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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
645/2953

645. タムズの試み ~初衣服

 

 驚き、困惑するイーアンに、タムズは少しずつ、分かりやすいように、自分たちの存在を教える。イーアンは目を見て頷いているが、タムズから見て彼女は、受け入れるのに抵抗がありそうだった。



「違う立場に変わる。それはとても大きな変化だろう。仮に私が、明日から人間として、体も立場も変われば、私だって、受け入れることが難しいと思う。

 しかし。イーアンはたった今、その現実に向かい合っている。ここから逃げることも出来なければ、挨拶をして立ち去ることも出来ない。言葉で伝えるにしても、限界がある。体験を通して理解するんだ。


 そしてね。君が悩んでも、相談する相手が人間では・・・そこにいる、ミレイオという者は、サブパメントゥの者だな。彼らではこの件について、相談役に不十分だ。

 そのために、私が君を知る必要がある。私が知ることで、幾許かの理解と相談には役立つだろう。分かったね」


 見抜かれたミレイオ。人間ゆえに手伝えないタンクラッド。その場にいるだけで、男龍の話に、自分たちが一切、関われないと理解する。

 黙ったままの二人をちょっと見て、イーアンは眉を下げて悩む。垂れ目がさらに垂れる。タムズは見つめているだけで、返事を待っていた。



 私が君と一緒に過ごすには、何か必要なものがあるか。


 タムズの最初の問いは、『地上滞在を前提に、自分に用意するものがあれば』そこから発した問いだった。地上滞在の理由は、人間として生きている時間の長い、イーアンへの理解を深めるため。頭ごなしに龍の知識を押し付けるような方法を、男龍たちは選ばなかった。


 そして、卵たちは祝福手前だったらしいが、生まれたばかりの子供への祝福は、そのまま続くだろうことも。(すなわ)ち、イーアン自身の龍気を、子に与え続けることを意味していると教えられた。


 イーアンは、悩んでも仕方がないのか、と溜め息をついた。オーリンに聞いてもらったことが、再び念を押すように降りかかる。

 地位や立場で、生活状態が変わるのは、人間の社会でも同じだけど、存在が・・・力の在り方がかけ離れている立ち位置では、丸ごと。それまでの自分を、払拭するような感じがした。



「分かりました。こうしてここまで来て頂いたのです。タムズの挑戦が有意義であるよう、私も努力します。差し当たり、何時間ここにいらっしゃるかにも寄りますが。衣服を」


 服を着て、と言われたタムズ。目を丸くして、首を傾げた。『衣服。必要なものはそれか?』なぜ、と言う男龍に、イーアンは説明する。


「上で。ビルガメスに言われたことがありました。イヌァエル・テレンは龍気が満ち、衣服が要らないだろうと。私が衣服を着ていることが、彼には奇妙に見えるようでした」


「それは。ビルガメスじゃなくても思うよ。私たちも思う。君は龍なのに、なぜそんなに沢山の物が必要なのか。食べ物も衣服も道具も要らないはず」


 男龍の言葉を遮り、イーアンは話を続ける。


「私はビルガメスに『自分は衣服を着ることで安心する』と話しました。それは私の習慣です。抵抗がおありかもしれませんが、タムズがここにいる時間は、タムズも何か着用して頂けませんか」


「衣服を着ると、君の気持ちが分かるということか?」


「分からないかも知れませんけれど。少なくとも、多少は」


 ちょっと笑ったイーアンは、ミレイオとタンクラッドを見た。タンクラッドは苦笑いしていたが、ミレイオは萌えていた(※裸も良いけど服も見たい人)。


「彼らも着ます。中間の地で、肌を全て晒すことは・・・思うに、ないことなのです。私の習慣、動向を知るなら、衣服くらいは。食べなくても良いですけれど、食事の場にも同席して頂きたいですし、基本の衣食住を、共に過ごしてみて下さいませんか」


 タムズはこの展開に驚いたようで、呆気に取られた顔をしていた。ちょっと髪をかき上げて『うーん』と悩んでいる様子。赤銅色に銀色のかかる肌は、艶やかで逞しく、額から伸びる2本の角は龍そのもの。衣服を着ると弱く思えるのか、タムズは即答を躊躇っていた。


「ふむ。そうか・・・思ってもみなかった。衣服とは。それで龍気が遮られては困るけれど」


「もしそうであれば、着なくて結構です。でも、意味を。言葉では分からないでしょうから、感覚で近づいてもらえないかと思うので、一度着用して下さいませんか」


「そう。いいよ。では着てみようか。初めて衣服を着けるから、龍気に影響があれば、すぐにイヌァエル・テレンに帰るけれど」


 タムズはそう言うと。不思議なことに翼を消した。少し驚いたイーアンに、タムズは微笑み『イーアンも出来るね』と言った。正確には、タムズの場合は物質を交換しているので、イーアンとは違うのだが、イーアンは分からない。そうなのかと思い、ニコッと笑った。

