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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ディアンタの知恵
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61. ディアンタの石像

 

 午後の日差しの中。フォラヴとイーアンは、木立の中を僧院の向かいの位置まで歩いた。

 テントを張った場所からそう遠くはないので、帰りも時間をかけずに帰れそうだった。



 容器の包みを抱えたイーアンは、ドルドレンがなぜ、駄々も捏ねずに(最近駄々連発)すぐに了承してくれたのか、少し気になっていた。彼は何かを知っているのだろう、と思って、横を歩く涼しい顔の男を見上げると彼は静かに微笑んだ。


「気になるのですか」 「はい。何があるのかと思って」


「イーアン。あちらに着いたら説明します。待てますか」 「ありがとうございます」


 短いやり取りをしている間に、向かいの岸壁に穴が開いた場所の向かいに着いた。

 フォラヴはイーアンの包みを引き取る。『私が持ちます。あなたは私に掴まって下さい』と言うと、イーアンの片手を取って自分の背中に導いた。


 ――やむを得ない。この方法だとは分かってはいたけれど。

 でもいざ、何度も別の男に抱きつくとなると・・・・・ そう、少し思ったが、まぁ落下の際もお願いしたんだから、とここは変に気にしないで『宜しくお願いします』と言う。この世界(ここ)へ来て本当に男性への対処が増えた、とイーアンはしみじみ思う。本当に中年で良かった、中年だから平静でいられるものである、と感謝する。



 潔く?両腕をフォラヴの背中に回す。フォラヴがイーアンの背中を片手で抱いて『浮きますから、決して離さないで下さい』と注意した。イーアンは『はい』と返事をし、すぐに自分の足が地面から離れたことに気がついた。


 フォラヴは地面を蹴って跳ぶ、ということもしなかった。ただ彼が思えば、地面は遥か下に遠ざかるように体が浮いていた。あっという間に川の上を移動する。イーアンはフォラヴにしがみ付きながら、眼下に広がる岸壁に挟まれた川の景色に息を呑み、何が起こるとこんなことが可能なのかを考えてしまう。


「重いでしょう。大丈夫ですか」 「あなたは軽いですよ」


 ふと、ちょっと気になって聞いてみた、重さ。

 イーアンは太ってはいないが、細いというほどもない。彼らからすれば小柄に見えても、身長163cmの人体はそれほど軽くない気がする。だがフォラヴに『軽い』と返事をもらったので、それ以上は聞かないことにした。鍛えている人たちは違うのだ。



「ずっと、こうしていても疲れませんよ。でもすぐに着いてしまうので、証明できず残念です」


 フォラヴは、近づく対岸の穴の一つに向かって進んだ。

 その穴は近くで見ると角が丸く抜かれた長方形で、丁度人の丈くらいだった。窓というよりは、回廊の柱のようにも思える。幾つも並んだその穴は、一つの通路沿いに開けられたもの、と分かった。



 フォラヴが穴をくぐり、暗い廊下に足をつけた。イーアンが手を離そうとすると、彼はイーアンの手を少し押さえて微笑む。イーアンが急いで『連れてきてくれてありがとうございます』とお礼を言うと、フォラヴが首を傾げて見つめる。


「そんなに急いで手を解かないで下さい。私は淑女に礼儀正しく接したいのです」


 そんな無茶な、とイーアンは真顔になる。淑女への礼儀が接触必須にも思えない。

 女の人がいない修道会だから、こうした反応があるのも分かるけれど何も私じゃなくて。『フォラヴはモテ期絶頂期だろうし、若い人にそれを言って下さい』と心から願う。


「イーアンにお話しが。これから案内するところには、イーアンの書いた文字はないかもしれません」


 手を離してくれないフォラヴが、何やら暴露した。どういうことだろう・・・と思い、黙って続きを待つ。


「昨日のことです。イーアンたちが森へ薬の材料を探しに出かけた後。私は表へ出て夕暮れの中を散策し、枝にいる鳥から現状を聞くことが出来ました。その話の中に、この僧院の話もあり、それは大変興味深い内容でした。

 私が鳥との会話を終えて、総長のいた場所へ戻ると、総長はまだチェスを叱りつけていました。しばらくして、チェスが完全にだんまりを通したので、総長は休憩を挟みました」



 恐ろしい話である。叱る時間に休憩が入るとは。休憩後は再び叱られるのだ。でも『フォラヴが鳥とお話』の方がイーアンには気になった。子供たちに大人気の『動物とお話する』あの能力である。 



「チェスが騎士修道会においてのあなた ――女性―― の存在を否定することに、総長はとても怒っていました。私はそこで鳥から得た情報の一つ、この僧院のことを話しました。


