665. 王と旅人と旅の内容
「さて。最初に私から、簡単に挨拶しよう。魔物資源活用機構の今後の動きについて」
王様は、恐らく脳みそが壊れかけているセダンカの、ぽかーんとした間抜け面をちらっと見てから、咳払いして話し始めた。
王様情報によると、こんなにあっさり暴露されて良いのか分からない内容で、ヨライデ沿岸地域に魔物の影が増えているらしく、簡単に言えば『行って見てきて=偵察して』ほしいことが、議題だった。
だが、一週間ほど前に、総長が本部で伝えた『イーアンお願い:他国での回収材料を輸送する検討』を取り入れる方向で、会議を進める。出ている意見を汲んで、ハイザンジェルの委託製作工房に供給するよう、本国へ回収材料を送る手配をしようと。偵察が主な目的とした派遣だったが、他国に指導協力の一旦として見本が出来ることも、機構の動きとしては、悪くないものと判断した流れ。
ドルドレンは、清書した案件の書類と、騎士修道会の2年分の記録のまとめ(※結局、中途半端で終わった)を渡した。また、本部の騎士も『こちらも。最近の資料ですが、ご参考までに』イリヤの部下のデルカは、騎士修道会で購入した、魔物製品の記録資料を提出する。倒した魔物の頭数や情報と、ここ数ヶ月で製作され、騎士修道会に卸された、武器防具の数の比較を願う。
ザッカリアはよく分からないので、フォラヴに訊こうとした。が、フォラヴは静かに首を振って『帰ったらね』と諭す。でもザッカリアは知りたい。それで横にいるイーアンに『何て言ってるの』と質問。
イーアンは王様の話が終わった時に、ちょっとザッカリアに噛み砕いた説明をしてあげた。
「この方は、王様ですよ。王様がね、違う国に魔物が出ていると分かったんですって。ですから、私たちがどんな魔物か調べたり、そういう魔物を倒しに行くの」
「どうして、他の国の人は倒さないの」
「だって。初めて出るんですよ。今まではハイザンジェルだけでしたから、他の国の方たちは、魔物が出たら驚いて、どうやって戦うのか知らないのです。それは困りますよ。それで私たちが先に倒します」
「教えてあげれば?」
「ザッカリアは素晴らしい。そうなの。戦い方を教えることも出来ますね。それにほら、タンクラッドたちも一緒ですから、魔物でまた、武器や防具を作って、それも作り方を教えられます。有効活用ですよ。やっぱり私たちが行かないとね」
「ゆうこうかつよう。って何」
「上手くイイ感じに使うことです。魔物も怖いだけではなく、役に立てるために、王様が私たちと一緒に、方法を考えて下さいます」
「ハイザンジェルは魔物、もういないでしょ。作った剣とか鎧、他の国の人にあげたら良いと思うよ」
「優しいザッカリア。それも素敵な考えです。でももっと沢山、剣も鎧も使うかも知れませんから、そうしますと、材料の魔物は、どこで剣や鎧に加工すると思いますか」
「え。他の国の人は知らないから、ハイザンジェルでするの?タンクラッドおじさんとかが作る?」
「そうなの。あなたは本当に頭が良いわ。そのとおりです。ですのでね、私たちが倒して、それをこの国に送って、この国で材料を加工するでしょう?
