658. 馬車内装と憧れ
朝が来て。イーアンもドルドレンも、どちらかが目覚めると、何となく目が覚める。家に住んでいることに、目が合って笑い始める幸せ。
「台所。お風呂と。早く、使えるように小物を揃えましょう。お手洗いは使えますけれど」
「そうだな。タンクラッドは棚が要らないというから、気圧されて買わなかったが。よく考えれば、イーアンの服をしまう場所がない。それもいるよ」
「タンクラッドは服が少ないらしいので」
アハハと笑う愛妻(※未婚)にドルドレンも笑って『彼は少ない気がする』と答えた。
タンクラッドはあまり、格好を気にしない。ミレイオが何かあげたりすると使っているようだし、イーアンが渡した龍の牙も付けているが、自分からは服装や装身具を求めない。
「タンクラッドに責任を取ってもらう。棚を作らせよう」
「それは良いかも。あの方、あっさり作りますよ。ビックリするくらいに勘が良いの」
家具で欲しい寸法、書き出そうかと二人で相談し、タンクラッドに特注で作らせることにする。焼き釜用の天板も作ってもらおうよ、とドルドレンは言う。
「彼は大変、器用です。相談してみましょう。暇だと言うし」
「イーアンも手伝うの」
私は手を出さない、とイーアン。『下手に手を出さない方が、彼は早く仕上げる気がする』と言うと、ドルドレンは納得したようだった。
「職人だから。普段から単独だと、共同作業は合わないかも知れないな。イーアンはミレイオと一緒」
「きっとお布団の掛け物や、枕の袋など。そうしたものを縫います。敷布はあるけれど、それも寝台に合わせて端を整えませんとね。出来るうちに行います。私の修道会の仕事は、今、特にありませんでしょう?」
少し考えるドルドレン。『多分。ないと思う』魔物の材料が新しく入らないし、防具も武器もある程度押さえた。量産する工房に回しているから、発信源のイーアンのする仕事と言えば。
「書類だろうか。イーアンは字が難しいだろうから、それは誰かに手伝ってもらって。俺でも良いけど」
「書類。って?」
そんなのやったことない、これまで。イーアンは突然の事務仕事に驚く。伴侶曰く『機構に提出する案』らしかった。
「ああ。そう言われますと。そうですね。そろそろ、お話が来そうな頃合です。セダンカが連絡を下さるのかしら」
多分ね、とドルドレンも言う。『会議までに、セダンカに伝えたい内容をまとめて』ということで。イーアンは業務に、書類作成が入った。頑張りますと答えたものの、書くの、どうしようと思う。
「あのね。自分の字で構わない。それで作って読上げてくれたら、俺が書いても良い。誰でも良いのだが、まぁ俺が気を遣わなくて良いだろう」
伴侶に有難くお願いして、イーアンは、針仕事を進めながら、清書までは書いておくことを伝えた。伴侶も『それで良いよ。大体押さえてあるだろうから』と言ってくれたので、今日は縫い物中心、提出用案件の叩き台も作ることに決まった。
家では、食事等の生活を行うのは、まだ難しいため、二人は時間を見て着替え、支部に出てから、日常の朝が始まる。朝食を摂り、イーアンは工房へ、ドルドレンは執務室。
『後で。寝室を片付けよう』ドルドレンは自分たちのお世話になった、寝室を掃除することを伝える。イーアンも感慨深い。はい、と返事をして、最初の思い出の部屋を掃除すると答えた。
「空き部屋が出ると、掃除担当が片付けも何もかも行う。でも、俺たちの場合は、退任で部屋が空いたわけではなく、本人たちは在籍しているからね。自分たちで最後まで責任を」
ドルドレンはそう言って、執務室へ出かけた。イーアンも工房に入り、火を熾してから提出する内容に向かい合う。
馬車で使う布も持ってきたから、それも出来るところから。枕カバーなど、大きさが決まっているものは先に作ってしまうことにする。寝台のカバーは、ミレイオたちが寝台の大きさを決めてから。
「こうしたことに理解のある、執務の皆さんで有難いです」
