633. 龍族の隔たり
お前。この前、龍になっただろう?と、訊かれるイーアン。二人は空を飛びながら、浮かんで上昇してゆく龍の皮を集める。
「最近よく。中間の地から、龍気が届く。あんなのお前しかいない。お前が来るまで、こんなにちょくちょく、外から龍気を感じることはなかった。
それでな。龍になると、大きい龍気が動いてすぐに分かる。体は大丈夫なのか」
ビルガメスは叱りはしないが、注意を受けている気分でイーアンは、目を逸らした。ちっちゃく『大丈夫』と呟く。男龍は笑って首を振る。
「疲れもしない。疲れを自覚するのが鈍いのか」
鈍いと聞いて、イーアンはちらっと彼を見た(※私は鈍い自覚あり)。美しい男龍は側へ来て、広がるイーアンの翼を撫でる。
「この翼も出しているな。腕を変えるなどの変化は、短い時間なら、大きな龍気を動かさないにしても。翼は結構分かるぞ。側に龍がいないと危ない。一人では翼を出すのもやるなよ」
支部で6枚出したのを思い出し、イーアンは何も言わずに頷いた。飛ばなきゃ平気~、と思うが。それを鈍さというのかも知れないので、黙っていた。
ビルガメスは可笑しそうに笑みを浮かべたまま、龍の皮を取りに行き、それを持って戻る。
「ズィーリーと比べられるのも、嫌かな。彼女は旅路で龍になった。正確には、イヌァエル・テレンへ来た、それ以降の旅路でな。そういうものかと思っていたが。
お前は旅に出る前から、好き放題、体の一箇所を変えたり、ないはずの翼を出したり、丸ごと龍に変わる。これからどうなるか、楽しみだ」
「ズィーリーは。きっと、とても大変でした。話を聞くに、私が彼女の立場だったらと思うと、彼女のように、龍になる気持ちさえ失ったかも。現状の私は、彼女よりも恵まれている気がします(※伴侶の存在が大)」
横を飛んで、龍の皮を捕まえる女龍を見て、男龍は首を振った。
「彼女がお前と入れ替わりだとしても。そうなるとは限らないだろう。ズィーリーに気の毒なことが多かったのは、本当だが。大体、お前が彼女の代わりに来ていたら、ギデオンは最初で死んでる」
ハハハと笑うビルガメス。一緒になって笑ったイーアンは、あんまり笑えないなと思いつつ、でも、そうなる気もした(※耐えられない自信がある)。
「とにかくな。中間の地で、龍気を使う練習は結構だが。龍の状態と翼は気をつけるんだぞ。よく疲れもせずに、数日置きにそんなことが出来ると感心もするところだが、お前が自分の状態を、もう少し理解出来るようになるまで、疲れで判断するな」
分かったとイーアンは答えた。ビルガメスが最後の一枚を取ってくれて、二人は一度ビルガメスの家に戻る。
「大荷物だな。一人で運べるのか」
「縄を持っています。魔物を回収する時がいつあるか、分からないから持ち歩いていて」
荷袋から縄を出し、畳んだ龍の皮を二塊りに分けて縛る。『これでミンティンに運んでもらえます』うん、と頷いて、余った縄を袋へ戻した。
「魔物を回収。そうか。お前は魔物の服や武器を持っていたな」
「昨日、初めて魔物を食べました。食べられると分かって嬉しかったですが、ドルドレンに止められました」
ビルガメスはイーアンを見つめ、角に手を伸ばして先を摘まみ、きゅっと引き上げて、自分の顔に向けた。目の据わるイーアンに、真面目な顔で男龍は伝える。
「魔物を食べるな。お前は龍だ。ドルドレンが止めた理由は知らんが、誇り高い龍がすることじゃない」
「だって」
「だって、じゃない。食べるな。中間の地は奪う地。その癖で食べる気になるのかもしれないが、道具にする分には何も言わないが、食べるのは止せ。お前の体を作る要素に、魔性を取り込むな」
「だって。大きいだけで、普段のイカタコと」
「言うことを聞け。龍なんだ、お前は。本当なら食べなくたって生きれる。服も要らない。それが、食べて服を着て動いてるだけでも、龍としてはどうかと思うのに」
「でも」
ビルガメスは摘まんだ指を離し、イーアンを引っ張り寄せて腕の内に抱え、もう一度上を向かせた。
「魔物を食べない。分かったな」
はい。おじいちゃんに抱え込まれて、叱られたイーアンは、承諾の返事をした。
イカタコだと思うのに。もしかしたら、魔物じゃないかもしれないのに。本当に何百年って生きたら大きくなっちゃっただけの、イカタコ可能性もあるのに。
イーアンは言い訳が沢山あった。だが、ここまで全否定され、少しは粘ったのだしと、もう諦めることにした。
親方と違って、ビルガメスは声を荒げることはせず、目つきも怖くないが、言い聞かせ方が年輪を重ねているので、従う気になってしまう(※男龍は皆子供の頃、ビルガメスにこうして躾けられている)。
ちなみに、ズィーリーはどう過ごしていたのかと、ちょっと話を逸らしがてら、訊ねると。
