635. オーリンと夕食を
オーリンは嬉しかった。
イーアンは美味しそうに腸詰に齧り付いて、目を閉じて味わいながら満喫した感想を言う。『う~・・・美味しい~~~』素晴らしいと誉めながら、一口を長々味わう・・・友達の女に、オーリンは見惚れる。ここまで美味そうに食べてもらえると、実に、食わせ甲斐がある。
「食べて良いよ。俺は先に食べてたから」
「急に来た上に、あなたの食事を奪って申し訳ないです」
そう言いながら、イーアンは差し出された腸詰に突き匙をぷすっとめり込ませ、幸せ一杯の顔で口を大きく開け、ぱくっと齧る。『いや~幸せです~』こりゃ最高・・・笑顔で食べる自家製腸詰。
イーアンが来たのは。驚くことに、オーリンが通信を切った10分後。『もう来たのか』と、玄関に立ったイーアンを見て、さすがにその食い意地にビビったオーリン。イーアンは笑って『近くにいましたもので』と答えた。
中に通して、一緒に台所に立ち、話を聞かせてもらえば、『ドルドレンは、あなたと話した方が良いと言いました』の理由。
「総長?」
「そうです。彼はあなたが手伝い役である以上、あなたのお役目を脅かす出来事に、対処しようとします。それで、彼が地上に戻っているなら話しておいで、と」
それが何のことか。具体的には分からないものの、オーリンは総長の言いたいことは感じた。そしてそれは当たっていた。総長の配慮に感謝するし、その配慮で動くイーアンにも感謝した。
腸詰が焼ける間。イーアンは短く話した。それはオーリンもうっすらと思っていたことであり、また、誰かに面と向かって言われることを、避けたかった内容だった。
「総長。良い男だな。俺はそんな男になれない。でも、俺もそうした男のように生きたいと思うよ」
自分よりも10才近く下の男の度量に、オーリンは大きく息を吐き出す。首を振りながら、『総長ってだけあるな』と器の大きさと人徳を誉めた。イーアンは微笑む。『そうです。あの人はそれをこなす人です』と認める。
それから、台所から運んだ山盛り腸詰と、オーリン用の酒とイーアンのお茶を食卓へ運んだ。何はともあれ、食べようと決めていたので、二人はニコニコしながら焼き立て腸詰を食べ始め、美味しい中で話を続けた。
食べながら。でもね、とイーアンは裏話をする。自分もなかなか、自覚を持つのが苦しくてと呟く。本音を吐き出しているのかと気がつけば、オーリンは少し癒される。俺には弱音を言うのかな、と。前もそう思った。
弱音くらいは、総長にも言うだろうが、別の部分の弱音。言い訳したい本当の弱音は、彼には聞かせないだろうと思うと、俺は塵取りみたいなもんかと笑う。でも、その塵取りは、実は結構『大事だよね』と呟いて、笑みを浮かべた。
「大事?何が」
「ああ、こっちのこと。いいよ、それで?」
女友達の女龍は、腸詰をもぐもぐしては、ふんふん唸って喜びつつ、『ですので。私には分かっていても、難しい部分があり』そんな弱音を吐きながら、笑顔を向けて『美味しい』と言うので、オーリンは嬉しくて、イーアンの頭をぽんぽん叩く。
「無理すんな。俺もいろいろ、違いが出てきて戸惑うから」
イーアンはオーリンの笑顔と言葉に、じっと真顔で見つめ(※口はもぐもぐしてる)ごくっと飲み込んでから、『そうですよね』と頷いた。
「私たちは。地上で出会って、そのままです。あなたとは兄弟家族のような気持ちでいるのに。それが女龍だから、違う龍族だから、と言われても。理屈は分かりますが、気持ちがどうにもなりません。
私は嫌なのです。あなたと差が出るなんて、考えたくない。個人に持ち味がある。その程度であってほしいのに、そこに壁のような・・・持って生まれた宿命の遮りがあるなんて。そんなの、受け入れたいと思えないです」
これが実のところ、とイーアンは言いながら、ぱくっと腸詰を頬張った。もぐもぐしながら弓職人を振り向いて『そう思いませんか』と頷く。
オーリンはやんわり微笑んで、そっと首を振り『俺もそう思うよ』と、少し寂しそうに頷いた。腸詰を齧って酒を飲み、ふーっと一息つく。
「嫌なもんだな。差別じゃないけどさ。あからさまに違いがあるって。窮屈だよ」