そうしたら、他の国に使える武器や防具で、それを渡してあげられるのです。でも、お代は頂きませんとね。お代って、お金」
ふーん。ザッカリアは何となく理解した。『でもそんなことしてたら、いつ魔物の王を倒すの?』話が移動して止まらないので、イーアンは『また後で、ちゃんと話す』と約束した。ザッカリアは、ある程度相手にしてもらったので、ここは頷いた。
二人のやり取りを聞いていた、イリヤと部下の3人は少し笑っていて『イーアンは、説明が上手』と誉めてくれた。イーアンはお礼を言った。
ドルドレンも愛妻の説明に、『大変分かりやすく、そして押さえる所を、ちゃんと押さえている』と認めた。イーアンは伴侶にもお礼を言った。
王様もちょっと笑っていて『ザッカリア。それでは次の話に移る。またイーアンに教えてもらうと良い』と言った。ザッカリアはニコッと笑って『有難う』と答えた。
王様は、以前この若者を支部で見た時、少し変わっていて印象的だったのを思い出す。若者なのに、子供のように無邪気で、純粋な雰囲気。彼もまた、特別な旅の一員として選ばれるに、ふさわしい気がした。
そして本題。
いい加減にセダンカに話すよう、王様が叱ると、ハッとしたセダンカは頭を振って、書類を手に、話し始める。
まずは、魔物出現の報告が随時上がる、ヨライデへの派遣。派遣国での活動内容について。
「これについては、魔物製品の輸出入が大きな部分で関係する。とはいえ、君たち5人でどこまで輸出が可能か、それも問題になる。その時により、魔物の数は一定しないし、5人という少人数には、倒す範囲自体に限度がある。だから、派遣先の国にも協力を願い、部隊を用意する方向も考えている」
セダンカの言葉にドルドレンは瞬き。ぽてっとした瞼なので重い。ちらっと部下を見ると、シャンガマックは可笑しそうに顔を向けた。フォラヴは微笑を浮かべたまま、空色の瞳を細める。
「そうか。俺が思うに、他の国に部隊を作る理由は、さほどないが」
「総長。5人だぞ。5人しかいないのに・・・例え、誰かが同行するにしても、騎士修道会の一つの支部と、同じくらいの人数が動くわけではない。
総長たちは、一度の戦いに、何百という数の魔物を相手にしたではないか。それを思えば」
「セダンカの配慮には感謝する。これが確かに俺たちだけとなれば、俺もそう思う。だが、俺たちだけではないんだ。この少ない月日で、味方が増えた。その味方は、1つの支部よりも強い」
ドルドレンの言葉に、フォラヴが続ける。『そうなのです。一緒に戦って下さる心強い存在が。今や私たちを応援して下さる。ご心配に及びません』微笑む妖精の騎士に、セダンカと王様は目を見合わせる。
「味方って。呼べばいつでも来るのか?そういう心配もあるぞ」
ヴィダルは確認のために、それをはっきりさせろと言う。『そりゃな、イーアンが龍に乗ったりして、遠征も勝ち戦で、北西は魔物の最後を迎えた。今日だってお前たち全員が龍に乗っているから、分からないでもない』しかし、とヴィダルが続けようとしたのを、総長は手をかざして止めた。
「大丈夫なんだ。ヴィダル。セダンカも。王よ、あなたは既に何かをご存知ではないかと思いますが、人間だけではないのです。味方は人間とは限らない」
セダンカ。顔を動かさないまま、目玉だけをイーアンにつーっと向ける。イーアンはセダンカの視線を捉えて、えへっと笑った。セダンカは目を見開いて固まる。
ドルドレンは、セダンカの意識を戻すために指を鳴らし、ハッとして自分を向いた彼に、咳払いして話を続ける。
「彼女だけではない。ここに同席させることはなかったが、同じくらい強力な仲間もいる。外にも待機している。魔物を相手に戦うことに、充分過ぎるくらいの信頼が出来る仲間だ。
人数で困るのは、発送のことくらいだ。回収作業時間、回収した荷の運びなど。発送する場所の確保、輸送中の荷の保障は、俺たちの手を離れるだろうが。人数で面倒があるとしたら、回収から発送まで、それくらいだ」
「その、そう、そうか。発送の手続き等は、地方まで手が届くか分からないにしても、大きな町ではすぐに対応してもらえるように、こちらから手配する予定だ。
輸送にかかる金額等は、地方の発送施設では現金扱いだろうから、それは機構の資金から渡す。また、大きな町の発送施設には、事前に手続き可能な状態を作るから、機構宛で発送し、代金が必要ないようには出来るだろう・・・・・
