668. 王様、新居を訪問
お菓子を持って、お茶のポットと容器をロゼールに運んでもらいながら、イーアンは支部の厨房から、おうちへ戻る。
「王様、何で来るんですか。会議で話し終わったのに」
「何でしょうね。ドルドレンが約束したようで、私は内容を詳しく知りませんの」
「お菓子。小さく切って試食したから、量はまだ余裕ですよ」
王様だけじゃなくて、職人の方たちにもどうぞ・・・そうイーアンに言い、外の馬車を直す彼らをちょっと見て、ロゼールは新居の中へ入る。『イーアン、良い家じゃないですか』わぁと見渡すロゼール。
お礼を言うイーアンに、居間へ通されて、横付けの台所にロゼールは入る。お菓子の横に、持ってきたお茶と容器の盆を置いてから、ロゼールは台所を調べた。
「あの。厨房で使ってない調理器具あるんですけど、ここで使っても良いんじゃないですか?複数あっても、作る人数決まってるから、使わないままの結構あります」
イーアンはとても嬉しいと答え、良かったらお願いしますと伝える。
「小さい焼き釜もあるし、天板も新品。え?あ、これジョズリンさんが作ったんですか。さすが、金属系。そうだ、耐熱の金容器も古いので良かったら、こっちに分けて良いと思います。
俺は明日から営業で出ちゃうけど、ヘイズだったかな、ブローガンかな。言っておいて、箱に分けてもらいましょうよ」
優しいロゼールの提案に、頭を下げてお礼を言い、イーアンはこっちで料理が慣れたら、お食事に来てと誘った。若い騎士は喜んで『俺も何か作って持ってきますよ』と持ち込みを約束してくれた。
そしてロゼールが支部に戻り、イーアンはお菓子を3枚のお皿に取り分けて、お茶と一緒に馬車へ運んだ。作業も最後の方のミレイオたちに声をかけ、馬車の荷台でお茶とお菓子を食べてもらう。
「美味しい。あんた、器用よね。私も料理するけど、お菓子ってそんな食べないから。たまにこうして食べると、何か嬉しい」
ミレイオは、ファー・ブルトンを、どこかで似てるの食べたかもと思い出していた。オーリンも一口で頬張って、『イーアンは、肉だけかと思ってた』笑って美味しいと言ってくれた。
「オーリンは知らないだろうな。何かオーリンとイーアンの繋がりは『肉』でしかない感じだから。だが、イーアンは実にいろんな料理を作るぞ。俺の場合、菓子が最初だったな」
ニコッと笑うタンクラッドに、イーアンは頷く。『そうです。あれ、実はフェイドリッドに渡そうと思って、あの日、持っていました。でも結局、食べちゃいましたけど』ハハハと笑うイーアンに、タンクラッドも意外そう。
「そうだったのか。俺は王よりも、上の扱いをされたってことだな。初めて会ったお前は、菓子をどうかって、出したんだよな。次の日も持ってきてくれた」
お菓子の思い出を話す剣職人の、嬉しそうな笑顔を。冷めた目で刺青パンクが見つめる。『あんたって前向きよね』だから横恋慕なのか、と呟いた。親方に睨まれたが、ミレイオは首を振って『幸せねぇ』の嫌味を落とす。
「そう言えば。さっきタムズが来たでしょ。すぐ帰ったと思うけれど、何だったの」
話を変えたミレイオは、ハッと思い出してイーアンに訊ねる。イーアンは、タムズがドルドレンに謝りに来たことを話した。『彼は、気位が高い感じがしないです』自分も驚いたと言うと、職人3人も驚きの表情だった。
「気位。高かったら、謝らないだろうな。理解したと彼らが言えば、それは本当にそのままなのか」
タンクラッドは改めて、男龍は男らしさが素晴らしいと、心の深さに感動していた。『なかなか言えないだろうに。悪かったと思えば、下に見ているはずの人間にも、会いに来て謝れる。すごいな』首を捻って感心。
「あんたじゃ、絶対やらないわね」
ミレイオはちらっと親方を見て、イーアンに『素敵ね。彼は本当に素敵だと思うわ。ドルドレンも嬉しかったでしょうね』と微笑んだ。
「はい。ドルドレンはタムズに祝福を授かり、魂が抜けていました。もう恋心が愛に変わったようで」
「総長。何かヤバイ感じしてたけど。ホントかよ」
