661. お昼の混乱
タムズは決して、意見を曲げない。本当に、どうしてこんなに意地が強いのか、と思うほど。笑顔で優しく、強制的に押し通す。
彼と一緒に時間を過ごすのは、まだ少ないとはいえ、タムズが一度口にすると、殆どのことは実行される印象しかなかった。ダメと言われようが、お願いと言われようが、彼は絶対に自分の意思を貫く。
「タムズは。ズィーリーのお子さんでしたね」
「そうだよ。どうして急にその話をするのかな」
「ズィーリーは、自分から求めない方だったと聞いていましたので。タムズは積極的でいらっしゃいます」
ハハハと笑うタムズは、イーアンをベッドの側に呼んで腰掛けさせ、その鳶色の瞳を見つめて微笑む。
「親はズィーリーだけではないよ。男親もいるだろう。私の父親の彼は、とても積極的で、目的が必要であると判断すると、まず諦めなかったね。ビルガメスには弱かったみたいだけれど」
イーアンは大きく頷いた。おじいちゃんに頼むか。それしか、タムズを止める方法がなさそうな気がする。
「イーアン。ビルガメスに相談したそうだけれど。彼はきっと、私を止めない。反対に、君に考えるよう、諭す時間を作ると思う」
ぐぇ~ それも有り得る~・・・・・ 眉を寄せるイーアンに、タムズは可笑しそうに笑って女龍の頭を撫でた。『ビルガメスのお説教の方が、イーアンは困るんじゃないのか』いつも見ていて思うことを伝えると、イーアンは項垂れる(※お説教キライ)。
諦めなさい、とタムズに背中を撫でられても、イーアンは頷くに頷けず、どうにか断念してもらいたくて、一生懸命に知恵を絞った。
イーアンが唸って悩んでいると、工房の扉がノックされて開いた。ドルドレンが戻ってきて、ベッドに座るタムズを見て、目を丸くした。
「タムズ」
「おはよう。ドルドレン」
ドルドレンは駆け寄って、タムズの前に跪いてその手を彼の膝に乗せ、驚いている男龍を見上げて言う。『心配した。大丈夫なのか。体が苦しかったのだろうか。俺たちの馬車を運んでもらって』ドルドレンが早口で心配を告げると、タムズは黒髪の騎士の口に、ちょっとだけ手を当てて黙らせた。
「そんなに弱くないよ。心配かけてしまったようだが、これくらいのことで男龍たる私が、どうにかなることはない」
ドルドレンは、大きな手が口に触れて恥ずかしそうにしながら、『そんなつもりではなかった。でも、すまない』と素直に謝った。タムズは微笑んで、ドルドレンの頬を撫でて『有難う』と答えた。
イーアンは、この伴侶を見ていて、本当に大好きなのねと改めて納得した。駆け寄って跪くとはビックリしたが(※タムズも驚いていた)よほど、気掛かりだったのだと分かる。そして、触ってもらって嬉しそう。
「ところでね。ドルドレンにも言っておこうか。私は明日、君たちと一緒に王都へ行くよ」
「え。タムズが王都へ。何か用事があるのか」
「そう。君たちの話を聞く。この国の王もいるらしいから、彼も見ておく」
ドルドレンの灰色の瞳が丸くなる。『それは』驚いて、イーアンを見るドルドレンに、イーアンは困った顔を向けて、首を傾げた。
「旅のことに関わる話は、私も聞いておいておかしくはないと思う。提供する人々はお金や約束をするのだろうけれど、実際に旅に出ない。私は君たちの旅を見守るし、必要なら支えもする。私がそこの場にいることはおかしくないね?」
ドルドレンは『おかしくない』と頷いた(※パパ似)。イーアンは目が出るかと思うくらいに見開いて、ビックリした。『いけません、ドルドレン。しっかりして』違うでしょ、と伴侶の腕に縋る。
「でも。タムズがいてもおかしくないのだ。そう、思う・・・・・ 違うかな」
「ドルドレン。私をご覧。そうだ、私を見て。私は君たちを守れるよ。イーアンと一緒に、龍は旅路を進む勇者たちを支えるだろう。そうすると、明日。私が君たちの話を側で聞くことは、ちっとも変じゃないんだ」
「変じゃない(※やられた)」
ドルドレンは、完全にタムズに言い負かされ、ぽや~っと赤くなっている。そっとタムズの腰に貼り付いて、頭を撫でられ、幸せそうな伴侶。黒髪の騎士の頭をナデナデしながら、タムズはイーアンを見て『ほら。大丈夫だね』と微笑んだ。イーアンは苦笑い。
