655. 馬車
全員が、鱗の付いた服を着ている、この妙な統一感。それぞれ印象的な者が集まっているのも、きっと何かもう、始まっているからなんだろう。デラキソスは、自分も・・・大きな運命の片鱗に触れていると感じていた(※何となくだけど)。
息子の龍の後ろに乗り(※すごい嫌がられた)空を翔る。これまた、不思議な時間。
以前、イーアンと一緒に青い龍に乗ったことがあるが、あの時も変化の風を思った。しかし。四方や、息子まで龍に乗ってるとは思わなかった。ほんの数ヶ月で、様々な変化が起こったのか。
前を飛ぶエラそうな龍は、目つきの鋭い、態度の横柄そうな男を乗せている(※当)。横を見れば、板に乗った、刺青で派手なオカマもいる。反対側には、やたら筋肉の付いた、角付きの男が翼を出して飛んでいるし、その横に、白い翼を6枚も持つイーアンが飛ぶ。
イーアン・・・あいつ、人間じゃなかったのかと思う。人間だと思っていたのに(※出会った時は人間)。さっき抱き締めた時、何か頭に付いていた(※ツノ)。
で、パパはここまで『運命』について感じていたのが、個人的な気持ちに脱線する。自分の息子の背中を見て、俺とコイツは似ているはずなのに、どうしてイーアンは俺じゃないんだろうと、つくづく思う。
イーアンはもう、風変わりどころではない。欲しい気持ちが高まる。あんな女、探したっていない。翼の生えた女で、龍にも乗るし、手品もすれば、宝も出す(※毎度ではない)。
パパはイーアンが欲しかった。珍しいし、変わっているし、誰も持ってないから(※玩具と一緒)。シャーノザも出て行ったし、新しい女なら、イーアンみたいな変わったのが良いなと溜め息をつく。
背中で、はーはー煩い親父に眉を寄せ『静かにしろ』と息子は叱る。人の背中に息かけやがって、気持ち悪いったらない。
不愉快そうな息子の顔に、もう一度、嫌味ったらしく溜め息をつき、パパは『お前の何が良いのか』とぼやいた。それが何に対してか、ドルドレンはぴきっと来て、親父を睨む。
「振り落とされたくなかったら。余計なことを言うな」
「地上に着いたら言ってやる」
「歩いて帰りたければ、言うが良い」
「馬車が買えなくて良いなら、ほざいていろ」
そっくりな親子が言い合う様子を、周りの皆は黙って見守った。藍色の龍は迷惑そうに、目を閉じて飛んでいる(※ネガティブな人、嫌い)。
タムズは、イーアンをちょっと見て『彼らは仲が悪い?』と訊ねた。イーアンはゆっくり頷いて『恐らく死ぬまで、仲が良くなることはない』と教えた。
マブスパールの手前にある馬車の工房は、飛び立ってから5分程度の場所で視界に入った。『飛ぶとすぐだ。奇妙な感覚だな』近づく工房を見下ろしながら、デラキソスは首を振る。
上から見ると、工房は敷地が広く、柵も疎らで、敷地をぐるっと囲んでいるわけでもない。住居らしき家の屋根と、工房としていそうな大きさの建物の屋根が見え、その建物の横には何台も馬車があった。庭を挟んだ向かいには厩があり、馬の声が響く。
パパたちは敷地の中の柵沿いに降り、龍はそのままに、6人は馬車のある建物に歩いた。すぐに人が出てきて、黒髪と黒い髭、青い目の、60手前くらいに見えるおじさんが手を上げた。
「デラキソスじゃないか。そっちはドルドレン?おや、また。誰だ?馬車の家族じゃないな」
「アルジョシャ、元気か。こいつはドルドレンだ。でかくなっただろ。こっちは息子の友達だ。気にするな」
「随分風変わりな面々だ。翼?角もあるぞ。この派手な人は体に刺青」
「うるさいわねぇ。翼より普通でしょ」
ミレイオが迷惑そうに遮る。おじさんは『この人はオカマ』というのも認識に付け加えた。デラキソスは驚いているアルジョシャの肩を組み、あまり彼らを気にしないよう、前置きしてから、中を抜いた馬車が2台用意出来ないか、相談した。
「中を抜いた馬車。空っぽってことか」
「そう。外だけで。暖炉も寝台も要らないそうだ。馬は欲しいらしいけど」
「あるけどな。でも直すつもりで外したから、穴は開いているぞ。それを見てみるか?」
