625. ティヤーの換金所を訪ねて
イーアンは細い枝に、魔物の切り身を刺して、ぱちぱち遠火で炙りながら、時々ナイフで突いて、硬さを確かめた。
「ねぇ。串・・・3本あるわよ」
「言うな。俺たちにも食べさせる気だろう」
「お腹壊したらどうするのよ。誰かは無事じゃないと。それ、私ね」
「俺で良い。お前じゃ、俺まで運べないだろ」
中年二人は魔物を渡される心配を、小声で話し合って押し付け合う(※優しいから、食べてあげる前提)。そんな中年の不安を気にしないイーアンは、丁寧に焼いて、丁寧に焦げ目を付ける。
「うん。もう食べられます。どれ」
待ちに待った、といった笑顔で、大きく口を開け、ミレイオが止める前に、ぱくっと一口食べた。もぐもぐしながら『美味ひい』と、熱さと戦いながらも嬉しそうに笑顔を向けた。
「ミレイオとタンクラッドもどうぞ。美味しいのです」
「え。あり。ありが、そう?でも、あんた食べても良いのよ。あ、ありがと。本当、良いのに、一人で食べても」
「おい。俺はいいから。俺は気にしないでも、お前の弁当があるから。おい、いいって。ああ・・・」
どうぞどうぞ、と、田舎のおばあちゃんのノリで、イーアンはニコニコ笑顔で串を渡す。『美味しいから』もう、それがおもてなし、といった表情で勧める。
「大丈夫です。毒見は私がしました。魔物は寄生虫がいませんから、もし何かあっても、可視確認出来ない小ささの微生物で、それはまぁ。
急速冷凍もしましたし(※Byミンティン)細菌も死んでるでしょう・・・多分。でもね、そんなの(←細菌)どの生き物でもありますもので」
言わなくて良いことを伝えるイーアンに、ミレイオはやけっぱち。覚悟を決めて齧る(※私の妹だから!!の覚悟)。親方も、串を見つめる目が死んでいるが、頑張ってミレイオに倣い、嫌々渋々、口に入れる(※俺はお前と死ねる、の覚悟)。
食べて。とりあえず咀嚼し。ミレイオは心配を拭えないものの、味には無理がないと認めた。『ちょっと水分多いかな。でかいから、ブヨッとしてるのかもね』笑顔はないけれど、真顔で美味しいと言ってくれた。
親方も暫く味わって(※危険な痺れや痛みを、敏感に感じようとして)口内は無事、と判断。意を決してごくっと飲み込み『うん。まぁ。食べれないことはないのか』と控え目な意見を出した。
イーアンも自分の串を食べ終えて、うんうん頷きながら『こんな魔物だと、この先、食料に困らない』なーんて、とんでもないことを言っていた(※旅先でも食わされる恐れ)。もぐもぐしながら、また立ち上がって魔物を切り取り、戻ってきて、切り身を焼いていた(※海の国の人)。
ミレイオもタンクラッドも、『自分たちは中年だから、胃腸の関係でもう要らない(※イーアンも中年だろう、とは言わないでおく)』ときちんと断った。
分かったと頷くイーアンは、切り身を齧って、自分のお弁当も食べて、また立ち上がっては魔物を切りに行き、イカタコ魔物切り身の炙り焼きを楽しんだ。『久しぶりに獲れたて海鮮です』嬉しいなぁと、終始、満面の笑顔だった。
ビニールがない世界。切り身のお持ち帰りが出来ずに残念だ(※伴侶に食べさせたかった)と、首を振って諦めるイーアンだったが、ミレイオに促されて、島を後にする。惜しいご馳走(※魔物)を後に『ご馳走様でした』と、死体の魔物に礼まで言っていた。
そして3人は龍に乗る。親方とミレイオは、腹痛に過敏であろうと決めて、小さな変化も見落とさないように気をつけつつ、気を引き締めて帰路を飛ぶ。イーアンはたらふく食べて、お腹をぽんぽん叩きながら『あー美味しかった』と何度も嬉しそうに呟いた。
ミレイオ。後ろに乗りながら、この女は頑丈、と認める。何が頑丈って、精神的にやたら強い気がする。
ドルドレンには弱いが、一人で生きさせたらコイツは滅法生き延びそう、と思えた。魔物も食えば、盗賊慣れでも、生きるためには躊躇わないような。龍になる前からこれだろうから、大した玉だよと呆れて笑った。
親方も横を飛びながら、お腹を撫でて満足そうなイーアンを見て苦笑い。俺の好きな女は。見たことない行動ばかり取る。それでも良いかと思えるのは、全て、彼女らしいと思えるからで。これも不思議な感覚だなと自分を笑った。
「さて。お宝換金が次よね。どこにしようか」
下方に岬の続く海の上で、下を見ながら、換金話を出したミレイオ。
「当てがあるのか?」
「んなものないわよ。質屋でも行けば良いんでしょ。でも、物が物だし。どこが良いかねぇ」