「そう。私もそれが嫌です。自覚と言われれば、そうかなと思いますけれど。心の、それも友達や近しい人に、それを当て嵌めるのがどうにも。私には苦しいです」
「こんなこと言ったら怒られそうだけど。俺は気にしないで付き合えたらって思う。手伝い役で縁があったわけで、それ以上の何でもないって分かってるよ。でも。俺は君の側にいたいし、一緒に遠乗りも楽しいし。
・・・・・町にはもう連れて行かないよ。それは、本当に。今日、凄く謝りたかったんだ」
少しだけ、笑みを口端に浮かべただけのオーリンに、イーアンは見つめる。それからその頬に手を添えて、自分の方に視線を向けてもらい、黄色い瞳を見て微笑んだ。オーリンは、添えられた手に手を重ねて、温もりに嬉しく思った。
「オーリン。あなたに恥をかかせた様で、それが気になっていました。でも、ごめんなさい。私は苦手意識に弱くて、逃げてしまいました。許して下さい」
「許すなんて。ごめんな。俺が悪かったんだ。龍の民は俺から見ても、ちょっと分かりにくい。それなのに、君を連れて来て、嫌な思いもさせて」
黄色い瞳と鳶色の瞳が見つめ合う。目の奥を探るように見るのは、二人の癖。じっとお互いを見て、やんわり微笑んで。イーアンの手に、手を重ねたオーリンは、目を閉じて頷いた。
「俺ね。君が最初の家族だと思ってるらしい。似てるから。何が似てても良いんだ。ただ、龍になる前から、君は俺の唯一の理解者で、唯一の似てる人なんだ。それで充分だよ」
「はい。私もあなたにだけは、文句や嫌味を言えますから。家族認定で宜しいと思います」
イーアンの言葉に笑うオーリンは、『有難う』とだけ答えた。イーアンも頷いて『私こそ』と笑顔で腸詰を頬張った。
今。オーリンは分かった。彼女の気張らない部分を見れる立場が、俺なんだと。きっと、彼女が本当に妹や兄弟でも、自分は同じように思う。
明日へ向かうための、小さな愚痴や弱音を夜に言う相手、それが俺。彼女が進むための、ほんのちょっとの、もう一歩を手伝う。それは、『お手伝い役』として運命付けられた内容の一つとしては、宝石と同じくらい特別に感じた。
俺は、地味に彼女を支えてるな。それはオーリンにとって、少し嬉しい自覚だった。
「今日。ビルガメスがあなたに注意しておく、と。でも私がこれを伝えたことを話せば、あなたに直接は言わないでしょう」
「ビルガメスが?やめてくれよ。あんなのに説教されたら、立ち直れる気がしない。君の次に強いんだぜ。噂話だけど、ビルガメスが君が来るまでの最強だったんだ」
「私が最強って。誰に言われても、まだ笑ってしまう。いえ、本人の前では笑いませんが。本音を言えば、私が最強で大丈夫なんでしょうか、と。そう思って笑ってしまうのです。
お役目があり、呼ばれ、ここへ来て、何と龍にまでなりましたが。私の半年前は、誰も見向きもしないくらい、悲惨なものでした。そこから突然、引っ張り上げられている気分です。
今、自覚を持つようにと言われても。拗ねた人生の方が長いわけで、早々簡単には」
凄い本音だな。オーリンはちょっと感心さえする。この人、正直だよなと思う部分。そりゃそうだろう。同情も出来る当たり前の感覚に、イーアンを気の毒に思った。腸詰をむしゃむしゃ食べて、くるくる髪の女龍は続ける。
「今日だって。オーリンの話の前に、龍の子の相談とかもあって。それらも、ビルガメスとタムズに話して、こうした内容を得たわけです。戻ってドルドレンにも解釈を教わりまして。頑張らないと、とそうは思います。ちゃんと意識を強めようって。何回も思うの。
ですけれど。最強でも女龍でも、私にしたら、まだ自覚の手前に、自分を癒さないといけない傷持ちですから、明日から『私は最強』とは、少々難しいのです。龍の誇りがあるから、食べ物も限定というのも困るし」
「気持ちはすごーく分かる気がする。イーアンの性格もだけど、普通だと思うよ。でも、食べ物限定って?空の食事をしろってか」
イーアンは昨日。ティヤーで倒した魔物をお昼に焼いて食べた、と話した。
