657. 休日の夕べ・パパの夜
ミレイオはまず、シャンガマックとフォラヴ、ザッカリアに着物を渡す。それからギアッチを見て『あんたのないの。ごめん』と苦笑いで謝った。ギアッチは首を振って『ザッカリアが勇ましい姿を見れて、私は幸せです』と微笑んだ。
それから親方が珠を出して、3人にそれぞれ使い方を教え、一つずつ持たせる。『総長。これどうする。イーアンばかりが持っていても大変だぞ』顔を上げて、珠の片割れはどうするかを訊く。
「俺が持とう。お前たちは俺と交信する。職人との交信は、イーアンだ。俺とイーアンは互いに交信するから、伝えたいことがあれば、どちらかを通すのだ」
ギアッチが、ずっと見ているのが気になる親方。この男は、ザッカリアの父親代わりと訊いている。ちょっと考えて、総長に相談。
「む。ギアッチにも渡しておくと」
「彼はザッカリアが心配だ。ザッカリアと交信出来ると安心だろう」
ドルドレンは剣職人の鳶色の瞳を見つめ、時々・・・彼はとても優しいことを言うな、と思う。頷いて『ではそのように』と促すと、タンクラッドはザッカリアの横にいる男に珠を見せた。
「お前も持つと良い。ザッカリアがどこにいようが、お前とザッカリアは繋がる」
ギアッチは驚いたように、彼を見上げ、何度か瞬きをしてから微笑んだ。そして、差し出された箱をそっと押し返した。
「有難う。でもこれは旅の仲間のものですよ。私は違うから」
「断るのか。心配だろう」
ザッカリアはギアッチを見て、それから自分と総長に渡された青い珠を見た。タンクラッドの持つ箱の中を見ると、茶色い珠がある。それに手を伸ばして、茶色い珠を二つ、自分とギアッチの手に乗せた。
微笑むタンクラッド。ドルドレンも下を向いて、笑みを浮かべる。ギアッチは涙が浮かぶ。
「ギアッチの瞳の色だよ。俺の色はないんだけど。俺が旅に出ても、ギアッチの目を見て話すよ」
ザッカリアの言葉に、ギアッチは涙を落とした。横にいたミレイオは貰い泣き。『イイコねぇ』イイコ、イイコ、と子供の頭を撫でる。イーアンも貰い泣き。『優しい子です』うんうん、頷いて目元を拭く。
「ザッカリア。有難う。私はこれで応援するから。いつでも答えるから、困ったら何でも言いなさい」
ギアッチは涙ながらに、嬉しそうに言う。ザッカリアもニッコリ笑って『大丈夫だ。俺はどこにいても、お父さんと一緒だ』と胸を叩いた。シャンガマックも、ホロッと来る(※家族大事な人)。フォラヴも微笑んで見守る。
オーリンはこの二人を見つめ、自分と親の関係ってどうなんだろうと、ふと、頭を掠めた。見て分かるくらいに、他人同士の彼ら。どこも似ていないのに、これだけ慕っている。彼らを見て、龍の民の町に戻るそのことに、少し疑問が浮かんでいた。
「この子は。本当に優しくて。本当に温かくて。心が豊かでね、こんなに素晴らしい子はいませんよ。ここまで思いの熱い子は、どこを探したっていないんです。勇敢だし、誠実で、頭も良いし、見た目も良いし」
もういい、とザッカリアに止められて、ギアッチは誉め言葉を一人ブツブツ続けていた。ギアッチがずっと誉めるのは、支部にいれば皆が知っていることなので、ドルドレンたちはちょっと笑っていた。
落ち着いたところで、ギアッチも同席(※保護者だから)した集まりの場、馬車を手に入れたまでの経緯を、ドルドレンが大まかに説明した。
「(シャ)宝。遺跡。行ったのか?イーアンとタンクラッドさんたちが」
「(ド)そう。それで馬車も買えた」
「(ザ)俺も行きたい」
「(イ)今度は一緒に行きましょうね」
「(タ)遊びに行くんじゃないんだぞ。危険もあるってのに」
「(ギ)ザッカリア。危ないことは出来るだけ、避けないといけないよ」
旅に出すというのに、保護者が丁寧に、危機を避ける指導をする。ザッカリアは、何度か適当に頷いて流した(※いつものこと)。
