653. 馬車長デラキソスとして
青空の下。パパは焚き火の脇の椅子に座って、遅い食事を食べていた。家族が朝食を食べ終わってから、余った分で良いよ、と言ってある、その残った分を食べていた。
レルが来て、のんびり食べるパパの横に座る。『デラキソス。マブスパールへ移動して、金を借りたら』こういう時もあるからと提案する。パパはもぐもぐしながら、ちょっと唸った。レルの子供が来て、デラキソスの手にある肉を欲しがったので、パパはそれを千切って半分あげる。
「そうだな。親父に聞かれたら、何言われるやら、だが。まぁ、背に腹は変えられないしな」
「シャーノザが降りるなんて。誰も予想できなかった。仕方ないだろう、それに、まさか俺たちの壷まで持っていくなんて誰も思いやしない。エンディミオンだって理解してくれる」
「悪く言うなよ。シャーノザは気楽なヤツだ。装飾が綺麗だから、持って行ったんだよ。あいつは元々、馬車育ちじゃないから、ちょっとした盗みくらいにしか思ってないはずだ。中なんて、知らない。
それより、シャーノザが通りすがりの男と駆け落ちするとは。そっちのが思いもしなかった」
「デラキソスが落胆することもあるんだな。貴重だ」
じろっとレルを見て、小さく首を振ったデラキソスは溜め息をつく。『俺はあいつを好きだったよ。イイ女だし。俺より別の男を好きになるなんて信じられない』そう言うともう一度、本当に信じられないと繰り返した。
「お前はそっちか。馬車の家族が困窮してるってのに」
「困窮してるのは見て分かる。だから装身具を金にしたんだ。アテはないけど(※本当にない)取り戻すまでの間、どうにか食いつないでおかないと」
無理があるよ、とレルは言う。子供たちはいつものように遊んでいて、大人たちも普段と変わらない様子。だが、大人は全員知っている。現状、馬車に金がないことを。
「マブスパールまで行くと、戻るまでにまた日にちが掛かる。その間に質流れでもあったら、洒落にならんだろ。そう思うと動いて良いか考えるよ」
パパはうんざりしたように立ち上がって、食器を洗い、レルに振り向いて『マブスパールは近いうちに頼る』と答えておいた。レルは『早い方がいい』と念を押して、自分の馬車に帰って行った。
「俺だって。分かってるよ」
呟きは誰の耳にも入らない。パパは両手で髪をかき上げて、青空を見た。思うのは、誰かと駆け落ちした奥さん。
シャーノザがいなくなったのを知ったのは、ウィブ・エアハ停留時。『この時期は流れが多いからな』どこの誰だか知らんけれど、シャーノザが男と一緒にいるのを、馬車の家族が見ていた。
彼女は誰とでもすぐ、そういう関係になる。だから気にもしていなかった(※気にしても良い部分)。夜になれば戻ってきて、馬車で食事と睡眠をとる。ある日。シャーノザは戻らなかった。
夜になっても帰らないので、どうかしたかと思っていたら、俺の馬車の中の壷がなくなっていた。
「金が入ってること。あいつは知らないはずだ。あいつは金に関心がなかったし」
シャーノザは自分を飾るものは大好きだったが、金には驚くほど無関心だった。物と生活が満たされていれば、彼女にはお金は魅力もなかった。『そういうところ、好きだったんだけど』パパは寂しげに声を落とす。
だから、壷が欲しかっただけだろうと思った。馬車全体の金を入れる壷は、家宝に近い年代物。遺跡から神具と一緒に持ってきたと聞いている。それに金を入れて、家族の世話に使っていた。
「壷と。シャーノザと。いっぺんに消えちゃったな。相手の男が、彼女を幸せにするとは思えない」
馬車の家族が夜に見た、最後の姿は。シャーノザを迎えに来た男の馬に、正に乗る場面だったらしかった。そのまま二人は闇夜に消えて、それきり帰ってこなかった。パパに何の前触れもなく、突然にそれは起こり、そして終わった。
青空に白い雲がなびく午前。東へ続くハリュフェリャーの道沿いで、デナハ・バスの町から離れられず、デラキソスはかき上げた髪をそのまま、風に吹かれていた。
