624. パッカルハン遺跡の魔物
タンクラッドは息を呑む。傾斜した当時の、そのままなのか。
目の前に転がり、溜まる、宝の数々。崩れた石の棚と、外れた棚板。砕けている宝もあるが、運よくその姿を留めている物もある。
イーアンとミレイオは早々、物色中。タンクラッドも漏れなく物色開始。大人な二人は、この3人で宝探しは、結構楽しめるのではと感じる。
(以下・タンクラッド胸中)
――凄いぞ。これだけの量の宝に出くわすなんて。それも放置だったのか。知らなかったが、数年前に上がった島に、まさかこれほどの特級品が眠っているとは。
ミレイオはここも来ていたのか。あいつも使いようだな。地下から入るなんて考えも及ばん。今後、あいつの探った場所を案内させるのも良いな。
しかし・・・大したもんだな。俺の愛犬は。
なんつー嗅覚だ。上の部屋で探すものかと思っていたら、まさか地下室を探していたとは。どんな勘が働くとそうなるんだ。あの探し方は、経験値だ。状況確認と経験値が織り交ざって、地下室があると踏んだんだ。
こりゃ、彼女がいれば、食うのに困らないどころか、浪漫で生きていけるぞっ(※生活と浪漫の両立)
いや~ 総長と結婚させて落ち着かせるなんて、勿体ないだろ。この才能(※お宝ワンコ認定)。これからまだまだ、わんさと眠ってる宝の場所に、引き合わせるかもしれないのに。
もしも帰って『遺跡荒らし』と言われては、あの性格じゃ凹みかねん。どうにか励まして、盛り立たせてやらないとならんな。俺が守れれば良いんだが。どうしたもんかな・・・・・
タンクラッドが無言で、手にしたものを荷袋に突っ込む横で、刺青パンクも瓦礫を押し分け、お宝を革袋に選別しては、丁寧にしまいこむ。
(以下・ミレイオ胸中)
――素晴らしいわ。地下で集めたものとはまた、ちょっと系統が違う。石像に向けられた神殿の面は、全体的に祈祷所だったのかも。だからこっちは神具だらけなのか。私が集めたのは、司祭の生活用品みたいだったけれど。
うーん・・・惜しい。惜しいわね。イーアン、使えるじゃない。龍だけど。使っちゃったらダメかしら。良い腕してると思ったけれど、この能力は抜群ね(※この能力=盗賊&宝探し)!
掏りが何よっ いいじゃない、それも技術よ! そんな言葉、気にしないで、宝探しに生きるって方法もあると思うのよね(※自分が欲しい)。でも。ドルドレンは嫌なのかしら。彼、真面目だから・・・・・
だけど。ダメよ~ 惜しいもの~ こんな場所で一発で、宝の場所探し当てるなんて、何をどうするとそう動くのよ。これは天性の勘と経験値の成せる業じゃないの~
ん?そうよ、古代の美を捜し求める能力じゃないの!活かさなきゃ人生への冒涜だわっ(※自分に都合の良い解釈でまとめる)!イーアンは私と、あと汚れ仕事用のアイツ(※剣職人)と一緒に宝探し!!
うー・・・どうしましょう。これから旅で、絶対、もっと値打ち物に会うと思うのよね。イーアンを駆り出せるように出来ないかしら。ドルドレンの反応を気にするから、まずは彼を説得するか?