「ズィーリー。知らん。俺は彼女とそれほど親しくなかった。
ただ、静かな性質だから、ここでは与えられたものを食べていた。中間の地でも彼女は、自分から貪るように・・・ましてや、魔物なんか口にしなかっただろう。服は着ていた」
服は着ていて~と思ったので、最後の言葉には安心した。しかしイーアンは『貪るように魔物を食べる女』と自分を認めざるを得なかった。そして、おじいちゃんは躾が厳しいことも知った(※龍の誇り)。
そんなことで。イーアンはビルガメスにお礼を言い、お昼近いので一枚岩へ向かうことにする。
行き先を訊ねられて、龍の民の町に呼ばれていることを話すと、ビルガメスは苦笑いしてイーアンの頭を撫でた。
「次から次へ。お前は何があるやら。まぁ良い。あれらは気楽な連中だ。楽しんで来い」
「彼らに。龍の姿を見せてと言われたら、どうしましょう」
「断っても。見たところで何が起こるわけでもない。そう言われそうなのか」
オーリンがそんな雰囲気だった(※チクる)と打ち明けると、ビルガメスはちょっと笑って『お前の好きにしろ』と送り出した。
「イーアン。お前の良いところだ。分け隔てなく、誰とでも心を通わせる。それは女龍の成せる業か、お前自身か。だが良いことだ」
6翼を出して、二塊りにした龍の皮を繋いだ綱を持ち、イーアンは浮く。『そう言ってもらえて嬉しい』と笑顔で答え、さよならの手を振った。ビルガメスは腕組みして、笑みを湛えたまま、小さくなっていく女龍の姿を見送った。
「面白いヤツだ。本人は、真面目に動いているつもりだろうが」
長生きすると面白いと、ビルガメスは笑いながら呟いて、家に戻った。
イーアンは一枚岩の方向を教えてもらったので、そっちへ向かって飛ぶ。荷物があって早く飛ぶわけに行かないので、時間が気になり始めた。ふと、オーリンに連絡を入れることを思いつき、珠を取り出して呼び出した。
『一枚岩のどこかにいる?』
この返答で、やはり時間が遅かったと知り、場所は分からないものの空にいるとだけ答えた。オーリンはその場で自分の名前を呼ぶように教えた。
『大声で、俺の名前を呼べ。そっちへ行く』
そうなのかと思いながら、珠を袋に戻して、イーアンは言われたように『オーリン』と声を大きくして空に名を呼ぶ。周囲に何も目印がないのに、どうやって来るんだろうと思いつつ、翼をパタパタさせてその場で待った。
暫くして、ガルホブラフの気配が現れ、そのまま待っていると、龍とオーリンが来た。『待った?』笑顔のオーリンに、毎度デートのような第一声をもらい、ちっとも待っていないと丁寧に答えた。
荷物を持ってくれるということで、嫌そうなガルホブラフを無視したオーリンは、イーアンの手荷物を龍に引っ掛けた。それから付いてくるようにと、振り向いてイーアンに言うと、龍の民の町に向かった。
横を飛ぶイーアンを見たオーリン。じっと眺めてからちょっと指差し、『翼。良いな』と誉めた。
「この前、見た時もビックリしたけど。それ、町に着いても出しておくのか」
「しまった方が目立たないと思います」
「目立っても良いよ。どうせ龍気は強いんだから。角もあるし」
どうやっても目に付く、と言われると、少し苦手意識は出てくるもので。イーアンは黙って頷いた。イーアンの表情が明るくないことを見て、オーリンは話を変える。
「あのさ。俺の両親の家じゃないんだよ。あそこだと引っ込んでるから、もっと近いところでね」
「どこに近いのですか」
「ん?町だよ。店屋が多い方が何かと都合が良いだろ。広いし、食べ物や飲み物も手に入りやすい」
「お店屋さんに入るのですか」
「違う。この前の広場だ。ガルホブラフが降りたら、来てくれるって」
そうなんだ、と思い、外は外で気楽かなとイーアンは考える。手荷物は龍の皮だから、忘れないようにしたいと伝えると、オーリンはニコッと笑って頷いた。
「そうか。これそうだろうな、って思ってたんだけどね。この量じゃ、人数分ありそうじゃないか」
「ビルガメスが一緒に集めて下さいました。だけど条件付です。性質というべきかしら」
どんな? オーリンが訊きかけて、すぐに前方に目を戻した。もうすぐ町のある陸が見えてくる場所で、向こうの空から龍が何頭か飛んできた。
「あれは」 「迎えかも」
見ていると、ガルホブラフに似た翼のある龍は二人の前まで来て、その背中には人が乗っていた。オーリンは笑顔で挨拶。知り合いと分かったが、お父さんとお母さんではなかった。
3頭の龍は背中に、それぞれ女性一人と男性二人を乗せていた。彼らは若く、見た目はオーリンとイーアンよりも、20才近く若く見えた。自分を見ている3人と目を合わせてから、会釈するイーアン。
「イーアン。彼らは友達だ。若く見えるけど、俺たちと同じ年だよ。彼女はセヤン、彼はナフエル、こっちはミラレイだ」