 鳥が教えてくれたのは、この場所にあなたとよく似た石像があることです。僧院に女性の像が建っているのです。それも崇拝の対象ではなく、昔、実際にここにいた人物と聞きましたから、『そうした前例があることを、チェスに説いてはどうか』と総長に提言しました。

 総長はその通りにチェスに説明しました。チェスは、歴史に女性が加わった男子修道会がある・・・と言われてはもう仕方なく、女性がこの場にいることを了解したそうです。その場にいた北の支部の者もです」


 イーアンが初日の夜に聞いた、ドルドレンが『それは解決した』と言った意味が分かった。


「チェスの説教(拷問)が終わり、総長は私にこの僧院の話を訊ねました。イーアンと似ている石像に不思議を感じたのでしょう。

 鳥たちの話では、ここには昔とてもたくさんの僧侶がいて、彼らは勤勉で常に新しい知識を求めていたようです。イーアンも聞いたかもしれませんが、ツィーレインの町は学問の町と呼ばれます。それはこの、今は消えてしまった僧院の知識が受け継がれたからです。外国と繋がるこの川を路にして、ここディアンタの僧院は、世界の知恵が集まり、いつしか名高い知恵の宝庫と呼ばれました。現在、ここは廃墟ですが、この中には未だに様々な『石』や『物』がある、と鳥が話していました」


「石や物。それは」


「そこまで豊かな知識人が集まった場所に、ただの石や物が在るとは思えないので、総長にも『イーアンが知ったら見たがるでしょう。彼女の今後の力になるかもしれない』と私は付け加えました。」


 フォラヴは笑い、『さっき、イーアンがシャンガマックに問われている時、僧院の石像を思い出した。あなたに助け舟を出して、一緒にここを散歩しても良い状態にした次第です』とタネと仕掛けを打ち明けた。



 この話をしながら、なぜか手を繋がれて廊下を歩き続けていたイーアンは、既に手を繋がれていることは意識の外にあり、『石』と『物』の正体に強く惹かれていた。フォラヴが散歩時間のために、シャンガマックを上手く利用したことや、ドルドレンに布石を置いていたことは、とにかく。


「ではフォラヴさんもここは初めて」 「そうなのです」


「この廊下の先に部屋がありそうです。調べても良いでしょうか」 「そのつもりで来たのですから」


 イーアンは好奇心も逸る物の、言いようのない誘惑が胸に生じるのを感じていた。フォラヴはイーアンの目つきが変わったのを見て、満足そうに微笑んだ。


「あなたのその・・・探求心の強い瞳が私には大変魅力です。底知れない知恵に貪欲に輝く」


「そんなに誉めて下さっても、何も出ませんよ」


 イーアンは笑った。『探求心に貪欲、は合っていますけれど』と認めながら、ぽっかり開いた扉のない部屋へ入った。 



 川沿いの壁には穿たれた穴があるものの、部屋が広い様子で採光が届かず、奥は暗かった。大きな部屋には幾つもの机と長椅子があり、壁際に棚がある。木板が揃えられたまま、一つの机の上に置いてあった。他に目立って何かがある様子ではない。


「ここは学びの部屋だったのでしょう」


 フォラヴが木板の側に歩み寄り、うっすらと苔のついた板を指で撫でた。イーアンも、廃校の教室を思い出していたのでフォラヴの意見に頷いた。『部屋の奥にまた通路が見えますよ』とフォラヴがぼんやり明るく見える入り口に顔を向けた。


 部屋から続くその入り口を通ると、今度は聖堂の雰囲気がある部屋だった。壁に空けられた穴から柔らかい光が入って、一つの石像の輪郭を浮かび上がらせている。イーアンは恐る恐る石像に近づき、一歩前に出るごとに鼓動が早くなるのを感じた。


「誰なの」


 イーアンの声が聖堂に静かに木霊した。続いて石像の前まで来たフォラヴが、食い入るように石像を見つめた。


「イーアン・・・・・ 」


 石像は、自分とほとんど同じ特徴を備えた顔で、決して消えない微笑を湛えていた。頭から布を被った姿で、足の甲まで届く長い布を体に巻いているようだった。頭には装飾の輪を被り、右手には小さな笛の付いた首飾りのようなものを持ち、左手には太く編まれた綱の端を持っている。非常に精巧に作られており、その肌は柔らかそうで、体を包む布は今にも風になびきそうに見えた。


 石像を前にしたイーアンの体が、ぐらりと揺れた。強烈な眩暈が起き、唇が震え、全身から力が抜ける。揺れたイーアンにフォラヴが気が付き、急いで両腕を伸ばして抱きかかえた。


フォラヴはイーアンの衝撃が想像以上だと捉え、床にへたり込みそうなイーアンを抱きかかえて次の部屋の入り口をくぐった。




お読み頂きありがとうございます。

ディアンタ僧院の廊下のイメージを絵に描きました。



挿絵(By みてみん)

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