664. 本部と王と旅人たち
次の朝、オーリンが一人ここに来ても良いように、鍵は表の扉の近くに置くことにした。イーアンは朝一番で、黄色い珠を通してそれを伝えた。
休憩は家で休んでもらうことと、食事は持参するようにお願いする。鍵の置いてある場所を伝えると、オーリンは了解して、イーアンたちがいつ戻るかを訊ねた。
『思うに。お昼かしら。王様は忙しいから、多分話し合いと言ったって、2~3時間でしょう』
『あ、そう。じゃ、昼食は食べて戻るな。俺は自分の昼メシは持っていくよ』
イーアンはちょっと気が付いて『ちなみに。それ腸詰?』と訊くと、向こうで笑っていた。
『食べたいの?食べてくるんだろ?まだ仕込んで日数経ってないから、この前みたいじゃないぞ』
オーリンは、やんわり断っているようなので、イーアンは我慢する(※我慢ということでもない)。了解して、一応自分は、もしも昼食を摂ったとしても、腹6分目くらいで帰ろうと思うことは、伝えておいた。
交信を終えた珠を腰袋に入れて、イーアンはミレイオの作ってくれたタンクトップと普通のズボン、青い布を背に掛け、龍の上着を羽織る。手甲と脚絆も付けて、首にアオファの冠、腰に剣を下げる。
「この世界に来てから。身支度にあれこれくっ付けるようになりました。忘れ物がないか、毎回気になります」
よく忘れるのはアオファの冠で、最近はアオファも空に連れて行かれることが多いから、あまり気にしなくなってしまっている。『旅に出て忘れたら、これ洒落になりません』気をつけなきゃ、と【お出かけ前のチェック表】を用意しておくことにした。
振り向いて、伴侶に支度がすんだと教えると、伴侶は洗面所から『分かった』と返事をした。洗面所で15分も籠もる人ではないので、様子を見に行って『大丈夫?』と訊くと、鎧もつけて準備万端なのに、振り向く顔が困っていた。
「泣き過ぎた」
イーアンも笑って頷く。自分もよくそうなるから、気持ちは分かると言うと、ドルドレンは悲しそうに『目がここまで腫れたことは、子供の頃くらいだ』とぼやいていた。
メガネもサングラスもない世界なので、こればかりはどうにも出来ない。マスクを付けて行きたいと、本気で言うので『一人でマスクは不自然では』とは伝えておく。でも伴侶は、一重瞼になっても可愛いので、それも言うと『可愛いのも悪くないけれど』そう簡単に、納得できないよと首を振っていた。
ドルドレンの瞼の話をしていると、ドアが叩かれてミレイオと親方の声がした。ドルドレンの顔が嫌そう。イーアンは扉を開けて朝の挨拶をした。
「もう出るだろ。8時半、2分前だ」
「親方はどうしてそう、時間をきっちり把握されますか」
勘だ、と一言、返事を貰い、イーアンは黙って頷いた。
この人の勘は。祝福後、尋常じゃないくらいのレベルに上がっているから、ただでさえ勘が良かったのに、時間も分刻みでキャッチしていることには、あまり疑問がなかった。
「総長は」 「ドルドレン。行くんでしょ。早くしなさい」
ドルドレンはそーっとやって来て、親方とミレイオに顔を向けないように気を付けながら挨拶をして、そっと龍を呼び、そっと顔を背けながら乗った。
一部始終を見つめていた二人は、イーアンを見て『何だあれ』と訊ねる。鍵を閉めながらイーアンは、事情があることだけを伝え、暫くお顔を見ないであげて、とお願いした。タンクラッドは勘が良い(※×2)。『泣きまくったな』ふふんと笑う。
「そう、思われたとされましても、彼には言わないで下さい。心が感動して」
「あんた。バラしてるわよ」
む。ミレイオの指摘に、イーアンはパンクを振り返って『ミレイオは反応が早い』と誉めた。中年組は笑いながら、自分たちも空に浮かぶ。
「もう少しお待ち下さい。フォラヴたちがもう出てくると思います」
ドルドレンが先に龍に乗って上がってしまったので、釣られた中年組も浮上している。イーアンは彼らに待機してもらい、支部の方を見て待つ。少しして笛の音が響き、裏庭に龍が3頭降りてきた。
「あの子たち、裏庭から上がるのね。見えるわ。あんたも来なさい」
ミレイオに促され、イーアンもミンティンを呼んで、普通にミンティンの背中によじ登り(※ミレイオに『乗せてやろうか』と言われるが、丁重にお断りする)浮上する。
空に浮かぶ、龍の群れと刺青パンク(※この人単体)。ドルドレンは距離が開いていて『よし。揃ったか、では行くぞ』と、ちょっと大声で合図を出した。中年組以外は、総長が離れた先頭にいるのを、不思議そうに見ていたが、中年組に『気にするな』と言われ、そのまま後を付いて行った。