イーアンですと自己紹介するにはするが、そこから続かないので、オーリンに任せる。とにかく町へ行こうとなり、4頭の龍とイーアンは町へ向かった。
迎えに来たと言われたものの。彼らは笑っていないので、イーアンは不安になる。何かオーリンの一人舞いのように思えてきて(※信用してない)ここからどうなるのか、少し気になった。
朝に会った龍の子たちは、笑顔だった。笑顔は心に優しいなと思う。笑顔のない出迎えは、どことなく緊張を作る。歓迎されていると思えないまま、龍の民の町の空へ入り、すぐに広場へ降りた。
広場は人が多いわけではなく、普通どおりといった雰囲気。人が多くても困るので、このくらいで済んでほしいイーアン。笑顔のないお迎え3名は、イーアンをちらちら見ながら、オーリンに小声で何かを話していた。
気配だけでは、喜怒哀楽がよく掴めないので、彼らが何を感じているのか、深く考えないようにして、イーアンは違う方向を見て大人しくしていた。
翼を畳んだ後。やはり気になるので消した。翼を消して、自分の荷物をそっとガルホブラフから受け取って(※はい、って綱をくれた)それを両腕に抱える。イーアンは外で不安になると、こうしていつも、荷物を抱え込むことで安心する。自分の荷物が、自分を守っている気がする。
さっきまでビルガメスと笑っていた時間が、何だかとても恋しくなった。ファドゥやフラカラたちと話している時間も、引っ張られて思う。
実際、そうイーアンが思うくらいの間、オーリンと友達はイーアンを放ったまま、ずっと4人で話し続けていた。
「何かあったら、面倒じゃないのか」
「気紛れでしょ?男龍と同じで」
耳に届いた声が、イーアンのことを話していると分かった。随分一人で待っていたと思うが、終わらない話し合いの中、自分の扱いについて不安そうだと知る。
顔を上げずに、そのまま考えるイーアン。やはりオーリンの気持ちが、先走っただけかも知れないと思い始めた。龍が広場に降りて、もう30分ほど経つが、彼の父母は来ない。イーアンは帰りたくなってきた。
ちらっとオーリンを見る。彼はこちらに気がつかない。彼の表情は困ったように歪んでいて、友達の会話に向けられていた。友達の3人は、首を振ったり、眉を寄せ腕組みしたまま、オーリンと話している。
イーアンは静かに周囲を見渡し、この30分間で誰も集まっていないと理解した。何があったのか知らないが、多分1時間後も変わらないと判断。
手には荷物がある。行こう、と決めたイーアンは翼を出した。6枚の翼を勢い良く出して、逃げるように飛び上がり、さっと下を見て、見上げ驚くオーリンに『ごめんなさい。帰ります』と叫び、一気に飛んだ。
「イーアン!!」
「また連絡します」
「イーアン、待てよ。イーアン!!」
小さくなる町の広場で、オーリンの掠れ声が響き、彼がすぐに龍に乗るのが見えた。龍より速く飛べる自信はなかったが、イーアンは逃げたくなって、自分も白い龍に変わった。それから目一杯の速度で、イヌァエル・テレンの上空を目指して駆け抜けた。
ここを抜けて、地上の空に入ったら。ミンティンがいない自分はどうやって帰ろう。それを思うと、どこかでミンティンを呼ばないといけない。
もうじきイヌァエル・テレンの空が終わると思った時、真横に大きな龍気が吹いた。驚いたイーアンが振り向くと、一本角のある、大きなオパール色の龍が側にいた。すぐ後ろに、大きな翼を翻す2本の角の龍もいる。それは、ビルガメスとタムズだった。
イーアンが速度を落とすと、彼らはすぐに寄ってきて、白い首に自分たちの首を擦り付けた。戻ろう、と言われている。イーアンが躊躇うと、ビルガメスがぐっと押してきた。その目が寂しそうで、イーアンは従う。
タムズは側について、イーアンの鳶色の瞳を見つめる。何かを知ろうとしてくれているようだった。
2頭の龍に促され、イーアンは困りながらも従い、一緒にもと来た道をゆっくり飛んで戻る。2頭は女龍を挟み、逃げないようにそのまま、男龍の地域へ向かった。
男龍のタムズの家に到着し、全員、人の姿に戻った。タムズが振り向いて、イーアンの顔を覗き込む。イーアンは何て言えば良いのか分からず、荷物を両腕に抱いたまま、そこで立ち止まった。
「何があった」
タムズはイーアンの頬に手を添えて、自分を見させる。イーアンは少し首を傾げて『ちょっと』と答えたのみ。後ろからビルガメスが来て、イーアンを片腕に乗せた。顔の高さまで持ち上げてから、瞬きをゆっくりして、『話せ』と言う。
タムズは自分の家に入るように、二人に言い、家の中で話をすることになってしまった。イーアンは困っていた。
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