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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
643/2953

643. ロデュフォルデン候補地・民話

 

「というと。二人共そこには」


「そうよ。あれ、誰でも無理だろうと思う。ねぇ?」 


「何かと思ったがな。どうにもならんだろ」



 ドルドレンは、神妙そうに頷く。ミレイオとタンクラッドはそれらしい場所を知っているようだが、おいそれと近づけないのも知った。


「そんな場所があったのか。説明されると、そこかもしれないと思うな」


「あってるとは限らないぞ。何となく、思いつくのはそんな雰囲気ってだけだ。別の場所かも知れんし」


 どう思うのかとイーアンを見ると、イーアンも自分を見て困っている。『そこは、上から見れません』多分、と自信なさげに呟いた。ドルドレンも驚くままに、言葉を落とす。


「周囲が火山帯。その上、海を挟んで島らしきものがある、その向こうは海が流れ落ちる場所とは。地下でもないのか」


「地下じゃないわよ。地下って、海底から下ならそうだけど。あれ、海の中よ。きっと。

 あの水の引き込まれ方じゃ持ってかれるから、船なんか出せないし。龍がいる今、上から見たいだろうけど、周りが噴火してる火山の中だもの。相当、上からじゃないと危なくて見れやしないわ。それでもどうなのかしら」


 ミレイオは両目を閉じて、眉を寄せる。『いや~無理だ。距離があるし、あの中心なんて想像できないもの』そう言って首を振った。


「もしかしてよ。もしかして、そこがそうだとしたら。暢気に卵孵せるのかって話にもなるのよ。谷の泉って聞けば、静かな青空と緑の森林がある、澄んだ泉の印象しかなかったけど。あれ、全然違う」


「違うな。あそこはすぐ先が海流も変わると聞いた。潮流はあの場所全体で生じているが。

 アイエラダハッドの北。ティヤーの、そうだな、北の島の混ざる場所か。ずっと昔は、あの辺までティヤーだったのか。曖昧な場所だ。

 そこ、と決まったわけじゃないだろうが、その辺りで、名物に近いくらいの接近禁止地域は、そこくらいだったな」


「ある意味。有名なのか。そういうことだな?」


 タンクラッドもミレイオも、総長の確認に頷く。『有名だな。景勝地ってほどじゃないにしても』皮肉のように親方は首を傾げる。


「アイエラダハッドの北は、本当に火山が多い。海の中でも火山があるくらいだから、あの辺全体が、旅する者の目に留まるだろう。だが、あの場所は。名前も特に聞かなかったし、ロデュフォルデンかどうか確かめようがないが、誰一人、行ったことがないといえば、あそこは完璧だろうな」


 親方はそう言うと、本を開いた。3人を見渡し『読んでみようか』と呟く。



 ――世界の民話『天に上った男』


 昔々。ヒリの国の島に貧しい漁師の男がいました。男は年老いた母と暮らしていました。貧しい漁師小屋で暮らす親子は、食べるものも海のご機嫌次第でした。

 毎日、男は舟を出して魚を獲りに行き、海が穏やかなら魚に恵まれ、海が荒れていれば何日も食わずに過ごしました。しかし、親子の暮らしは一向に楽になりませんでした。


 ある時。年老いた母は息子に言いました。「お前。もっと遠くへ行きなさい。舟を少し大きくして、沖に出れば、もっと魚が獲れるかもしれない。そうすれば市場でもう少しお金になるだろう」母親の言葉に、息子はそれもそうだと思い、翌日、朝早くから舟を作りました。


 沖に出ても壊れない支えをつけて、息子は早速漁に出かけます。「お母さん。行ってきます。もしも私が帰らなければ、死んだものと思ってください」年老いた母親は泣きました。

 男は離れた家の知り合いに母の世話を頼み、新しくした舟と共に沖へ出ました。船は快調で、ずんずんと波間を進むと、これまでに来たことのない遠くまで来て、男は少し恐くなってきました。「どうしよう。もう危険なくらい、遠くに来てしまった」海中に目を凝らすと、魚の一匹も見えません。