ドルドレンを振り向くおじさん。ドルドレンはお願いして、案内してもらった。並ぶ馬車の列の中、奥に置かれた馬車は、外側は華やかな模様や絵がそのままで、扉を開けた中身はがらんとしていた。ただ、暖炉の置かれる場所の煉瓦、寝台の取り付けられている奥は、床の板が幾分抜けていて、アルジョシャが言うには、全部板を貼り直す予定らしかった。
「これ。天井はそのままなの?」
ミレイオは中を覗いて、天井の部分に驚いていた。豪華な絵が描かれていて、横に支える場所をなくした長い布が垂れている。パパも中を見て『そうだな。こういうものだから』とパンクに教えた。
それから脱線。天井の絵に、感心して見入るパンクの横顔を見つめ、パパは『お前。男なんだよな』と訊ねた。さっと、色の違う瞳でパパを見たミレイオは、少し嫌そうに首を傾げた。
「そういうくくり。好きじゃないの。止めてくれる?」
「男かって訊いただけだろ。気を悪くするな」
「止めてって言ったでしょ。どっちでも良いじゃない。あんたに関係ないんだから」
「俺は怒らせるつもりじゃない。お前を見ていると、何だか女みたいに感じるから、変わってるなと思っただけだ」
やめてよ、ミレイオは首を振って、パパの側を離れた。ドルドレンは親父の側に行って『ミレイオはそうした区別を殊の外、敏感に嫌う。その話題をするな』と窘めた。パパは、なぜミレイオが怒るのか。全然分からなかった。でも息子にも注意されたから、とりあえず黙ることにする。
タムズは少し後ろからその様子を見ていて、ドルドレンの父親の質問は面白いと感じていた。ミレイオに対して、自分も感じていることを、彼も同じように捉えている。
ただ、ミレイオにその質問をすることはなかったので、父親がした質問にミレイオが怒った顔を見て、訊くのは控えようと思った。
案内される馬車の状態を確認しながら、修理待ちの馬車を買うなら幾らかを、ドルドレンは訊ねた。
『中身がないままで、馬1頭付きだと30,000ワパンか。そのくらいだろうな』アルジョシャは馬車の中に上がって、ドルドレンに修理の必要な箇所を説明する。
タンクラッドが一緒に来て、状態を見て質問をした。アルジョシャは答えて指差し、どんな具合で直さないといけないかを粗方教える。タンクラッドは暫く静かに話を聞き、幾つか細かい箇所を訊ねて、納得した。
気が付けば、ドルドレンではなく、タンクラッドがアルジョシャと話し込み、2台の馬車を決定した。ドルドレンは横にいて話を聞いているだけだったが、床の抜けた馬車を直すのは自分じゃない(※俺はやらない方が良い)ので、金額だけ交渉するつもりで、その他は親方任せにした。
「良いだろう。では、総長。この馬車と、そっちの黄色い馬車だ。これを買い取る」
親方が納得したので、次に控えるドルドレンはお財布係。アルジョシャに馬2頭と、馬車2台の代金を訊ねると『デラキソスの紹介だから、60,000ワパンで良い』と言ってくれた。
その場できっちり、耳を揃えて代金を渡すと、アルジョシャは笑顔で受け取った。
「この金額、手数料はナシだよ。大丈夫か?」
思い出したようにデラキソスを見たおじさんは訊ねる。デラキソスは少し黙って『まぁ。良いだろ』と鼻で笑った。自分はさっき受け取ったからと呟き、角のある女を見ると、イーアンはニコッと笑って、頭を下げた。
「さて。商談は済んだ。馬車を運ぶか」
おじさんが馬を2頭引いてきて、馬車に繋げようとしたところで、タムズが止めた。『馬車と馬は別』そしてイーアンを見る。
「私は馬車を運ぼうか。イーアンが馬の方が良いのかな」
「どうなのかしら。馬を掴むのでしょうか」
「そうだね。彼らは私も君も怖がらないだろう。両手に挟んで落とさないようにしてあげれば、きっと空も大人しくする」
だと良いな・・・イーアンはちょっと心配だが、龍の気配もしていそうな敷地で、2頭の栗毛の馬は大人しかったので、大丈夫であるように祈るだけ。
「どうするのだ。敷地の外の方が良いだろう」
ドルドレンが柵の外へ移動するように言う。タムズとイーアンが了解したので、一時的に馬と馬車を繋げ、6人はアルジョシャに、お礼の挨拶をしてから敷地の外へ出た。
「さて。ではデラキソスを先に帰してから、だな」