「まぁ。それでな。馬車の中身はこれからだ。オーリンが木材を用意してくれるが、支部の倉庫にある、使わない木製品等も、解体して使ってくれて良い。どうせ、業者にゴミで出すものだ。
馬の世話は、俺がサグマン(※ぽっちゃりさん)にでも言って、飼料を増やしてもらう。飼育は、そう長い期間ではないだろうから、煩く言われないだろう。心から、そう願う。
それで・・・後は何だ? 馬車だろ。路銀だろ。龍の皮の服も、マスクも揃ったから」
イーアンは気が付いて、ちょっと手を上げた。ドルドレンが指差す。『はい、イーアン』イーアンは、うん、と頷く。
「龍の皮の上着。気休めだと思って下さいと、言われています。私とタンクラッド、ドルドレン、オーリン以外は気休めですって」
「いきなりガッカリさせないでよ。何よ、それ。私、頑張って縫ったのに」
「ミレイオは、異常が出るかもしれない恐れがある、唯一の人です。お気をつけ下さい」
「気休めどころか、異常が出るって予告しないでよ」
やり取りに、シャンガマックが笑う。フォラヴも気の毒そうに、苦笑いでミレイオを見る。ギアッチも首を振って『イーアンの言い方が』と途中まで言って、笑っていた。イーアンは『龍族か、龍の祝福を受けた者以外に効果がない』と皆に教える。
「俺。これ着たら、元気が出るよ。どうして?これは変なの」
ザッカリアは、羽織った着物の襟を両手に掴んで、自分の服を見せながら訊ねた。イーアンは彼を見て、伴侶に視線を動かす。ドルドレンもイーアンの視線を受け止めて、少し首を傾げた。
「元気が出るの?どういう感じ?」
ミレイオに訊かれて、ザッカリアはレモン色の大きな目を少し上に向けて、どんな具合か言葉を探す。『あのね。強くなる感じ』鎧みたい、と答えた。
イーアンは何となくだけれど、静かに頷いて理解した。『ザッカリアも。私たちと同じかもしれませんね。それは良いことです』それだけは言えると伝えると、子供は嬉しそうだった。
オーリンはザッカリアを見つめ、この前もこの若者を見て、何か気になると感じたことを考える。答えは分からないものの、あの目の色を、どこかで見たような気がしていた。しかし、この日も答えは見えなかった。
「後は。何かあるかな。馬車に積む荷は、馬車が出来てからの用意だしな」
ドルドレンは髪をかき上げて、他の者に思いつく準備はないかどうか、訊ねる。タンクラッドやミレイオ、オーリンは、工具・材料云々を積むだけで、他は思いつかないと言う。
フォラヴも、私物は少し持ち込むだろうが、そこまで必要なものはないと答えた。シャンガマックの場合は、幾らかの薬になる材料、言葉に関わる資料は荷物になるが、それもすぐに運べるということだった。
「俺たちも。特にはないね」
ドルドレンがイーアンを見て確認。ちょっと思い巡らし、イーアンも頷く。『多分』着替えくらいかしら、と呟く。
魔物の材料を発送する際に使うものは、現地購入。その他、綱や袋も都度購入。風呂に関しては、宿屋まで我慢。洗濯は『洗濯は綱。馬車の家族と同じだ』ドルドレンが生活様式を説明したので、これも出身者に倣うことで解決。
「ふむ。他、ないな。今すぐ思いつく準備は。イーアン、旅の準備が出来たということだ」
伴侶が突然、こっちを向いてニコッと笑う。イーアンは、伴侶の笑顔の意味と、言葉の関係が分からないので『はい』と答える。タンクラッドがちょっと顔を上げて『だそうだ。イーアン』と続けた。そうですね、親方にも答えるイーアンに、ミレイオは『良かったわね。話が済んで』の上塗りを告げる。
他の者も何か変だと感じるものの、先が読めないので、無表情に頷きを繰り返す。イーアンは自分が何を言われているのか、ようやく理解した。その顔を見て、親方は微笑んだ。
「夕食前か。解散する前に。旅に出るための絆を固めよう」
親方の言葉が合図のようで、イーアンはちょっと笑った。隣のドルドレンも小さく笑う。イーアンは立ち上がって『突然は無理がある』誰に言うでもなく、最初に言い訳をした。
