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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
669/2953

669. 王様の贈り物・イーアンの贈り物


「まぁ。これは、あら。ちょっと大変ではありませんか。私たち、こんな高価なものを受け取れ」


「イーアン。何も言わずに、手にしてくれ。出来ることは少ない私だ。どうか受け取ってほしい。祝いと言ったであろう」



 王様は、お祝いの包みの一つを開けて、イーアンの手に押し付ける。それは、とっても綺麗でゴージャスな『御菓子入れ・・・・・ 』陶器のお菓子を入れる、あれ。蓋つき・足つき・持ち手つき。そして無用なほどの宝石つき(※クッキーとか、入れるだけのはず)。


「こ。こ、これ。これは私のお菓子が入るにはあまりにも」


「良いではないか。良く似合うと思う。そなたの甘く優しい菓子は、こうした物にこそ入るべきであろう」


 これもどうかなと、フェイドリッドは嬉しそうに、また別の包みを開ける。包み紙が異様に綺麗で、破かないで~と、イーアンは心でお願いするが、当たり前の王様はべりばり破いて、中身の用事を取り出す。


「う。うぐっ、また。こんな。どうしましょう、どうしたら良いのかしら」


「おっ。これを買ったか。まぁこれも、おかしなものではないから。どうかな、来客用にでも使えるかな。しかし、私の食器と同じものと言ったのに・・・なかったのだろうか。帰ったら問い質さねば」


 イーアンは受け取った木箱の中に並ぶ、小さな美しい模様の匙セットと、何に使うやら知らない、ちっこい金ぴかのお皿の軍団を見つめ、なぜ王様は『帰ったら問い質す』とまで言うのかも分からず、混乱していた。


「来客用なんて。とんでもないです。突然ですが、家宝にしますので。家具も揃ってないけれど、家宝が先で」


「ハハハ。そなたは楽しいことを言う。家宝とな。とにかく使えるには使えるだろうから、これは来客にでも使用してほしい。

 それと・・・これは、あの店かな。紋章が同じだが。おや、こっちかな。イーアン、ご覧。これがそなたたちの食器だった。良かった、従者が間違えたわけではなくて」


 王様が開けた、不思議なほど飾り立てた箱(※外箱)からは、博物館記念品のような、堂々、絵画の絵が入った皿や器のセットが出てきた。王様は、これもそうか、ここにもあるな、と普通に取り出しては、包み紙の上に置いてみせる。

 まるで、クリスマスプレゼントを受け取った朝の子供が、床の上で贈り物をひっくり返すように、無造作に高価としか思えない食器を並べる王様。



 口から気力がぶら下がるイーアンは、呆然として見つめるだけ。食器棚もないのに、どうしてこれを。どうやってこれを。タンクラッドに食器棚、早く作ってもらわなければ(※親方活用)・・・・・ 


「うむ。少し数は少ないが。最初の祝いであるため、これで間に合うかな。そなたは人気者だ。来客も多かろう。この家の広さも分かったから、後々、もう少し食器は贈ることにしたい。

 それと、こうした物もいるかと思ってな。日用品ばかりで、少々気恥ずかしいが、従者が日常に使うものの方が、私の存在を思い出すだろうと言うから。イーアン、これを」


 ぐはっ うっかり口に出た驚きの声。フェイドリッドは、一瞬目を丸くしたものの、穏やかな微笑を向けて『そなたは素直だ』と誉めた(※ぐはって言ったのに)。


「寝巻き。寝巻きって」


「普段はどうしているのか分からないが、やはり眠る時間は、極上の休憩であるから。しかし、私は最初。女性にこのような贈り物はどうなのだと、従者を窘めたのだが。彼が『睡眠は一番の薬』と、その大切さを説くので、それもそうかと。こちらは総長へ。総長は肌掛けを。イーアンは、この寝巻きで私を思ってほしい」


 さりげなく、眠る時に自分を思えとアピールされ、苦笑いも出来ないイーアンは、両手に受け取った、妙に、ツヤツヤキラキラしている真珠色の、てろーんとした柔らかい生地製寝巻きを見つめてから、ちらっと王様を見る。フェイドリッドが少し赤くなっていた。『着てもらいたい』ぼそっと呟く。


