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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
663/2952

663. 勇者の意味

 

 ドルドレンは、丘の上で過ごした。午後の日差しが少しずつ傾き始める。『勇者=』の答えに、少し自分で納得した後。ぼんやりと、風に吹かれて心地良い落ち着きを味わっていた。


 勇者=最強、ではない。勇者=能力高い、でもない。勇者=出来た人、でもなかった。『勇者だから、何しなきゃ、こうじゃなきゃって。何で決め付けていたのか。そこではないのだ、まだはっきり言い切れないけれど』頑張って成長するうちに、自ずと身について見えてくるかなと。ドルドレンは自己納得する。



 視界の半分以上が空。ぼーっと眺める、真っ青なこの空に、誰かが住んでいるなんて考えたこともなかった。ふと、イーアンは、もっと上にいるのかなと思う。タムズは。

『怒らせてしまった。どうしよう。謝りたい』許してもらえるか分からないにしても、あの優しい穏やかな男龍を、怒らせたことに謝りたく思う。思い出して、悩みが蘇った。


「嫌われたら困る。でもそれより、彼が怒っている方が気の毒だ。俺が彼の誇りを」


 困るドルドレン。何度も頭を掻いて、胡坐をかいた場所で、うんうん唸る。


「何も思いつかないのだ」


『教えてイーアン』の時間である、と思いつつ、そのイーアンがいないのでひたすら悩む。早く帰ってきて~ 3分に1回はイーアン帰宅の願いをかけながら、ドルドレンはタムズに謝る方法を考えた。



 そこでハッとする。連絡球。腰袋から取り出して、手に乗せて見つめる。『イーアン。話の最中だろうか』ビルガメスに説教されていないと良いけれど(※そんな印象)。


 ちょっとだけ、ぎゅっと握ってイーアンを思う。応答がない。イーアンは絞られているのか(※理由はとにかく)。『可哀相なのだ。イーアンだって、龍は好きでも、好きで龍になったわけではない。大変だ』魔物は食べてはいけないけどね・・・と、呟いて頷く。


『ドルドレン。食べていませんでしょう、あれ以来』


 イーアンの答えが突然頭に響く。急いで返すドルドレン。『イーアン。どうなのだ。どこなの、空なの』だと分かっているけれど、一応確認する。


『はい。空です。ビルガメスのお宅にいます』


『俺はタムズに悪いことをして。それで謝りたくて。でも本当にそんなつもりがないから』


『ちょっと待って』


 イーアンがそう言ったので、ドルドレンはギョッとした。まさか換わるんじゃ。


『ドルドレン』


 聞こえたのはタムズの声ではない、もっと低い厳かな声。『誰だ。ビルガメスか』もしかしてと訊ねる。


『ビルガメスだ。イーアンは少し話をしてから戻す。あまり来ない日が続いたからな。ちょっと呼んだ』


『そう。そうか。その、俺は今日』


『知っている。タムズの機嫌を損ねたな。フフ。しかし許せよ。彼は彼なりに努力して理解を進める』


『許すなんて。俺が謝りたくて、どうにかしたいのだ。彼の誇りを傷つける気はなかったのに、失礼なことを俺は』


『落ち着け。大丈夫だ。タムズはもう気にしていない。ただ、ドルドレン。お前も学んでみるかな。どうもイーアンは、お前とこれからも一緒に居たがりそうだし。そうすると、お前も俺たちを知らねばな。どう思う』


『学ぶ。俺が、あなたたちを』


『そうだ。お前はギデオンとは違う。俺はお前を信用している。タムズもだ。だが、龍と人間の違いは、埋まらないだろう?俺の母が、お前の遥かな先祖に期待したように、期待し過ぎは禁物だ。

 さて、どうなるかは賭けだ。お前はそこそこ、期待出来そうなんだがな。学んでみたいか。空を』


 ドルドレンは信じられなかった。『勿論だ』と答えて、その後、上手い言葉が見つからなくて困った。それが筒抜けで、ビルガメスは笑っているようだった。


『良いだろう。何か考えておくから、まぁ楽しみにしていろ。

 ドルドレン。お前に伝えておこう。俺は、イーアンが自分の命でも良いくらいだ。イーアンがお前を愛する以上、俺はそれに何も関わることはない。

 ただ、覚えておけ。イーアンがお前を愛するなら、俺もまた、お前を愛せるように見つめている。その重さを受け取れよ』


 ビックリするドルドレンの驚きは、言葉にならなかったが。ビルガメスは彼の心境でも伝わったのか、満足そうに笑ったようで、その後はイーアンに換わった。


『ドルドレン。お話出来ましたか。ビルガメスは愉快そうです』


『イーアン。話せたよ。俺は今日、天と地を同時に味わった。タムズを怒らせて、地獄の気分だった。ビルガメスと話せて天国のようなのだ。早く帰っておいで。ビルガメスのことを話したい』


