表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅の準備に向けて
640/2953

640. 手品と作戦

 

 夕方頃まで二人は着物を縫う。ドルドレンが様子を見に来て、ミレイオが迎えた。


「私も見たの」


 嬉しそうに話すミレイオの後ろ、愛妻(※未婚)は笑顔で縫い物を進めている。ドルドレンはミレイオが興奮して話す内容を聞いて、また驚いて喜んだ。


「素晴らしい。これは今後、活用だな」


「活用」


 ドルドレンの一言に、ミレイオが聞き返す。イーアンも顔を上げて『?』の視線をよこした。ドルドレンは椅子に座って『是非、活用したい』うん、と頷く。


「元気になれるのだ。一瞬で元気が出る。ミレイオの教えを、イーアンなりに実行している」


「私の教え」


「そうだ。ミレイオは以前、驚いて忘れることなど大したことでもない、と。脱いで、イーアンに襲い掛かった」


 ハハハッと声を上げて笑うミレイオ。後ろでイーアンも笑う。『悪く思わないでよ』ミレイオがドルドレンの腕を叩いて頼んだ。笑顔のドルドレンも『思っていない』と答えて、その手をぽんぽんと叩く。


「イーアンは脱がないが。いや、脱いでは困る。手品という技術で、人の気持ちを上向かせ、元気にさせる。これは素晴らしいことだ。脱がないから無害だし」


「繰り返さないの」


 注意を受けて、ふざけたドルドレンも少し笑って『そういう意味で活用できる』・・・そうではないか、と二人に訊ねた。


「旅路で様々なことがあるだろう。励ましの言葉も慰めも空しい時もある。手品の方が、言葉よりすんなり心に入る。言葉よりも、視覚から受け取る方が、時として自分に置き換えやすく、薬に近いこともある」


 イーアンはドルドレンを見つめる。何となく。伴侶の言い方に引っかかるものがある。前置きにも聞こえる、その言い方。

 じーっと自分を見ている鳶色の瞳に、ドルドレンは、察しをつけたと判断してニコッと笑った。


「イーアン。旅に出る仲間でまた集まるだろう?その時、皆に披露してみてはどうだろう」


「それは、そうしようと思います。ええ。皆さんが楽しんで下さると思うので」


 これはさっきも言っていた。自分は『後で皆に手品を紹介しよう』と答えている。

 ドルドレンが繰り返す理由は、まだ別にあるような。この質問ではない気がするイーアンは、ちょっと黙る。ミレイオも違和感を感じ、総長を見た。『ねぇ。皆で集まる時。すぐじゃないでしょ?馬車を手に入れたらって言ってなかった?』ミレイオの言葉に、イーアンはドルドレンの目を見る。灰色の瞳が意味深。


「ドルドレン」


「そうだな。イーアン。旅路で様々なことがある。旅する者に励ましを」


「はい。お役に立ちますなら。でもそれは、私たちの旅の話だけではないような」


 ドルドレンはニッコリ笑って、愛妻の横に行き、肩を引き寄せて頭にキスをした。『賢いイーアン。そのとおりだ』イーアンはちょっと嫌な予感。ちらっと伴侶を見上げると、世界最高峰の微笑を向けられる。



「親父が。具合が悪いのだ。利用する」


 うへえっ それかっ!! (おのの)くイーアンの肩をぐっと押さえたドルドレンは、イーアンに丁寧に言い聞かせた。


「聞いてくれ。親父の情報が入ったのだ。あの鬼畜は今、猛烈に凹んでいる。ここで恩を売る手もある。イーアンが手品で励ましてみて、間口を広げた所で馬車の交渉だ。上手く行けば、あまり高く吹っ掛けられずに手に入る」


「お話の内容が見えません。教えて下さい。お父さんに何がありましたか」


 あの人、凹むように見えない、とイーアンが言うと、ドルドレンはしっかり頷く。『そうだ。無神経だから。まず凹まない。だが、バカでも分かる現実がある』それはね、と話し始めた。ミレイオは、この親子関係も相当痛んでいるなと思った。


「これはロゼール情報だ。ロゼールは俺の親父を見かけたそうだ。場所はデナハ・バス。南の訪問時、昼を買いに行ったロゼールは、町の中であいつを見た。

 その時の様子を詳しく聞いたら、恐らく。親父は金に困っていると分かった。あんな人生だから、無計画過ぎてよく生きてこれたものだと、おかしな方向で感心したが。それも運の尽き。


 親父がデナハ・バスの質屋に入るところを、ロゼールは見かけた。その手に持っていたものは、飾り模様のついた箱だったという。見たことのない箱を持っているから、印象的だったとロゼールは言った。


 それはそうだろう。その箱の中身は、馬車の家族の、金に変わる品だ。箱は馬車の家宝だから、売りはしないだろうが、中に入っている物は知っている。それは、女たちの装身具、腕輪や指輪の入った箱なのだ」


