637. ドルドレン、ミレイオ邸に配達
次の日もイーアンは工房に籠もる。昨晩は夕食を遅くに摂り、お風呂も湯船に入らず体を洗っただけ。倒れこむように眠り、起きてすぐに、外も暗い内からイーアンは工房へ戻った。
「頑張ります。皆さんの出発準備です」
終わったらマスクも作りますからね、と、ミレイオ用のマスクのことも予定に入れる。『昨日は親方の手甲と脚絆。ドルドレンの着物。これは後、細かい部分だけ』今日はLサイズです、言いながら予定を紙に書く。
「伴侶と親方はXLです。Lサイズは、シャンガマック、フォラヴ、ミレイオ、オーリン。ザッカリアはどうしましょうね。あの子もすぐ大きくなりそうだから」
甚平さんってわけに行かないものねぇ・・・呟きを落とし、ザッカリアは気持ちLサイズで縫うことに。『彼はまだ線が細い。肩幅もそこまでありませんし、筋肉も大人と違うから、袖は長くない方が良いですね』皆の体形の印象から、ある程度の寸法を出して、イーアンは次のLサイズに取り掛かる。
「一気に切りましょう。切り出して、流れ作業です。本当は着物に流れはやりたくありませんが、時間の問題」
うん、と頷き、気合を入れた。着物とマスクが終わったら、ロゼールお皿ちゃんのベルトも作る。その間に馬車の交渉もあるだろう。『頑張る』もう一度、口に出して気合を入れ、イーアンは龍の皮を切り出し始めた。
今日もドルドレンは一人で起きて、一人で朝食。『昨日も一昨日も。夜がないから、ちょっとイタイ』股間を擦りながら、今夜は捕まえよう(←愛妻)と目論む。
朝食を摂っていると、トゥートリクスとロゼールが同席を願う。ドルドレンはどうしていつも、トゥートリクスが一緒に食べたがるのか、不思議だったが(※哀れみ)毎度のことなので許可する。
「今日もイーアンは何か作っているんですか」
「そうだ。彼女は作り始めると、徹底的に作る。だから邪魔は出来ないのだ」
それは武器なの防具なの、と部下二人に訊かれ、まさか自分たちの羽織り物とは答えられず『新しい材料の試作品である』とだけ答えた。それを聞いてロゼールは、あっと声を上げた。どうしたかと思えば、訪問先で材料を求められたという。
「それはイーアンに言って。って、お前今日から厨房だろう」
「はい。でもどうしようかな、お昼休みに抜けられれば行ってきます。イーアンに話しかけて平気かな」
「仕事だから、それは構わない。どこだ。俺が行っても構わんぞ。俺は動きたいのだ」
「え。総長、サグマン(※ぽっちゃりさん)に怒られませんか。俺も頼みにくいです」
「サグマンが何だ!なぜ俺が下っ端なのだ、俺は総長だ(※ここ重要)。魔物製品の事業は、俺の仕事の範疇だ。届けたっておかしくないだろう」
え~~~ ロゼールは少し困る。サグマンに『お前責任取れ』と言われても困るし、と言うと、総長はもっと怒って『俺の仕事を、やったことのないロゼールに出来ると思われている』と騒ぎ始めた。
騒ぐ総長を『そういうつもりじゃないから』とトゥートリクスとロゼールが丁寧に宥め、『それじゃ、お願いしようかな』とロゼールが言うと、総長は機嫌が直った(※単純)。
「よし。引き受けよう。どこだ」
「はい。ミレイオです」
やめときゃ良かった、と見て分かる項垂れ方をした総長に、若い騎士は何も言えずに『すみません。お願いします』の念押しをした。
「そうだったのか。先に聞けば良かった。ミレイオは俺を叱るから」
「大丈夫ですよ。あの人優しいから、叱るってそんな。・・・・・俺、叱られた事ないけど」
苦手そうな様子に、ちょっと話を聞いてみると、総長は思わぬ場面で、ちょくちょく怒られているらしかった。初対面で打ちのめされて以来、苦手意識は消えていないと打ち明ける、人生相談・朝食の席。
「普段は優しいと思うが。いつ叱られるのかと思う、ビクビクする」
「総長でもそんな相手がいるんですね。ちょっと人間っぽさを感じて、ホッとします」