 

 そして『龍気に影響が在れば、それは勿論脱いで頂いて良いのです』と答えた。だが。身長2mのタムズに着せる服がないことに、はたと気づく。何を着れば良いのかとタムズが訊くので、イーアンは困った。


「ね、何かドルドレンの服で大きいのは?ないの?」


「彼はぴったりのものです。無駄を嫌うので」


「俺もこれだけだから、貸せないぞ」


 服の少ないタンクラッド。最初にお断りの札を立てる。ミレイオも体が大きいわけではないので、彼に着せる服はない。イーアンは少し考えて、待っていてもらうことにし、工房を一度出て行った。


 3人で待つ工房。衣服着用前に、じっくり見ておこうとミレイオは、タムズを見つめる。


 美しい色の肌。どうして男龍は皆こう、魅力的なんだろうと感動する。全員ヨダレものである(※ミレイオ視点)。

 背に垂れる長い煌く髪の毛、金属のような色の肌。金色の力強い瞳。反り返る長い角。大きく膨らんだ厚みのある筋肉。そして顔が・・・めちゃめちゃカッコイイ・・・・・ うえ~~~ 誰でも良いから、一緒に寝て~~~(※ミレイオ崩壊)


 刺青パンクが崩壊して、ヘロヘロしている横で、親方は微妙な気持ちで佇む。


 ビルガメスもルガルバンダも、目の前のタムズも。男龍たちはデカイ。自分も背はあるけど、種族が違うからか、全然でかく見える。

 男らしさに、神がかる龍の血が入ると、もう無敵にさえ見える。彼らは純粋で、崇高で、誇り高く、力強い。それはタンクラッドからしても、何となく羨ましい部分だった(※自分だって筋肉あるのに、とは思う)。

 そんな男龍の一人・タムズが、体を縮めて衣服を着る。

 着てくれ!と思う。着ればちょっとは、人間っぽく見えるかもしれない。角もあるし肌の色も違うが、少し人間っぽければ、まだ自分を過小評価しなくて済む気がした(※親方只今、男として弱気)。


 タムズは、服の効果が悪く働かないことを祈る。そして、何だか少し弱さを得るような気持ちがあり、抵抗があった。これが、イーアンがよく感じる、新しい状態への()()なんだろうか、と静かに洞察する。



 間もなくしてイーアンが戻り、手にチュニックとズボンを持っていた。一応、革の靴も運んできて『きつかったら換える』とタムズに見せた。


「ショーリが唯一、2mを超えています。彼に話して、洗った衣服を分けて頂きました。靴はどうかしら。ドルドレンに相談して、ショーリと同じくらいのものを持ちましたけれど」


 襟のない、首元にある紐で調整する白いチュニックと、騎士修道会の黒いズボン。足首を覆う、茶色い革靴。タムズはそれを見て、諦めたように溜め息をつく。


「どう着るのかな。教えてくれ」


 イーアンは最初にズボンを穿かせることにした(※アレ出しっぱなしだから)。そこは直視出来ないので、親方にお願いする。タンクラッドは渋々、タムズの着用を指示。


「普通のことしか言えないぞ。この筒に足を入れるだけだ。あ、ダメだ。ボタンを外してからじゃないと。そうだ、そうして足を入れただろ。その、チン○をしまえ。どっちでも良いから、足に沿わせておくんだ。それからボタンをかけるんだ。ボタン・・・分からないのか。こうだよ」


 ちょっと赤くなりながら、タムズのズボン着用を、頑張って手伝うタンクラッド。羨ましくてならないミレイオ(※率先して立ち上がって、イーアンに止められた)。イーアンは止めたことでミレイオに睨まれているのを、必死に目を逸らして避けた。


 親方がどうにかタムズにズボンを穿かせると、タムズは窮屈そうに顔をしかめる。『こんなものを着て。何が良いのか分からない』困ったように呟く男龍に、親方は面倒見良く、次に靴を履かせてみる。


