662. 勇者って何だろう
イーアンを人間扱いしていると思って、怒った。人の習慣を、そういうものと摺りつける。ドルドレンが、タムズにその理解を願ったから、タムズはイーアンを連れて行った。
ミレイオは、回りくどくならないよう、目の前で黒髪に両手を当てて、項垂れ座る騎士に伝える。
「だと思うわよ。イーアンがどう思うかは、もう別個。別なのよ。彼は『彼女に教えるために来た』って、最初も話してたもの」
「タムズが来た時、総長は、後からここに来たからな。直に話を聞いていたら、少しは言葉のかけ方も違ったかも知れん」
ミレイオとタンクラッドの言葉に、自分はイーアンに詳細を聞いていたから知っていると、ドルドレンは答える。
「でも『知らなかった』って感じよ。思うんだけど、理解って言葉じゃないわよ。感覚で覚えないと。知識と一緒よ、感覚に移さないと、知識って、知恵にして蓄えられないでしょ。
あんたは、タムズに触れる時間で知ったわけじゃなくて、自分なりに聞いた話をまとめていたのかも」
そう言われて、大きく溜め息を吐くドルドレン。タンクラッドは総長を見つめ、自分が最初に、タムズと話したことを教えた。
「一番最初はな。彼は来るなり、俺とミレイオを無視して、イーアンと話し始めた。イーアンが俺たちを紹介すると、タムズは一言『いても構わない』と許可を出したんだ。ここに先にいた、俺たちに。
それから、イーアンに用事を伝えて、彼はイーアンと一緒に少しの間、動きたいと言うんだ。俺は口を挟んで、その意味を質問した。すると彼は静かに俺に答えた。『君に訊いていない。君は人間だから、自由にすると良い』ってな」
「そうよ。私、コイツと同じと思われたくなくて、黙ったわよ。私も、質問したかったけど・・・でも結局さ、後からそれを言われたの。
イーアンが龍の自覚を持つために、相談相手が要るだろうけど、それは、地下の私や、人間のタンクラッドじゃなくて・・・龍の自分が、相談相手になれるよう、この地上を経験して理解を深めるんだって言うの。もう『お前たちは関係ない』って、早い話が。私たちじゃ、男龍の役に立たないわけよ」
ドルドレンに教える、タムズとの最初の会話。黙って耳を傾け、頭の中で忙しく解釈する、黒髪の騎士。
ドルドレンは、タムズとイーアンが二人で帰ってきた日の印象が最初だから、そこまで感じていなかったことを、今更知った。
ミレイオはドルドレンに、『話し変えるけど』の前置きを入れて、サブパメントゥの話もする。コルステインを従える立場である、ドルドレン。自分も側にいるが『扱い間違えると、怪我するだけで済まないこともある』と教えた。
「でもそれが、あんたの務めなのよ。あんた勇者。仲間に、人間とそうじゃないのがいるでしょ。あんたの言うこと、相手は聞くわけね。聞くというよりは、協力なんだけど。
そこの境目を一回でも見失うと、後が面倒かも。感覚が元から違う分、分からないことって出てくるじゃない。さっきのタムズみたいに」
「それが人間の感覚だろうか」
「どうだろ。それだけに固定するのは、難しいけど。とにかく、あんた相当、出来てないと。厳しいでしょうね。賢いし、優しくてイイコだけど、まだもうちょい・・・修行中かな。ギデオンみたいに、パー過ぎれば、気にもならないでしょうけど」
それは比較に出すな、とタンクラッドが眉を寄せる。ミレイオは剣職人に、据わった目を向けて首を振る。
「だって。バカ過ぎるから、可能だったのかも知れないじゃない。常識も良識も、ぐちゃぐちゃな頭だったから、どうにか最後までイケたって可能性もあるでしょ?もしかしたら、それが当たりかもよ」
「バカ過ぎる勇者。それ、イヤだな、知ってても手伝うの」
オーリンが苦笑いで嫌がるので、ミレイオは彼を見て続ける。『だからさ、あんたの種族も交代しちゃったんじゃないの?あんたたち、気楽みたいだけど。そんなあんたらにも、嫌がられる勇者』それもアリよ、と言う。