「参るね。参る。俺も年食ったな。こんなことが痛いなんて・・・ん。んん?あれ、なんだ」
北の空に何かが煌いている。キラキラと太陽の光を撥ね、幾つかの点が青空を動いている。『何だ?あれ』デラキソスは両手を戻し、こっちへ来る光を見つめる。
「おい、おい!子供を馬車へ集めろっ 何か来るぞ。火なんていい、早くしろ。子供を隠せっ お前らも中に入れ」
デラキソスはどんどん近くなるその点に不審を感じ、家族に大声で命令する。『早くしろって。おい、いいから。焚き火なんて放っておけ』馬車長の大声に家族は驚き、女たちは急いで子供を集めて馬車に乗り込んだ。男は火を消そうとしたが、デラキソスに怒鳴られて、躊躇いながらも馬車に戻り、すぐ出られるよう馬を繋ぎ始めた。
「今度は何だ。俺の命運も尽きたのか(←息子曰く『精霊の同情で生きている人』)」
デラキソスも自分の馬車の側まで駆け戻り、近づいてくる空からの訪問者に剣を抜いた。しかし抜いてすぐ、ハッとした。『龍』龍だ、と驚きの声を漏らす。
「イーアン?イーアンか」
剣をそのままに、2頭の翼のある龍を見上げる。龍は誰かを乗せていて、その藍色の方から『俺だ。ドルドレンだ』と息子の声がした。
「何だと?ドルドレン?」
親父の返事に、ドルドレンは龍を降ろす。続いて深い黄金色の龍も降り、その背にも目つきの鋭い男が乗っているのを見たパパ。
「誰だ。お前の知り合いか?」
パパの言葉に息子が答える前に、ミレイオのお皿ちゃんも滑り降りる。パパ、ミレイオにちょっとびっくり。『誰その人』少し素に返って、板に乗った、ギンギラ刺青パンクに目を丸くする。
そしてすぐ、翼を持った人間二人がパンクの横に降り立った。『イーアン・・・・・ 』パパはこれが一番、肝を抜かれる。
「お前。翼が。その男は一体。人間じゃないだろ」
「デラキソス。お元気でしたか。彼はタムズ。私と同じ龍です・・・って、知りませんでしたね。私、この前、龍になりました」
ニコッと笑うイーアンを振り向き、ミレイオは眉を寄せて『あんた。その自己紹介、ムリがあるわよ』と注意した。
苦笑いするドルドレンは、龍の背から降りて父親に歩を進めた。
「用があって来た。話を聞く時間はあるか」
「あるって言えばあるけど。お前、順番おかしいぞ。紹介しろ、何だこれは」
「お前なんかに順番の指示を受けるとは。まぁ良い。このエラそうな男はタンクラッド。そっちのギラギラしている人はミレイオ。彼らはイーアンの保護に付いて来てくれた。
イーアンの横にいる・・・ものすごく格好良い人は、タムズだ。彼は単に、観察するためにここへ同行している」
「言ってることが、よく理解出来ないぞ。イーアンの保護って何だ。観察するためのカッコイイ男は何の意味なんだ。何でお前が龍に乗っていて、イーアンは翼があるんだ。その男はどうして翼も角も」
困惑するパパ(※脳の容量が少ない)は頭を振って、息子のした紹介を一生懸命理解をしようとする。
タンクラッドはじっと男を見つめ、それから総長を見る。ドルドレンは目を合わせない。親方はもう一度、目の前の男を見てから、総長を覗き込んだ。『そっくりだ』その一言が鉄槌のように、ドルドレンを嫌そうな顔に追い込む。ミレイオが来て『本当』と呟いた。
「すっごい似てる。ちょっと白髪多くある?って感じで。似てるって言うか、本人みたい」
「やめろ、やめてくれ。それ以上言うな」
ドルドレンが絞り出すように、抵抗の声を上げる。ミレイオもタンクラッドも、まさかここまで似ているとは思わず、ただただ、じーっと二人のそっくりさんを眺めては、『似てる』と呟き続けた。
タムズが動き、イーアンがハッとする。タムズはちょっとだけイーアンを見て微笑み『大丈夫』と頷いた。翼を消して、腰に垂らしていた陣羽織を着直すと、男龍は剣を持ったままの男に近づいた。
パパは驚きで口が開いた。『何だ、何する気だ』近づく赤銅色の肌の男に慌てて、剣を持つ手を動かす。タムズはその剣を見てふっと息を吹いた。剣は消えた。
「恐れるな。私は見ているだけ」