ドルドレンも駆り出せれば、良いだけなんだわよ。手数は多い方が良いもんね。うーん・・・暫くの間は、理解あるタンクラッドか。タンクラッドはイーアンの荷物持ちや、汚れ仕事用に使えるから、生意気で面倒だけど、やっぱり使った方が良いわね。
ぶつぶつ言いながら、きちんと革袋に納入してゆく刺青パンクの後ろで、イーアンはお宝を荷袋の中に集める。時々『ちょっと照らして』と頼まれると片腕を上げるが、意外に明るいので自分の作業も両手で行う。
壊れた神具から外れた石を中心に集めて、柱から外した宝石と一緒に、小さい袋にまとめる。出来るだけ壊れている神具を探して、もう、使うに使えないだろうと思える形の物から頂戴した。
『形が変形したり、直せそうになければ。もし誰かがここを見つけても使いません。きっとそうしたものだったら、石を外しても、問題ないはずです』と、思う・・・ぼそっと落として、イーアンは崩壊せずに残った布製品等も、そっと荷袋に入れた。
『模様が綺麗です。折角残っているのだから、模様を写して、刺繍を他に残しましょう』過去の文化を維持します・・・頷いて、自分が出来る範囲のお手伝いが可能なものも、考古学好きなイーアンは、手にして荷物に入れる。
布の奥から、可愛い小さな金属製品が出てきて、それも手に取る。『これは。何て可愛い龍でしょう』思わず笑みがこぼれる。誰が作ったのか、手の平サイズの龍の置物。四肢は畳んでいるように見える。
よーく見ると『バイキングの船みたい』腹の部分は波の模様があり、手足は伸びていないと知る。首と尻尾がついていて、背中は反る様に凹んでいる。とても素敵な銀色の置物で、イーアンはちょっと埃を拭いてやり、それも荷袋に入れた。
「イーアン。こっちを照らしてくれ」
親方の声で振り向き、イーアンは親方の方へ歩いて腕を掲げた。『絵でしょうか』イーアンの言葉に、タンクラッドも頷く。その声にミレイオが振り向き、『あ。それと同じ絵、地下の方にもあるのよ』と添えた。
パンクは立ち上がって二人に寄り、壁に彫られた絵を指差す。
「ここ。ほら、これ多分コルステインよ。でも・・・お皿ちゃんの絵と同じって言われちゃうと、どうなのかしらね。始祖の龍の時代の神殿ってことでしょ?コルステインがいたのか、どうか。
あ、これ。コイツじゃないの?元祖勇者。何だか真相知った後だと、感動が薄いけど」
「うむ。そうだな。これがそうだろうな。地下の住人の力をもらったか。その場面だ。お皿ちゃんよりも詳しく描いてある分、展開が分かりやすくて、先へ行くと心が痛む。始祖の龍に、追い出されている場面がある」
「これがそうなのでしょうか。見たくなかった。始祖の龍と男龍がいます。当時の男龍は、全員彼女の息子なので、きっとお母さんを守ろうとして・・・うーん。ドルドレンには見せられません」
「イーアン。ここだから言うけどな。俺だって見たくないんだ。俺は当時の俺も、きっとお前が好きだったと思う。それが、こいつのせいで、二度と会えなくなったんだ」
「いやぁね。あんた、横恋慕だらけの生まれ変わりって。それもどうなのよ」
うるさいっ 親方がミレイオを叱ると、ミレイオは眉を寄せて『3回全部、横恋慕も空しい』と呟いた。悔しい親方は黙った。イーアンは何も言えず、戻って荷物をまとめた。
そろそろ出るかとミレイオが流したので、全員荷物をまとめて背負う。『結構、重い』嬉しそうなパンクは、イーアンを支えて階段を上がり、タンクラッドも出たところで石版を床に戻し、来た道の通路を歩く。
「さーて。ここからが肉体労働ね」
3人とも荷袋ぱんぱん。かなりの重量を背負って、傾斜を駆け上がるのみ。タンクラッドにイーアンを預け、ミレイオは、イーアンと自分の荷袋を地上に置いてくると話した。
「重いからこれ、先に上に置いちゃう。ちょっと待ってて」
「俺のも持って行け」
「嫌よ。私、盾もあるのよ。自分で運びなさい」
あっさり断って、ミレイオはイーアンと自分の荷袋を持って跳躍。ぽんぽんと、壁と柱を交互に蹴ってジグザクに上がり、すぐに地上の明かりの中に吸い込まれた。
「ミレイオが戻ってくる前に。お前に言いたいことがある」
親方は、見上げたままイーアンに呟く。イーアンが親方を見ると、彼は目を合わせて微笑んだ。『俺とまた、こうして遺跡を歩こう。お前と一緒にいる楽しみが一つ増えた』そう言って、ちょっと角にキスをした。角にちゅーっとされても分からないイーアン(※先っちょ感覚ナシ)。親方屈んだな、くらいで終わる。