「お前は怖いもの知らずだな。ロゼールは少年のような笑顔で、雷のような言葉を落とす」
恨めしそうに灰色の瞳を向ける総長に、ロゼールはニコッと笑って『ミレイオに宜しく伝えて下さい』と畳み掛けた。自分で引き受けたんだしと続けて、若い騎士は食べ終えた3人分の食器を手際良く盆に集め、挨拶をして厨房へ消えた。
トゥートリクスも総長の肩をそっと叩いて『元気出して』と励まし、挨拶をして戻って行った。
ドルドレンはがっかりしながら、今日のミレイオ邸配達の任務を予定に入れ、執務室で事情を話して嫌味を言われ(※『逃げるってバレバレ』)それから早めに終わらせようと、イーアンの工房へ行った。
工房の扉は鍵が開いているので、ゆっくり開けて中を見ると、イーアンはこっちを見ていた。
「ごめん。気がつかせたか」
「いいえ。切り出しと端の始末が一段落して。それで丁度、今意識が戻りました」
ハハハと笑うイーアンを抱き寄せて、ドルドレンは安心する。『俺はイーアンがいないと死ぬかも』弱音を吐く伴侶を、縁起でもないと注意しながら、イーアンも抱き締めた。
「頑張って、皆さんの服を縫いますので。それとミレイオのマスクも。あと、ロゼールの固定ベルト。ここまで終われば、また動けます。馬車の交渉はいつでも行きますから、それは遠慮なくお声がけ下さい」
「イーアンは頑張り過ぎる時がある。心配なのだ。気をつけるんだよ。今日は俺は、ミレイオの家に材料を運ぶ。それで材料を受け取りに来た」
顔を上げて、どうしてと訊く愛妻(※未婚)に事情を説明する。イーアンは了解し、ミレイオの盾用に使う材料を引っ張り出し、1m四方にナイフで切り分けた。『あの方はこの大きさなのです』伴侶に見せて、量を聞き、必要な量を切り出して綱でまとめた。
「これだけあれば。きっとお役に立つでしょう。試す分も入れました。厚さの少ないものを、加熱の試しに使って頂くよう、お伝え下さい」
「分かった。分からないことは連絡球を使いたい。良い?」
了解しましたとイーアンは頷き、ちゅーっとして送り出された。ちゅーが嬉しいドルドレンは、頑張ろうと思う(※単純)。ニコッと笑って『帰ってきたら、また工房に寄る』と言って、イーアンにもう一度ちゅーっとしてから、颯爽と裏庭へ出た。
龍を呼んで背中に乗り、荷物を引っ掛けて『アードキーへ』と告げる。藍色の龍はすっと浮かんで、西の空へ飛んだ。
ミレイオの家の玄関前。ドルドレンは龍を止め、荷物と一緒に降りる。『帰って良いのだ。また呼ぶ』そう言うと、龍はささ~っと空へ戻った。
「ミレイオに会うと思うと緊張する」
一人である、と呟きながら、玄関の扉を叩こうとして、手を止めた。『声が』裏から聞こえる声。もしかして家の中に居ないかもと思い、声を頼りに荷物を持って、家の裏手へ回る。
裏は斜面になっており、坂を下る道が見えた。前から見ると平屋なのに、この家は二階建て、いや地下室があるのかと理解する。地下室の大きな窓の外に、花壇らしきものと『墓・・・』平たい石がある。そこにミレイオが座っていた。
ミレイオは話しかけている。どう見ても、その石に話していた。ドルドレンは声をかけて良いものか考えたが、少し黙ってその場に佇む。
ミレイオの声が途切れがちに聞こえる。誰か。とても大切な人に話しているのだと分かった。タンクラッドが話していた、ミレイオが大切にしていた誰か、だろうと見当が付く。情に厚いドルドレンは、しんみりして、聞いてはいけないと思い、少し距離を取るために動いた。
「あら。ドルドレン?」
背中にすぐ、声をかけられて、ドルドレンはミレイオを振り返る。坂の下で石の横に立ち上がったパンクは手招きする。『珍しいわね。用があったの?おいで』屈託ない笑顔で手招きされ、戸惑うもののドルドレンは坂を下りた。
「おはよう。材料を届けに来た。声がしたからこっちかと思って」
「おはよう。おいで、紹介するから」