「いや。恐れるなって。何言ってるんだ、ムリだぞ。お前、怖いだろう(※正直なパパ)」
「怖いと思わないんだ。怖いと思わない。良いな。大丈夫だよ」
パパ、説得される。金色の瞳は自分を見つめ、静かな優しい口調で『怖いと思わない』と言われると、パパも段々、そうかなと思い始める(※単純)。
「そう。そうか?怖くない?でも」
タムズは、パパの唇に指を伸ばして少し当て『シー』と一声。パパは頷く。『怖くないんだ』そうだろう?と男龍に言われて、パパは怖くなくなった。
こうしてパパは怖くなくなり(※パーだから早い)タムズはOK、となる。
こんなやり取りを見て、ドルドレンもミレイオも羨ましい気持ちを抱え、タンクラッドは『男らしさが違う』と尊敬していた。イーアンとしては、さすが男龍と感心する部分。あのパパ(※パー)をあっさり手懐けたのはスゴイと思った。
「君は。ドルドレンと似ているけれど、関係があるのか」
「俺はこいつの父親だ。デラキソス」
「デラキソス。私はタムズ。彼らに馬車を分けてあげてくれ。旅に出るから」
タムズの言葉に、パパはドルドレンを見た。ドルドレンは側へ来て『そういうことだ。馬車2台。調達したい』短く用を伝えて、親父の反応を待つ。翼を消したイーアンも来て、ドルドレンの横に立ちお願いする。
「内装はなくても良いのです。馬と、馬車の外箱だけで良いのですが」
ミレイオは移動して、すぐにイーアンを守れる位置で止まる。タンクラッドも側にいた。パパは、突然の来訪者に少し威圧され、『ちょっと待て』と時間をもらう。頭が痛くなる(※容量が)。
「ちょっと。ちょっと待ってろ。お前たちが急に来て、何だか分からない危険だからと、家族を馬車に乗せた。話なら、外でするから、家族を元通り外に出す」
自分も一緒に、とドルドレンは言い、父親とドルドレンは馬車の集まる場所へ行って、家族たちに声をかけた。
その後姿を見ている4人は、思うところ同じ。タムズは、ギデオンの風貌を知らないが、戻ったら、ルガルバンダに聞いてみようと思った(※そっくりなのかどうか)。
ミレイオは確信する。多分、本当に。この家系は、いつ誰が勇者になっても良いように、時代関係なく皆そっくりなんじゃないかと踏んでいたが、当たってる気がした。
イーアンも久しぶりにパパを見て、伴侶と似ているのは見た目だけ、と頷く。相変わらず、おつむがちょっと。それは伴侶と大きく違うなと感じる部分。
パパは少し疲れているように見えたが、それは年齢ではなく、一時的なお金の心配からだろうと思う(※奥さん駆け落ちもある)。
タンクラッドも考えるのは、ジジイのこと。あいつだけでもビックリしたのに。ジジイ、親父、総長。何だこの家系は。何でこんなに似てるんだ。気持ち悪いくらいに似ている。歩き方までそっくり。これで中身が正反対じゃなかったら、間違えるだろうなと思った。
馬車の中から人が出てきて、子供たちはまた遊び始めたようだった。大人たちもこちらを見ているが、焚き火の世話をしたり、洗濯物の続きなど、自分たちが来るまで行っていたことを再開したようだった。
デラキソスとドルドレンも戻ってきた。二人は既に用件を具体的に話し始めたようで、ドルドレンは、親父の返す言葉を注意深く聞いていた。デラキソスもまた、息子の顔つきを見ながら、言葉を選んで喋っている。
2頭の龍が座る場所へ歩く二人を見て、待っていた4人も龍の側へ移動した。『用は分かった』パパは首を回して、空に向かって息を吐き出し、道の脇に直に座った。
「まぁ座れ。椅子じゃないけど。大地はいつでも俺たちの床。座って話すぞ」
言い方が浪漫ねぇとイーアンは思いつつ。龍の側に座る。タムズも横へ来て、龍に寄りかかった。ミレイオとタンクラッドは、龍に近い場所に屈みこむ。ドルドレンは親父の正面に胡坐をかいて座った。
「さてと。ドルドレン。馬車を買いたいなら、先に二つ、言うことがある。馬車はここにないことが一つ。もう一つは代金だ」
「馬車はどこだ」
