632. ロデュフォルデンの地・龍の皮・龍族知識
イーアンは飛び続ける。疲れない場所だから、延々と飛んでいるような気がしてくる。ビルガメスに相談しないといけないので、今回は他の男龍に会わないよう祈った。
ビルガメス。呟いて、イーアンは思う。なぜ彼は、楽なのかなと。おじいちゃんというには見た目がかけ離れているが、最長老で落ち着いているから、と・・・『でもそれは後から知った情報で、理屈です』不思議に感じる毎回。
なぜビルガメスは最初から、信頼できると判断したのか。いつかザッカリアが見てくれたら良いなと、イーアンは思う。
「ビルガメス。不思議な方です。お会いする縁の巡りに感謝します」
微笑んでもう一度その名前を呟く。イーアンの上の空気が変わり、さっと上を見ると、大きな男龍が真上に飛んでいた。
「呼んだか」
微笑を送るビルガメスに、イーアンは笑った。『いつの間に』彼の方に腹を向けて、イーアンは飛びながら両腕を伸ばした。
ビルガメスが側に来て、イーアンを引き寄せ『今だ』と答え、小さな体を片腕に抱えて自分の家へ飛んだ。
「お前の翼を邪魔する気になれなくてな。少し待った」
フフッと笑って自分の家に降りたビルガメスは、片腕に乗せたイーアンを見てその小さな頬を撫でる。それから後ろに伸びた6枚の翼を見て、付け根を触った。
「呼んでも良いんだぞ。自分の力で飛べると嬉しいだろうが」
ナデナデしながら、片腕に止まらせたイーアン・インコに笑いかけ、翼を畳ませた(※老いの楽しみ:インコ飼育)。
「今日はどうした」
「用があって来ました」
毎回そうだぞ、とビルガメスは少し笑う。それからイーアンをベッドに座らせ、自分も横になって片肘に頭を乗せて『話せ』と笑みを浮かべて促す。無駄のない進みに、イーアンは感謝して話した。
「ほう。龍の皮を。お前の相手のドルドレンと?他の仲間が欲しいと言う。お前以外が身に付けても、さほど効果があると思えないが」
「え。タンクラッドは効果がありそうです。私に過敏に反応します」
「それは、ルガルバンダの祝福だからだ。特に龍族も龍の祝福もない人間には、大して意味もないだろう」
ちなみに訊きたいイーアン。ドルドレンに祝福した意味はなぁに?美しい男龍は、その質問に少し止まってから、イーアンの頭をちょっと寄せて間近で囁く。
「お前を大切にする力」
それだけだよ、と微笑んだ。優しいおじいちゃん・・・・・ ほろっと嬉しいイーアンは、頭を下げてお礼を言った。
「俺の代わりに。常に側にいられない俺のためでもある」
そんなビルガメスに、イーアンはちょっと脱線して、さっき、卵を孵す場を見たことを話した。赤ちゃんも見て、それはファドゥの卵だったことも話すと、ビルガメスは微笑んでイーアンの頭を撫でた。
「お前は可愛いと思ったのか」
「とても可愛いです。卵も、赤ちゃんも」
「そうか。じゃ、俺の卵も可愛がるな。お前の笑顔がそのまま子供に行くだろう」
「そういうものなのですか。私は卵の側にいるだけなのに」
「影響は受ける。お前が孵したら、俺とお前の影響は勿論、卵に響く」
きっと可愛いぞ、とビルガメスはイーアンの角をちょいっと摘まんだ。イーアンも笑って頷いた。
「ビルガメス。ちゃんと生きていて下さい。生まれる赤ちゃんを見てもらいませんと」
「そのくらいは大丈夫だろう。前にも言ったが、戦いで全力を使わないなら、思うに後50~60年は生きれると思うが。まぁいつ死んでも、それはそれだ」
イーアンは、その『死んでも』の言葉に抵抗があって、頷けずに俯く。男龍は彼女の顔を見て、『そんな顔するな』と静かに慰めた。
「中間の地に生きるからな。お前たちは死に対して、辛いものしか見れないのだろうが、得るものの方が多いのが、死たる意味の全てにある。だが、お前の沈黙と寂しそうな、その・・・顔を、俺は嬉しく思う」