本部へ向かう空の道で、ミレイオはイーアンに寄る。
「昨日。大丈夫だったの?タムズは」
「タムズはあの後すぐ、普通の状態に戻りました。私はビルガメスに呼ばれていたので、それで午後はお話をしていました。タムズは今日は来ないかもしれません」
「そうなの。気に障ったか」
そのことは昨日の晩に、伴侶にも話したが、ミレイオにも伝えることにした。
「タムズに説明しました。どうしてドルドレンがそう言ったか。彼はタムズに、人のように振舞ってほしかったわけじゃなくて、彼の仕事の立場で、そうした仕組みがあると教えましたら」
「仕組み。立場上の。理解したの?」
「はい。おうちを建てる時、現場の長がいました。彼の様子を思い出したようです。それとドルドレンのお父さん。彼は馬車長だから、家族全員、連れている皆さんの世話を、一人で管理していることは、理解していました。
それと同じことがドルドレンにもある、と話すと、タムズは少し考えていました。考えるタムズに、ビルガメスは、彼に動きを休むように言いました。その場で直結せずに、空で休んでいる間に、違いを理解するようにと教えたのです」
ミレイオはゆっくり頷いて、『さすがビルガメス』と感心していた。イーアンも頷く。
「そうなのです。ビルガメスが怒ることはまずありませんし、彼が機嫌を損ねることも想像できません。
私が魔物を食べたということも、顔色を変えずに静かに『食べない、分かったな』と目を見て、言われまして。怒られないので、怖くはないですけれど、相手が従わざるを得ない術を心得ていらっしゃいます」
パンクは『あんたはビルガメスにまで注意されて』と笑っていた。ちょっと恥ずかしいイーアン。
「そう。じゃ、今日はタムズはお休みね。と言うべきか。もう来ないのかな。知るべきことは知ったのか」
それは分からないけれど、また用があれば、彼は来るだろうとイーアンは伝えた。タムズは、中間の地で手伝うと約束した。約束は守られるから、ミレイオが今後、彼と会えなくなることはないと思う。
イーアンの返事を聞いて、少し寂しそうに笑ったミレイオは『彼はとても素敵だった。いつでも近くで見たかったわ』と微笑んだ。
ミレイオと話していると、あっという間に王都の側まで進んでいたと気づく。『もう』ミレイオは森を越えて、向こうに見える城壁を眺めた。
「暫く、こっち来てないけど。飛んじゃうと早いわよねぇ」
同じことを思ったらしく、周りを飛ぶ騎士たちも笑みを浮かべて『早い』『呆気ない』と答えた。
イーアンはドルドレンに近づき、『自分はミンティンを降りて、本部に翼を出して向かう』と伝えた。ドルドレンは、ぽてっとした瞼で愛妻を見て、うん、と頷いた。それからドルドレンと騎士4名はそのまま、騎龍して本部へ向かった。
「あんたは?」
残ったイーアンを見て、ミレイオが訊ねる。ミンティンは大きいから、本部に降りられないと教えて、一緒に城壁の外に降りた。
「私も歩きね。こいつと一緒に外にいるわ。あの子たち、もう着いちゃったんじゃないの。早くお行き」
タンクラッドはイーアンを見つめ『大丈夫だぞ』と頷いた。イーアンはニコッと笑った。それから、終わり次第、連絡球を使うと伝えて、ぐっと意識を引き締めた。
垂れ目だけど、気を張ったと分かる顔つきに、ミレイオは『私もいるから』と小さく声をかけた。
「はい。頼もしいです。行って参ります」
イーアンはそう答えると、6枚の翼をびゅっと出した。朝陽を受けて輝く白い長い翼は、大きく上と左右に広がり、一度、勢いよく宙を叩くと、小さな体を浮かび上がらせる。イーアンは翼を傾けて、本部に向かって飛んだ。
見送るタンクラッドとミレイオ。イーアンの消えた方向を見つめ『あっちなの』『支部、前を通ったことはあるかな』と話す。
「でも、うん。やっぱり翼ってカッコ良いわね。私の妹だから(※私が重要)」
「そうだな。格好良いな。翼持ちとはな。俺の大事な女だ(※俺が重要)」
バカ言うんじゃないわよ、横恋慕のくせに! 親方は、ミレイオに小突かれる。ムスッとした親方は『妹、妹ってな。お前こそ、兄なのか、姉なのか紛らわしい』予てからの不明をこの際、嫌味で返した。二人は言い合いしながら、王都の門をくぐり、本部の方向へ向かった。
本部に先に降りたドルドレンたちは、次々に龍が降りてくるのを見た民衆に、騒がれていた。
屋根の一部は平たい屋上で、そこに龍は降り、全員が龍を帰すと同時くらいで、屋上に出てきた本部の騎士たちに迎えられた。