「タムズは。知っていて、そう」
「何を知っているのか。彼は、私の意見を認め、同行を許可した。こんなに忠実に、龍を慕う男で嬉しい」
ナデナデされる伴侶が、めっちゃめちゃ嬉しそうなので、イーアンは笑うしか出来なくて頭を支えた。タムズが手を止めてドルドレンを見ると、彼はさっと灰色の瞳で見上げる。
「君は、私が好きなんだね」
「好きだ」
もう。どうして良いか分からないイーアンは、ベッドに突っ伏して笑った。伴侶がしっかり、男龍に『好きだ』と躊躇なく返答してしまうとは。タムズも笑っていた(※『素直で忠実は宜しい』と認める)。
ドルドレンは、気持ちを伝えられたことと、タムズが自分の気持ちに気が付いてくれたことが、とても嬉しくて、満面の笑みで体を起こした。タムズが『もう少し、ここにいても構わないよ』と言うと、即、跪いて元通り、腰に貼り付いていた。
タムズはドルドレンの頭をナデナデしながら、ベッドに倒れて笑うイーアンに起きるように言い(※イーアンにはきちっと躾)『ミレイオたちは行くのか』と訊ねた。
「彼らも来るかも知れませんが、話し合いには参加しません。騎士修道会という、この仕事に所属している私やドルドレン、他3名の騎士たちが話を聞くためです。
ミレイオたちは、職業が異なるため、目的の旅に同行するとしても、話し合いをする建物の中には入らず、外で待つと思います」
タムズはそれを聞いて、ちょっと考える。『そうか。彼らの話も聞きたい』イーアンに、ミレイオたちはどこにいるのかと訊ね、家の庭で馬車を作っていることを知ると、彼らと話すと言った。
「ではね。ドルドレン。私は、ミレイオたちの話も聞くから」
やんわり離れるように言うと、満足そうにドルドレンは外れて『嬉しかった』と笑顔を向ける。タムズは『君が勇者で良かった。助ける気になる』私は恵まれているらしいと笑っていた。
それが、ギデオンと初代勇者のことと分かるので、ドルドレンは少し寂しげに頷いた(※俺の先祖がごめんなさいの気持ち)。
それからタムズは窓から出て、おうちの方へ歩いて行った。ドルドレンはじーっとその背中を見つめ、何も言わないイーアンを振り向いた。少し心配そうな顔。イーアンは、どうしたかと思って訊ねる。
「俺が。タムズに甘えたから。イーアンが怒るかと」
「怒りません。タムズが女性だとそうした変化もあるかもですが、彼は男龍ですもの」
「女性になんか(※ここ、心外そうに強調)あんなことしないし、好きにもならない。でも」
イーアンは少し笑って、『大丈夫ですよ』と安心するように言った。それから『タムズもあなたが好きですね』そう見えることを伝えると、ドルドレンはえへっと笑って、頭を掻いて恥ずかしがっていた(※総長36才)。それから、もう一つ言いにくそうに小声で呟く。
「俺は、タムズが大好きらしいけれど。でもビルガメスも好きだよ。どうしよう」
ハハハと笑うイーアンは、大きく頷いて『きっとあなたは、男龍の皆が好き』と答えておいた。伴侶は素直である。自分を好きになってくれた時も、こんな感じだったなと思うイーアン。ドルドレンは、愛妻にお礼を言って『だけど、イーアンが一番好きだよ』とちゃんと念を押した。
イーアンは思う。彼はお父さんが尊敬できなかったし、序にお祖父さんも受付拒否対象だったから、もしかすると、強くて真面目で、頼もしい男性への憧れは、そうした部分から来ているのかと。
ドルドレン自身は充分に強く、充分に誠実で賢い。男の人の中でも、本当に珍しいほど、良い意味で男らしい(※パパとジジは悪い意味で男らしい)。それは、あの親と祖父の影響もあるのかもしれない。
人は何の役に立つか分からないものね(※パパとジジは役に立った、の意味)と、イーアンは頷いた。
お昼になり、ドルドレンは職人軍団が何人かを見に行った。イーアンは工房の机を片付け、作りかけの鞘や、試作品の小物を一箱にまとめた。馬車に乗せて、暇な時に作って販売しようと思う。
暫くし、伴侶が扉から入ってきて、手に盆を2枚持っていた。そこに4人分の食事があり『もう一つ持ってくる』と言って食堂へ戻った。