ビルガメスはそう言うと、イーアンの額にちょっとキスをした。『俺はお前と共にある。俺の祝福は、お前と混ざる』小さく笑って頷いた、男龍の魂の深遠に感じ入るイーアンは、何度か相槌を打って了解した。
「卵。孵すんだぞ。俺の卵」
「はい。皆さんの卵を孵せるように努力します」
だって。食っちゃ寝ですから、大変じゃなさそうと思うが、それは言わないでおいた。
1年以上、寝そべって一箇所から動かないと太りそうな心配もあるが、食っちゃ寝基本の卵孵し。抱卵よりも楽ちんである。それが仕事なら頑張れる(?)。暇なら側で、赤ちゃんの玩具を作っても良い。
そんなことを思うイーアンの横。ビルガメスはふーっと溜め息をついた。何で溜め息なのか、イーアンは目を見つめる。
「皆の卵。でも、良いけれど。俺の、卵。だぞ、最初は」
未だに、そのこだわりの意味がよく理解できないイーアンは、曖昧に頷いておく。食っちゃ寝+不特定多数の卵沢山+約束の人の卵は手前。それのどの辺が『俺』限定にこだわる理由になるのか、どうにも分からないまま。
何かあるんだろうな~と思いつつ。それはそれで『分かっています』と答えておく。とにかく長生きしてもらって、卵ちゃんから赤ちゃんを出すのだ。ビルガメス後継者である。これ大事(※思うに、穏やかで、話が通じる貴重な男龍候補)。
「イーアン。そろそろ言っておくか。お前が前に話していた、中間の地の卵を孵す場所。あれはある」
話がそっちに移ったので、イーアンは気を引き締めて、男龍に向き直る。美しい男龍は頷いて、イーアンの手をそっと握った。
「ある。精霊に訊いた。そこは中間の地の、谷が包む大きな泉の近くだ。お前はそこを知らないが、お前と共に歩む仲間がそこを知る。辿り着け、イヌァエル・テレンの空気が溜まる場所へ」
「国名は分かりますか。旅の間に見つけに行きます」
「国名か。ロデュフォルデンとは国の名ではないな?」
「ロデュフォルデン。国ではないと思いますが、その地名が場所を示しますか」
「そうだ。仲間に訊くんだ。恐らく、誰かが見つけ出す。知っているのか、これから知るのか。しかしお前を導く者、と精霊は言った」
タンクラッドだ、とイーアンは感じた。自分を導くと精霊が言う場合は、彼のことだ。戻ったら訊いてみますとお礼を言い、急いで腰袋の紙に、炭棒でロデュフォルデンの名前を記した。
「お前が近くへ行けば、きっと龍気を感じる。中間の地にあるはずの龍気の溜まりを、これまで俺たちが感じられなかったのは、何か理由があるんだ。理由があって閉ざされているなら、空と繋がるように解放しろ。
そこは昔、誰か中間の地の者が、入り込んだこともあると聞いた。それがお前の話していた、民話のことかも知れない」
イーアンは民話をもう一度読もう、と決めて、はいっ!と返事をした。『その場を見つけたら。無事に使えるように出来たら。そうすれば』イーアンが言いかけると、ビルガメスも握った手を少し強く持つ。
「そこでお前が少しの間、生活する。俺の卵と、俺と一緒に」
「はい。ドルドレンも連れて行きます。ザッカリアも、卵ちゃんの世話をしたいというから、一緒に」
「世話は無理だぞ。お前がいるだけで、後は放置だから。でも付いてくるなら、好きにしろ」
有難うとイーアンは頭を下げ、寝そべるビルガメスをちょっと抱き締めようとする。大き過ぎて、抱き締め切れないが(※両手広げて貼り付いてる感じ)伴侶のみならずザッカリアも、許してもらえた感謝を伝えた。
笑顔の男龍も、片腕でイーアンの背中を撫で『それでお前が安心するなら、その方が良いだろう』と言ってくれた。
「まだ。お前に話すのはどうかと思っていた。他の心配も多い中、気持ちが散漫になる。しかし、そろそろ旅も始まる。動き出してすぐに、通り過ぎても嫌だろう。少し早いが伝えておいた。探せよ」
「はい。必ず。そして戦いが終わったら、そこへ一時的に住まいを移し、卵を孵します」
フフッと笑うビルガメスは、イーアンの言葉に、頼もしいなと呟く。