 イーアンは笑った様子で、『今夜はおうちで眠りますよ』と答えた。お風呂もあるしと、緊張感のないことを伝え、それでは後でねと通信を切った。



 ぼんやりしながら、珠を見つめ、それから青空を見た。ドルドレンは、澄んだ灰色の瞳を太陽の光に輝かせて、深呼吸してから珠をしまう。


「ビルガメス。何て人なんだ。人じゃないけど。何て大きな。こんな存在、見たこともない。鳥肌が立つ。震える。心が満ちる。何て・・・・・ 俺は、俺は幸せ者だ」


 そして思い返す、素晴らしい言葉。


「彼は。イーアンが俺を愛しているから、自分もそうするって。そんなこと、言えるものなのか。とんでもない愛だ。これこそ本当の愛だろう」


 だから、俺にも空を学ばせようと。泣き虫ドルドレン。また泣く。涙がコロコロと落ち、光の宝石のように青葉にかかって、それは風に震えた。


 大好き、ちょっと呟いて。ドルドレンは、男龍が親のように思う(※実の家族はいないことにする)。『大好きなのだ。愛してると言っても良い。俺も彼らを愛そう。感謝して、気をつけて、大切にする』尊敬出来る相手がいる幸せ。憧れる相手がいる幸せ。それを心にしっかり刻んで。


 ドルドレンは立ち上がって、涙を拭い、ウィアドを呼んで跨った。青空を見ながら支部に戻る帰り道は、駆けることなくゆっくりと進んだ。



 おうちの前に戻る頃。職人たちも、片付けを済ませる頃だった。ドルドレンはウィアドに乗ったまま近づき、声をかけてお礼を最初に言った。


「ドルドレン。気分どう」


 ミレイオが微笑む。ドルドレンは頷いて『晴れたよ』と笑顔を返す。タンクラッドはそれを聞いてフフッと笑い、工具の箱を脇に運ぶ。オーリンも顔が笑っているが、何も言わずに木材を壁際に寄せた。


「有難う。俺は。その。また」


「明日ね。イーアンは?どうなの。来ないなら、私は朝からここにいるけど」


「そうだ、イーアンは今夜戻ると言っていた。ビルガメスと一緒で、夜は大丈夫そうだと連絡で聞いた」


 あ、じゃ。とミレイオ。タンクラッドも顔を上げて髪をかき上げ、『明日9時前か。本部の場所はよく知らないが』そう言うので、ドルドレンは早いけれど、8時半に支部に来てもらえば一緒に行こうと言った。


「そうしようか。8時半にここだな」


 そして彼らは明日また作業すると言って、片づけを終えた後に、短く挨拶を交わすと、それぞれの方角へ帰って行った。



 ドルドレンはウィアドにもお礼を言って、厩へ引き、ウィアドの部屋を掃除をして、水を替え、飼葉をたくさん置いてから、馬具を外して毛を梳かした。


 その後、支部へ戻り、執務室を覗くと『総長。明日の午後まですることありませんよ』と冷たく告げられた。でもそれは冷ややかな言い方の優しさと分かるので、ドルドレンは『お疲れ様』と呟いて扉を閉めた。



 夕食、どうしようかなと思いつつ。イーアンがいつ戻るか分からないので、家に帰る。イーアンは風呂に入るつもりだし、きっと空では食事も抜きだから、食事は支部で食べるはず。


 鍵を開けて中へ入り、家のランタンを灯す。夕方の日暮れに、穏やかな橙色の炎の明かりが揺らぎ、白い壁の部屋を、柔らかい温もりの色に染めた。


「家。落ち着くな、家。・・・・・タムズ、有難う。俺は。うん・・・もう、よそう。次に会ったら、すぐに謝ることにして」


 イーアンが戻る前に、風呂上りの着替えの支度や、寝床を整えて待つ。他にすることあるかなと見渡し、箒で床を掃いてみたりした。


 ふと、風呂の湯くらいは、用意出来ないかと、湯船を見て一応洗い流し、水を張る。外へ出て、夕暮れの暗がりの中、外壁の炉に火を焚いてみる。薪を支部の暖炉から一抱え貰ってきて、炉に火を熾した。暫く世話をして、炎が安定した所で家に入る。