「お父さんは、馬車の家族の持ち物を売りに?」


「質入だろうな。後で取り返したいはずだ。それに女たちの持ち物を売るに当たって、相当揉めていると予想が付く。馬車の家族は現金を蓄えない。装飾品に変えて財産を持ち歩く。それを入れてある箱を持って行ったというと、金がない。これは良い機会だ」



 ドルドレンの目つきが悪役みたいに見えて、イーアンとミレイオはたじろぐ。誠実な黒髪の騎士の目が、獲物を狙う灰色の瞳と変わっている。


「そ。その。事情は、もしかすると金欠かもしれませんけれど。そこでどうして、私が手品」


「考えてみるのだ。突然、現金と宝を持って俺たちが交渉に行けば、飛んで火に入る夏の虫。あっちからすれば、カモがネギ背負ってくるようなもんだ(※この表現は、日本人代表のイーアンが前に教えた)。

 イーアン。カモネギって言ってたよな?美味しい話。カモは鳥で、ネギって野菜か何か知らんが」


 言った、と頷く愛妻に、頭を振り振り、『そうは行くか』と笑う美丈夫。格好良いけど・・・悪者みたいな伴侶に、イーアンはカモネギの言葉を教えて、何となく悪いことをしたと反省した。


「だから。まずは慰めに入るのだ。励ましでも良い。ちょっと心の間口を広げてやって・・・あいつは情に弱い。俺もだけど。そこでぼったくる気を減らした後に、こっちの最小限の金額で交渉するのだ。恐らく、それ以上持っていないと言えば、気持ちも上向いた所で、馬車を用意する気がする」


「ドルドレン。あんた、今。親父の話してるのよね?よく知らないけど、馬車の家族全体の面倒見てる、馬車長なんでしょ?」


「そうだ。あんな男でよくこれまで」


「その人の心の傷をいじくって、金の交渉するの」


「じゃないと、ぼったくられる。こっちも奇を(てら)って挑まねば。あいつにぼられるか、こっちがむしり取るかだ」


 ミレイオも少し引く。ドルドレンの目つきが怖い。この子、悪者だったら大変だったと思う。ちらっと見ると、イーアンも無表情で聞いているので、思うに引いているのではと思った(※少し引いてる)。


 そのままだと食いついて吹っ掛けられるだろうが。手前で感情を揺さぶっておけば、こっちの手持ち以上に値を吊り上げはしないと思う、とドルドレンは言う。


「そして、だ。俺たちの渡す金はそれなりに、あいつの懐事情への不安を解消もする。言ってみれば、一石二鳥。恩が売れるのだ。

 馬車の民は恩を大切にする。女たちの財産を、質から取り戻せる額かどうか知らんが、少なくとも少しはどうにかなるだろう。それだけでも馬車長として、幾らか名誉も・・・あいつに名誉なんかないだろうけど、でもそれっぽいものも守れるというものだ」



「あのう。お父さんのためというよりは。馬車の家族の女性の為に、私の持ってきた宝を少しお渡しして、質流れを止めた方が良いのではないでしょうか」


 ビックリするドルドレンは、愛妻の頬を両手で挟んで真ん前から『ダメ』と一言落とす。イーアン、目がまん丸。


「そんなことしてはいけない。あいつは真っ先にがめるぞ。それにそれでは、(たか)られるだけだ。イーアンが取り戻したと分かれば、もっと宝を貰えないかと言いに来るに決まっている。ベルも教えたと思うが、あいつは鬼畜なのだ。一般的な人間の意思は無用である」


 ドルドレンは、ダメダメ、と愛妻を抱え込んで頭を撫でた。複雑そうなイーアンの顔を見ながら、ミレイオは、ダヴァート一族(この家族)には、あまり他人が立ち入らない方が良さそう、と理解した。



(以下、ドルドレンの計画)


 ①馬車を買いたいと相談に行く⇒

 ②当然吹っ掛けられる⇒

 ③手持ちが、そうないことを前置きに弱気で交渉⇒

 ④向こうも強気で来るだろうけど、バカだから多分、すぐ事情暴露する⇒

 ⑤それを引っ張って相談に乗る振り⇒

 ⑥バカだからすぐ、洗い浚い打ち明ける⇒

 ⑦そこを励ます⇒

 ⑧バカだからきっとホロッと来る⇒

 ⑨そこで自分たちの金額の最高額と言って最少額で値切る⇒

 ⑩バカだから、思うに頷く⇒

 ⑪そのまま馬車入手=完了


「と。こんな流れだ。イーアンは⑦の部分だな。ここでイーアンが活躍」


「私が活躍。人の悩みに付け込むような、嫌な真似を」


「何を言う。イーアンの素晴らしい手品で励まされるのだ、あいつは。代金をもらいたいのはこっちの方だ。ただで見れるだけ、有難いと思え、と言ってやりたい」


 ミレイオは固まり続ける。ここまで親子関係が崩れているのもスゴイな、と思う。よほど変態犯罪者なのだろうことは、嫌でも伝わる。朝、涙した優しいドルドレンに、これほど情の欠片も見えないのは、少なからず衝撃的。


