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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
642/2955

642. 4人も寄れば文殊の知恵

 

 明くる日も、工房は早くから稼動していた。イーアンは4時には起きて着替え、工房に火を熾す。そして湯を沸かしに掛けて、昨日の続きの作業に入った。



 ミレイオも自宅で早起き。ザンディの石を洗って、雑草をちょいちょいどけてから、少し会話。昨日の手品のことを話すと、『もう行くって決めた』と伝えた。

 それから家に入って軽く朝食を摂り、ちゃちゃっと化粧してからピアスを付け(※顔だけで30個くらいある)縫いかけの着物を袋に押し込んで、お皿ちゃんと一緒に北西の支部へ飛んだ。


「何か。縫ってて、肌はちりちりするんだけど。やけに目覚めも良いし、体が元気なのよね。龍のお陰かしら。これって、ルガルバンダの愛かしら(※そう思いたいけど関係ない皮)」


 お皿ちゃんで夜明けの空を飛ぶと、寒さは感じるのだけれど、それも緩和している気がする。『私。サブパメントゥ寄りの体じゃないから、平気なのかな』どうなんだろ、と呟きつつ、ミレイオは体の異変を前向きに捉えていた。



 北西支部のイーアン工房(※正式名称:ディアンタ・ドーマンだけど、長いから覚えない)前に到着して、ミレイオはお皿ちゃんを降り、ランタンの灯る窓を叩いた。『うう~早起き~』ニヤニヤしながら、中のイーアンが来るのを待ち『おはようございます』の挨拶と一緒に、窓から中に入る。


「おはよう。どう?ちょっとは寝れたの?」


「はい。私は夜は意識を失いまして、そのまま眠ったようですが、ドルドレンは元気です」


 ハハハと笑うミレイオは、イーアンの背中を押して『あんたも大変ねぇ』と椅子に座らせる。イーアンもお茶を淹れながら『彼は全ての肉体的欲求に忠実』と笑って答えた。


「彼は食欲・睡眠・性欲にとても素直です。よく食べて好き嫌いもないし(※基本大食い)寝付けない時も、子守唄で呆気なく眠ります(※幼児)。性欲はもう、言わずもがな(※代々絶倫)。

 でも有難いことに、貴重なくらい真面目なので、彼は奇跡だ、ともよく思います。神様のお計らいに感謝です」


「そうなんだ。でもそうよね、あの一族の話し聞いてると、全滅しても良いんじゃないかって気がしてくるけど。それを踏まえれば、ドルドレンってホントに奇跡の男よ。彼の存在が、一族の贖罪に近いのか」


 朝から物騒にも聞こえる、笑い話を交わしながら、二人は着物作りに取り掛かる。ちくちく針を動かし始めると、二人とも徐々に無口になり、朝陽の差し込む明け方の工房には、暖炉の薪のはぜる音と、湯の沸く音だけが続いた。



 朝食の時間を過ぎ、騎士たちの業務時間に入る頃。ドルドレンが様子を見に来て、早くから居るミレイオに笑顔で挨拶した。進行具合を訊くと、二人揃うと力でも増すのか、イーアンは残り1着半、ミレイオは2着目に進んでいるという。


「まだ朝なのだ。早いな。ミレイオも自分で服を縫うから、要領が良いのか」


 驚くドルドレンに、イーアンも大きく頷き『この方がいて下さって、本当に助かった』としみじみ答えた。ミレイオは余裕げに微笑み、縫い方を押さえれば難しくないと話す。


「これ、皮だから。加工の革に比べたら乾くかなと思ったんだけど、意外に油分もあるし、思ってたより扱いやすいわ」


「俺にはよく分からないが、きっといろいろ細かくあるのだな。龍の皮は扱い易くて良かった」


 これが布ってなると、また違うんでしょ。ミレイオがイーアンを見て訊くと、布だと、もっと縫うところが増えるということで、やはり素材がこの皮の為に、早く仕上がっているらしかった。