「何が無理なんだ」
シャンガマックは、立ち上がったイーアンに訊ねる。イーアンは褐色の騎士を振り向いて、座る彼の前まで行き、屈みこんで両手を開き、まず差し出して見せた。それから、シャンガマックの両耳に手を当てる。真っ赤になるシャンガマック。『あ、何。何だ』たどたどしい言葉に、イーアンはハハッと笑う。タンクラッドはちょっと仏頂面。
「あなたの耳は、世界の言葉を聞き分ける宝の耳」
笑ったイーアンが、彼の耳に当てた手を開くと、大粒の宝石が一つずつ、シャンガマックの耳から落ちた。『何だ?石・・・宝石だ』落ちた輝く石を見て、自分の耳を触る。
「イーアン、あなたは」
横に座っていたフォラヴが空色の目を向けると、イーアンは彼を見て、白金の髪に手を置いた。驚くフォラヴに『あなたの声は、人を癒す鈴のような風の声』イーアンは囁き、髪に指を絡ませて梳いた。
フォラヴは、すぐハッとする。チリンと音がして、自分の髪の毛から、幾つもの金の鈴がコロコロと落ちた。目を丸くして、膝に落ちた鈴をそっと摘まみ上げる。『これは一体』沢山の色鮮やかな石が埋め込まれた金の鈴を、手に乗せた。
ザッカリアは二人の騎士に起こった不思議を見て、ワクワクしながら『自分も』と大声で頼む。イーアンはニッコリ笑って、彼の側へ行くと『勇敢な子。あなたの素晴らしい力に』少し仰々しく告げて、人差し指を振る。その濃い茶色の額に、そのまま指を置いた。
ザッカリアには分からなかったが、隣にいたギアッチは『え?』と一声上げた。イーアンの指と子供の額の間に、大きな硬貨が現れたのを見た。
イーアンが手を放すと、変わった形の銀色の硬貨が、ザッカリアの鼻先を滑って下に落ちた。5cmほどもある銀色の硬貨には、美しい刻印がぎっしり施され、中心に赤い宝石が入っている。子供、大喜びでギアッチに見せる。
反対側の壁に寄りかかって立っていたオーリンが笑い、拍手した。イーアンは振り向いて、オーリンの前に移動して、黄色い瞳を冗談ぽく下から覗きこむ。『何?』笑うオーリンも、その鳶色の瞳を覗き返す。
眉根を寄せた親方、腰が浮きそうになったところを、ミレイオに止められる。ドルドレンが立とうとして、フォラヴの手が押さえる。
イーアンはニコーっと笑って、『自由な龍の民に、龍から贈り物を』そう言って、片腕をオーリンの首に回し、すぐに戻した。オーリン、嬉しかったのも一瞬。自分の首に垂れた、煌く首飾りに驚いた。
『何だ?鱗?これ、牙だろ』鱗の皮を編んだ首紐に、龍の牙が下がっている首飾りが現れて、目を丸くする。
それからイーアンは、ギアッチの近くへ寄り、『離れた場所からその知恵を授けて下さい』とお願いして、両手でギアッチの右手を握った。
ギアッチが微笑んで頷いた時、手の平に違和感を感じて開いた。ギアッチの右手には何もない。『あれ?』ギアッチは、手を表裏返す。
「ギアッチ。そこじゃないよ」
隣に座るザッカリアが笑って、ギアッチの首にかかる、細い鎖についた金細工の古い鍵を触った。『その鍵で、知恵の箱を開けて下さい』イーアンはもう一度お願いした。
そして、待っている刺青パンクを振り向くと、ミレイオは嬉しそうに、座ったままイーアンを待つ。イーアンはミレイオの横に腰掛けて、じっとその目を見た。
「優しいミレイオ。光を求めた、誇り高いサブパメントゥのあなたに、家族の約束を」
「あんたは私の妹よ。家族ね」
ミレイオがイーアンに答えて頭を抱き寄せる。頷くイーアンは、抱き寄せられたミレイオの腕を撫でた。
タンクラッドが気が付く。撫でられた腕に細い鎖が絡みついたのを。ミレイオも気づいて、綺麗な鎖を見てからイーアンに笑顔を向けた。イーアンがその鎖にもう一度触れると、それは宝石を繋げた腕輪に変わった。
「うわ。素敵」