オーリンが苦笑いする。『そりゃ、男龍カッコイイけどさ。男なのに』いいの、それ?とイーアンに質問。タンクラッドも『それはどうなんだろう』と眉を寄せている。
「あれは仕方ありません。良いと思います。叶わぬ恋ですけれど、タムズもドルドレンを信頼していますし・・・ドルドレンはタムズに抱きついて、ホワホワしてしまうくらい、彼が大好きですもの。そっと見守ろうと」
笑う職人3人。タンクラッドは頭を掻いて『俺は、それだけはないだろうな』と呟いた。オーリンも笑いながら顔を擦って『女なら、まぁ。でも、うん。女だったらイーアンはこうは無理そうだからな』だよね、と訊く。
「はい。女性相手でドルドレンが恋して愛したと知ったら、こんな笑顔でいられないです。私は凹んで、もんどりうって、きっと一生、引きこもると思います。でも良いの。そんな人生でも、ここまで幸せになりましたから、これを思い出に」
「想像して、凹まないでよ。そんなことにならないから、大丈夫よ」
想像でぐったりするイーアンを抱き寄せて、ミレイオは笑いつつも撫でて励ます。『大丈夫でしょ、大丈夫。タムズは男なんだから』もんどりうたないの、と注意された。
「おい、帰ってきたんじゃないのか。総長、どこに行ってたのか。あれそうだろ?」
オーリンが空を見て、顎で示す。青い龍がこちらへ向かっている姿に、イーアンは、彼は王様と一緒に戻ってきたと教えた(※イーアン意識復活)。
「王?またか。何かあるのか」
親方に驚かれて、イーアンもよく知らないと答えた。『でも。おうちに入って頂くので、ちょっと行きます』茶器を片付け、職人たちに挨拶してから、イーアンは家に戻った。
ミレイオは近づく龍の背に、二人の影を見つけ『そろそろ私も帰るか』と呟く。タンクラッドもオーリンも同意し、3人は『明日また』と話しながら作業を終えた。
この30分前。迎えに行ったドルドレンは、後ろに乗る王様が、落ちないかどうかだけが心配だった。だが、ミンティンだけは、背鰭を乗員に巻き付けるのを思い出し、王様がバカをやらなければ、落とされることはないと安心する。
ミンティンに初めて乗る王様は、とても緊張していたが、本当に嬉しそうな笑顔だった。ドルドレンはそんな彼を見て、いつもの窮屈さは王自身も感じているのかなと思った。
そんなことで、王城を出発し、王様は初・龍飛行に感動しながら、夕方の空を北西へ飛んだ。感動に浸る中、前に乗る無口な総長を思い出し(※忘れてた)王様は話しかけた。
「王を連れ出したと騒がれないか。それを懸念しているかも知れないが。心配はない。私はセダンカにも従者にも、私が夕方に出かけると伝えてある。部屋の扉は鍵もかけてあるし、彼らが来たところで中に入ることも出来ない。夕餉の会は、会議後戻ってすぐ、欠席にした。2時間は持つであろう」
連れ出した・・・そんなことを考えてもいなかったドルドレン。王の言葉に、耳を疑った。ちゃんと手筈を整えて、迎えに行った俺と出かけたと思っていた。周囲がよく許したな、とは考えたが、迎えに来いとか連れて行けと言うわけだから、それなりに何か―― 違うって、今。コイツ(※王様)言ったぞ。
ドルドレンは少し振り向き『それは。殿下は、抜け出したと仰られていますか』確認のために訊ねると、王様はニコリと笑って頷いた。『しかしそう、深刻でもない。いつかは抜け出した』ハハハと笑う。
目が見開くドルドレンを無視して、『もうじきか?風景が変わった。あの道は街道だな、支部がその先にあろう』嬉しそうな王様は、指差して総長に訊ねる。
暫く呆気にとられたものの。げんなりする総長は、腹を決めて、王様の動きに合わせてやることにした。
タムズがしてくれたことを、俺も出来るように―― そう思ったけれど、まさかこんな形で度量試しが、即行、来るとは・・・・・
甘ちゃん(※王)の荷物も、ミンティンにくくり付けて持ってきた。王の部屋のバルコニーに降りた龍が飛んだのは、誰もが見上げたことだろう。その後、王が消えたと知れたら。ううっ、何てヤツだ。この甘ったれの鼻たれ小僧!! 俺が人攫いみたいだ。しかも、イーアンの乗る龍で。コイツ、絶対そこまで頭回ってない!