「言われるとそんな気がしてくる。どうしてロクデナシの男に、勇者の立ち位置が務まったかと・・・俺も不思議でならなかった。何でまともだったはずの『俺』じゃなかったのかとさえ、思ってしまったことは、実は何度もある」
「あんたが勇者じゃ、誰も付いてこないでしょ。キッツキツの俺サマだもの。
そうじゃなくて、救いようのない天然前向きなバカか、理解力抜群で博愛献身性質か。両極端のどっちかに成れる?」
ムリ、と呟いて、親方は目を閉じた。オーリンも黙って頷くのみ。ドルドレンはぐったりしていた(※いろいろ心に刺さる)。そして4人の間に沈黙。昼休みもそろそろ終わる時間と、総長以外は時計を見る。
「俺は。イーアンが龍として、ちゃんと誇りを持って頑張れるようにと。昨晩もそれで『角を出したまま、本部へ行こう』と言ったのだ。男龍の気持ちは、聞けば聞くほど分かるような気がして」
ドルドレンは困って、両手で顔を拭った。タンクラッドが何かを言おうとして、オーリンが先に声を掛ける。
「総長は良い男だよ。タムズも言っていたけど、俺もそう思う。理解力もあるし、寛容だし。その年で、大したもんだ。本当にそう思ってるよ」
ドルドレンは灰色の瞳を悲しそうに、弓職人に向ける。何度か頷きながら、その瞳を捉えたオーリンは続けた。
「だから、気を配る分、大変だろうけど。今、勇者の前に、総長だしな。立場があるから、仕事で本部に行くからには、って思ったんだろ?
タムズに、それは分からないよ。仕事の意味も金も知らない。空に金はないし、仕事もない。男龍たちが裸なのは、彼らが空の空気から生まれているからだ。それも体の半分以上が龍だ。7割くらいか(※これ当てずっぽう)。誇り高さなんて、想像つかないくらいの相手だ。
聞いたか?卵の生まれ方。手の平、合わせて気体から卵が出てきて。次に、女の精気を受けて、命と体を得るんだってさ。そんな彼らは丸きり、何もかも全然、ここと違うわけだよ」
総長だけが悪いわけじゃないからさ・・・オーリンはそう言うと立ち上がって『元気出せよ。多分、イーアンが空で、同じことを言ってくれるよ』と、ドルドレンの肩を叩いた。
「俺は馬車の続きをやりに行く。イーアンは今日、戻ってこないかもしれないけど、連絡は取れるだろ。じゃあな」
タンクラッドとミレイオも立って、窓から出る。『明日。イーアンが行くなら、私も行くから』時間だけ教えて、と言う。ドルドレンは、9時には本部に到着することを伝えた。
「うん。分かった。じゃあね」
「俺もな。イーアンが行くって分かれば、外でコイツと待つくらいはするつもりだ。9時前にイーアンと連絡取れたら、まぁ。行くから」
見るからに落ち込んでいる総長を、気の毒に思う。小さく頷く総長を残し、二人は馬車作りの場所へ歩いた。
ドルドレンは溜め息を何度もつく。赤かった毛皮のベッドは、知らない間にピンク色で柔らかい印象。今、自分が座るそのベッドに座っていた、タムズを思う。撫でてくれたタムズ。怒ったタムズ。
「彼は優しい。とっつき易い気がしていたのか。俺は、つい甘える(※ホントに甘える人)。
思えば。イーアンが攫われた夜、ルガルバンダ以外の4人が来た時。タムズはビルガメスと同じように静かで、手前の二人のような怒り方をしなかった」
彼を怒らせるなんて、思わなかった。それが本音で、人間扱いしたわけではないのにと、言い分けじみる。言い訳に気がついて、また溜め息。でも実の所、言い訳なのかどうなのか。やはりピンと来ない。
「俺は理解していると思っていた。だから、何があっても自分が対処する場面だから・・・タムズに、嫌なことをさせないよう、見ていてもらおうと。まさか、その部分が彼の気に障るとは」
はーっ・・・ 大きな溜め息をついて、がっくり頭を落とす。言葉の選び間違いか、感覚の間違いで。男龍の機嫌を損ね、愛妻を連れて行かれてしまった。こんなことも起こしてしまう自分が、この先、勇者として、それぞれ種類の異なる仲間を率いるのか。