ミレイオはニコッと笑ってドルドレンを石の側へ寄せた。墓石なんだろうなと思うドルドレンは、少し気後れしながら、ミレイオを見る。
「ザンディ。彼はドルドレンよ。太陽の民で、この世界を救う男なの。私の妹の旦那。彼と旅に出るわ」
本当にそこに誰かがいるように笑顔で紹介され、ドルドレンはちょっと涙が出そう。潤む灰色の瞳で石を見つめ『俺はドルドレン・ダヴァート。あなたの愛する人に力を借りる』と石に挨拶した。
ミレイオは嬉しそうに笑みを深め、ドルドレンの腕を引いてしゃがませた。石に手を付けさせて『ザンディは、私の結婚した人よ』と微笑んだ。結婚していたのかと思うと、ドルドレンは涙が溢れて頷く。『すまない。邪魔する気はなくて』頬に伝う涙をそのまま、パンクに謝ると、ミレイオは優しく笑って黒髪の騎士の頭を抱き寄せた。
「あんたは優しい子ね。イイコよ。イーアンもそうだけど、あんたはとても温かいのね。ザンディはあんたが好きよ」
そう言って、艶のある白い色の入った黒髪にそっとキスした。それから、ザンディとの思い出話を少し話した。
「ザンディはね。ハイザンジェルで出会ったの。イオライセオダで。この人、最初から私を好きだったのよ。突然しつこいから、私は気持ち悪いと思ったけど。ハハハ。でもすぐ、一緒に暮らそうって言われて。二人で一緒に、この家を建てたの。結局住み着いちゃったわ。
だけどね。ザンディは落ちた石に打たれて、ある時。突然。
ずっと一緒だと思ったのよ。その朝だって、お茶を沸かして、飲む前だったわ。天気が荒れた翌朝で、外が気になるって出て。お茶は沸いたまま。ザンディはお茶を飲まなかったわ」
ドルドレンはミレイオを抱き締めて、涙が流れるのを我慢しなかった。ミレイオも抱き返して、少し涙を浮かべた。
「慣れないのよ。もう何十年も経つけど。まだザンディが居ないのが変な感じなの。毎朝。毎晩。だから毎日話しかけちゃう」
「当たり前だ。愛していたんだ。当たり前だ。今だって愛してるのだ」
ドルドレンはイーアンをそんなふうに失ったらと思うと、怖くなった。それを何十年も耐えている命を、今、目の前のミレイオに見て、涙が止まらなくなる。忠実な愛だと心から尊敬した。
ミレイオは涙で笑って頷いた。『有難う。そうね』そう言って、ちょっと目を拭き、ドルドレンを見た。総長は涙を流して自分を見ている。
「あんた、本当に優しいのね。だから勇者なのよ。ギデオンや、ロクデナシ(※元祖勇者)も、きっと良いトコロあったんだわ。彼らはバカでどうしようもないけど。良いトコロだけは受け継いだわよ」
「あ。有難う。そんな、こんな形で誉められるとは。どうなのやら、でも嬉しい。いやしかし、ミレイオの方が凄いのだ。ザンディは、いつも、今だってあなたの側にいる」
ミレイオは黒髪の騎士の言葉に喜び、お礼を言って、工房の扉に向けて背中を押す。一度振り向いて『後でね』と墓石に声をかけ、ドルドレンと一緒に工房へ入った。
工房の中に初めて通されたドルドレンは、その素晴らしい空間に見惚れた。『ここがミレイオの世界』そうかと呟く。それから持ってきた材料と、材料の伝言、ロゼールとイーアンからの挨拶も伝えた。
「あんたも動き出したのね。持ってきてくれて有難う。ロゼールにも宜しく。イーアンにも」
「宝探し。本当に感謝している。馬車の資金が出来ただけでなく、当座の生活も心配なくなった。御礼も出来ず」
「バカねぇ。そんなの気にしてどうするの。仲間だって決めたら、そんなの普通よ。イーアンは何してるの」
優しい言葉に微笑み、ドルドレンは彼女が龍の皮を持ち帰って、昨日からずっと縫い物をしていると話した。ミレイオは真顔になって『龍の皮。人数分?』と聞き返す。そうだと答えると、ミレイオの眉が寄った。
「やだぁ。一人で6人?そうよね。全員だから。6人分も縫うの?私、手伝うわよ。一日中でしょ、それ」
朝早く夜遅いと、躊躇いがちに教えると、ミレイオは首を振る。『またあの子は無理して。ダメよ、私が手伝う』そう言ってちょっと頭を押さえて『ドルドレン。お茶飲む?』と聞いてきた。