「マブスパールより手前の民家で、馬車を降りた家族が持ってるよ。そこまで行かないと、お前たちの言う外側だけの馬車があるかどうかも分からない。寝台と暖炉が乗っている状態の、そういう馬車しかないかも知れん」
「見に行ってから、ということだな。次は代金か」
「そうだ。普通に使える馬車の状態なら70,000ワパン(※予想通りの吹っ掛け)。中身がなくても60,000ワパン。金額、勘違いするなよ。俺の手元になんか、僅かにしか残らない。紹介料で、もっと貰いたいくらいだ」
ドルドレンは頷いて、イーアンをちらっと見る。イーアンと一緒に中年組もドルドレンを見た。本当に息子の予想通り・・・こんな親もいるのかと、じわじわ理解を深める中年組。
イーアンも何となく分かっていたけれど、本当に筋書きそのままで少し驚く。タムズは静かに観察するのみ。
「俺たちは旅の資金もある。馬車の中を求めないのは、出来るだけ出費を控えたいからだ」
「気持ちは分かる。値切りたいのも。だがな、ドルドレン。そんじょそこらの荷馬車と違うくらい、お前だって知ってるだろ。そんな安売り出来ないんだ」
「一台、馬付いて70,000ワパン。2台も買ったら140,000ワパン。俺たちはその半分も出せない。だから外箱と」
「だから。無理だって言ってるだろ?こっちだって、冷たくしたいわけじゃない。力になってやりたいが、俺たちだって金がないんだ。貰うもんは貰っとかないと・・・今は本当に切羽詰っているし」
ドルドレン、イーアンを見る(※⑤の出番)。イーアンは諦めたように目を伏せた。中年組も『⑤だな』と読んで、同情の眼差しを向けた。
イーアンは伴侶の側へゆっくり移動して(※罪悪感があるから動きが遅くなる)荷物を脇に置いて、自分を見るパパと目を合わせた。
「そんな目で見るな、イーアン。本当に意地汚くしてるわけじゃないんだぞ。俺はお前が好きだから、本当は手伝ってやりたいと思う。だが、金の都合で」
「何かありましたか。以前にお会いした時、お金の話をされていることはありませんでした」
言いにくいなぁと思いつつ、イーアンは事情を訊ねた。パパは思いっきり息を吸い込み、目一杯の溜め息をつく。
「シャーノザが。男と逃げた。馬車の金を持って」
その言葉に、イーアンとドルドレンは目を見合わせた。ドルドレンは眉を寄せて『逃げた?』もう一度繰り返して訊ねる。親父は気力が削がれたように、空を見上げて力なく頷く。
「そー。逃げた。もう何週間経つのかな。一ヶ月も経ってないか。駆け落ちだな、言ってみれば。俺よりイイ男なんていないのに、何でだろう」
「お前がいい男なら、起こらない出来事だ」
ギラッと睨みつける親父の目に、息子は黙る。『本当だ』と言い添えて、親父に舌打ちされた。
「お前ってヤツは。実の親に口が悪過ぎる。落ち込む相手に気持ちを汲むことさえしない」
「どうでも良い事だ。馬車の金を持って行かれたとは。それは」
壷、と親父は嫌そうに教える。『壷だよ、あれごと持って降りちまった』パパの顔は、悔しそうではなく、悲しそうだった。ドルドレンは無表情だが、イーアンは気の毒に感じる。パパは、奥さんとお金を同時に失くしたのか。
ドルドレンは愛妻をちらっと見て、うん、と頷く(※⑦だよ、の意味)。イーアンは苦笑い。でも、そうだな、と思う今。手品で解決なんてしないけれど。渡す宝を、お金に換えてくれるとは限らない。
でも。だとしても。ほんのちょっとの時間、気持ちが軽くなってほしいと思う。
目の前のパパは、胡坐をかいた膝の上に両肘を乗せて、前屈みに項垂れている。小さな声で『そういうことだから。手数料くらいはな。家族の為にも貰っとかないと』そう呟くパパに、イーアンは荷袋を引き寄せた。
タンクラッドの目が、期待をこめて面白そうに輝く。ミレイオもニッコリ笑みを深め、その様子を見る。
タムズは状況を見守るだけだった。警戒するくらいに危険な男と心配されていた割に、地面に腰を下ろして項垂れる男は、どこから見てもとても弱々しく感じた。
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