自分も龍だったらなと、ドルドレンは叶わぬ夢を願う。『それなら、少しは自信も出たかも』小声がくぐもる。
「何で俺が、勇者なのか。タンクラッドには頭の良さじゃ敵わない。ミレイオにも叱られたり、説教を食らう。強さで言えば、イーアンの方が遥かに強い(※奥さん最強)。
オーリンみたいに、空へ行くことも出来ない。フォラヴは妖精の血が入っているから、変な能力も使えるし。シャンガマックは精霊と魔法を操る。ザッカリアなんて子供なのに、空の民じゃないかって。俺、俺は。何で俺が勇者なんだ」
だって、これから会う仲間だって、こんなのばっかりだろ~・・・弱音を吐いて、頭を抱えるドルドレン。
「俺は、ただの馬車の民だ。家系は、おかしな狂ったヤツばっかり(※今や、初代勇者と2代目勇者も含む)。ジジイも親父も、色キ○ガイ。どうにか俺はまともでいようと、ここまで来たけれど。特に何が出来るわけでもない。経歴は『戦える』それだけだ。
折角、仲良くなってくれた男龍だって、バカやって追い返して。こんな俺で、勇者なんか出来るのか」
涙が出そうになって、『お前最近、毎日泣いてる』と言われたタンクラッドの言葉が過ぎり、『ぐっ』と声を漏らして我慢する36才、総長。
自分がとても弱く感じる。どうして自分なのかと、度々感じることはあっても、イーアンと一緒に頑張ろうと思いながら、深く考えないようにしていた。だけどイーアンは瞬く間に成長し、龍になってしまった。俺は何していたんだろう。
悩める思考は止まらない。タムズを怒らせたことから、勇者の選択肢が自分に振られた疑問、続いて、イーアンの存在に頼る不安へ、ドルドレンの掻き乱れた思考が暴走する。
「イーアン。君がいなくなると、俺は途端にどうして良いか分からなくなる。
龍のイーアンだから、好きなんじゃない。人間のイーアンじゃなきゃ、好きなわけでもない。俺と出逢った、泉のイーアン。そのままだよ。今もこれからも、そのままのイーアンが好きなのだ。
龍になったから、こんなことが起こると、俺の側から離れてしまう。でも、いつでも側にいてくれ。弱気になるよ。今俺は、どうしたら良いのか」
イーアンが連れて行かれた空を見上げ、窓を開けずに呟く気持ち。いつまで悩んでもどうにも出来ないので、ドルドレンは少ししてから、重い腰を上げて執務室へ戻った。
それから仕事をしたけれど、全然身が入らなくて、執務の騎士に『外の空気でも吸って来い』と出される(※人情のある人たち)。
ドルドレンは午後。久しぶりに、ウィアドに乗った。ウィアドは、定期的に運動させてもらっているようだったが、最近は食っちゃ寝が多いらしく、少し太っていた。
「ごめんな。龍で遠出が続く」
そんなもんだよと悟りの目を向けられて、目を見れないドルドレンは、背に布を敷いて鞍を乗せ、頭絡を掛けて、手綱を引いて一緒に厩を出た。
「お前と一緒に走るのも。もう暫くはなくなるかも知れん。俺は旅に出るのだ。そう・・・旅」
正門から出て、ウィアドに跨ったドルドレンは、裏庭の外から抜ける『二人の場所』と名付けた丘へ行こうと決めた。『家の前を通るから、駆け抜けるか』あまり職人たちに見られたくなかった。
「ウィアド、駆けるぞ」ドンと合図すると、青い金属質な毛色の馬は走り出した。少々コロッとしたとはいえ、ウィアドは駿馬に劣らない速度を出す。あっという間に速度を上げて、塀の外を駆け抜けた。
馬車の中に入っているらしい、ミレイオの姿は見えなかったが、オーリンとタンクラッドが目端に映った。
声を掛けられないように頭を伏せて、ドルドレンはウィアドと一緒に走り去る。どんどん加速して、春の草原を風を切って走り続けた。
馬の足音を聞いて、横を向いた二人の職人は『総長』と呟いて終わった。オーリンとタンクラッドは目を見合わせて、何も言わずに自分の作業に戻る。何となく、総長の気持ちが分かる気がして、放っておくことにする。
「泣くよりは。総長っぽい動きかな」