タンクラッドはパパを見て、すぐ先の停留地へ送り届けるように総長に促す。『ここで待っているから、送って来い』親方に言われて渋々ドルドレンは、龍に乗る。親父も乗って、イーアンにもう一度『有難う』と礼を伝えた。
不服な顔のドルドレン。嫌々、親父を送るために一人龍に乗って空に飛んだ。小さくなる姿を見送り、残った4人はその場で待機。
「次は。馬車かな」
タムズがそう言うと、イーアンはちょっと考える。実は、マブスパールで家具も買おうしていたことを言うと、タムズは『家具』と聞き返した。
「椅子とか。そうしたものか」
「そうです。机や、ベッド、いろんなものです」
「それはどうやって運ぶのか」
タムズの問いに、イーアンは少し考えて『きっとお店の人が配達してくれる』と答えた。タムズは配達の言葉を知らないので、それはどういうことが起こるのかを訊いた。
「馬車です。馬車に乗せて、届けてもらうのです」
「この馬車では出来ないのか」
ミレイオとタンクラッドは、このやり取りを聞いていたが、ちょっと目を見合わせた。『あんた。家具どのくらい買う気?』ミレイオがイーアンに数と多さを質問すると、イーアンはドルドレンが幾ら持って来たかによると言う。
「彼は家具を買おうと思って、きっとお金を持って来ています。長椅子や机は、馬車の家族が使うものを選ぶはずなので、少し大きな物も買うでしょう」
「それじゃ。平板でも店で貰って、この馬車に敷いて。家具を乗せて運んだ方が効率的だろう。今日中に運べるぞ」
親方の意見にイーアンはハッとする。『タンクラッドは目の付け所が良いです』そういう手もあるのか、と頷く。
ミレイオとタンクラッドは、彼女はどうしてこう、ちょっと抜けているんだろうと思ったが、言わないでおいた。
「タムズも一緒に行けるでしょうか。お疲れではありませんか」
「龍気はあまり使っていないし、龍もずっといるから問題ないよ。もう少しは、いられる」
こんな話をしていると、ドルドレンが戻ってきた。ドルドレンに今の話をすると、是非そうしたいとタムズに言う。『しかし。タムズが2度も龍になるのは大丈夫だろうか。ここからマブスパール、マブスパールから支部だけど』それってどうなの、とイーアンに訊く。
「距離が短いなら、それほどではないと思います。マブスパールで買い物をするのは、早めに終えましょう」
「必要なら、ミンティンも呼べば良い。側にいれば、龍でいられる時間も長い」
イーアンとタムズがそう言うので、感謝してドルドレンはお願いする(※配送料が浮く)。タムズは中間の地で手伝う日のため、出来れば体を慣らしておこうと考えている。イーアンも今後の予行練習だと思うので、少し積極的。
こうしたことで、マブスパールへまず出発する。
ミレイオだけ先に出てもらい、親方とドルドレンは龍に乗って浮上。イーアンが龍になり、その後、タムズは少し時間がかかったが龍に変わった。馬はちょっと驚いていたが、イーアンがそーっとそーっと2頭並べて両手に挟むと、もう身動きしなかった(※従う)。タムズも馬車を2台並べて、ゆっくり手に挟む。
少し安定が悪そうだが、タムズが浮かんだので、イーアンも飛んだ。
馬が小さく思えるイーアン。両手に挟んだが、正確には摘まんでいるような。人の手と違うので、指の間から落ちないようにちょっと摘まむ。馬は恐れてはいない様子で、ただとても緊張しているのは伝わった。
タムズも、馬車を落とさないように気をつけている。マブスパールまで2~3分だったので、あまり高い場所を飛ばないで進み、町が見えてきたところで、すぐに降下し、壁の外に降りた。
ドルドレンも親方も、龍になったタムズを見て、惚れ惚れ以外の言葉が出てこなかった。こんな凄い相手に、馬車を運ばせていることが、果たして良い行いなのかどうか。人として悩んだ。
馬と馬車を降ろし、イーアンより先にタムズが人の姿に戻る。イーアンもその後戻り、タムズに具合を訊ねると『少しね。多く使うから』と微笑まれる。それから町の中に龍が入れないなら、自分はここで待っていると言った。
「早めに戻ります。馬車と馬と、龍を見ていて下さい」
「待っているよ。龍の側にいれば、少しは良くなる。ミンティンも呼ぶかも」