工房にはミレイオとタンクラッド、オーリンが来て、タムズも後から来た。ドルドレンも自分の昼食を運び、5人で昼食。タムズはベッドで見ている。
自分を除く全員、高身長なので、イーアンは毎度自分が小さく感じる。旅の仲間に、自分と近い身長の人が入ると良いなと少し思った。
そんなことを思うイーアンの心を読んだか、ミレイオが話しかける。
「あんた。小さめだから、ドルドレンとのベッドも1,5人分の大きさよ。大丈夫よね」
うへっ 標準半分サイズ。分かりました、と了解する。しかしこうした場合では、場所を取らないことは、良いことなのかも知れないと思った。
ドルドレンはそれを聞いて『俺とイーアンは同じ部屋。同じベッド』と確認する。ミレイオはちらっと見て、匙を口に運びながら頷く。
「だって。別の部屋じゃイヤでしょ。どうせくっついて寝てるだろうから、もう一部屋、用意するの勿体ないし(※使わないだろうと思われている)」
タンクラッドは、不機嫌そうにガツガツ食べて、会話に入らない。オーリンは気にしていないので『馬車の荷物の都合もある』と総長に、細かい部分を話していた。職人の工具や荷を乗せると、重さも出るからとしたことだった。
ドルドレンは微笑を浮かべながら話を聞き、気遣いにお礼を言った。イーアンもお礼を言う。ミレイオに、ベッドのサイズが少し違うから、掛け布や敷布の大きさも変えるように言われ、それも寸法を書いた。
「寝床重視だからさ。一台は完全に寝台よ。もう一台は寝床が2部屋と、後は荷物入れ。余白に、狭いけど、集まれる場所。図案で見せたとおりでも、実際に見ると、狭く感じるかもよ」
ミレイオは先にそれを伝えておき、後は出来てからのお楽しみだと、笑みを浮かべた。料理等の煮炊きは、外が基本。暖炉を積まない馬車は、庇を出せるように作るから、雨天でも外で調理するように・・・など、馬車に合わせる生活の流れを教えてくれた。
それから話は変わり、明日の王都行きについて話し合う。
「さっき。タムズがね。彼も一緒に行くようなことを言うから。私も行こうと思う」
「でもあれだぞ。ミレイオは俺と一緒に、外で待機するだけで、実質、明日の予定には関係ないからな」
分かってるわよと、ミレイオは嫌そうに剣職人を見た。イーアンをちょっと見たタンクラッドは、少し微笑んで、食事の残りを終えた。
「俺は馬車でも作っているよ。そういう場所、好きじゃないから」
オーリンは、遠慮、と軽く両手を上げる。それからタムズを見て『タムズは本当に、中まで付いて行く気?』と訊ねた。男龍はオーリンを見て、小さく頷いて返した。
「そうだ。人の種類を見る。それに、彼女が自分を知る良い機会かもしれない。とりあえず、私がいた方が良い」
それなのだけど、とドルドレンはタムズに話しかける。『イーアンは角がある。このまま行かせようと思う』そう言うと、タムズは首を傾げ、イーアンを見て首を振った。
「それは。そうだろう。取れもしないし、角がどうなるものでもない。なぜそんなことを?」
ドルドレンは、彼の反応は予想していたので、怒らないで聞いてほしいと前置きし、イーアンが角のために、人間じゃないことを指摘されたり、角を隠して人に会うことをした等を伝える。タムズは黙って聞いている。
「明日。彼女の角を見て、何かを思う者もいるかも知れない。だけど俺は、このままで良いと昨晩、彼女に言った。彼女もそうすると答えた」
「ドルドレン。君は、私がそれを先に知らないと・・・彼女の角を見て、態度を変える相手に怒ると思ったのか」
そう、とドルドレン。タムズは何度か瞬きして『私を見ても、そうした態度を取るだろう。彼女と私は一緒だよ』違うか、と聞き返す。
「いや。その、イーアンの場合は。人間の状態で、知り合っている相手の方が多いから。最初からタムズのようではなかった分、風当たりがある可能性も」
「ドルドレンに聞こう。君は私に何を求めている」
職人軍団は、黙ってやり取りを見つめる。タムズの雰囲気が変わったのは、オーリンとミレイオには感じられた。イーアンも気が付く。