用があって、ミレイオとタンクラッドも一緒。それを食べたことを話したら、まずドルドレンに止めるように言われ『今日はビルガメスに叱られました』むすっとして、腸詰をもう一本食べる女龍。
「へ。魔物。食べたのか?大丈夫かよ」
「大丈夫だと思ったから食べたのです。魔物じゃないかもしれないし。だって、味はそのままですよ」
オーリンは暫くぽかーんとして、むすっとしている女龍の咀嚼姿を見つめていたが、はじけたように笑い出した。大笑いして、椅子が倒れそうになったのを、イーアンが慌てて支えた。
「いや、すまない。ごめん。とうとう魔物を食っちまったか。アハハハ、そりゃ。誰もいないぞ、きっと。ハイザンジェルで魔物食べようと思ったヤツなんか。君はすごいよ、いろんな意味で」
「そんなに笑うことじゃありませんでしょう。タコって知ってる?こっちでオラガロと呼ぶ生き物。海にいるのですが、これ、大変に美味しいのです。私、大好きです。今度、あなたにも小さいのは食べさせますけれど、それの巨大版ですから」
そうじゃなくてさ、とオーリンは笑い続ける。『素材が魔物ってのが、笑えるんだよ』総長も男龍もびっくりしたな・・・そう言って、あー面白れぇと、酒を煽った。
恥ずかしいのか。ぷっと頬を膨らませて、目の据わったイーアンの頭を、ぽんぽん叩いて、オーリンは笑顔のまま頷いた。
「やっぱり面白いよ。イーアン。ほら、むくれないで食べろ。これ、食べて良いぞ。
・・・・・まぁ、良いじゃん。食べて、誰も死ななかったんだ。精霊が守ってくれたんだろ(※精霊の守る範囲を出ている)。
話変えるけれど、龍の皮はどうなの?・・・・・もう、龍族の違いの話は分かったから、明るい話にしようぜ。どうやったって、そのことはつきまとうんだし。で、どうだよ」
イーアンも、それもそうかと思って、新たに腸詰を(※直径3cm×長さ12cm×8本目)刺して食べながら、龍の皮について知ったことを話した。オーリンも知らなかったようで、少し驚いたように目を瞬かせる。
「そうなんだ。じゃ、俺は大丈夫そうだな。ミレイオはどうか、心配だけど」
「そうです。ミレイオに言わなければ。オーリンは全く問題ないでしょうね」
「俺に作ってくれるの?良いのか」
オーリンは少し気になって確認する。イーアンの言い方だと、自分も既に含まれている様子だが。女龍はニコッと笑って『そのつもりでしょう』と頷いた。
嬉しいオーリンは、そんなに長くなくて良い、とイーアンの上着を示して伝えた。『皮、小さいので良いよ。膝裏くらいまで丈があれば。変じゃないだろ』手間をかけてもらうのは嬉しいにしても、作ってもらうだけで充分。
「そうですか。でも考えようによっては、その方が動きやすいかも知れませんね。ではオーリンは短い丈で作ります。袖もね、母国の地域によっては、こんな膨らんでいないものも。袖口が狭くなるものもあります」
自分はそうしたもので良い、とオーリンはお願いする。そんなに皮も使わせなくて、手数も浮けば、楽だろうと思った。イーアンは彼の気持ちが伝わるので、有難くそうした形にすると答えた。
オーリンとイーアンの夕食は、こんな感じで終了。後片付けを済ませ、イーアンは暗くなった空を見上げて『帰ります』のご挨拶。
「来てくれて有難う。あのまま一晩経ったら、もっと沈んでた」
「私も気になっていました。お互いに良かったです。ドルドレンにも報告します」
イーアンは笛を吹いてミンティンを呼ぶ。オーリンは、焼いて余った腸詰を3本(※焼いた合計30本)持たせてやり、総長に土産にした。
手を振って小さくなる姿。星空を飛ぶ龍を見送り、龍の民である自分を振り返る。
「俺が。もし、地上に落ちなかったら。もし、弓職人にならなかったら。こんなことには、ならなかったんだ。イヌァエル・テレンで暮らすだけの龍の民だったら、彼女とかすりもしなかったかも知れない」
この不思議な運命に感じ入る。オーリンは家に戻り、納屋に置いた燻製を見て、また腸詰を作っておこうと、少し笑った。寝床へ行き、少し残った酒を飲み、その夜は安心してぐっすり眠りについた。
お読み頂き有難うございます。