いろいろと異例なのだと分かる出来事が、自分が来てから続いているだろう。でも。サグマンたちは『魔物の根源を倒すために旅に出る』そのことを疑いもせずに受け入れ、その準備時間を、業務中にこなすことを許可している。
「彼らは、自分たちが手伝えることは少ない、と言います。でも理解が一番・・・手伝って下さっていることに値しています」
やることやっていれば、空いた時間は使っても良い。そう、ドルドレンに言ったらしかった(※上下関係=執務の騎士>ドルドレン)。『とても心の広い方たち』有難うと、イーアンは静かにお礼を呟いた。
「今しか。今しか出来ません。今日・明日にでも、魔物がよその国で出ないとも限らない。一時の静けさに感謝しつつ、それでも気を抜かないように急がねば。この準備に当てられる時間に、とにかく感謝して、出来ることを詰め込むのみ」
枕と座布団のカバーを6室分。切り出して縫うことにする。自分の工具を入れる箱や、材料・道具をしまうカバンも用意しておく必要がある。
『大急ぎですよ』明日、魔物が来たら、かき集めて運ぶことになる。『それは困ります。工具が傷つく』ダメダメと言いながら、工具等のことはミレイオたちにも相談することにして、作れるものはどんどん作り、提出案もちゃんと伝わるように、思いついたら紙に書き込み。
イーアンは朝からせっせと手も頭も動かして、もっと若かったらねと、ぼやきつつ、頭の回転の限界に呻いていた。
9時頃になり、工房の外にミレイオが来た。『おはよう』窓を叩かれて気が付き、中へ入れると『タンクラッドも、もう来る』と教えてもらう。
「私たち、馬車やるから、外にいるわ。あんた、オーリンに連絡してくれる?タンクラッドが来たら、ドルドレンに倉庫を見せてもらいたいの。使える木材は頂くから」
イーアンはお礼を言って了解し、早速オーリンに連絡する。彼は今後の仕事を、仲間に振っているところだったようで、それが済んだら来ると言っていた。『昼前かな。伝えておいて』オーリンにお願いされて、イーアンはミレイオに伝えた。
それからミレイオは、自宅から、使っていないお風呂用品や、食器や調理器具を持ってきたと言い、窓の外を見せる。箱に入った素敵な食器や日用品が見えて、イーアンは、嬉しいと笑顔を向けた。
『私。気に入ると、持ってても買っちゃうの。これはきれいで使ってないのだから、良かったら使って』優しいミレイオを、ぎゅっと抱き締め、イーアンはお礼を言った。
「そう言やさ。タンクラッドも昨日、あんたが寝てる間に台所見てたわよ。何か持ってくるんじゃない?」
私はお風呂と食器くらいしか、気にならなかったけど、とミレイオ。そんなことを話していると、タンクラッドの龍が見えて、工房の前に降りた。
親方も入ってきて『おはようイーアン、ミレイオ』の挨拶で始まり、ほら、とイーアンに金属の板を出す。
「お前の家。台所に窯があっただろう。中見たら、天板がないじゃないか。これ使え。それと箸な」
優しい親方は、きちんとぴったりサイズの天板を3枚作ってくれ、オマケに箸まで用意してくれた。ミレイオが2本の棒に顔を寄せて『何これ』と低い声で呟く。『イーアンはこれで料理するんだ。使いやすいらしい』と親方はパンクに教えていた。
イーアンは親方にも有難くお礼を言って、ちょっと抱き締める(※箸ありがとうの気持ち)。親方も満足そうに頷く。『金物で使うものあったら言え。作ってやる』自慢げに約束してくれた。
それから親方は、ミレイオの話したように早速、支部の倉庫にある、廃品登録の木製品を見せるように言う。
イーアンは二人にお茶を出してから待っていてもらい、ドルドレンの所へ行って、彼らが来たことと倉庫の話をした。『いいよ。ちょっと行こう』ちらっと執務の騎士を見てから、目を合わせる前に部屋を出た。
「あいつらは。仕事が減ったという割には、何かしら仕事を見つけては、やらせるのだ。
魔物が出ないまま、2週間経つ。後2週もしたら、俺は全体に発表する話になっているから、それまでに記録を作れと」
「膨大な記録・・・そんなこと、あなた一人で可能なのですか」