ドルドレンは有難くお茶を頂き、二人は工房の床の毛皮の上に座って少し喋った。大体は、ミレイオの心配で、ドルドレンは結論の出ないことを答えた。
それから、叱られそうな雰囲気に入ったのを察知し、話題を変えて男龍にした(※効果があると知っている)。ミレイオは食いつく。イーアンは龍族最強との設定に、パンクは心底驚いていた。
「そんな凄いの。イーアンって鈍いから、どうなんだろーって思ってたけど。でもさ。遺跡でも、凄腕の一面とかあるし。ちょっと不可解だけど、龍に認められる何かは備わってるのね(※あんまり関係ない)」
「俺は。実は彼女の腕前の理由を知ったのだ。知りたい?」
凄腕=掏り。かな~と思って餌を出すと、ミレイオはこれにも食いつく。空の容器に茶を注ぎ直し、さぁ話せと迫った。ドルドレンは正直に、感動も交えてイーアンの手品について話す。
「えええっ。そんなこと出来るの?だからか!掏りじゃないんだ」
「彼女は、自分を掏りではないと言いたかったが、手品は本業でもなく、またその腕前から『物取り』と疑われることを心配して、ちゃんと言わずにいた。これまで誰にも披露していない。だが、見せ付けられて圧巻だった」
嬉しそうに、感動の場面を思い出して話すドルドレンの表情に、ミレイオも笑顔で頷いた。『そうか。あの子は。いろんなことで生き延びたのね』そう、ともう一度呟いて、窓の外の空を見た。
「見たい。手品」
「うん。見せてほしいと頼めば、イーアンはきっと見せてくれる。凄いのだ。面白くて、もっと見たくなる。何度でも」
「そうよね。あの子、もっと喜ばれて良いはずなのに、外れくじばっかの世界で生きてたから。これからは、あの子が笑顔でいられるようにしたいの。私、それを守るのよ」
「ミレイオは大丈夫だ。イーアンはミレイオをとても信用している。そうだ、地下室を探し当てた話も聞いたのだ」
えーっ 教えて~!! ミレイオの興奮が若者同様なので、ドルドレンはちょっと笑う。ミレイオはハッとして『ね。タンクラッドも知りたがってたの。あいつの家に行こう』いきなり場所替えを提案した。
「あいつもイーアンをさ。その、ごめんね。あんたはあの子の旦那なのに。私もあいつも、掏りで盗賊だと思ってて。だって、それくらい凄いのよ。
だから。でも、そうなの。あの子、真面目に生きてるじゃない?豹変するって言うし、荒んだ人生で頑張ってるのかって思ってて」
「分かる。俺も同じだ。訊かないけれど、イーアンは、人に嫌われるような罪も犯して生きてきただろう。だが、生きる命を諦めなかった。いつでも。それが彼女の全ての技術として備わっている。誤解しないでほしい。あの掏りにも似た手の動きは、彼女が楽しくて好きで覚えたものだ。傷つけたくない」
分かった、とミレイオは真面目に頷いた。『タンクラッドにも言う。だから、行こう』そう言って、ドルドレンの手を引っ張り立たせ、一緒に外へ出た。
「私。タンクラッドの家で話を聞いたら、そのままあんたと支部に行く。イーアンの縫い物。半分手伝うから。もしかすると、うちに連れて帰っちゃうかも」
ドルドレンは龍に跨りながら、『連れて帰る』言葉に眉を寄せた。夜、出来ないではないか(※やらしいこと)。『その、それは泊まるという意味か』確認すると、ミレイオは不愉快そうに眉を寄せて『そういうこともあるじゃない』と答えた。
泊まりはダメ、と伝えたが『私を信用してない』と言われ、挙句に『イーアンの作業を手伝って、早く終わらせられる』と言われた。泣く泣くドルドレンは了承し、げんなりしながら(※泊まり&夜やらしいこと出来ない)タンクラッドの工房へ向かった。
お読み頂き有難うございます。
本日は仕事の都合により、朝と夕方の2回の投稿です。お昼の投稿がありません。いつもお立ち寄り頂いていることに、心から感謝して。皆様に良い週末でありますように。




