623. パッカルハン遺跡の宝
傾斜のある石の床を前に、イーアンは、ドルドレンと来た時に降りた様子を話す。
「あの時は、彼が私を抱え、そのままここを滑り降りたのです。しかし一番下で、生き物を踏んだ状態で止まりまして」
「それで、ドルドレンが。柱を足場に跳んだんだっけ?」
そうです、とイーアンはミレイオに頷く。親方も下を覗き、暗さで全く分からないことに不安はあるようだった。『その生き物。魔物か』イーアンに訊ねると、イーアンは『多分。そう思う』はっきりしないと答えた。
「全体像は見えていません。足だけが。私がイカタコの唐揚げを作るでしょう?あの足を伸ばします。一番下からここの柱を突き出るまで」
「でかいだろ。どんな大きさなんだ」
「今もいるとは限らないでしょ。一時的にいたのかも知れないし。いたって、あんたがちょっと切りゃ済むわよ」
勝手について来たんだから、役に立て、とミレイオは言う。親方はそんな刺青パンクに『お前は魔物を見たのか』を訊ねる。ミレイオは肩をすくめて『私、違うところから入ったから』一言返して終わる。
親方とイーアンは、パンクを見つめ、答えがそれだけの理由も分からず、ちょっと首を振って再確認した。
「ミレイオ。お前、どこから入ったか言え。魔物に遭遇しないほうが良いだろう」
「ええ?だって、言ったところで、そこからは無理よ。あんたたちは入れないもの」
「何だ、秘密の通路でもあるのか」
「秘密じゃないけど。私、下から来たからよ。ここ、海底に突っ込んでて、下から上がれるから。それでこの中に入れただけで。上がってきたのだって、砂浜から出たんだし。あんたたちが思ってるような道順じゃないわよ」
どうも、ミレイオが特性を活かして調べに入ったということらしく、親方もイーアンもそれ以上は質問の意味がないと判断した。
そんな二人を見て、ミレイオは溜め息をつき、背負っていた盾を引っ張り出す。『行くわよ。普通に』そう言って、イーアンの腰に腕を回した。親方、目を見開く。
「私に掴まってなさい」
イーアンは、うんと頷くものの、この傾斜は相当角度があると知っているので、ミレイオが自分を片腕に抱えて滑り降りるのは、負担になりそうで心配だった。ぐっと、ミレイオの胴体にしがみ付き、暗い続きに眉を寄せる。
「俺でも良いだろう。俺が」
「バカ言ってんじゃないわよ。あんたが戦うんだから。あんたが動いてる間に、私たち逃げなきゃダメじゃないの」
何?親方の顔が嫌そうに歪む。それを無視して、ミレイオはぽんと跳んで、石の床を滑り降りた。親方も舌打ちし、急いで後に続いた。
最初に来た時と同様。僅かに光る柱。ミレイオはイーアンを片腕に、もう片腕は盾を持った状態で、イーアンに訊く。
「どう。目ぼしい物ある?」
「この前と変わっていない気がします。ミレイオはどこから取りましたか」
「奥ね。こっちは横から上がっただけ。うん?ってことは。あれか、左か右に移れば」
ミレイオ、柱が並ぶ右へ移動する。滑る床を蹴って、柱に盾を引っ掛けて回転しながら、右の壁へ向かい、平行にぽんぽん進んで行く。親方、ビックリ。慌てて自分も右へ体を向けて、どんっと斜めの傾斜を蹴り上げて跳ね、ミレイオの後へついて進んだ。
「何か言え!突然移動するな」
「大きい声出さないでよ。魔物がいたら困るでしょ」
イーアンは、柱にミレイオの盾が引っかかって回転する度、近くにある宝石に『ちょっと摘まんで・ぎゅっと回す』を繰り返し、せっせと集めた。柱に接近している時間が2秒ないので大急ぎ。手袋をしてきて正解だ、と滑らない指先に感謝する。
ちゃっちゃか片手で集めて、もう片手でせっせと袋に入れる。その姿に、ミレイオは後で気がついて二度見した。跳びながらのため、ゆっくり見れないが、実に鮮やかな手捌きで・・・腕に抱えるイーアンが、真顔で宝石を集めているのを見て、少し笑った。
「あんたって子は」
ハハッと笑うミレイオに、イーアンは真面目に『折角の移動ですから』と短めに答え、ちゃっちゃ、ちゃっちゃと、手を休めずに宝石を回収する。