「おはよう、ドルドレン・・・目が」
「おはよう。気にするな。ものもらいだ」
「そうか。大変だな。全員龍で来たのか。どうなっているんだか」
笑うのはヴィダル。後ろに並ぶイリヤも挨拶して、鎧を着けた全員と握手をした。『久しぶりと言えるのはシャンガマックだけか。フォラヴは、はじめましてだな。ザッカリア・ハドロウとは、君か。もう少し小さい子かと思っていたが』イリヤは騎士の3人を見て微笑む。
「3人とも、顔つきが頼もしい。鎧姿も素晴らしいよ。ザッカリアは見習い騎士だね」
「そう。俺はこの前から、馬に乗れるようになったから」
言葉遣いが子供みたいで、イリヤは驚いた顔をしたが、すぐに笑って『そうか。旅に出たら馬に乗りっぱなしだ』と答えた。『旅』の一言が出て、ドルドレンはイリヤがもう、その話を何かで知っていると分かった。
それからイリヤは4人の後ろを気にし、『イーアンは』と訊ねる。フォラヴがすっと振り返って『来ましたよ』と微笑んだ。
ドルドレンたちが振り向く空に、6枚の長い翼を広げた人が現れ、それはすぐに降りてきた(※壁の外でわぁわぁ民衆が騒いでいる)。
ドルドレン自慢の奥さん、飛ぶイーアン登場(※ビルガメス自慢のインコでもある)。伴侶の、ぽてっとした瞼を見るなり、イーアンはちょっと笑ったが『やはり可愛いです』と伝えて、翼を畳んだ。
恥ずかしそうなドルドレンは、うん、と頷いてから、驚いて目を丸くしているヴィダルとイリヤに、改めてイーアンを紹介。『イーアンだ。見てのとおり、ほら。角も生えたし。翼もあるし。彼女は龍である』ってことで宜しくね、と総長は結ぶ。
「宜しく、って。お前、何言ってるんだ。龍?イーアンは、龍の形じゃないぞ。翼はあるし、それ・・・角か、角もあるけど。体は人間じゃないか。龍ってどういう意味で」
困惑してイーアンを見るヴィダルに、話すと長いので・・・そう、フォラヴが笑って済ます。イーアンも笑顔のまま『ついこの前、龍になりました』普通に挨拶。
とりあえずイリヤとヴィダルは、この状態のイーアンも受け入れたようなので、北西の騎士5人は安心して階下に進む。
ヴィダルもイリヤも、また、階段途中まで迎えに来た、機構の任務に就いた3人の騎士も。派手な鎧の北西の騎士と、なぜか背中に白い翼のあるイーアンを、何度も交互に見ていた。
1階の応接室に通された5人は、それぞれ長机に並ぶ椅子に座った。間もなくして、玄関が少し賑やかになり、イリヤが見に行くと、戻りにセダンカと王様を連れて来た。
王様は普通に入ってきて、北西支部の5人を眺めてから、イーアンに微笑み、そして固まる。
「イーアン。久しぶりに会ったと思えば。その、それは」
面倒臭いドルドレンは、イーアンより早く、先ほどと同様の説明をして(※説明になっていない)終える。イーアンは苦笑い。セダンカの目が落ちそうなくらいに見開かれて、自分を見ているので、そちらを見ないよう、下を向いた。
王様は椅子に座るよりも、そのままイーアンの席の後ろまで来て、大きな畳まれた白い翼を見つめ、髪の毛から覗く、白い小さな角に眉を寄せた。
「これは。龍の。そうか。その日が来たのか」
何かを知っているような言い方に、イーアンは振り向いた。『フェイドリッドは』言いかけると、青紫色の瞳は少し細められ、微笑みながら王様は頷く。『話だけは』そして小さく首を振って『私が知る以上のことが起こっている』と続けた。
王様は、イーアンの肩にちょっと手を置いてから『まずは話を』と言い、向かいの席に戻って座った。セダンカのガン見が凄くて、笑い出すイーアンに、ドルドレンも困って笑い、セダンカを注意した。
「そんなに見ることもない。彼女は龍の祝福を受けている。俺もだけど(※さりげなく自慢)」
「総長。初めて見る相手に等しいぞ。見るな、と言われても無理だろう。イーアンだが、イーアンじゃない。角と翼とは」
「だから龍なのだ。そういうものだろう、龍なんだから」
セダンカは首を振りながら、目の前で笑っている、くるくる髪の女から目が動かせなかった。
・・・・・荒っぽい恐ろしい女だと思っていたら、とうとう『龍』と来た。猛犬どころか、本性が龍と言いきられて、セダンカの脳みそはもう、飽和していた。
そんなセダンカに見つめられたまま、イーアンたちの会議は始まった。王様は横で口も開いて目も見開いているセダンカに失笑し、ちょっと小突いて『セダンカ』と名を呼び、彼に失礼を正すよう言わねばいけなかった。
お読み頂き有難うございます。