「無理だろうな(※はなから諦め)。2年だぞ。8箇所全ての支部、2年分も作れって無理だろう。俺が総長になったのは半年くらい前だけど、その前など、俺は部下状態で動いているのだから、俺に分かるわけないのだ」
んまー。そりゃ大変。イーアンが同情するのを見て、歩きながらドルドレンは、愛妻(※未婚)の頭を抱き寄せて頬ずりする。『分かってもらえて嬉しい。あいつら、分かっててもやらせるのだ』イジワルだから、と嘆いていた。
ドルドレンは、今日はタムズは来ないのかと訊く。まだ来ていないことを伝えると、ドルドレンはとても心配していた。
「タムズが。可哀相なのだ。彼は、昨日馬車を運ぶ無理をしてくれて。お礼を言う暇もなかった。俺は彼を癒すことも出来ない。側で役立てたら良いのに」
「ドルドレン。あなたはタムズが好きなのですね」
「そうだね。俺はタムズが好きみたい」
正直ねぇ~ ちょっと赤くなっている伴侶に頷き『あなたの気持ち。タムズに伝わるかどうかは、心配な恋ですね』と思うことを伝えると、ドルドレンは悲しそうだった。
「まさか愛妻に、他の男性を好きになっている、心の相談をするとは思わなかった」
「思ったより、やられてしまったのね。他の女性を好きになったと相談されたら、こうは落ち着けませんけれど、男性なら平気(※ドルドレンここで『女は絶対ない』と断言=男はある、の意味)。
あなたはビルガメスにもクラクラしていたから。タムズが近くで毎日見えたら、呆気なくやられて」
すまない、とドルドレンは項垂れる。『ちょっと好きかもと思っていたのだが』結構好きらしい、と心情を暴露。イーアンは笑ってはいけないものの、少し顔が緩むので下を向く。伴侶の背中を撫で『抱きついている様子が、大好きに見えた』と教えた。伴侶は寂しそうに、うん、と頷く。
「なんと言えば良いのか。彼だけではないけれど、男龍が逞し過ぎるから、男として憧れが。いや、憧れを通り越すような。だから、自分もああなりたくて。でも俺は人間で、なれないだろう?そういうことなのだ」
告白を聞きながら、イーアンはうんうん頷く。『彼らは全く人間と違うけれど、見た目の体つき、お顔もですが。ドルドレンの男らしさへの憧れは、何となく理解出来るような』とお返事。
「見た目だけではない。心も、思考も全員が超越している。うん、でもね。イーアンが、俺の大事な愛する奥さんなのは、全く変わらないから。それは安心してほしい」
タムズよりもずっと好きだよ、と言われて、少し笑うイーアン。大丈夫よと答える。
しかし、本当に好きになっちゃった雰囲気。イーアンは伴侶の想いを見守ることにした(※♂♂有)。相手が女性じゃないなら、全然気にならない自分にも驚くが、ともあれ、受け入れるのみである。
そんなドルドレンの恋心(?)を聞きながら、工房へ戻り、親方たちに挨拶したドルドレンは、すぐに二人を連れて外へ出て行った。親方も好きっぽかったけれど、彼は対象じゃなかったのね、とイーアンは思った。
イーアンはそのままお昼まで、縫い物と書き物をして過ごす。
タムズは来ないので、本当に疲れてしまったのかもしれない。『私でも疲れたのです。彼は本来、空の人。地上育ちの私よりも、ずっと辛かったのかも』今日見えなかったら、近いうちに空に上がって見てこようかと考える。
ちくちく縫い物を続け、あっさりお昼の時間。ミレイオと親方が工房の外に来て、オーリンも加わっていた。ドルドレンは、支部に職人軍団の食費を支払い、連続する彼らの食事代手続きを済ませてから、工房で一緒に食べる。
「暫く。都合が付く時はここに来てもらうだろうが、旅の準備は、支部と関係ないことなので、昼食分だけは俺が持つ。皆の収入に関しては難しい」
「いいわよ。私、お金困ってないの。旅についてくのは私の意志よ。気にしないで」
「俺も伝説の主役3番手くらいだからな。ちまちま、収入を気にされる方が微妙だ。気にするな」
「俺は金は気にしない性質だけど。貰えるなら貰っとくかな。立ち位置、重要そうだし」