後ろから見ていた親方も、前方を進むミレイオから何か、ふっと腕が伸ばされるのを見て、暗がりながらも目を凝らし、それがイーアンの掏り(※掏り決定)と気がつき、唖然とした。『何て早いんだ。素人じゃないと思っていたが』熟練か、と驚くばかり。
そうこうして、結構な距離を進んだミレイオが、とうとう右の壁際まで辿り着く。親方もすぐに来て『ここで一段落かな』と頷いた。壁を見ると、壁一面に光沢のある石が嵌められていた。その石は色が少しずつ異なり、離れてみると、大きなモザイクの絵と分かった。
「これは。私は頂戴する気になれません」
壁を見つめるイーアンの一言にミレイオと親方は、さっと、くるくる髪の女を見る。近づきながら、これも獲物対象にしていたのか、と少し困惑したが『盗る気はない』というので、一先ず安心。
「美しいですね。もっと明るい場所で見たかった」
「本当。美しい絵よ。とりあえず、これはそのままにしても。あんたの獲物はこの少し続きにあるかもね。ちょっと下に動いて、繋がってる部屋へ行くわよ」
ミレイオはここから先は覚えている部分がある、と言い、静かに滑り降りる。壁を伝うように少しずつ降りて、後ろに続くタンクラッドに手招きする。『このすぐ下、右に通路があるの。落ちないようにすぐに右に入って』そう言うと、ミレイオは数秒後に消えた。
タンクラッドは、その消え方に眉を寄せたが、ゆっくり降りていくと理由が分かった。右横に通路に繋がる入り口が開いており、直進すると『なるほどな。下は水』これじゃまずいな、と独り言を呟いて、右の通路に体を捻って入り込んだ。
通路も傾いているが、水は僅かに壁を濡らす程度。波がかかる場所でもなく、中から浸水した海水がそのままになっていた。傾斜があるにしても、すぐ横が壁なので落ちることはなかった。
先頭をミレイオが歩き、下ろしてもらったイーアン、タンクラッドが後ろに続く。
「この通路の先。もう少し小さい部屋があるの。部屋っていうのかしらね。空間かな。祭壇や棚があったから、祈祷所だったかもね」
「ミレイオはそこで宝物を」
「ううん。そこは来ただけ。私がもらった宝はこの下よ。海の中。何ていうか、海の中だけど、地下に入ってるから、水に濡れていなかったの。この神殿は大きくて、この続きがさらに下にあるの。島も、見える範囲よりずっと大きいのよ」
「となると、お前がお宝をもらった場所は、俺たちは行けないわけで。浸水のない、地上部分の部屋から探すと」
「そういうこと。いくら何でも、海水に2000年近くも浸ってたら、宝なんかダメになるでしょ」
2000年・・・・・ 親方とイーアンは顔を見合わせて、ミレイオが一体、どれほどのことを知っているのかと、お互いに同じ疑問を過ぎらせた。刺青パンクは飄々として、そんな二人のことは構わずに進む。
「そこ。あら、少し崩れたのね。地震が最近あったのかしら」
通路口が半壊していて、奥の部屋に続く部分の天井は崩れて落ちている。ミレイオはイーアンを側に寄せ、角の頭に盾をかざしながら、その背中を押して、一緒に中へ入った。親方は放置。
「お前。イーアンを大事にするのは構わんが。俺にも何か、注意事項とかあるだろう。俺の頭に石でも落ちたら」
「そんなヤワじゃないでしょ。瓦礫が降ってきたって、あんた死にゃしないわよ。この子は大変だけど」
ねー、と笑顔を向けられ、イーアンは申し訳なさそうに『お手間かけます』と謝った。多分自分は、瓦礫が当たったら、即死のような気もするので、同意しておいた。
幅のある入り口を、瓦礫を避けながらくぐると、そこには地上の光が細く差し込む、小さな空間だった。それは治癒場よりは広かったが、先に入った神殿の広さに比べると狭く感じた。
イーアンは斜めになった床をそっと進み、お宝センサーを発動(※そんなものはない)。勘の向くまま、崩れた煉瓦の塊に気をつけて移動し、室内全体の様子を一度見渡して覚える。
頭の中で、当時の再現を組み立て、恐らくこの部屋のこの位置に祭壇がある・ここに棚があるというと、こっちに人の動きのない場所がある・ここに向かう人々、と、あれこれ設定して、その辺りを嗅ぎ付け(※お宝ワンコ)床と天井を観察しながら動いた。