「今後。他の国で、遺跡に出くわすこともあるでしょう。そうしたらご一緒下さい。私も浪漫があって楽しいです」
「うん。それが良い。お前は大したもんだよ。本当に、お前といると飽きない」
ハハハと二人が笑う。誰もいない神殿に親方と弟子の、朗らかな笑い声が木霊する。さっと影が落ちて、上からミレイオが勢い良く降りてきた。『来たな』イーアンの肩を抱き寄せ、親方がニコッと笑うと。
「バカッ 早く逃げろっ」
え? 親方がミレイオの声で驚いた瞬間、気づいたイーアンが、力一杯親方を引っ張ってしゃがませた。『何だ?!』頭を抱えられたと思ったら、頭上に風を切る音がして、次にゴゴンと壁に何かがぶつかった。
「魔物です」
イーアンは親方の頭を抱え込んだまま、暗がりの向こうから伸びた足を見て、急いで伝えた。タンクラッドは剣を抜いて、イーアンを背中に隠す。
「出るなよ」
ミレイオは柱の影に身を寄せて、上から様子を見て、小声で命令する。『タンクラッド、次の攻撃の後にイーアンを投げろ』ちらっと上を見たタンクラッドが頷く。『全く』黄金の剣が僅かな光で煌いた。
「次のが来ます」
イーアンが動いた気配を教えた途端、親方の剣が何かを切り裂いた音を先に立てて、剣身を翻した。金色の光が振り放たれた光の刃のように飛び、暗がりの中から同時に突き出された長い何かが、自分たちに向かって吹っ飛んだ。
「避けろ!」
親方の剣の威力と、魔物の足が行き交った瞬間で足が切れて、その勢いのまま吹っ飛んできたものを、親方は避ける。背中のイーアンも慌ててしゃがみ、真上を太い足が飛んで行った。
大きな振動と共に、神殿が揺れる。ミレイオが叫ぶ。『上がれ、上がって来い』ミレイオの顔が青白い光に包まれて、魔物を相手に力を開放し始めた。
「ミレイオが。イーアン、行くぞ。あいつに任せる」
はい、と答えて、親方に抱えられたイーアンは、胴体にしがみ付いた。タンクラッドがぐっと腰を下ろして屈みこみ、跳ね上がる。思いっきり蹴った通路の壁から、次の柱にギリギリ飛び乗り、その柱からさらに次の柱へ跳ぶ。
魔物の攻撃が脇をかすめ、親方が体勢を崩しかけた時、ミレイオの力が、鼓膜を震わす思い音を立てた。すぐ下で何かが割れ、裂けていく音を響かせ、それと同時に生き物の呼吸が聞こえた。呼吸は呻きのように絞られて、神殿を震わせる。
体勢を崩しかけた親方は何本めかの柱で、ぐらつく。『うお』荷物の揺れに体をとられ、イーアンも驚く。親方はイーアンの体をぎゅっと丸め上げて、目一杯の力で柱を蹴って次へ跳んだ。
丸められ、背中から親方の腕がずれたイーアンは、すぐに翼を出した。狭い場所で翼が使えるか、賭けだと思ったが、4枚だけ出して親方に丸められたまま飛び上がる。
「うわっ」
浮かび上がった体に仰天する親方。4枚の翼を広げるには狭い場所で、イーアンは一度だけ、翼で宙を叩き、翼をぎゅっと後ろに伸ばして一気に上昇した。
ぼんっと、神殿の柱を抜けたイーアンと親方。ミレイオはそれを見て、力を戻し、自分も急いで外へ出た。地上の砂浜に降りて、イーアンは翼を畳む。ミレイオも上がってきて、『無事だ。良かった』とイーアンを抱き締めた。
海辺の砂浜を見ると、2頭の龍がこっちを見ていた。イーアンが手を振り上げて『有難う』とお礼を言った、そのすぐ後。神殿から黒い影が飛び出す。
柱の隙間を抜けたそれは、巨大にも程があると思うほどの『イカタコ?』親方は口がぱかんと開いて、空に飛んだ魔物に呟く。イカタコは、どさーっと砂を巻き上げて浜に落ち、何十本もある足をうねらせて3人に踊りかかった。
ミレイオの顔が光り、勢いをつけて伸びたイカタコの足が突然、裏返って引き攣る。親方は剣を抜いて空に向かって振り上げた。金色の剣身から光が飛び、イカタコの本体を二つに切り分け、体は倒れた。それでもイカタコ魔物(※まんま)は体を動かす。
『ミンティン』イーアンが叫ぶと、青い龍がぴゅーっと飛んできて、心得ているのか白い炎を噴き出した。『逃げて下さい。凍ります』イーアンが大声で二人に注意し、3人で急いでイカタコとミンティンから離れた。周囲が白く煙の中に包まれるほど、ミンティンが噴き続けると、イカタコ魔物も動きが鈍くなり、暫くしてその巨体は全く動かなくなった。
「もう大丈夫かも知れません。ミンティン、有難う」
イーアンが後ろから覗きながら、青い龍に声をかけると、ミンティンも口を閉じて振り向き『ウン』と声に出して頷いた。
