619. 旅の準備に向けて ~移動手段の懸念
「と。まぁこんな具合だ。船という手もありそうだがな」
タンクラッドは香炉の煙が消えて、疎らに天井に散り始めたのを見て、呟いた。イーアンとドルドレンは黙っている。他5人の視線は、イーアンとタンクラッドに注がれ、少ししてから総長を見つめる。
「総長の家系。ですよね?似ていたから。でも、イーアンとタンクラッドさんは、そのままのように見えたけれど」
シャンガマックが躊躇いがちに訊ね、ミレイオは頷いた。『本当ね。そっくりと言うよりも、そのものみたい』こんなことあるのねと、少し笑った。
「似てる似てないは、置いて。今は乗り物、移動手段だ。何か知っていることはないか」
「私は力になれるかもね。船っていうより、あの場所が何だかは、なーんとなく想像付くわよ」
タンクラッドの問いかけに答えたミレイオに、皆の視線が集まる。ミレイオはちょっと笑って『だから。私やっぱり、同行しないとダメそうね』と呟く。
「期待してるでしょ?でもね。無理よ、そんなすぐには行けないの。私に今思いつくのは、当座は馬車で動くしかないってことよ。あんたたちに荷物があって、長旅って設定なんだから」
「馬車だとすると。途中で道を断たれた場合を毎回心配して、そこで止まる。どうすれば良いのか」
ミレイオは答えをすぐに言わなかった。ドルドレンは答えを知りたいものの、自分が馬車の民だからこそ、言えることを伝える。『馬車は道があるのだ。道があってこそ。越えられない地点で行き詰る』そこだけだ、と呻く。
「イーアン。どうにかならないのか」
オーリンがイーアンを見た。イーアンも、そう言われそうな気がしていたから、ちらっとオーリンを見る。二人の視線の動きに、周囲が続きを待つ。
「それ。私に」
「それしかないだろ。ミンティンやガルホブラフじゃ無理だ」
「自信がありませんよ。壊したらどうすれば良いのやら」
「大丈夫だろう。あれだけ龍の状態がしっかりしてるなら。あれ、意識あるだろ?」
「ちょっと待て、オーリン」
二人の会話をドルドレンが遮る。『まさか、イーアンを使おうとしているのか』心配そうに言う総長に、オーリンは肩をすくめて『だって。それくらいだろ』と答える。
「俺たちの乗る龍は小型だ。馬車なんて動かせない。ミンティンは動かせるだろうが、運ぶとなったら加減が心配だ。アオファは問題外。大きいけれど、繊細な動きは出来ないだろ。
イーアンなら、龍になった時に大きいし、意識も加減も人間のままなら、馬車を動かせて運べるだろ」
「イーアンは龍になる時、とても疲れるくらい、お前も知っているだろう。そんなことをさせられないぞ。
道が断たれた場所から、次の地点までの距離も分からないのに。馬車だって数台になる」
「でもよ、総長。俺とガルホブラフは同行だ。俺が同行する以上は、少なくとも俺の力は貸せる。ミンティンも加われば、イーアンは地上で龍になれるくらい強い。例えば、山を越えるくらいなら、イーアンくらいの大きさでこそ可能だ。馬車を壊さないように、空を動かすのはな」
ドルドレンは戸惑う。イーアンも自信がないので困る。他の者たちは、イーアンが龍になることで、馬車を使う懸念が和らぐ可能性に、どう答えて良いのか分からなかった。
「あなたに。負担を掛けてまで、馬車を選ぶなんて」
フォラヴが苦しそうに声を絞り出す。それはさせたくない、と妖精の騎士は言う。シャンガマックも首を振って『俺も嫌だ。負担を減らせるならまだしも』そんなこと出来ない、とイーアンを見つめる。
「まぁな。俺も賛成出来ないな。イーアンは女だ。男の俺たちの為に、彼女一人に馬車を動かさせるなんて、いくら龍だからと言ったって、俺には選べんな」
親方は静かに息を吐いて、無理、とオーリンに冷たい視線を投げる。ミレイオも眉を寄せて『ちょっと、思いつかないわよね』と弓職人を見た。