「これでは網も打てない。戻るべきだろうか」男は誰もいない海の上で、恐れに負けて舟の()を返しました。もう帰ろうと思ったのです。


 その時、潮の流れが変わり始め、男を乗せた船は大きな波に押されました。慌てた男は、艪を力一杯動かしますが、波には、全く勝てません。「ああ。私は死ぬのか。お母さん、あなたより先に死ぬことを許して下さい」男は諦めて悲しい気持ちになりました。男の声は天に響いたものの、波は舟を放しません。舟はどんどん波に連れて行かれ、空には黒い雲も広がり、風は勢いが増してきました。不安になる男の目の前には、恐ろしい光景が見え始めました。


「どうして私の命に災いが。私は貧しかったけれど、人に悪くはしなかった。神様、どうしてですか」嘆く男の声は、吹き荒れ始めた風に掻き消えて、船は高くなる白い波に何度も洗われます。舟を丸ごと覆うほどの白波の牙に、男はひっくり返りそうな舟にしがみ付いて、必死に祈り続けました。


 舟はどんどん勢いをつけて、海なのに山がそびえ、山の天辺からは、ゴウゴウと火を噴いている場所へ流れ込みます。見渡せば、そんな山が幾つもあります。舟は波につかまれ、火を噴く山の隙間に吸い込まれていきます。

 叫んでも泣いても、誰も助けに来ません。男は一人、恐れに震え、ずぶ濡れになりながら、木の葉のように、波間に浮かんでは沈み返す船に、力の尽きるまで縋りつきました。出来ることといったら、それしかなかったのです。


 火を噴く山は巨大で、男の船を引きずり込む海流は、まるで地獄の門のようでした。どこへ行くのかと怯える男を乗せた船は、沈むに沈まず、山々の間を縫って中心へ進みました。さらに男には、魂が抜かれそうなほどに、恐ろしい光景が待ち構えていました。


「私は神様の僕でした。なぜこれほど、あなたは私を苦しめるのですか」


 悲しみに叫ぶ声は、荒れる波と吹き抜ける風に消され、男は涙も枯れました。小さな船は、海が滝のように流れ落ちる、先へ向かっていたのです。

 悲鳴は誰の耳に届くことなく、男の舟は、海が流れ落ちる、滝の向こうに放り出されました。もうだめだ! 男は諦めて、最後まで神様の名前を呼びました。舟から体が離れ、水の中に放り込まれました。息をしようとしても、水が流れ込み、口も鼻も水でふさがれてしまいました。


 苦しくて、もがいたのも束の間。少しすると、冷たかった体は温かさに包まれ、男は自分が死んだと思いました。「私は死んだのだろう。お母さんは一人で気の毒だ」年老いた母の行く末を案じ、男は親不孝な自分を後悔しました。


 温かさの中に漂い、体が軽く浮かんだような気がした時に、自分は天国へ来たのかと目を開けると、そこは豊かな緑のある大地でした。男が見渡すと、自分がいる所は浅い水辺で、周りは、切り立った崖がぐるりとありました。海の滝に落ちたと思っていたのに、この場所は静かで、滝も海もありません。舟は、ずっと離れた場所にありました。


 疲れ切った男は、温かい水の中から立つことが出来ず、そのまま少し座っていました。暫くすると、青空から白い雲が近づいて、雲の中から人が降りてきました。恐れる男を見た人たちは「一緒においでなさい」と言いました。その人たちは天の人で美しく、優しい顔で、疲れた男を支えました。


 男はそれから、天の人たちと、空へ行きました。空の上には地上があり、男は親切にもてなされました。最初は怖かったけれど、誰もが親切なので、男は段々心が明るくなりました。そして、来る日も来る日も楽しく過ごしました。空はお腹も空かず、飲み物さえ要りませんでした。美しい男の人と女の人が、漁師の話を聞きたがり、男は毎日、同じ話をしました。それに、すっかり地上のことを忘れていました。


 ある時、男は母親を思い出しました。お母さんは、どうしているのだろう。私が死んだと思って、悲しんでいるだろうか。もしかして、飢え死にしてしまっただろうか。それを一度思うと、男は帰りたくなりました。


 天の人にお願いし、自分は、ここにいると幸せだけれど、年老いた母が心配だから戻りたい、と頼みました。天の人は男の優しい気持ちを分かってくれて、小さな綱と、小さな笛を渡しました。「あなたが漁に出る時に、綱で水を打ちなさい。あなたが苦しくなったら、笛を吹きなさい」男はお礼を言って、二つの贈り物を受け取り、天の人に送られて、浅い水の場所へ行きました。