 この後、ドルドレンは二人に、昼食はどうするのかを先取りで訊ねると、二人共『工房で食べる』との返事なので、了解して昼食にまた来ると約束し、自分の仕事に出かけて行った(※執務室)。



「イーアン。これ縫い終わったら。多分今日中には出来ると思うんだけど・・・そしたら、あんたのそれ、やるわよ。他にも作るものあるんでしょ?」


 大体の作業時間の予測から、ミレイオがそう話すと、イーアンはこの後、ミレイオのマスクと、お皿ちゃんのベルトを作る予定と教えてくれた。『そうか。私のマスクもあるね』ちょっと詰め込んで悪かったかな、と思うミレイオ。ベルトは、自分が作っても良いと提案すると、イーアンはとても喜んでいた。


「ロゼールの足元の安全は、早くにしたいのです。彼は『急がないで良い』と言ってくれましたが。私がマスクを作る間、ミレイオがベルトを仕上げて下さるなら安心です」


「良いわよ。ここの革使って、作るから。代金は要らないわ(※業務)」


 有難くミレイオにお願いし、イーアンはニコニコしながら再び縫い進める。先の作業が分担されると、気持ちも軽くなる。焦りが消えると、手元の緊張も穏やかに変わる。


 ミレイオもまた、旅の準備を手伝っていると思うと、それだけで少し満足だった。ここからはこうして、何かある度に、大なり小なり力を合わせて進むのだ。その時間が始まったような気がして、気持ちが切り替わった。

 そして二人は、黙々と裁縫で午前を過ごした。



 場所は変わって、イオライセオダ。親方はつまんない。朝食も自分で作るから、一皿料理。揚げ物とメンが恋しい、朝っぱら(※朝食不向きな献立要望=カツレツ&ラーメン定食)。


「来ない。つまらん」


 忙しいって知ってるけれど。ミレイオめ。縫い物なんか出来やがって(※八つ当たり)。あいつは気が付けば、イーアンの側に居座るようになった。イーアンもミレイオに全幅の信頼を預けているようだし、『気分が悪い』俺のが先に出会ってるのに!親方はぶーぶー文句を垂れる。


「連絡もないなんて。総長が昨日、連絡はまだ先のように話していたが。いつなんだ。その連絡は必要だろう(※堪え性真反対の人)」


 食事もいつも同じだと愚痴る。『俺が不健康になったら、どうするんだ(※47年病気知らず)』ぼやきながら、揚げ肉か・唐揚げか・メンが食べたいと繰り返す。思い出すと、それらから遠のいている現状に、余計に食べたくなる。


「ちょっと、サージの所でも行って来るか」


 親方は髪を撫でつけ、大きく息を吐き出すと、サージの工房で用事を頼まれてやろうと決める。『何か支部に運ぶものがあるかもな』持って行ってやる・・・(※それっぽい理由で自分が行きたいだけ)やれやれと、恩着せがましく上着を羽織り、タンクラッドは試作の剣を持って、サージの工房へ向かった。



 お昼前。ミレイオとイーアンが没頭する中。扉がノックされてドルドレンが入ってきた。『そろそろ食事だが。運ぼうか』様子を伺うと、二人は手元からゆっくり顔を上げて、ニコッと笑う。


「持ってくる。待っていてくれ」


 ドルドレンは静かに扉を閉めて、広間へ食事を取りに行き、3人分の食事を盆に乗せて運んだ。廊下を歩きながら、変わりつつある周囲の流れにしんみり思うドルドレン。

 飛び入りで入ったミレイオ。旅の仲間としては、心強い相手だと思う。『ザッカリアも言っていた。ミレイオは本当に、いつの世でか、イーアンの姉だったのかも知れん』二人の仲の良さは、ダビを思い出しもする。彼はイーアンの、最初の理解者だったのか。