「だからね。こう・・・ちょっと書き込むか。こんな感じだ。俺の考えでは」


(以下、リハ付き)


 ①馬車を買いたいと相談に行く⇒

 ここは普通に『馬車が必要になったから、2台買いたい』と言う(※これは俺設定)。


 ②当然吹っ掛けられる⇒

 親父:『馬車だと?馬車の家族でもないお前らが。それ相当額を持ってきたのか?』


 ③手持ちが、そうないことを前置きに弱気で交渉⇒

 俺:『高額だと知っているが、旅の資金もあって、そこまでは』


 ④向こうも強気で来るだろうけど、バカだから多分、すぐ事情暴露する⇒

 親父:『あのなぁ。荷車じゃないんだ。命を預ける家なんだぞ。一台、70,000ワパン以上ないと買えない。安くしてやりたいが、こっちだってキリキリ舞いで、金がないんだ』


 ⑤それを引っ張って相談に乗る振り⇒

『お金がないのですか?いつも伸び伸びされていらしたのに。何かあったのですか』(※ここ、イーアン設定)


 ⑥バカだからすぐ、洗い浚い打ち明ける⇒

 親父:『聞いてくれ、イーアン。斯々然々(かくかくしかじか)。お前の力になってやりたいが、そうも行かないんだ。悪く思うな』


 ⑦そこを励ます⇒

 イーアン:『それは辛い。ちょっと元気が出るかな』えへっと笑って、手品披露。


 ⑧バカだからきっとホロッと来る⇒

 親父:『何て素晴らしいんだ。感動したよ、励まされたな。そうか、馬車で旅を。どうだろうな、状態を選ばなければ安く出来るのもあるか』


 ⑨そこで自分たちの金額の最高額と言って、最少額で値切る⇒

 俺:『ここに60,000ワパンある。これで2台買えないか。外箱と馬だけで良いのだが』


 ⑩バカだから、思うに頷く⇒

 親父:『内装は要らないのか?それならまぁ。うーん。でも、そうか。今の手持ちが60,000ワパン。それはあるんだな?よし良いだろう』


 ⑪そのまま馬車入手=完了・・・無事、馬車2台を手に入れて戻る。バカな親父は感動もあって、金も入って、別れ際は手を振って恩に着る(※予定)。



「完璧である」


 伴侶の満足そうな一言に、イーアンは困惑中。そっと、数字の部分を指差して(※まだ字が読めない)『あの。⑦ではなく、⑤の部分から私が出番のような気がしたのですが』ちょっと伴侶を見ると、灰色の瞳はキラッと光って、美しい微笑を整った顔に映し出す。


「そうだ。イーアンが言えば、あいつはバカだから確実に緩む」


 ミレイオが紙を覗き込み、イーアン交渉設定の部分を指差して、不可解そうに眉を寄せる。


「ねぇ。この、イーアンが『えへっと笑う』の意味、何?『えへっ』て。この子、確かにいつもそんな感じで笑うけど。わざわざ書くこと?」


「イーアンの笑顔は、優しくて邪気がない。変態犯罪者には危険な賭けだが、俺たちが守っているし、この無害な笑顔に続けて手品を披露されたら、悩みの解決法も考えられないようなアホは、コロッと行くだろう」


 悩むイーアン。邪気がない笑顔で、罠にはめるのか。それって・・・邪気がない分、タチが悪いような。自分の笑顔の役割を知ってて、笑顔を向けられない気もしてくる。答えをもらったミレイオも、困ったように、うーんと唸って首を捻っている。



「鬼畜なんだろうけど。でも、ちょっと可哀相な気がしてきた。いくら何でも、2台で60,000ワパンは。あんたこの前、『一台で50,000ワパン』って言ってなかった?もう少し上げても」


「ミレイオ。会えば分かる。あいつに同情は要らないのだ。あいつにおいては、既に『生きている』という同情を、精霊から授かっている。これ以上は贅沢なのだ」


 生きていることが、精霊の同情・・・凄まじい(けな)し方に、ミレイオは困惑した面持ちを向ける。ドルドレンは静かに諭す。


「俺が冷たいと思うかもしれない。しかし、俺の言葉が真実だと、きっと分かってもらえる。人の裏をかくのは、あいつの汚いところ。ちょっと隙を見せればつけ上がる。絶対に同情してはいけない」



 人間って複雑ねと、ミレイオは呟く。地上に来て、いろんな人間を見てきたけれど。まだ、地下の住人の方が分かりやすい気がした。


 イーアンも小さく息を吐き出し、考え込む。

 お父さんのみならず、馬車の家族が困っていることが心配だった。自分も、馬車の家族なのだ。宝は、こうした時にも使った方が良いような。伴侶には言えないものの、イーアンは眉を下げて、ドルドレンの作戦表を眺めた(※字は読めない)。

お読み頂き有難うございます。


ブックマークして下さった方に感謝します。励みになります!有難うございます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