驚くミレイオに笑いかけて、イーアンは立ち上がり、親方の側へ行った。親方は笑わないようにしたかったが、少し顔が緩んで首を振った。
「俺には何をするのか」
「そうですね。もうネタ切れです」
ハハハとイーアンは笑って、座っている親方の周りをくるっと一周した。『うん。そうですね。ネタ切れです』前に戻って苦笑いすると、親方はちょっと困ったように、イーアンの顔を覗いて『俺だけ、ナシか』と笑う。
「私の偉大な親方に、こんな弟子が何を出来ますやら。どうぞ、その貢物で満足して下さい」
イーアンが腰を指差した。タンクラッドは『その貢物』と呟いて、指の向けられた腰を見ると、ベルトに鞘に入った短剣があった。『いつの間に』タンクラッドは笑顔で、鞘ごと短剣を取る。鏤めた宝石の柄と、白い鱗の付いた鞘に納まる短剣は、古代の宝物と、見てすぐに分かった。
最後に伴侶の元へ戻ったイーアン。ドルドレンは満面の笑みでイーアンを抱き締めた。『俺にはイーアンが宝物だ』充分だよ、と笑った。イーアンも抱き返して笑いながら『はい。私の宝物はあなたですよ』と答えた。
「でもね。あなた、勇者ですから。勇者にも贈り物はあるのです」
抱き締めた腕をぱっと離して、イーアンはドルドレンから体を起こした。ドルドレンの広い背中に、大きな銀色の布が、広がってかかる。紺色の布地に銀糸の刺繍がされた布は、マントのように腰まで覆った。
「うわっ。素晴らしい」
「これで本当にネタ切れです。今日はここまで」
アハハと笑ったイーアンに、全員が拍手を贈った。イーアンは皆に、小さな贈り物を持ち帰るように伝えた。それは遺跡で集めたから、遠慮しないでと言うと、誰もが笑っていた。
馬車の報告も聞き、手品も楽しんで。皆が、宵の明星の上がる夜空の始めに、送り出されて玄関をくぐる時。オーリンは振り向いて、イーアンにニコッと笑った。
「これだけ。俺のは、遺跡じゃないだろ」
「そうです。それは私」
フフッと笑って、オーリンは頷いた。『遺跡から龍の牙は出ないからな』そう言って大きな牙の付いた首飾りを撫で、『大事にする』とお礼を言った。
「腸詰の感謝ですよ」
「腸詰かよ」
笑いながらオーリンはガルホブラフに跨り、『またね』と挨拶して戻った。親方も龍に乗り、ミレイオもお皿ちゃんに乗る。『明日。仕事少し片付けてから、来るわ』ミレイオは馬車を見て、そう言うと西の空へ飛んだ。
「イーアン。ゆっくり休めよ」
暇だから、明日は馬車を作りに来ると告げて、親方も西へ帰って行った。騎士たちは夕食の時間。イーアンとドルドレンはお引越しを少し続けることにして、支部に戻って、衣服やら身の回りの物を運んだ。
ドルドレンは、衣服やあれこれ運びながら、隣を歩く荷物を抱えた愛妻を見つめて微笑む。
「有難う。イーアン」
愛妻は見上げて、ニコッとする。『こんなに喜ばれるとこっちが嬉しいです。それに、あれは宝物の効力です』そう話して笑う。
「宝物の使い方がカッコイイ」
「この世界は、素直に喜んで下さる方が多くて、遣り甲斐があります。以前の世界は、『金にならない趣味』『同じことばかりでつまらない』と。まぁ、よく言われましたもので」
だから、披露するのも躊躇ったものです・・・と、愛妻。家に荷物を運び入れて、そんなこと言われたのか、と眉を寄せるドルドレン。
「言われる場所では、言われるのですよ。何してもね。怒る方もいれば、文句を言う方もいらっしゃいますわけで」
とんでもないな、と思う。愛妻には『この世界では、絶対にウケるから』とちゃんと伝えておく。そして、寝る前にもう一度、簡単なので良いから見せてとお願いしておいた。
愛妻は喜んで了解してくれた。お風呂を済ませ、支部で夕食を済ませ、家に戻って眠る前。ドルドレンは1個だけ、と言っていた割には、もっとお願いすることになり、寝るギリギリまで手品を楽しんだ。
*****
夕食を食べたパパは、自分の馬車へ戻る。