呻く総長の声は、自由な風を受けるフェイドリッドには届かない。嫌々、ドルドレンは王様を家に連れ帰り、家の外で龍から降ろした。ミンティンに結んだ荷物も解いて、青い龍に眠って待つように言う。
「ここか。総長は家をいつの間に」
「つい先日です。イーアンは中にいるでしょうから、どうぞ。でもまだ、何もありません。本当に数日前に建てたばかりです」
バカでかい荷物を両手に下げて、ドルドレンは王様を案内する。夕方の柔らかい風を受け、萌える草を踏みながら、王様は自由満喫。悠々として、荷物を運ぶ総長の後ろを付いて行く。
ドルドレンが扉を叩くと、イーアンの声がして戸が開いた。イーアンは荷物と伴侶、その横にいる王様を見て微笑む。
「遠くまでお越し頂いて。何もありませんけれど、どうぞ」
普通の民家のおばちゃん状態で、イーアンはフェイドリッドを中へ通す。微笑んだ王様は、感動一入の様子で、ゆっくりと頷き『有難う。では遠慮なく』と中へ進んだ。
ドルドレンに荷物を居間まで運ぶようにお願いし(※外用従者)王様は先にイーアンと居間へ。王城に比べれば、短く狭い廊下なので、あっさり居間へ到着するが、民家を訪れることが、まずないフェイドリッドには新鮮で嬉しかった。
「ここが。そなたの家。何とも温もりのある、良い家だな」
「家具など、まだ揃っていません。必要なものを集め始めていますが、旅に間に合う住まいが出来て、私もドルドレンも嬉しいばかりです。お掛けになって下さい」
長椅子を勧めて、王様に座ってもらうと、イーアンはお茶の用意をし、それから焼いたお菓子を出した。ドルドレンも居間の壁際に荷を置いてから、イーアンの側に腰掛ける。
「おお、久しくそなたの菓子を食べていなかったが。こうして、住まいの中で、再び菓子を食べることが出来るとは。この驚きの方が良いな。これも美味しそうだ」
温かい菓子を食べ、お茶を飲み、新居の客として辿り着いた時を、心からお喜びになる王様。イーアンはニコニコしながら、もう一つお菓子を勧め、王様のご機嫌良い時間に付き合う。
その横で、ドルドレンは心配の真っ最中。この鼻たれ坊主のせいで、今頃、城がどんな大騒ぎになっているかと、気になって仕方ない。早く帰さないと、北西支部に迷惑がかかるどころか、本部にまで何か生じかねない。
ちっきしょ~・・・心で呻く、伴侶の声が微妙に漏れて、イーアンはちょっと振り向く。
『何か聞こえたようだけど、どうしたの』と言おうとして、振り向いた方向にある、荷物に目が止まった。王様もそれに気が付く。
「そうだ。イーアンに、いや、総長にもだが。祝いを持った。開けて見てはくれないか」
んまー! 一声上げたイーアンは、頭を下げてお礼を言う。どれどれ、と荷物に近づくと、横に王様も来て、微笑みながら、二人並んで荷を解き始めた。ドルドレンは仏頂面で、金にものを言わせた贈り物を開ける、鼻たれ小僧(※王様)に苛立っていた。
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