総長。話を戻すが、もう少しその味方について知りたい。人間ではない味方は安全かどうかも」
「話を遮らせて頂きますけれど、安全であると私からも言えます。セダンカ・ホーズ。あなたは今、人間だけとお話していると思われていますか」
セダンカ、心臓が縮む。柔らかな白金の髪を揺らした、貴公子のような上品な騎士に、危険な質問を受けた気がした。『君は。君、ええっと。イリヤ、彼は?フォラヴ?フォラヴ、何を言いたいのかね』どきどきしながら聞き返す。
「人間だけがこの場にいると、そう、思われていらっしゃらないかと。イーアンだけではありません」
目をむいて自分を見つめるセダンカに、フォラヴはちょっと笑い声を立てる。その声は鈴のように耳に心地良く、王様は彼の声を聴いて『そなたは妖精では』と呟いた。セダンカはビックリして王様を振り返る。
「殿下とは以前。私共の支部でお会いしていますが、その時は気づかれませんでしたでしょう。私の笑い声でそう思われましたか」
「そうか。そなたは妖精の子。そうか?鈴のように風を揺らす声と。私が物心つく前に、庭園で聴いたことがある。あの楽しげな美しい声と同じ」
「おや。そうでいらっしゃいましたか。王城の庭園は存じませんけれども、美しい植物が、豊かな愛情を受けて育まれますと、妖精も遊びに来ます。私は妖精の子ではなく、その血を引く者です」
暴露するフォラヴの涼しい顔に、ドルドレンは無表情で頷く。シャンガマックも目を閉じたまま、うんうん頷く。ザッカリアはレモン色の瞳でファラヴを見つめ『空の目のお兄ちゃんだと思ってた』と伝えた。
微笑む妖精の騎士は、ザッカリアを見てから『あなたもね』と呟く。
セダンカだけではなく、本部の者も、さっとザッカリアを見た。『ザッカリア・ハドロウ。君も』イリヤは濃い茶色の肌の若者を見つめて、首を振った。『南のブーバカル・バリーに、似ていると思っていたけれど』彼も不思議に思ったことを口にすると、ザッカリアは彼を見る。
「バリーは。俺の親戚。でも俺とバリーは違う。俺は空の子」
「ザッカリア。違うみたいですよ、空の子じゃなくて、龍の目なんですって」
イーアンはそっと訂正した。ザッカリアはイーアンを見て『そうなの?』と訊ねる。イーアンは頷いて『空で聞きました。あなたの種族は、龍の目ですよ』多分ね、と付け加えた。
二人の会話に、セダンカの息切れが、体を揺らすほど大きくなる。揺れ方が前後左右に激しいので、フェイドリッドは少し離れた(※寄りかかられたくない)。
「わ。わた。私の人生に。平穏以外の。私は。人間と思って」
「落ち着くのだ、セダンカ。そんなに怯えることもない。彼らは俺の部下だし、イーアンは俺の奥さんだ。自慢の愛妻だ」
「それは良いから」
イーアンに注意されて、ドルドレンは咳払いし『まぁ。そういうことだ。こんな具合で(※テキトー)人間じゃなくても、味方な上に、安全安心な相手である。他の者も問題ない』話を戻そう、と促した。
「そうであったか。打ち明けてもらえて、私も安心した。そなたたちは誠実であろう。そして仲間の絆を深めるには、心強い存在と思う。それではセダンカは少々息切れが激しいようだから、私が少し代わろう。
そなたたちを派遣する国は、ヨライデを打診。先達てヨライデ王国に、輸送手続き全般を伝える。
機構が取り扱う荷の大きさは、特定しない。形状・質は様々であろう。荷の形・数はそちらに任せる。極端な例で言えば、小包一つでも構わない。
船便は、荷が紛れるような話も聞く。大きな荷の方が扱いは安全に思うが、旅先の都合で、思うように荷を増やすことも出来ないであろう。それは総長たちの範囲で決めてほしい。
輸送内容に『魔物製物質』と正直に、記載出来ない場合もあると思う。それは、機構宛に無難な名称で発送してくれて構わない。
また、問題が起きた時を案じ、私の印章を付ける。イーアンに持たせた指輪のような物があるから、それを常に、荷に押してもらいたい。印章は後ほど、総長に渡そう。イーアンの持つ指輪と、総長が持つ印章は、役に立ちこそすれ、その身を危険に晒すことはないであろう」
フェイドリッドが、役に立たないセダンカの代わりに話を進め、この後、幾つかの質問を受け答えしてから、ドルドレンたち5人は、北西支部から、本部の機構帰属に変更する旨も、イリヤから伝えられた。