「支部と同じ。これなら、火が消えるまでは温かい湯でいられる。一度焚いておこう」


 お風呂に張った水が温まるまで、ドルドレンはお風呂の部屋の扉を閉じた。外へまた出て、もう少し火を強くし、そのまま40分くらい、火の世話をしていた。辺りはとっぷり暗くなって、外の炉の明かりだけが見える。

 取っ手の付いた金板で、炉の手前に戸を当てて、家に入る。風呂へ行くと、湯気が立ち始めていた。『うん。1時間もすれば入れるな』ドルドレンは満足。食事だけは支部で食べて、風呂はうち。


「早く帰ってこないかな」


 きっと喜ぶな、と思いながら、窓の外を見る。どっちの空から戻ってくるのか。そんなことを思うと『天窓。作っておけば良かった』ちょっと後悔した。



 天窓あれば良かったな~と呟きながら、ドルドレンが背中を向けた時、後ろから光が差した。ハッとして窓に向き直ると、イーアンの白い光が輝いて空を照らした。


「イーアンだ。イーアン、イーアン」


 外へ出て、ドルドレンは手を振って名前を呼ぶ。白い光はどんどん近づき、真っ白い龍がアオファと一緒に帰ってきた。地鳴りのような大声で空気を震わせて(※『ただいま』のつもり)白い龍は煌々と辺りを照らして、おうちの敷地外へ降りた。アオファも光を和らげながら、定位置へ降りてすぐに眠る。


 ドルドレンは駆け寄って、白い龍の足元へ行き『イーアン、お帰り』と笑顔で叫んだ。龍は大きな首をゆっくりと伴侶に向け、もう一度光を放つと、人の姿に縮んでイーアンが現れた。

 イーアンは笑顔で両手を広げて、ドルドレンを抱き締める。『ちょっと遅かったですね。ただいま戻りました』そう言うと、ドルドレンはすぐにイーアンを抱きかかえて、ちゅーっとキスして首を振った。


「帰ってきた。うちに。嬉しいよ、嬉しい。お帰り。掃除をしたよ、風呂も沸かした。風呂に入れる」


 食事は支部だけどと言う伴侶に、イーアンは大喜びして、伴侶の首に両腕を絡ませ、頭を抱き寄せてお礼を言った。


「素敵!お風呂がおうちで入れます。有難う、ドルドレン。とても嬉しいです」


 二人は家に入り、風呂の様子を見る。湯気立つ部屋にイーアンとドルドレンは顔を見合わせて笑う。『嬉しいね』『嬉しいです』お風呂に入りたい、と言って、イーアンは早速お風呂。ドルドレンはちょっと見つめて『一緒に入れると思う』と呟く。


「そうですね。じゃ。家ですから。一緒に入りましょう」


 イーアンが照れたように笑って頷いたので、ドルドレンは最高の気持ちだった。晴れて、念願の一緒にお風呂。二人はテレテレしながら、初めて焚いた風呂に入り、広い湯船で一緒に温まる。でもドルドレンが望んだ展開はなく、体を触っていたら注意された(※お夕食がまだです、と言われる)。


 健全にお風呂を上がり、きちんと髪の毛を拭いてから、二人で一緒に支部に食事へ。早く家で、食事を作れるようにしようと話して、夕食を食べて家に戻る。


「湯冷めしない距離。冬は分からないけど」


 支部のすぐ横というのも都合が良い、とドルドレンは言いながら、おうちに二人で帰ってきた(※頑張っても徒歩1分)。



 家の時間をじんわり味わいながら、二人は居間の長椅子で、今日の話をする。


 イーアンの話は、長くなるということで、ドルドレンから話した。

 イーアンが連れて行かれた後、ミレイオたちと話し合ったこと。午後は仕事にならず、執務の騎士に外に出るよう言われて、丘で過ごしたこと。勇者について考えたこと。そしてタムズに謝りたい気持ちから、ビルガメスに言われたことまで。


 この間、イーアンはドルドレンを見ながら、心配そうに口を開きかけたり、何か言おうとして黙ったりを繰り返し、伴侶がすっかり話し終わって微笑んだ時、ようやく息を大きく吸って頷いた。