午後はデナハ・バスへ馬車を戻して、質屋に向かった。イーアンが持たせてくれた首飾りを、金に換えると、質入した装身具の3分の2は取り戻せた。
もしかしてと思って、金色の硬貨を5枚、質屋の主に渡すと、向こうから『幾ら欲しい』と訊いてきた。質入した装身具を、全部戻したいことを最初に告げると、それはすぐに戻された。
『まだこういうの、持ってるのか』
質屋の主が、硬貨と首飾りを机に並べて他を訊くので、パパはあまり渡したくなかったが、粒の宝石を匙一杯分くらい取り出して見せた。主人は粒を調べ、信じられないことを言った。
『一粒で7,000ワパンだ。どうだ』粒はそこに7粒。49,000ワパンになるという。パパは驚いて返事を戸惑った。主人はパパが渋っていると思ったらしく、8,000ワパンなら売るか、と額を吊り上げた。パパは小さく頷き、主人はすぐに金を用意し、パパに確認させた。
『こうしたの、また持ってきたら。次も高く買うから。この時代のものは、もうないと思っていたのに』
扉を開けて立ち去るパパに声をかけ、主人は笑顔で見送った。パパは、56,000ワパンと取り戻した装身具を持って、停留地へ。
一人で来て、良かった。馬車の手綱を取りながら、パパは思った。涙が出そうだからなと思って笑うと、前が見えなくなるくらいの涙が落ちた。停留地で馬車を降り、家族に心配はもう要らないことを伝えた。レルも喜んでいた。装身具を戻したら、女たちも笑って許してくれた。
棚に置いた壊れた杯を、祭壇の上に移す。壊れていても、この杯は祭壇に置くべきだと思った。
蓋を開けて、中の白い干し果実を一つ出して食べる。『イーアン。お前が俺と一緒ならな』面白いだろうにと呟く。何て励まし方をするんだろう・・・思い出す、午前の出来事。
「こんなことがあるとはね」
デラキソスは手品の時間を思いながら、もう一つ、果実を出し、神具の容器に蓋を被せた。すると、カタッとくぐもった音が聞こえた。『ん?』振り向いて、どこから音がしたのかと見回す。ちょっとしてもう一度、今度はコトンと響いた。
ふと、神具から聞こえた気がして、手に取った。『ああ!』持ち上げたその下から、胡桃大の宝石が現れた。底にあった金属の板は外れ、中に入っていた宝石がそのままそこに置かれていた。
デラキソスは笑い出す。大声で笑って、大粒の宝石を手にし、何度もキスをした。どこまでも驚かされる。小さな粒が1つ8,000ワパンに換わったのに、この大きさじゃ。
「イーアン!何て女だ。お前は最高だよ」
大きな宝石は、美しい夕暮れのような輝きを放ち、馬車の中の炎の明かりを、そのまま閉じ込めたようだった。惜しみなく、こんなのを俺に渡して(※『パパに』ではなく『家族に』のつもりだった)。
感謝に浸るパパは、もう片手に持っていた、神具の容器を祭壇に戻し、両手に宝石を持って眺める。両手指に支えた宝石は・・・『あれ』じっと見て、片手の指が黒くなっていることに気が付いた。
ハッとして神具を見ると、自分の指が触れていた場所から、地の色が覗いている。急いで、布で神具を拭き始め、パパはすぐに驚いた。手の中に、一面に彫り物のされた、白金の神具が現れた。
「これ。あいつは知っていて、俺に」
デラキソスの言葉は止まった。口を大きな手で覆い、暫く目を閉じて、押し寄せる様々な感覚を味わった。全て金に換えられるように、イーアンは俺に持たせてくれたんだと思う。馬車の家族を守ってほしいと(※こっちが重要だとは気づかない)。
助けてくれたことも。思い遣りも。励ましてくれたことも、嬉しいデラキソス。何で息子の妻なのかと、つくづく悩む(※違う方向)ものの。
『俺が代替わりするまで、食いっぱぐれそうにないな』感動して目元を拭き、頭をちょっと掻いて、パパは宝石を家宝の箱に入れて鍵をかける。出来るだけ使わないで、本当に宝物にしようと思って。宝石は龍の牙と一緒に、パパの馬車の、美しい箱の中に納まった。