親方は何か思い出すように黙り、少ししてから『今もあるのかな』と呟いて龍の首を、ぽんと叩いた。『ダク・ケパ』言われた言葉に、親方の龍が、顔をミンティンへ向ける。ミンティンと目が合って、青い龍が先に出て前を飛んだ。
「お。ミンティンが知っていたか」
親方はちょっと笑って、自分の龍に『お前も覚えろ』と言う。親方の龍は不愉快そうな顔で頷いた。
「ミンティンは各地を知っているのです。昔の地名だったら、殆ど分かっていると思います」
イーアンが後ろのミレイオに言うと、パンクも『この仔、すっごい前から生きてるんじゃないの』そう思う、と青い背鰭を撫でた。ミンティンは嬉しそうだった。
それからミレイオは、斜め後ろを飛ぶ親方に振り返り『どこよ』と質問。親方は、何てことなさそうに首を少し傾けて『換金所だろ?』と答えた。
「だから。どこのって訊いてるの。そこ、ハイザンジェルじゃないでしょ」
「そうだ。ハイザンジェルでは知らないから、ティヤーの換金所へ向かっている。でも、かなり前だからな。まだやってるかどうかは、知らんが」
「ティヤーのどこなの。今、内陸に向かってるでしょ、これ。まだ島の隙間ばかりだけど。宝の換金できた場所だったの?」
「ん?当時はな。やってたぞ。俺はそこで遺跡の考古物を金にした。お前も通ってそうだけどな。
ダク・ケパは、内陸じゃない。島が連なって陸地に繋がる入り江だ。ティヤーの渡し船が停泊する入り江だから、小さな町が出来ている」
ミレイオ。少々記憶を探る。前方に見える風景は、細長い島が沢山並ぶ、縞々状の海。これがこの先に一つの陸地に繋がる・・・『えー。私、そこ知らないわよ。ダク・ケパって』通ったことないかもしれないことを言う。
「まぁ。着けば思い出すだろ。渡し舟の経由港で、ヨライデに向かう船も便が多い」
親方は、のんびり空を眺めて微笑む。『もう随分前だな』何か思い出しているのか、タンクラッドは懐かしそうに呟いた。
暫く飛んだ後、下方に引っ込んだ岬が幾つか見えてきて、入り江になった岸壁の上空へ龍は近づく。『ここらで降りて歩くか』タンクラッドは、町から離れた高台の草原を指差す。
「町の人間に見られても。ここはハイザンジェルじゃないから、龍のことであれこれ訊かれると面倒だ」
2頭の龍は、海を臨む草原に降り立ち、一度空へ帰した。3人はここから下って町へ向かう。下る斜面を進むに連れて、脇に点々と家が見え始め、その辺りから馬車道が出てきた。
『土が固いな』馬車道を歩く親方の言葉に、イーアンもそう思う、と答える。『畑は難しそう』海沿いの地域でも畑に恵まれる場所と、そうは行かない土がある。ダク・ケパは海の収穫が多いのかもしれないと思った。
道を下って見えてきた町は、入り江に向けて下る、斜面に並んだ白っぽい住居が印象的で、道は傾斜の土むき出しの道と、段々になった住居群へ入るための階段が、脇道に沿って細く伸びていた。入り江付近まで降りた時、人が多くてイーアンは驚いた。
「かなりの人がいます。小さな港なのに」
「入り江が見える範囲で、ぐるっと。この全部に港があるんだ。町はこの入り江にはダク・ケパ・・・ここ一つだから、船は集まる。向こうの方にも町はあるらしいがな」
親方、イーアンの手を取って握る。『お前は連れて行かれかねん』荷物も持ってやり、ミレイオがじーっと見ているのを無視して、イーアンと自分の荷物を肩にかけ、片手にイーアンの手を持った。
「行くぞ。少し歩いて、中の通りに入ったら。まだ店があれば、そこで換えられると思う」
「私が手を繋いだ方が良いんじゃないの。あんた、悪者退治用で」
「お前がやれ」
やらしいヤツ~ ミレイオの毒舌に親方は眉を寄せるが、相手にしたくないので、早足でイーアンを引っ張って歩き出した。イーアン、親方の足の長さに小走り(※伴侶でもこれはある)。そそくさ走っては、ちょっと歩いて、またちょこちょこ走っては、曲がり角で歩く。見ていられないミレイオは、タンクラッドを小突いて『可哀相』と睨み上げた。
「自分のことしか考えないんだから。イーアンが走ってるでしょ」
「え。走ってたのか」
下を見ると、角の生えた女が軽く息切れして、片腹を押さえていた。『お腹がちょっと痛いです』食後に走るとお腹が痛いのは、小学生の時から変わらない、イーアン44才。
それを聞き、走らせていたことより『腹痛』に過敏に反応する中年たち。
「何?!腹が痛い?魔物なんか、調子に乗ってあんなに食べるから」