 ぬわ~~~ これはダメだろ~~~(※超低音ボイス)これ着るんですか~・・・って、お揃いじゃないだろうなと、冷や汗が垂れる。


 小刻みに震える(おのの)くイーアンの後ろで、どんどん空気が冷え始め、加重圧が秒速で増す。


「俺には、寝巻きはないのですか」


「総長には、これ。肌掛けだ。総長は背があり、体つきも立派であろう。なかなかその寸法はないため、肌掛けで睡眠を緩やかに取ってほしい」


 はい、と渡される、ブルーグレーのツヤツヤ・テロテロ生地。触り心地は抜群だし、広げれば、金糸で縫い取りもされている。しかし、愛妻の手には、やたらテロテロした、やらしい感じの寝巻き(※そう見える)。もしやコイツ。自分と同じ寝巻きじゃないだろうな・・・・・!


 嬉しそうな笑顔の王様を見下ろす、灰色の瞳は死んでいる。歯軋りが少しずつ音を立てるが、愛妻は気づいているものの、小僧は気づいていない。


 ――こんのっ・・・! 黙って聞いてりゃ、この鼻たれ坊主めっ 人の奥さんに、寝巻きなんか買いやがった! イーアンだって、青ざめて固まってるじゃないか!!食器だ何だと、そこまではまだしもっっっ 



「殿下(※王、とか言うのに、ここは殿下)。大変な贈り物を賜りまして、感謝以外の言葉が見当たりません。ではもうじき時間も経ちますから、そろそろ城へ向かいましょうか」


 思いっきり深呼吸して、どうにか怒りを抑えた、棒読みのドルドレンの言葉に、フェイドリッドは顔を向ける。


「もう。そんなに時間が過ぎたのか。時計は・・・あ。そうだな。そうか。楽しい一時は、何と早くに過ぎるだろう。もう一時間も。ふむ、時計もありだな。次は時計を持とう」


 王様は立ち上がり、祝いの包みはまだあるから、ゆっくり開けてくれと微笑み、イーアンの手を取って『また会いに来る』と約束した。ドルドレンは丁寧に、イーアンを抱き寄せて睨む。


「次は。どうか公然とした状態でお願い致します。抜け出すことが2度もあれば、騒ぎで済まない恐れもあります」


 伴侶の言う『抜け出す』に引っかかったイーアンはちょっと、見上げる。灰色の瞳が悔しそうに自分を見て、小さく頷いた。驚くイーアンは急いでフェイドリッドに確認した。


「フェイドリッド。まさか、あなたは誰にも言わず」


「いいや、ちゃんと伝えた。セダンカにも従者にも。私は夕方、少々表へ出るが、夕餉の会に間に合わせる用でもないから、会は欠席でと。どこへ誰と行くとは告げていない」



 おえっ、と、こみ上げる胃液に口を押さえるイーアン。マジかよ、この王様っ(※オーリン調)!目を丸くしたイーアンに、フェイドリッドは少し言い訳っぽく『そうでもしないと。ここへ来れなかったのだ』と。


 そんなにしないで、来て下さいよっ!!! 心から叫びたいが、困ったちゃんの王様は、ちょびっと申し訳なさそうに微笑むのみ。ぐぬぅっと唸って、イーアンはこみ上げた胃液を飲み込み、冷静に考えてから、伴侶にすぐ手を打つと伝えた。


 ドルドレンはしっかり頷き、一緒にミンティンで王城へ行くことにした。イーアンは一応、伴侶はそれをいつから知っていたのかと問う。言いにくそうに答えた言葉は『連れてくる道』だった。


「ごめんね」


「ぐふぅ・・・最初からでしたか。うぬ、仕方ない。あなたは優しい。いえ、謝らないでドルドレン。とにかく、ノタクラしている場合ではありません。

 大急ぎで、王様を連れて戻らねば。縛り首にでもなった日には、世界も危機どころか、滅亡まっしぐらですよ。今、私たちは、王様拉致の罪状で、首吊り台にぶら下がるわけに行かないのです」