「イーアンは。この世界に来て、良かったのだ。ケガもするし、差別にもあったが。しかし彼女は、()()を少しずつ手に入れている」


 ドルドレンが思うに、イーアン・ファミリーは・・・弟ロゼール&トゥートリクス、息子ザッカリア、兄オーリン、姉(?)ミレイオ、おじいちゃんビルガメス。


「うむ。この分だと、父と母もそのうち出現するのか。叔母さんは言うまでもなく、スウィーニーの叔母さんだ」


 しかし、顔ぶれが濃い。ほぼ、人間じゃない面子(※空か、地下の人)。それもまた人生。うんうん頷きながら、ドルドレンは工房に辿り着き、扉を開けてもらった。


「うおっ なぜお前が」


「総長。俺の分もだ。頼むぞ」


 扉を開けたのは親方。怯む総長の手から盆を受け取り、机に置きながら自分の分も所望(※命令)。ドルドレンは親方をじーっと見つめる。親方、しらっと視線を逸らす。


「タンクラッドは、親父さんの工房から、用を預かって下さいました。新しい剣を広間に届けたそうですので、食事後にお代を用意しましょう」


 ニコッと笑うイーアンに、ドルドレンも微笑み返すが。ミレイオの、親方へ向ける冷めた視線が、全てを物語っている。


 タンクラッド・・・我慢出来なくて、会いに来たのかと見当を付ける。人の奥さんに横恋慕が堂々過ぎて、もう何も言えない。しかし強敵ミレイオがいるので、親方が下手に動くこともないのは安心。

 困ったもんだとぼやいて、総長は渋々、タンクラッドの食事も取りに行った(※言うこと聞くタイプ)。



 そしてなぜか4人で昼食時間。


 親方は食べながら、『イーアンのメンが食べたい』とか『揚げ肉が恋しい』とか、ツラツラ訴える。支部では作らないのかと、昼食の料理を見て言うので、イーアンは『全員に作るには難しいかも』と答えている。


 ドルドレンもミレイオも。胸中は同じ。支部()の陣地で昼食もらってるくせに、昼にそれが出ないとケチつけてる・・・・・ 無言で食べる二人をよそに、タンクラッドはイーアン料理への熱望を伝えていた。


「あんた。気持ちは分からないでもないけど。人のところで食事してて、違う料理の話ばっか、ってどうなの」


「ミレイオは知らないんだ。イーアンが作る料理は、ハイザンジェルであまり食べれないぞ」


「そういうことじゃないでしょ。味覚が合うかどうか、そのくらいなら話題でも良いけど。全然違う料理が食べたいって、失礼だと思わないの?いい年してやめなさいよ」


 叱られて黙る親方。むすっとしながら食事を続けた。苦笑いのイーアンは、ミレイオをちょっと見て目が合い、二人で少し笑った。『ロゼールや皆さんが、頑張って美味しい食事を作って下さいます』小さくそう言うと、ドルドレンも咳払いして『そのとおりだ』と短く認めた。親方は以後、食事が終わるまで喋らなかった。



 そんな食後。昼休み中だけれど、イーアンとミレイオは、実の所は食べる時間も惜しいくらいの状態なので、いそいそ、手を動かし始める。


 親方。暇。食べ終わってから、ドルドレンを見ると、彼もぼーっと佇む。

 目が合って『何かないのか』と単刀直入に質問すると、ハッとした総長は『そうだ、2つ伝えることが』親方に用件を話したいと言う。タンクラッドは、良かったと内心ホッとして、『いいぞ。時間はあるから』少し機嫌が良くなって答えた。



 ミレイオとイーアンの二人は、耳には入るものの、作業に集中。

 すっかり蚊帳の外の総長と親方は、総長の淹れたお茶を飲みながら、馬車の話とロデュフォルデンなる地について話す。まずは、昨日の『パパ戦略表』を見せながら、馬車の件。


「(タ)馬車。そうか。お前の親父を陥れると。お前もそういう悪巧みが働くんだな、意外だ」


「(ド)悪巧みとは人聞きの悪い。陥れるわけでもないぞ。油断ならない相手だから、このくらいでなければ」


「(タ)まぁ良い。馬車の交渉は、その話の様子だともうじきだな。上着が縫い終わるくらいを、行く目処にしているのか?」


「そうだ。手を休ませると可哀相だ。集中するものだし。思うに親父が即、金を調達できるとは思えない。町で女性を(たら)しこんで、金を貰うくらいはするだろうが、しかし大金は望めないだろう。こんなことだから、あいつの身動きの幅は狭い。後、数日は大丈夫だと思う」