皆がオーリンを見る。オーリンはニコッと笑って『あれば、ってだけ』と答えた。イーアンが笑って『宝物ありますから、それを換金して』とお願いした。オーリンは、宝のままの方が良いと言うので、後であげることにした。
食事中、ミレイオの見せてくれた図面を見て。イーアンは感動。やっぱりこの方、素晴らしい!と絶賛する。ミレイオはニコッと笑ってお礼を言い、『そう。だからぁ・・・あんたにベッドの掛け物縫ってもらうのは』えーっとね、と寸法を紙に書く。イーアンは数字は分かるから、確認して了解。
「替えも作るでしょ?でも最初はとにかく、人数分だけで良いわよ。馬車に乗ってても縫うことは出来る」
「そうでした。工具の運び方も相談しなければ。材料も最初は持参しないと」
イーアンの心配は、タンクラッドが解決する。『馬車に隙間を作る。家具を作るから、そこに工具をしまえ。細かいなら仕切りくらいは用意して』家具は分解して運べるようにするから、馬車を降りても問題ないと言う。
親方に感謝して。イーアンは親方に、お昼のお肉を一つ分けてあげた。親方は嬉しそうに半分に切って、戻してくれた。そう、親方はいつも。前から。必ず半分こしてくれる。イーアンはお礼を言って、戻った半分を食べた。
そんな様子を、ドルドレンは複雑に見守る。俺も。タムズと半分こ出来たら・・・彼は食事をしないから、無理だけど。仲良くなれそうなのに、と思う。
ミレイオはドルドレンの表情に気が付いて『ちょっと。悲しそうよ』と二人を注意した。『普通のことになってるかもしれないけど、習慣って、他から見ると気になることもあるわ』そう、刺青パンクに良識を教えられ、イーアンは反省。タンクラッドは気にしなかった(※ミレイオの方が、ナレナレしいと思うから)。オーリンは苦笑い。
そういうつもりじゃなかった、ドルドレンは。とりあえず、愛妻に『大丈夫』と微笑んで終える。タムズとそうしたかっただけとは言えず、食事を続けた。
午後。馬車作りは始まる。床板を丸ごと替えることにし、オーリンは木材を持ってくることになった。
「馬車の奥行きは5m?4m?丸太一本は、ガルホブラフじゃ無理だ」
親方は、床材だけど一枚貼りじゃないことを教える。運ぶのはミンティンを呼ぶことにし、ミンティンに乗れる親方とオーリンで木材を取りに向かう。親方は、オーリンの家で木材を切ると言い、イーアンから綱を受け取って、青い龍を呼んでもらうと、オーリンと一緒に東へ飛んだ。
ミレイオも支部の廃品を解体して、どんどん必要な分を用意する。ダビの工房が、木材加工に使えるため、そこに案内すると、ミレイオは一気に材料を運び込んで作業を始めた。
一通り、工房の中を見たパンクは、幾らか使えると感じた材料を示す。『金具とか、使っていい?』ダビの残した物は、自由にして良いと言われているので、イーアンはどうぞと了解。
それから自分の工房に戻り、縫い物の寸法表を改めて用意し、作る予定数を書き込んで、また縫い始めた。
作業の合間に、セダンカにお話しようと思うことは、小さなことでも書き付けて、まとまり次第、清書することにした。どこまで可能か分からないにしても、国外から魔物の材料を送る手続きは、無理のないように整えたい。
「魔物の王を倒す道のり。龍で飛んで、一直線にそいつの根城に、向かうわけに行かない理由。皮肉な話ですが、こう流れがあるのも、きっと何かの意味があるのです」
イーアンはいつも思っていた。ペンを置き、針を進めながら考える。飛べる自分たちは、このままオリチェルザムに向かうことが出来るはずと。しかしそれが出来ない理由も、よく考えればすぐに知るのだ。
「誰かが私たちの代わりに、人々を守ってくれるなら。向かうことも出来ましょう」
歯痒いかな。戦える人間が少な過ぎる。守りながら、進む必要がある。国数も少なく、範囲も小さな世界かも知れなくても。早送りすることは出来ないのだ。それを思うと『旅なのですね』こうなる運命と頷いて、受け入れるだけだった。
お読み頂き有難うございます。