「この子、別に無敵じゃないのよ。龍になれば、そりゃ強いでしょうけど。だからお願いねって言えないでしょう」
バカじゃないのくらいの目つきで見られて、オーリンは黙る。そんなに無茶でもないような。どうなの、と思ってイーアンを見ると、自分をじーっと見ている女龍。その顔が困っている。
「分かったよ、いい。俺が思い遣りが足りなかった。今の無しね」
「男龍が来たら出来るよ」
ザッカリアがオーリンに答えた。その言葉に、オーリンは彼を見る。『男龍か』そうか?と訊ねると、子供は頷く。
「大きい男龍や、何人かの男龍が来てくれたら、イーアンは龍でも平気だよ。その後は少し疲れるから、空に行くと思うけど」
「ザッカリア。空で休まねばならないほどの負担を、彼女に掛けられないから、困っているのだ」
ドルドレンが口を挟むと、レモン色の瞳は総長を見つめて『それが役目だ』と言い切る。ハッとする全員。ザッカリアは、しっかりとイーアンを見て、『イーアンだから、出来るんだ』と伝えた。
「イーアンは強いんだよ。一番強いの。だからそういう役目もあるんだよ」
「はい。やります」
ザッカリアの言葉を、一瞬で信じるイーアンは受けた。『私がやりましょう』力強く了解した。それがお役目とあれば、決して危険ではない。危険かもしれないけど、死にはしない。きっと、馬車を運ぶ加減も出来るはず。大丈夫。よし、と決めて、驚く皆さんにさっと視線を投げる。
「私が龍に変わって、馬車の動けない場所を運びます。ですので、馬車を調達しましょう」
ええ~~~~~ イーアンとザッカリアを抜く6人(※言いだしっぺのオーリンも)声を上げて驚く。『(シャ)大丈夫とは思えない』『(フォ)無茶ですよ』『(ド)また、空で休まないといけないかも』『(ミ)倒れるかもしれないんでしょ』『(タ)お前に何かあったら、俺はどうするんだ』最後の言葉に、イーアンは親方を見て首を振る。
「タンクラッドには何もありませんので、大丈夫」
そうじゃないだろ、と親方は怒る。ドルドレンは親方を宥め(※『気持ちは分かる』)イーアンに向き直って、不安そうに見る。イーアンは、しっかり拳を握り、ドンと胸を叩いて答えた(※逞しい胸筋)。
「この子が出来るって言うのなら、大丈夫。私はザッカリアの言葉を信じます」
お任せあれ!イーアンは、うん、と頷く。ザッカリアはニコッと笑って『俺のお母さんは強い』と喜んだ。子供を振り向き微笑んで『そうよ。あなたのお母さんは、あなたたちを守るの』絶対よ!一度決定すれば気持ちも変わる。ハハハと軽快に笑うイーアン。
イーアン、カッコイイ~・・・ドルドレンはメロッとする。
自分がメロる横で、タンクラッドも目を細め、頬を染めているのを見て、複雑な気持ちを持つ。見れば、部下も親方と同じ反応中(※母性にメロる人々)。
オーリンはそのまま、まぁそうだよね、くらいの頷き方。ミレイオは頭を支え、『安請け合いして』溜め息をついて困っていた。
とりあえず。馬車を確保するに当たり、次なる問題は。
総長の(危険な⇒)お父さんに相談に行く話になり、どんな危険具合かを軽く教わった面々は、渋い顔をして悩んでいた。
「そいつ。変態でしょ?変態に頭下げるの、嫌よ」
「ミレイオ。そうだ、変態だ。親父は犯罪者に近いと思う。申し訳ないが、この変態犯罪者に馬車の権利がある」
「自分のお父さんを変態で犯罪者って。総長がこれまで家族の話をしなかったのが、何だか分かります」
シャンガマックはミレイオと総長のやり取りに、不安そうに眉を寄せた。
「その・・・危険なお父さんに、イーアン抜きでは頼めないんですか?」
「それが出来れば俺だって悩まない。女抜きでなんか、話も聞かないだろう。あの鬼畜は」
「誰か女装したらダメか?」