 普段の総長の言葉とは思えない、人情の欠片もない推測に、親方も少し思うところはあるものの。ジジイに会っているので、あれの子供と思えば。総長がここまで嫌うのも分かる気がした。


「(タ)馬車の交渉。イーアンを出すのもどうかと思うけどな。お前の意見とは思えん。しかし・・・それくらい、イーアンに頼れるとも、また解釈出来る」


「(ド)そうなのだ。分かってもらえて嬉しい。俺だって、愛妻を危険な目に晒したくない。本当は連れて行くのも嫌だ。だが、あのバカ(※パパ)は間違いなく、イーアンの言葉に弱いし、手品も」


 親方、ちらっと総長を見る。灰色の瞳と鳶色の瞳は見つめ合い、暫くそのまま。イーアンは、その現場に過敏に反応して、ちらちら様子を見ながら、針で指を差した(※ミレイオに心配させる)。


「分かっている。見たいのだな。それは、彼女の都合の良い時にお願いしてある」


「うむ。出かける前に、是非な。無理は言えんが」



 そして、話は再開する。今度はロデュフォルデン。タンクラッドは『ちょっと待て』と総長に言い、少し眉根を寄せて考え込んでいた。顎に手を添えて、何か記憶を探る様子の親方に、ドルドレンはちょっとカッコイイなと思った(※渋い)。


「ロデュフォルデン。聞いたこともないぞ。各国も秘境も一通り、通ったと思うが。発音が違うのか。それとも、地名ではないのか」


 ミレイオは知らないのか、と話を振ると、顔を上げたパンクも素っ気無く首を振る。『私が知ってたら、あんたまで、この話行かないわよ』そりゃそうか、と親方も頷く。それからイーアンに『お前が聞いたのは、確かにこの発音だな』と確認。イーアンも顔を上げて、うん、と頷く。


「ビルガメスが精霊にそう言われたようです。谷が包む、大きな泉の近くと」


「谷が包む、大きな泉・・・・・」


「そうです。そして『私を導く者が知っている』とも、言われたらしく。それで、私はあなたかと思いました」



 ドルドレンは、イーアンとタンクラッドの会話を聞きながら、参考資料として民話の話を出した。


「あのな、この場所のことを男龍に訊ねた理由。それはイーアンが、地上で龍族の卵を孵すために、唯一の空と同じ環境だから、という情報を元になのだ。

 その話を、民話で探した。本当に、各国地域の昔話程度の民話集でしかないが、治癒場の話が幾つか出ていた。その一つに、空に上がって癒された男の話がある。その場所は恐らくティヤーだ。境目が分からないが」


「ティヤー。境目とは?どの国のだ。ハイザンジェルか、アイエラダハッドか、テイワグナか」


 ドルドレンが民話で呼んだ限りでは、アイエラダハッド近くじゃないか、と思うことを教える。『確定ではない。あの列島の豊富な地域のどこかだ。ティヤーと、一応表記されているが、その話自体はいつのものかも分からない』総長のその言葉に、中年組(※愛妻除く)が質問しまくる。


 どうして分からないのか、年代は書いてあるのか、本を見せろ、ティヤーとの境目の理由は何だ、なぜ列島だ、と。ドルドレンに詰め寄るので、結局本を取りに戻り、それを中年二人に渡す。


 二人はページを開けたその話を読み、それぞれ眉を寄せて考える。暫くして、ミレイオはタンクラッドを見上げて『ねぇ』と一言。タンクラッドも顔下半分、手で覆いながら、刺青パンクを見て『かな』と答える。


 ドルドレンとイーアンは二人で顔を見合わせ、何か知っているような中年組を見た。

お読み頂き有難うございます。

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