「ええっ?どんな痛さ?吐きそうなの。震えとか大丈夫?口開けてご覧、湿疹は?」
中年2名は、魔物の食い過ぎと決め付けて、自分たちにも変化が起こるのではと恐れるが、イーアンは首を振って『違います。食べて運動すると痛くなる』と必死に真実を伝えた。しかし、信じてもらえず。
「タンクラッド、お店どこなの。早く連れて行って、休ませなきゃ。もしかしたら私たちも」
「嫌なこと言うな。もうすぐだと思う。ちょっと、お前この荷物持て」
自分とイーアンの荷袋をミレイオに押し付け、タンクラッドはイーアンを抱え上げて(※『違うー』と訴えている)足早に目的の換金所へ急いだ。
『全く。お前は食い意地が張ってるから』バカだな、と頭上で呟かれるイーアン。『バカって言わないで』小声でしょんぼり返すと、親方はハッとして一生懸命謝った(※前それでフォラヴに注意された)。
「具合悪いのに、さらに凹ませてどうすんのよ。あんたがバカじゃない。店どこよ、この辺でしょ?」
「裏だ、裏。表の道に面していない。横に入ってくれ。もう店の並びが変わってるから・・・ここらだと思うが」
ミレイオに急かされて、親方もイーアンを抱えたまま、きょろきょろ見渡す。
女を腕に抱えた背の高い男と、旅人のような荷物を持った刺青パンクに、町の人も気になる様子で、向かいの店でこちらを見ていた、若そうな男性が話しかけてきた。その人は、背丈は175cm前後の細い体で、口髭を生やし、大きな黒い目と栗色の髪の毛で、肌は日焼けして浅黒く、水色の縦縞が入る長衣を着ていた。
「何か。医者か、どこか探していますか?この町の店なら、私が案内しますが。この人は具合が良くないんですか?」
「ああ。すまない。そうだ、本当は換金を・・・いや、何と言うか。質屋が昔ここにあって、それを探してきたのだが。こいつも腹痛で」
「え。質屋?質屋はないですよ。引取り所はあるけれど。昔のことだと、どうかな。ちょっと待って下さい、後は薬ですよね」
若い男性は、親方の背中側の店へ一度入り、親方とミレイオが待っていると、中からもう一人を連れて戻ってきた。年老いて太った小柄な女性は、男性の身内なのか、眉を寄せて旅人3人を見上げる。
「質屋に用なの?引取り所しかないよ。昔も今も。その人、どうしたの。お腹痛いわけ?」
「引取り所と呼ばれているのか。物品を硬貨に換えてくれた店が、昔来た時にあった。こいつは食べ過ぎで(※何を食べたかは伏せる)」
イーアンをちらっと見た女性は、すまなそうに垂れ目を向ける女に頷いて、こっちおいで、と店の奥へ促した。親方とミレイオは店の奥へ行き、手前の店から繋がる細い通路を抜けて、裏にある部屋へ出た。
「そこ、寝かせなさい。薬をあげるから」
女性に言われた場所にイーアンを下ろし、女性が薬を取りに行っている間。親方とミレイオは部屋をゆっくり、あまり顔を動かさないように観察した。
部屋は倉庫のように見え、壁際に添えられた背の高い棚には、布がかかっていた。棚は幾つもあり、手前には船積み用の、蓋が釘打ちされた木箱が積んであった。自分たちが通された通路の反対側に、扉が僅かに見える。扉にも、棚と同じ布がかけられ、扉に意識が向かないよう、意図的にそうされているようだった。
イーアンが寝かされた場所は、素朴な木の食卓を囲む、大きな長椅子の連結で、肘掛部分がなかった。広さで言えば20人くらいが入れる程度の広さ。一人掛けの椅子の数から、長椅子とそれを合わせて、15人くらいを対象に集まれる・・・そんな雰囲気だった。
タンクラッドはこの部屋は知らないが、あの扉の向こうが気になった。
俺は過去。あの扉の向こうから、この部屋を見ていたんじゃないか・・・棚の置き場などは変わっても、扉の前に置かれた、渡し板付きの両棚には見覚えがあった。扉をよく見ると、上半分だけでも開きそうな、蝶番が見える。あれだ、とタンクラッドは思い出す。
3人が長椅子の側で、部屋の様子を静かに観察していると、女性は若い男と一緒に戻ってきた。手に、水の容器と薬を持ち、横になるイーアンを見て『飲める?』と訊ねる。
ミレイオはイーアンの頭を膝に乗せる為に、横に座っていたので、彼女の角を手で覆って隠しておいた。
女性は、派手なミレイオに驚きながらも、イーアンにも目を奪われているようで、屈みこんで薬を渡しながら、『海神の女みたいね』と言いたかった言葉を呟いた。後ろの男性も小さく頷いた。
お読み頂き有難うございます。