「靴。これは、大丈夫そうだな。痛くないか。歩くと痛いこともある。その場合はイーアンに言って、少し調整してもらえ。あと、チュニックか。これはこう・・・着るんだ。

 ん、違う。それは背中側だ。こっちが前なんだ。タムズ、角が。嫌がるな、角を引っ掛けないように。嫌か、イーアン」


 振り向かれ、被るスタイルのチュニックは、タムズが嫌がると親方は言う。タムズもちょっと怒ってる。


「角に引っ掛かる。こんなのは着れないぞ」


 仕方なし。親方は自分のシャツと交換してやった。『俺のだ。小さいかな』言いながら凹むタンクラッドは、シャツを脱いでタムズの腕に通してやる。かなり、ぱつっとした印象だが、前を締めなければ、腕くらいなら我慢出来ると言うので、シャツの前ははだけた状態。親方が上半身裸なので、イーアンは急いで、チュニックを着るようにお願いした。


「お前は。男龍が裸でも気にしないのに。俺が上が裸だと困るのか」


「相手が人間じゃないのです。当然でしょう」


「え。それ言ったら、私の上半身裸も気にしてないでしょ。私が人間じゃないからってこと?」


 ミレイオが挟まると、こじれが深くなるので、イーアンはそういう意味ではない、と笑いながら止めた。親方もチュニックを着て、タムズも一通り3点セットを着用し、無事に工房にいる人全員が、衣服を着ている状況に変わる(※これが普通)。


 タムズは嫌そうだった。ムスッとした顔で、服を脱ぎたそうに体を動かしている。


 でも。シャツのはだけた胸筋と腹筋、肩や二の腕に張るシャツの袖、黒いズボンと革の靴は、新鮮な姿。


 イーアンは惚れ惚れした。写真を撮ったら、きっと見事な雑誌の表紙である。素晴らしい。男龍も、衣服は似合うと知る。これはモデルさん並みですよ、と心の中で拍手。


 真横でミレイオが『腰が抜ける』と、笑いながら机に縋り付いていた(※あまりに格好良くて、笑いが止まらない)。ミレイオのツボに入ったらしい、衣服着用男龍。『ダメだ。私、気絶するかも』イーアンに凭れかかって、あまりの美しさに力が抜けると、タムズを誉めていた。


 親方はがっかりした。こいつだけじゃないだろう、と唇を噛む。きっとビルガメスもルガルバンダも、他のヤツも、衣服を着たところで男らしさが治まらない。かえって、男らしくなってしまった気がした(※敗北感)。



「イーアン。タムズはいるの」


 扉が開いて、ドルドレンが中を見た。見た瞬間。ドルドレンは膝を着いて、両手を床に震える。親方にその気持ちは痛いほど伝わった。震える総長に近寄り、背中を撫でて『分かる』と呟いた。


「タンクラッド・・・俺は。俺は、悲しい。何であんなにカッチョイイんだ」


「言うな。分かるから。服着せて、間違えたな。着せなきゃ良かった」


 タムズは慰めあう人間の男二人を見つめ、服について何かを言うことが理解出来なさそうに、イーアンを見た。イーアンは少し笑って『良く似合っている』と教えた。首を振って、うんざりした様子のタムズに、龍気はどうかと訊ねると。



「私も気にしていた。しかし少しだが、龍気が落ち着いている気もする。あれ?」


 タムズが机を見て目を見開いたので、どうしたかな、と振り返ると、タムズは『龍の皮だ』とイーアンに言う。

『あれは服なのか』イーアンの服を見て、机の上の服を指差す。イーアンがそうだ、と答えると、タムズはあれの方が良いと言い始めた。


 そして。ドルドレンが泣く泣く、自分の上着を貸してやった。『俺のだ。イーアンが縫ってくれたのだ。後で返してくれ』寸法が合うのはドルドレンだけなので、涙目でドルドレンは、龍の上着をタムズに渡した。親方は、今日、自分は龍の上着を着て来ないで良かった、と思った。


 タムズは少し笑顔が戻り、親方のシャツを脱いですぐ、龍の上着を羽織った。

『おお。イーアン、これなら大丈夫だ。窮屈でも何でもない。龍気も増えるよ』腰を留めるベルトは要らない、と断るので、タムズは、ズボン&革のブーツ&龍の着物上着で完了となった。


「かっ。かっ・・・ううう。カッコイイ」


「泣くな、総長。お前最近、ほぼ毎日に泣いてる気がするぞ。男なら泣くな(※自分の上着は無事だから)」


 悲しいほどにカッコ良い男龍の龍・着物姿(※龍だから当たり前)。

 はだける前の筋肉が最高過ぎて、ドルドレンは悔しさもない(※完敗)。俺もああなりたかったとこぼし、親方に抱き寄せられて、その胸ですすり泣く。


 タムズは、ズボンと靴は複雑そうなものの、龍の皮の上着に救われたと笑顔を向けた。『この服は楽だ。着ている感じもない。龍の皮なら私を守るし、これなら大丈夫だ』良かった良かった、と私物のように喜ぶタムズだった。

お読み頂き有難うございます。

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