 ホントにごめんね、と謝る伴侶を、いい、いい、と手で往なし(※男らしいイーアン)フェイドリッドの腕を掴んで『行きましょう。帰りますよ』と有無を言わさぬ目で伝えた。


「イーアン。怒らせたか」


「いいえ。私たちの新居のお祝いに、こんなに素晴らしい贈り物を。心を砕いて下さったことに感謝します。贈り物は大切に大事に使わせて頂きます。

 しかし、これとは別に、あなたを慕う城の方たちを思えば、急いで戻らねばなりません。皆さん、とても心配されているはず」


「優しいな。有難う。大丈夫だと思う。彼らは口先だけで心配するから、本心は、私など不要とさえ思っていると・・・それくらいは分かっているよ。でも、そなたの言葉は尤もだ。行こう」


 腕を引かれながら、外へ出た王様の言葉に、イーアンは振り向いた。寂しそうなフェイドリッドは、綺麗な青紫色の瞳を向け『私は孤独だ』と呟く。ちょっと。可哀相に思うイーアン。


「本来は。そなたたちに迷惑をかけてしまうと、その可能性を知っていて取る行動ではない。だが、旅に出てはもう、何年会えないか知れない。それを思ったら。今日、動かずにはいられなかったのだ。この気持ちは分かってほしい」


 イーアンは頷いた。夕暮れの光の中。涙も我慢する立場の王様は、ただ、本当に一人ぼっちの青年にしか見えなかった。それはとても不自由で、恵まれた絵の中の動けない人物のようだった。



 イーアン、考える。どうせ。王様を攫った立場なんだろうし(※諦め)フェイドリッドは、お城に帰ったら、暫く外出禁止になるかもしれない。私たちもどんな罰を食らうか分からない。それなら。



 ぱっと伴侶を見ると、ドルドレンも少し同情的な眼差しで王様を見ている。イーアンは伴侶に、ミンティンに乗るようにお願いし、自分とフェイドリッドは『ちょっと飛んでから』移る、と言った。驚くドルドレンに、イーアンはニコッと笑う。


「どうせ私たち、王様誘拐です。なら、今。今は楽しみましょう」


「イーアン」


 ドルドレンは愛妻の肝っ玉の座り方が、時々羨ましくなる。ちょっと笑って頷いた。イーアンはフェイドリッドに向き直る。


「フェイドリッド。あなたの勇敢な実行力に、心から敬意を」


「どうした。突然。そんなことはないよ」


 いきなり誉められ、笑う王様は、次の瞬間に目を丸くした。イーアンの背中に光が生まれたと思ったら、それは6枚の白い翼となって広がった。


「おお・・・何と美しい。このように現れるのか」


 イーアンは驚くフェイドリッドの背中に回り、胴体に両腕を回した。『失礼しますよ。少ししたら、ミンティンに移りますから、この姿勢で』照れる王様が言葉に詰まっていると、イーアンは、ばさっと勢い良く翼で宙を叩いて、一直線に東の空へ飛び上がった。


 ドルドレンもすぐに眠る龍を起こし、背に飛び乗ってイーアンを追いかける。『イーアンがすぐに移る。並んでくれ』ミンティンに頼んで、側へ飛んでもらう。


 イーアンに胴体を抱えられて、王様は宙ぶらりんの状態だが、その逞しい腕にしっかり掴まって、冒険のような空中飛行に感激の声を上げた。


「素晴らしい。そなたは何て素晴らしい。こんな体験をするとは、私の人生でこれほど嬉しい時間はない」


 見上げると、微笑むイーアンが見ている。背中に輝く真っ白い長い翼が、自分たちを支えて飛んでいる。それは、怖くなく、ただ畏怖に近いような。フェイドリッドは少し涙が滲んだ。


「有難う、イーアン。この奇跡を私は決して忘れないだろう」


「フェイドリッド。これは奇跡ではないです。だから、また起こるでしょう」


 ハハハと笑うイーアンはもう少し高度を上げて、ぎゅっと王様の胴体に回した手を強め『もうちょっと上へ』と言うと、ぐわっと角度を変えて舞い上がる。


 夕暮れの赤と紺の空を、残りの夕日の黄金色に照らされて、王様とイーアンは飛んだ。横には青い大きな龍が並び、クロークをはためかせる騎士が乗る姿。王様は、この力強い日のことを、絶対に忘れないだろうと、静かに胸に響く喜びを、涙にして空に落とした。

お読み頂き有難うございます。

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