それから龍の皮の話に戻り、『ドルドレンくらいなら、効果はあるかも知れない』と断ってから、皮を持って帰るなら、それは構わないと許可してくれた。
「それとな。気をつけろ。龍の皮は、無関係の者を守ろうとはしない。皮そのものは強いだろうが、龍族でもなく、祝福もない者は、皮に守ってもらえるわけではない。期待過剰は禁物だぞ」
「守る。守って下さっていましたか」
「お前のそれは。お前を守り続けているだろう。龍が女龍を守るのは当然だ。お前の龍気を逃がさないようにし、力を体に閉じ込め、維持し高める。ファドゥが持たせたようだが、彼はそこまで思っていなかったか。
ルガルバンダの祝福相手も、特別な力を持ったと表現するべきか。龍の皮が彼を保護するから、力が散るのを防ぐ。
ドルドレンも、俺の祝福があるから、彼も守られるだろうな。他の者は気休め程度だと伝えておけ。真実だ」
イーアンは了解する。それから一応。龍の皮を欲しがる一人・ミレイオは、サブパメントゥの出だけれど、問題ないかも訊いた。
「ミレイオ。あの男か。彼が耐えられるなら。しかし反発はあるだろうな。そう簡単に抑えられる気もしないが」
「反発。ミレイオは龍の皮の上着を羽織りましたが、全く異常は見られませんでした」
「そうか。相性かな。だが、空と地下の質が基礎にある以上、何かしら影響はあると思うぞ。それは伝えておけ。力や体に関わる。俺は、龍の皮を着たがるサブパメントゥの者を見たことがないから、これ以上は言えない」
ハハハと笑った男龍は、イーアンの角を摘まんで近くに寄せ、『お前の友達。いろんな者がいるな』と微笑んだ。
「はい。皆さん、個性が豊かです。それにとても親切で、思い遣りが深い方ばかりで、私は恵まれています」
「それは、お前の気質もある。お前の立場が、精霊の祝福と共に歩むのも、大きな理由にはあるだろうが。
しかし、もし。俺は思うが、もしもお前が精霊の力も祝福もない状態であっても、少なくとも俺は、お前を見つけ出しただろうし、お前を守りたくなっただろう」
それはお前の性格や思いを知ればこそ、と静かな声でビルガメスは諭した。
『何者か、ではない。何を言うか、でもない。何が聞こえたか、何が胸に残ったか。それが相手を動かしている』その違いは大きい、と呟いて彼は微笑んだ。
大きな男龍に角をくりくりされながら。イーアンはしんみり話を聞いた。良いこと言うなぁと思う。誉められたからではなくて、そういうものだと、自分も同感することを聞けたからだった。
そうなのだ。だから、何を伝えようとしているのか、それを自覚することは、いつも大切に思う。
何を残す気なのか、それも意識していようと思って動く自分がいる。相手がどう受け取るかは分からないが、誠実であろうと思う。その動きが、一見してそう見えなくても、伝わるように努力は要る。
誰だって、自分しか動かせないのだ。基本的には。
相手に命じて、拍手させることは出来ても、尊敬させることは出来ない。そういうものだ。無理やり形を整えても、中身がなければ何もならないのだ。
「イーアン。龍の皮は、後で一緒に取りに行こう。他には」
話を切り替えたビルガメスに、イーアンはハッとして、先ほどの龍の子との会話で感じた疑問を訊ねた。彼らは龍になれないのか。男龍にも、女龍にも。ビルガメスは、その真意を見ようとするかのように、鳶色の瞳を見つめる。
「意味を聞きたい。なぜそんなことを思う」
「努力して、女龍になりたい方がいます。話を聞くと、もう長い間に渡り、努力を続けているようでした」
「お前は。俺とお前の違いが分かるか?」
突然、自分に話を振られて、イーアンは固まる。見た感じ、全然違いますと言いたかったが、それは答えじゃなさそうなので、考える。考える小さな女龍に、美しい男龍は頭を撫でた。
「悩むな。見て分かるだろう。体が既に違う。体の形も大きさも」
「え。それが答えでしたか。それならすぐに思いましたが」