「俺は。何があっても、怒らないで見守ってほしいと思う。そういう場所なのだ。行く先の本部は。ただ、俺は彼女を守るし、これまでもそうしてきた。タムズが手を出さないでほしいと」
タムズは立ち上がり、イーアンの側へ行った。表情一つ変わらない男龍は、座って見上げるイーアンを立たせて、背中を押し、窓の近くへ寄る。驚くドルドレンを振り返り、タムズは静かに告げた。
「君は。私たちを勘違いしている。私たちは、君たちに合わせる必要がない。
今、私がここに来ているのは、彼女を本来の存在に戻すために、私たちが敢えて・・・彼女の人生に影響を与えたものを、理解をしようとしているだけで、君たち人間の指示は受けない」
そう言うと、タムズは衣服をさっさと脱いで、翼を出した。窓をくぐって、驚き抵抗しようとするイーアンを両腕に抱え、『ビルガメスに会うよ』と囁くと、元の身長に体を戻して、大きな翼を広げた。
「ドルドレン。君は良い男だ。しかし人間であることを忘れるな。君とイーアンは違う。私と君が違うように」
理解しなさいとタムズが言った時、アオファの膨れる龍気が、窓を勢い良く震わせ、音を立てて窓を閉めた。窓の外に一瞬で閃光が放たれ、タムズはイーアンを抱え、アオファと一緒に、一気に空へ飛んで帰った。
「イーアン」
ドルドレンは窓へ駆け寄ったが、もう、光は上空に吸い込まれていた。オーリンは総長を見て、『気が付かなかったのか』と短く訊いた。ドルドレンは急いで振り向き『何を』と弓職人に聞き返す。
「タムズが怒っていたのを」
「え」
「そうね。彼、途中で凄く、空気が変わったわよ。あんなに変わると怖い」
ドルドレンはミレイオを見る。食器を片付けるパンクは、少し同情したような眼差しを向ける。『分からないか』と呟いた。焦るドルドレンは、唾を飲んでタンクラッドを見た。剣職人は目を逸らす。
「お前は。お前らしいというか。しょうがないかな。俺なら言わないが、お前の立場上、言うってのが・・・それも分からんでもないから」
「タンクラッドは気が付いていたのか?タムズが変わったのを」
「いや。何だか気配が鋭くなったとは思ったが。コイツらほどは感じてないだろうな。俺はルガルバンダの祝福があるから、それで分かったのかもしれない。お前も祝福なら、ビルガメスに与えられていただろうが。また種類が異なるのか。
しかしな、そこじゃない。タムズは、お前の言葉に怒ったんだと思うぞ。怒るのが先だろ?気配が変わる前に、着火したってことが、先に問題じゃないか?」
「イーアンは・・・何も言わなかった。それについて来るなら、タムズに予め言わなければ」
「だから。タムズが言っただろう。自分は合わせているわけではないって。最初から彼は、そう話していただろうが。
違うんだよ。相手は人間じゃないどころか、本当は俺たちと関わる相手じゃないんだ。その相手に向かって、お前は『龍であるイーアンをコケにされても、我慢して、人間に手を出すな』って頼んだんだ。分かるか、ドルドレン」
ドルドレンは戸惑った。
分かっていたはず。男龍が、自分たち人間よりも崇高くらい、分かっていた。だから、それでそう。理解していたからこそ、言おうと思ったことが。
黙る総長に、オーリンが気の毒そうに説明を補足する。オーリンはそんなつもりはなかったが、彼の補足は、畳み掛けるように、ドルドレンに重く届いた。
「あのさ。俺がイーアンと最初に空に上がった時。龍の子のファドゥさえ『男龍は地上で手伝わない、無理だ』って言ってたんだ。
男龍って・・・空で知らないヤツがいないくらい、気位が高い印象なわけ。その強さ故に、群れもしないし、一人一人が孤高の存在だ。
ここにいる時点で、空で言えば、革命に近いことが起きてるようなもんでさ。一人で、この地上を滅ぼすくらいの強さを持つ男龍が、俺たちといるなんて。俺、龍の民だけど。俺とさえ、ホントは同じ場所に居るはずない存在なんだよね」
ミレイオは頭をちょっと抱えて『あー。タムズ~』と嘆いていた。明日、会いたかったのに~・・・そう、悲しそうに続けた。
お読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方に感謝します!嬉しいです!有難うございます!!