「一番の気づきは、俺が勇者でも強さに必死にならなくて良いことだ。勘違いされかねない表現で、上手く言えないけれど」


「勘違いしません。分かります。あのね、ミレイオが、お皿ちゃんを作って見せて下さった日。あの方の彫刻の説明を聞きました。その話をしましょう」


 ミレイオの彫刻に、天から龍が、地下を割って地下の住人が腕を絡める構図が見える。その二方の腕の絡まる中に、赤ん坊のように体を丸める小さな人間がいると教えた。


「知っている、覚えている。あれは少し気になった。印象的な・・・心を打つものだ」


「あの人間を指差したミレイオは、『ドルドレンよ』って仰ったのです。他の誰かではなく、あなたの名を呼んだの。その後、続けて説明されました。

 人間は龍の強さも、地下の住人のような強さもないけれど、だけど両者を繋ぐ、偉大な弱き者として成長を続けると」


 ドルドレンはそれを聞いた途端、ぎゅっと眉を寄せて目を瞑った。『俺は泣いてばかり』泣かない!と首を振る伴侶が、涙を我慢していると分かって、イーアンは彼の頭を抱き寄せた。


「心を打たれ、泣いていけないわけ、ありません。心が豊かなのです。ミレイオは、人間がどんな役割を持っているか、ちゃんと知っていらっしゃるのです。ドルドレンが勇者であることも、その理由も」


 一生、ミレイオに敵う気がしないと、頭を愛妻の胸に付けて呟くドルドレン。イーアンは微笑んで頭を撫で『私も同じです。あの方は心の師なの』そう答えた。

 頷くドルドレンは、自分が気が付いたことを、ミレイオはとっくに知っていたと分かり、言い知れない深い愛情と安心を感じた。


「あなたは偉大な弱き者。それは誇り高いことです。これは私の意見ですが、弱いことが『勇者』の足を引っ張ると思えないのです、私」


「どうしてそう思うの。勇者って魔物の王を倒さないといけないのだ。弱かったら倒せないぞ」


「そうですけれど。弱いまま、立ち向かうわけではないでしょう?強くなれるのです。弱いから強くなれるの。あなた、とっても弱い地点から始めるのでもないし。基本を押さえている状態で、もっと強く成長することは、元から完璧な人たちには出来ません」


「でも自信が難しいよ。俺より旅の仲間の方が強い」


 愛妻はニッコリ笑って、ドルドレンの頬を撫でた。『あなた。私に自信を持たせて下さいました』何だと思う?と訊く。分からない、と答えるとイーアンは頷いた。


「あなたの強さはね。大きな大きな愛情です。それは出会う人を励まし、力を与えて下さいます。あなた自身も、ご自分にそれをして良いのです。

 今日、あなたは初めて、自分にそうすることを許しました。あなたの言う『弱くて良い気づき』のことです。無理に強くなければと自分を引っ張るよりも、弱くて良いから前を向いて進もうと、それがご自分に言える心を開きました。

 ドルドレン。偉大な弱き者は、成長するのです。その成長は、生まれ持った強さを秘める、龍や地下の住人を、時として遥かに上回るでしょう。そして誰もが、そんなことが出来るわけないのです。誰もが勇者になれるわけではない。

 精霊があなたを選んだのは、あなたが成長する偉大な弱き者と認めたからです。私たち龍や、ミレイオやコルステインを超えて、計り知れない強さを愛から生むことが出来る、あなただから」


 優しく、低い声で教えるイーアンの、その鳶色の瞳がよく見えなかった。


 ドルドレンは、彼女の顔を見つめて、話に耳を澄ませていたけれど、鳶色の瞳はいくつもの光の粒のように見えて、ぼやけた視界はどんなに手で拭っても、暫くぼやけたままだった。



 頬がびっしょり濡れるほど、涙を流す伴侶の顔を、手で包んだイーアンは、微笑みながらその顔に沢山キスをした。額にも、瞼にも、鼻にも、唇にも、頬にも、沢山キスをして『ドルドレンだから、勇者なのよ』と何度も教えた。


 自分の顔を包むイーアンの手に、手を重ねて、ドルドレンは泣き止むまで、一生懸命頷いた。ビルガメスが認めた相手は、ただの人間じゃないし、勇者だからではないの、とイーアンに言われて、それもまた泣いた。

お読み頂き有難うございます。

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