんなところじゃないかな。
私はね、イーアンが貴族を嫌いだろうと思うと、良い貴族もいるから残念に思う。でも、もう。理解をお願いすることも出来ないくらい、彼らを傷つけただろうね」
「そうね。良い人もいるわ。だけど、そこまで失礼なことを言って怒らせたら。もう見下すでしょうね。だって、見下してるだけだから、彼女も総長も、そこ止まりで終わらせた気がするもの」
奥さんが言うには、そこまで破壊的な力のある人たちなら、本気を出したら王城なんて一晩のうちに壊すだろう、と。
『それはしなかったでしょ。殺してやる、って叫んだ割に、誰も殺さなかったのよ』悲しかったのよと、奥さんは理解を示した。
「言われてみればそうだ。あの二人なら、王城にいる全ての人間を殺せる力はあるし、王城そのものも破壊出来る。悲しかったのか。悲しかった・・・うん。君は思い遣りが深い」
セダンカは奥さんに微笑む。奥さんも微笑を返した。
二人はこの後、夕食の片づけをしてお酒を飲み切ってから、また少し話をした。セダンカは、王城の修繕に仕事が増えることはないだろうけれど、と今後は機構の書類も増えるから、少しだけ帰りが遅いかもしれないと心配していた。
奥さんは、旦那が気弱でもまともな人で良かったと、しみじみ思いながら、遅い日が続いたら外食したいと、一応の要望は伝えておいた。外食序に、新しく出来た服の店も、行きたいことも話しておいた。
*****
眠る頃。フェイドリッドは、大きな窓から見える月を見ていた。ベッドに横になりながら、白く明るく輝く月を見て、イーアンの翼を思った。
「あんなに怒らせてしまった。大広間は直せば直る。しかし、彼らの心に与えた傷は、治せない・・・・・ 」
自分さえ。抜け出さなかったら。自分が抜け出したから。ひたすら命を懸けて、いつでも本気で突き進んできた彼らを、愚かな言葉で傷つけるまで追い込んでしまった。
恐ろしいほどに、二人は暴れた。お互いを馬鹿にされた怒りが、大広間を粉砕するまでに至らせた。何の後悔もなく、何の躊躇いもなく、彼らはお互いを守るために、愚か者とその根城を壊しにかかった。
「『龍の手で死ねるだけ、感謝しろ』か・・・そうだな」
明日が大変そうだな、とフェイドリッドは思った。きっと修繕のことや、貴族の家族に詰め寄られるだろう。だけど、そんなこと。二人に負わせた傷を考えれば、どうでも良いくらい軽いことに思えた。
「私を許してくれるだろうか。印章を持たせて、どうにか怒りを抑えてもらうように謝ったが。イーアンは悲しそうだった。総長は冷たい目を向けて、印章を受け取った。二人とも、一言も喋らずに出て行った」
大きな枕に顔を埋め、フェイドリッドは目を伏せた。明日。手紙を書こう、と。それだけでも。
そして心底・・・王位が嫌になった。それは、夕暮れの空を抱えて飛んでくれた、一人の龍の温もりの思いと、その龍を傷つけて怒らせた、正反対の出来事を繋ぐ、一つの楔のように感じた。
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