「扱いはこちらで。何かあってもすぐに対応出来ますから、総長たちが出発される日が決まり次第、異動手続きを行います。給与の面などもこちら扱いです。役職に就かれているのは、総長とイーアンだけですね」
「そうだ。他の3名は役職がない。手当ても特に今はないはずだ」
「旅・・・派遣から戻られた時は、改めて。状況に応じて、北西支部に戻すことも出来ると思いますが」
言い方に濁りがあるので、総長はイリヤの顔を見た。イリヤは少し言葉を選ぶ。
「総長他、4名の騎士。イーアンは騎士ではないですが、異動ですから。北西はこの前のクズネツォワ兄弟の分も、その前、クローハル隊長の部下の未補充も合わせて、8名の騎士を新たに当てる必要があります。
そうすると、総長たちが北西支部に戻った時、空き部屋の都合から、全員が戻れない可能性も」
ザッカリアは『俺。ギアッチと同じ部屋でも良いよ』と答えた。フォラヴが微笑んで『私はご近所でも良いわけで』とイーアンを見た。シャンガマックはちょっと考えてから『空き部屋の数は今』と総長に質問。
「把握していないが。ベルたちが移動する前でも、2~3部屋はあったぞ。俺たちも出たから、俺とイーアンの部屋も空いているだろうし」
「じゃ。俺たちが戻っても、空きがある可能性の方が高いですよね。俺は大丈夫そうですね」
イリヤはよく分からないにしても、彼らの話から、空き部屋はどうにかなる様子を知った。『空きがあれば、それは。問題ない範囲だと思います』でも8名は、新しく北西に入れるかもしれないことを改めて伝えた。
「それで。殿下に、あなたに言わねば。もしかすると、魔物の被害が深刻になるのは、ヨライデではないかもしれないのです。それはまだはっきり言えないですが、こちらの情報でそれを知ったので、この場で相談を」
「なんと。ヨライデ以外の国で、懸念があると申すか」
「その懸念は、あと何日、何週間で現実となって始まるか。ですから、先ほど話の上がった、輸送の手続き等、各国同時に進めて頂きたいのです。また、派遣先の国も、被害報告が出た国を率先して決定することが良いと思われます」
総長の話に、フェイドリッドの白い肌が青ざめる。ヨライデで魔物を確認する情報は入り続けているため、ヨライデであろうと予想していたものが、別国でもその可能性が『被害予告』として総長から告げられた。確かに、ティヤーの範囲でもちらほらと報告は上がり、危ぶまれていたが・・・・・
暫し沈黙が流れ、王は静かに頷いた。
「分かった。それでは一斉に。次の、各国合同会議に間に合うか、魔物の出現を知る由もないが。しかしその時には必ず」
王様は、彼ら5人が出発する前に出来るだけ、機構の国外受付準備を終えておくことを約束した。『ここまでも少しずつは進めているが、如何せん、相手の国の都合もある。早くに進め決定を教えたいが理解してほしい』王様の言葉に、総長はお礼を伝え、もしもの話もする。
もしも。間もなく出発することになった場合。急な出発だとしても、早馬で連絡はする、と。
「慌しく出ることも考えられます。それでも、支部に残る騎士たちに頼み、こちらに報告を入れるので、返事を受け取ることは出来ないにしても、了解頂きたい」
「そうしたこともあろうな。そう、偵察が主たる任務である以上、状況の報告を。一箇所に留まらない旅路において、こちらから伝達する術は、ほぼないが・・・そちらからは、手紙を頼む。宛先は、私でも構わないし、機構宛でも構わない。それにも印章を押してもらえば、無駄な煩いもなく届くであろうから」
王様の話はここから、少しの間。機構の話を離れ、旅の話に変わった。
旅路に必要なものを訊ね、騎士たちが自分たちの準備を進めていることを知り、何かあれば手伝うと話した。
ドルドレンたちに、王様の親切は有難く伝わったが、王様はそれ以上のことを本当は望んでいた。
本当は、自分だからこそ、何かもっと彼らの力になれるのではないか。自分の立場でも、旅を支える・・・離れたこの国から動けずとも、それが出来れば。その願いを籠めた言葉だった。
王様と騎士たちは暫く話し合い、セダンカも落ち着いた頃に、次の予定を告げられて、王様とセダンカは先に退席となった。騎士たちもそれを境に、本部での用事は完了とし、外へ出る。時刻は11時を過ぎた頃だった。
お読み頂き有難うございます。