ちょっと意地悪な独り言を呟き、親方は笑った。強くなれよと思いながら、泣き虫な総長の、馬を駆ける姿を『前向きな解消法』だと思った。
二人の場所、と名付けた丘へ着いて、ドルドレンは手綱を緩めた。風は暖かで、丘には小さな野草の花が咲き誇っている。イーアンにも見せたいと思う。空から戻ったら。時間があったら。思い出したら。
「いや。今は俺一人。そう、こういう時間も大事だ」
すぐにイーアンを思う自分がいる。でも、それではいけない気がした。
総長になった時も、こんなふうに思ったことがある。それを思い出した。あの時は一人だったし、魔物退治に追われ、精神的にもギリギリだった。
「ベリスラブが消えて。彼の立場を、俺が引き継いで。俺は潰されそうだった」
副総長のチェスティミールも同時に消えたから、ドルドレンが引っ張り出された。騎士修道会一の強さと言われ、それは自慢どころか、苦い思いをするだけの言葉でしかなかった。でもそれが理由で強制的に、総長の座に着かされた自分。
「何が、騎士修道会一だ。自分の隊しか守れなかった。ついその前まで、俺の隊だった部下が、別の隊で戦いに出て死ぬ。何十回繰り返したか。何百人、死なせたか。部下を守れもしない隊長だった俺に、何が強さだ。皮肉な役回り」
そう呟いた時、そこで止まった。皮肉な役回り。それこそ、今じゃないかと感じる。
丘を吹く風に髪をなびかせ、ドルドレンはウィアドの手綱を離して、草を食べさせた。自分は、丘の端に座り、遠くの海に見える水面の輝きを見つめる。
苦しい時。支部に戻ると、晴れていた日はここへ来た。誰も来ないこの場所に、一人でこうして座って。いつ終わるのかと思いながら、抜け殻のように過ごした。
「もう。ハイザンジェルでは、魔物は終わった。終わったのだ。そしてまた新たに、どこかで」
俺の戦いは終わらないのかと、ドルドレンは目を閉じる。でも。でも、これからは。
「俺は一人じゃない。部下ではなく、俺と共に生きる仲間と一緒に。彼らは・・・そうだ、彼らは部下じゃない。彼らは俺よりも強く、経験豊かで、賢く、知恵に恵まれている。俺は彼らを守るだろうが、彼らも俺を守る。俺と彼らは、同等」
同等・・・・・・・・・・・
一番強くなくて、良い。それに気がついたドルドレン。
口に出してもう一度言う。息が荒くなる。『彼らは、俺と同等』俺より強いかも知れず、俺よりもいろんなことが出来る、仲間がいる。『俺だけが彼らを守るわけじゃないんだ。彼らも俺を守ってくれる』そう呟くと、わっと涙が溢れた。
一人で気を張った時間が霧散する。全部の責任が、肩に圧し掛かっていた、長く果てない枯れた憔悴に終わりが見えた。それは終わりで、続きに光の差し込む始まりが見えた。
「俺は一人じゃない。俺は弱くても良い。勇者だけど」
ドルドレンは、溢れる涙を何度も手で拭いながら、笑っていた。情けない勇者だけど、良いんだと思えた。俺が一番強くなくて、大丈夫なんだ、と。仲間の皆にそれぞれ役割があると、シャンガマックが言っていた。俺の役割もまた、その並びにある。
これまで『勇者だから』一番、強くないといけないのかと、疑問しかなかった。そうじゃない。そうじゃなかったのか。一緒で良いんだ。強さの上下なんかじゃなく。
「そうじゃないんだ」
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に、心から感謝して!有難うございます!とても嬉しいです!!
うっかり冒頭に貼ってしまったので、こちらに移動したのですが、『A Thousand Years』 (~Christina Perri)とっても有名な曲で、この曲が何となく。今回の『勇者って何か』を書いている間に浮かびました。
歌詞と回のイメージは直結しないですが、誰もが、誰かが、ずっと待っていた相手。って、現れたらどんな気持ちになるだろうと思うと。すごーく有名で素敵な曲です。ご存知な方も、はじめましての方も、ご関心ありましたら是非!