そうして下さいとお願いし、イーアンとドルドレン、親方は町に入った。ミレイオが、町の入り口で待っていて、合流して町の通りを進む。お昼時なので、料理の匂いが漂い、人も多かった。
「タムズは疲れているかもしれません。早く戻りましょう」
「家具を扱う店。多分、この辺の並びに。あった、良かった。まだやっていた」
ちょっとお腹は空くものの、タムズを待たせているので、4人は急ぐ。タムズ単体の耐久滞在時間は、昨日と一昨日、5時間前後だった。小型の龍がいるとはいえ、龍気も使わせているので、今日は急ぐ必要があった。
家具を取り扱う店は奥行きがあり、2階もあるという。主人に会うと、『あれ。デラキソスか』と訊かれた。ドルドレンは自分は息子だが、一緒にしないでほしいと丁寧に伝えた。
「ああ、そうか。ドルドレン。お前、大きくなったな。もう大人か。今、どこにいるんだ」
ドルドレンを知っているらしい主人は、子供の頃の話をしながら、店内を案内し、ドルドレンの家に必要な家具を訊くと『まとめて買うなら、安くしてやる』と言ってくれた。
そんなことで、ドルドレンは長椅子や机、調理台や寝台、棚やらいろいろと見て回る。イーアンは寝具を探して、カーテンになる布や、小物の類を置いてある場所を見て選んだ。ミレイオが付き添って、二人であれこれ選び、ドルドレンに予算を訊いて、無難な量を箱に突っ込む。
タンクラッドとドルドレンで家具を見て、なぜかタンクラッドの合理的なお勧めで、ドルドレンは家具を揃えることになった。
「あのな。お前の家だから別に煩く言わないが、よく考えてみると要らないものも結構あるもんだ。自分で作れるものもあるし。作れるものは買うな」
と。言われて。棚はやめた(※そのくらい作れるだろうと言われる)。調理台などはタンクラッドが見て『イーアンが使いやすい高さ』と教えてもらい(※複雑な気持ち)それを買うことにする。
イーアンが高い場所のものを取るための踏み台を見ていると『そんなもの、お前でも作れる』と止められた。
寝台は広くて大きいものを選ぶので、それは譲れないと心に決め、ドルドレンは寝台の種類を見た。タンクラッドは側に来て(※これイヤ)暫く眺めてから一言。
「無駄に広いと運べないぞ。一人用のを2台買え。繋がるように並べて、板を貼れば良い。そうすればすぐに使える」
小舅のように、自分の意見を押し付ける親方(※DIYの人)に、ドルドレンは結局負ける。ちょっとぐったりしている所に、ミレイオとイーアンが来たので、ドルドレンはイーアンに、小声で親方の意見が困ることを打ち明けた。
「でも。親方の言うことは一応、正しいです。ベッドに関しては、ほら、後で客室用に回せますもの。次回は二人で来て選べば」
あ、そうか。客室の分もあるんだ、とドルドレンは気が付く。まぁ、じゃ。無駄にならないから良いのかな、と思えた。長椅子やら机やらは、馬車の家族の使う形は定形なので、親方にあれこれ言われない。
ざっくり買うものを決めたので、主人を呼んで会計をお願いし、町の外に運んでもらうことになった。
「後、平板を貰わないと」
親方に言われて思い出し、主人に訊くとそれも用意してくれた。『馬車の床が抜けると困るからって、業者がよく二重板にするんだよ』だから持って行け、と快くオマケしてくれた。
店の外に馬車を出して、購入したものを全て積み込み、いそいそ町の外へ向かう。町の外まで来て、タムズと龍がいるのを見た主人はひっくり返りそうになったが、ドルドレンが笑って説明すると、了解してくれた。
「お前もいろんな人付き合いがあるな」
ドルドレンにそう言う主人は、ちょっとタムズに苦笑いしながら、馬車を横付けしてくれて、平板を敷きこみ、家具の移動を手伝ってくれた。家具を全て運び終わり、主人に礼を言ってお別れする。
馬車の扉をきちんと鍵をかけて閉め、ドルドレンはタムズを見た。『底は抜けないと思うが。揺らさないように運べるだろうか』少し心配そうな顔を見て、タムズは優しく微笑む。『気をつけるよ』その言葉にドルドレンはつい、ちょっとだけ抱き締めてお礼を言った(※嬉しさMAX)。
お読み頂き有難うございます。