親方もミレイオもびっくりして、目を丸くする。イーアンもびっくりだが、とうとう、頷きまで声が添えられたと思えば、今後はもう少し喋る気がして、ここは突っ込まないで頷き返しておくに留めた。
青い龍はまた波打ち際へ戻り、親方の龍の横に座るとそこで落ち着いた。3人は凍った魔物を見つめてから、青い龍が喋った気がする・・・と。ぼそぼそ話し合った。
「はぁ。疲れた。ちょっと体力付けとかないとダメね。これから、こんなの連続するんじゃ」
「そうだな。まさか体勢を崩すとは思わなかった。まだ体が動くと思っていたんだが」
親方(※47才)とミレイオ(※51だか52)は肩を揉んだり、首を回して、はーやれやれと疲れを口にして、砂浜に座り込んだ。イーアンが翼を出してくれたから助かったと、親方は素直にお礼を言ってくれた。
「何かあっても。ミンティンと親方の龍がいるから、と思っていました。良かったです」
私も疲れた(※44才)・・・イーアンもへたり込んで、3人の中年は砂浜に座って、お互いを見て苦笑した。
親方。ミレイオをちょっと見て『お前』と呟く。疲れたパンクは、ちらっと目だけ動かし『何』と返事。
「お皿ちゃん、使えば良かったんじゃないのか。行きも帰りも」
「え。嫌よ。渾身の作なのよ。神殿のあの狭さで飛んで、ぶつかったり掠ったりで欠けたら、ヤじゃない。あれ、金属より柔らかいもの」
「そうなのか。かなり硬質に思えたが。じゃ、もっとミレイオがお皿ちゃんに慣れたらだな」
「あのねぇ。私は動きは抜群なの。単に作品が大事なだけ。あんたみたいに、がさつなのと一緒にするんじゃないわよ」
言い返そうとして、タンクラッドは大きく息を吐き出した。ミレイオもふーっと息をつく。『疲れた』二人はその言葉が被り、目を見合わせて再び苦笑い。
ちょっと休もう、と決めて、中年二人は砂浜に下ろした腰を上げないまま、足を投げ出して疲労を癒した。
凍結した魔物は、薄氷漬。イーアンは割れた頭部の貝殻をじーっと見つめ続け、ついに立ち上がって、ミレイオの力と親方の剣で壊れた魔物を調べに行く。
「危ないぞ」 「そんなの持って帰れないわよ」
上の二人に(※砂浜に座ったまま)背中から声をかけられ、イーアンは振り返って『大丈夫です。もう生きていません』と教えてから、ミレイオに『持ち帰らないので安心して下さい』と微笑む。
少し薄氷を割って中を見ると、『もろにです。もろにこれはイカタコ。つまりオラガロの大きい版』ってことは、とイーアン呟く。
二人に見えない角度へ回り、そっとナイフを出して、吸盤を削いで見る。『断面図もそのままに見えますね』ただ大きいだけなのか。イーアンはちょびっと舐めてみる。
『イケそうです。これは。もしや、美味しいんじゃないでしょうか』これは、イーアン。日本人の血が騒ぐ。海産物大好き。海産物で国家が成り立った日本(?)。
暫く考えてから、イーアンは戻ってきて時間を訊ねる。ミレイオが『どうだろ。もう昼近いんじゃないの』と答えた。頭上にかかる太陽を見上げる親方も『そうだな・・・昼。もう少しかもな』と続けた。
イーアンは砂浜で、火を熾そうと親方にお願いした。タンクラッドは不思議そうに『ここで?』首を捻って聞き返す。
「何かあるのか。小さい火で良いなら。その辺の乾いた流木持って来い。すぐだから」
そう言って、細い流木を指で示した(※親方疲れて動かない)。イーアン犬はひょこひょこ流木を集めに行き、両腕に抱えて戻ってくる。『これで良いですか』親方の近くに置いたので、タンクラッドは火打石で丸めた枯れ草に火を入れ、それをちょっと組んだ、木切れの中に入れてやった。
大人二人が、腰を下ろしたまま動かないでいる中。イーアンは荷袋から、水で薄めた果実酒を出して渡し、お弁当用の加工ブレズ(←サンドイッチ)と、根菜と燻製肉入りの玉子焼きを出し、二人に渡した。
「あんた、わざわざ作って来たの?健気ねぇ」
「おお、久しぶりに。弁当とは。有難う」
喜ぶ中年に笑顔を向け、イーアンはイカタコ魔物の裏へ回り。その手に切り身を持って戻る。くるくる髪の女の様子を見た二人は、笑顔も固まった。
『お前まさか。そ、その。それ。魔物を食おうってんじゃ』親方は、たどたどしく、イーアンの片手に乗った魔物の切れ端を見つめた。
「焼けば、きっと美味しいのです」
えへっと笑うイーアン。目をむいて固まるミレイオと親方は、焚き火の前の奇行を見ながら、何も言葉が出ないまま、細枝に刺さって炙られ始める・・・縮れる魔物の肉体調理を眺めるしか出来なかった。