大人二人(※イーアンも大人だけど)は、何やら掏りのプロが嗅ぎ付けたと知って、その動きを面白げに見守る。
「あれ。何か探してるわよ」
「だろうな。あんな動き、見たことない」
「ドルドレンも知らないんじゃないの。あんな気配消して、ギラギラした目で動いてるイーアン」
「あまり考えたくないが。その道なんだろうな」
「多分ね。訊かないけど」
「訊かない方が良いだろう。印象があるし。いつも、もっとボケッとしてるから」
「あの子って、思うに。かなり荒んで、頑張って生きてたんじゃないの。何でもやって生きてた気がする(※当)」
頷くタンクラッド。ミレイオの同情的な言葉に、何て答えて良いのか分からなかった。二人の大人は腕組みして、イーアンが何かを見つけ出すのを待つ。
愛犬イーアンが、腰を屈めて獲物を探す様子を、飼い主タンクラッドはじっと見つめるだけだった。
イーアンは真剣にお宝を探す。何度か瓦礫をひっくり返し、床を見ては上を見上げ、天井を見つめたと思ったら、また前に進んで床の瓦礫を返した。一箇所の瓦礫を返すわけではない行動に、大人な二人は奇妙に思う。
しかしそのまま放っておくと、イーアン犬は何やら発見。ぴたっと止まって、その位置でゴロゴロと瓦礫を左右に分け始めた。
「何かあったのか」
「さぁ・・・もうちょっと見てましょう」
手伝いに行こうとするタンクラッドを片手で制し、ミレイオはイーアンの様子を観察する。イーアンは傾斜した床に膝を着いて、石を退けてから、剣の柄に入ったナイフを取り出し、床に向かってそれを差し込む。
「何あれ」 「もうちょっと見るんだろ」
気になってくるミレイオ。タンクラッドも少し首を伸ばして、暗がりの中のイーアンの行動を見ようとする。
ガリッガリッと音が数回響き、ゴトンと床石が一つ取れたようだった。ちょっと顔を上げた、螺旋の髪を揺らしたイーアンは、二人を見てニコッと笑う。
「来て下さい。この空間の地下室へ行きましょう」
タンクラッドは駆け出す。ミレイオも急いでイーアンの元へ駆ける。二人が見たものは、イーアンが外した床石の下にある、金色の輪。引き手が鎖と一緒に繋がった、一人分くらいの石版だった。
「ここは恐らく、地下室です。この角度でこの位置なら、浸水はしていないはずです」
イーアンはそう言って、引き手を掴んで引っ張る。タンクラッドが支えてやり、一緒に硬い引き手を掴んで、目一杯後ろへ引いた。
ゴトッと音を立てて石版は外れる。石版を外した下は、50cm四方の入り口が開き、石の階段が伸びていた。『私が先に行くわ』危ないから、とミレイオは眉を寄せてイーアンを後ろに付ける。そっと階段の下を覗き、暗さに悩む。ミレイオは夜目が利くにしても、二人には・・・『暗過ぎる。火を焚くのも、何かあったら怖いし』どうしようか、と目を凝らす。
イーアンは少し考えて、ミレイオに一度下がってもらい、手を地下に向けて差し伸ばし『この指は私の爪の先』と呟いた。ひゅうっと風を切る音と共に、イーアンの左手の人差し指が、龍の爪の先に変わる。
「何てことを。そんな小さな部分まで」
驚いて目を丸くする親方に、振り向いて微笑むイーアン。白い滑らかな爪の先は、ふんわり白く光を放つ。
『一部を変えると、そこが光に包まれると。この前、支部で翼を出した時に、皆さんに教えてもらいました』これくらいなら、疲れないからと、イーアンはランタン代わりに爪となった指を掲げた。
「すごいことするわねぇ」
ちょっと笑ったミレイオは、イーアンの前に立ち、階段を下りる。白い光はぼんやりと地下室らしき場所を照らし、また、その場所にある『見て。神具だわ』夥しい量の煌く宝を照らし出した。神具を中心に、よく見れば宝飾品の類も箱からこぼれ、そこには財宝と呼ぶに値する輝きがあった。
「さて。私の可愛い妹。あんたの用事を済ませなさい」
ミレイオはイーアンの背中を押して、傾斜した場所に積もるように転がったままの、煌き放つ宝を見せた。
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