 舟はそのままの姿で、男を待っています。男は舟に乗りました。天の人は水を触って、男にさようならを言いました。男が返事をする前に、舟は水に飲まれて、あっという間に海に出ました。その海は、後ろに火を噴く山が見える場所でした――



「それでな。男は家に戻ったが、続きは微妙。親はもう死んでいて、自分は出かけた日と同じ体。近所は代替わり。小屋のような家さえ、消えていた。小さな綱で海を打つと、魚が集まって網が破けるくらいの大漁を見て、腰を抜かす。しかし空しい。自分を知るものは居らず、どう生活して良いのか分からない。心がやられたんだ。

 男は、苦しいなら吹け、と言われた笛を、次の夜に吹いた。その途端、男の姿は星に変わって空に消えてしまった。地上から夜空に飛んだ一すじの星を、誰もが御伽噺として言い伝えたわけだ」


 親方は、本を閉じて、その場にいる3人をゆっくり眺め渡した。『どう思う、イーアン』一番聞きたい相手に、ちょっと笑って振ると、イーアンは笑顔がないまま俯いている。


「私。その方の話を、ドルドレンに読んで頂いた時。とても切なかったのです。そうしたお話は、母国にもあり、子供の頃は誰でも聞かされる有名なお話でした。それを思い出します」


「イーアンの母国の御伽噺も、空に帰るの?」


 ミレイオが静かに訊いたので、イーアンは小さく首を振る。『そのお話では、彼は贈り物の箱を空けて、中から出てきた煙により、老人になって物語が終わるのです』さらに厳しく思える結末に、ミレイオは眉を寄せた。『子供向けなのに、キッツイ話ねぇ』率直な感想に、イーアンも苦笑いで同意した。


 ドルドレンは時計を見ながら、そろそろ執務のヤツらが痺れを切らすと察し、席を立つ。

『俺は仕事に行くが。その民話と、ミレイオたちの話した場所は近い』そこかもと、3人に告げ、意を決したように『自分は行く』・・・そう言い残して、総長は去って行った(※執務の騎士、扉の前までお迎えに来てた)。



「どうすると。火山に取り巻かれた海の滝が、憩いの泉になるのでしょうね」


「波に呑まれるんだろ」


「それじゃ命懸けじゃないのさ。卵孵すなんてお断りだわよ!」


 冗談じゃないわよ!!きーきー怒るミレイオに、『お前が孵すわけじゃないだろう』と親方は困ったように押さえる。苦笑いのイーアンも、『さて』と首を捻る。


「そこが候補かなと思いますが。如何せん、疑問があります。場所は本当に、そのままのように聞こえました。

 しかし、空と繋がっている(くだり)が気になるのです。遥か昔から生きている、ビルガメスさえ知りません。イヌァエル・テレンで、彼が知らない場所があるなんて。御伽噺では天の人々が迎えたのに。複数の人が、その漁師の方をお世話されている様子です」


「記録にないくらい、昔なんじゃないのか」


「イヌァエル・テレンは、記録の産物はないと聞きました。物語は誰かしらが知っています。始祖の龍が空の最初ですから、その後の話であれば、誰かは知っていると思えるのですが。

 彼らは長寿ゆえに、それが可能なのです。云わば口伝です。確認していませんけれど、ビルガメスが最高齢であると思います。その彼が知らないとなると、イヌァエル・テレンでも場所(そこ)を探さないといけません」


「地上と繋がる、その・・・空の地点か」


 イーアンは針をちょっと進めながら、『どこなのでしょう』と眉を寄せて呟いた。ミレイオも縫い物を再開して『空でも謎』手強いね、と独り言。



「あっさり、旅に出る前に見つかれば、世話ないか。それじゃ、面白くないんだろ。今回はここまでだな」


 フフンと親方は笑って、手に持っていた民話集を机に置いた。午後の光は、春になって角度を変え、少しずつ工房に差し込む。謎談議に花が咲いた昼下がりの工房は、思いに耽る面々の沈黙で静まる。そんな工房に、きらっと何かが跳ね返るように、一際、明るい光が差していた。

お読み頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方に心から感謝します。有難うございます!励みになります!!

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