「そうだ。お前は外から連れて来られたから、人間に近い肌や体の作りを持つが。角が生えたから、その時点で、見た目は俺たちの仲間入りだ。意外と大事だぞ(※角賛成派)。
しかし、ファドゥたちはどうだ。見た目は角ナシのお前と似ているだろう?俺たちとは近くもない。毛の色や皮膚の色が少し、龍の時の体色を模しているが、その程度だ。角さえない。根本が違うんだ」
「それでは。どんなに努力しても・・・成れないのでしょうか」
「成れる要素がないんだ。言い方が嫌かも知れないが。龍の体に変わるのは、彼らの特権の一つだが、龍の体の能力を増やすことは出来ない。手持ちを引き上げて、鍛練することは出来ても。備わっていないものを作ることは不可能だ」
イーアンは黙った。フラカラが可哀相に思えて、彼女の頑張りをどう支えようと考える。
それにもう一つ、なぜ彼女たちは、このことを知らないのか。自分たちの体の作りは、理解していそうである。ファドゥは何でも知っていそうなのに、彼も知らないのか。
ビルガメスはイーアンを片腕の内側に入れて、考え込むイーアンの顔を覗き込む。
「何かあったのか」
イーアンが、龍の子と話した内容を伝えると、美しい男龍は眉を寄せて首を傾げた。『そんなことを』その様子は、信じられないなといった表情。
「俺が聞きたい。なぜそんな質問をお前にしたのか。彼らもこのくらい、常識で分かっていると思う。
確かにな。幼い内は、皆一緒に見えるから、能力の差が見え始めるまでは、努力もするように教わる。伸ばしやすい能力もあれば、幼い努力で、男龍への能力が開ける場合もあるから。
しかし、一旦違いが出始めると、それまでだぞ。・・・・・シムのことを覚えている。俺の子供のシムは、5~6年くらいで角も生えたし、体の色も変化した。龍気も強い子供だったから、もしかしてと思っていたが、彼はその頃から、もう俺たちと一緒に過ごし始めたんだ。
そして、言うまでもないが、女の龍はいない。まして『龍の子』の女が、お前のような龍になるなんて。イヌァエル・テレンではないと言い切れる。それを知っていて努力とは。根性は見上げたものだが、一縷の望みでも信じているのか」
聞けば聞くほど、イーアンは、フラカラの直向な努力の末が気の毒に感じる。知っているはずなのに、成れないことよりも、成れる希望を胸に努力を続けるフラカラ。
「呼応。共鳴や、増幅も」
「最初に言った。元から持っていない要素を、増やすことは不可能だ。呼応くらいなら、似たようなことをするかも知れない。それだって、範囲が狭いはずだ。
お前が『龍の子』の時期を持った理由は、ここの世界での、龍の段階を経験するためだ。ズィーリーもそうだっただろう。
共鳴や増幅は、龍と共にある。龍の民は、龍と生きる一族だ。切っても切れない関係故に、彼らは共鳴と増幅の方法を、龍を通して身に付けた。彼らはそれだけだがな。人の身のままだし」
『能力だけ取ってみれば、体も変えられて、龍気を増やすことも出来る。それが自分たち、男龍と女龍だ』と改めて教わった。そこに、見た目の違いもある。
「龍の子の卵から、男龍が生まれることもあるから、いなくてはならない存在だ。しかし、根本の違いは埋まることはない」
そうでしたか、頷いたイーアン。龍気を高めて、能力を増やそうとするのは、出来ないこととは。
何となく、イーアンの話から察しているビルガメスは、ちょっと考えてから言葉を添えた。
「龍の子も。思い続ける気持ちがとても強い。俺たちもそうだ。一度、これと決めると、約束と似たようなもんかな。そうあろう、と意識が固まる。例え無理だと知っていても、思いが続く」
うん、と頷くイーアンは、男龍を見て微笑む。男龍も微笑んだ。『お前は優しいな。温もりがある』彼はそう言って、しかしながら、無を可には出来ない・・・とも、静かに付け加えた。
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