オーリンがちょっとふざけて言うと、おまえがやってみるか、と親方に睨まれた。『俺は無理だろ。見た目が男だし』慌てる弓職人に、ドルドレンは大振りな息を吐き出し、残念な言葉を付け足した。
「見抜かれるだろう。女への反応が尋常じゃないから」
「フォラヴなんか、可愛いじゃないの。この子じゃムリかしら」
ミレイオの提案に、妖精の騎士が戦く。『何てことを仰るのです。私に死ねと』白い肌を青ざめさせて、フォラヴはひくひくしていた。ミレイオはちょっと笑って『冗談よ』と撤回する(※本気に聞こえた)。
「私の心配もありますが、ドルドレンや皆さんにも心配はあるのです。それは良いの?」
ドルドレンを見上げるイーアンは、困ったことを思い浮かべる。パパワイフの存在。ドルドレンは目を閉じて静かに首を振る。『あれは無視だ。少し怒ればどうにかなる気もする』無視、無視・・・・・
総長の言葉に、周囲がじっと見つめて、何の話かを説明を待つ。
「何かまだあるのか。お前の家族はどうなってるんだ」
親方が、懸念を言えと迫るので、イーアンはシャーノザの話をした。とても美人で大変豊満な体つきの女性が、お父さんの奥さんだが、彼女はドルドレンを見るなり、貼り付いたことを伝える。
シャンガマックは、気の毒そうに総長を見た。親方は『気分が悪い』とぼやく。オーリンは黙っていた(※貼り付かれたい人)。フォラヴは下を向いたまま、目を閉じて会話を避ける。子供はよく分からないので、じっとしていた。
「その女も、面倒ってことよね?だから困るわけね」
「そうだ。彼女は誰でも良いのだ。親父も少し驚いていたが、誰とでも、いつでも、そういう仲になれるようだ。実際、イーアンも彼女の欲の対象になった」
ミレイオは引く。『大丈夫なの?あんたの親父と奥さん。頭がちょっと』そこまで言うと、黙った。ドルドレンもイーアンも首を大きく横に振り続けるので、大丈夫ではない人々と理解した。
「私が思いますに。ここに集まった皆さんは、とても見目に恵まれ、魅力的です。奥さんは大喜びして迎える気がします。それが心配です」
ドルドレンは、愛妻の、皆を魅力的との表現に『ぬっ』の声が漏れたが、しかし言いたいことは分かる。自分から見ても、全員、顔が良い。体格も良い。見た目が良いヤツしかいない仲間って、それも凄いなと、今更認識した。
別に選んだわけじゃないのに、全員イケメン・・・・・(※タンクラッドは俺よりイケメンな気がする)
ミレイオだけは、異質な存在だが、あれだって好みの問題のような。ザッカリアだって、年は子供にしても、既に見た目は相当な賜物。大きくなったらどうなるやら、心配が募る。
そして、ちらっと愛妻を見る。愛妻の白い角。もう、この時点で、親父の餌食決定(※変わり物好き)。ただでさえ、餌食だったのに。さらに、親父が欲しがりそうな力まで手に入れた愛妻は、本当に連れて行くのに悩む。
「ええっとさ。とにかく男でも女でも、やばいわけね。その、あんたの親父と奥さんに会うってのが。
じゃあさ、仕方ないから・・・嫌だけど。若い子は外して、私たちが護衛ならどうにかなるんじゃないの?」
「ミレイオが一緒に頼みに行くのか」
「ドルドレンが頼むんでしょ?私はさっきも言ったけど、変態に頭下げるの嫌よ。護衛よ、護衛。とりあえずイーアンの護衛。
その女はちょっと気味悪いから、誰かどうにかしてよ、って思うけど。若い子じゃ、その女に連れてかれそうだから、タンクラッド辺りも一緒に行って。それでどうにかならないかしら」
あんたたちは、おうちにいなさい・・・シャンガマックとフォラヴとザッカリアを一まとめにした笑顔を向けるミレイオ。『食べられちゃうから』アハハと笑って、弓職人に振り向く。
「オーリンもダメよ。あんた、女に弱そうだし」
「弱くないよ、別に。そんな関心ないし(※あるけど鈍い)」
「ダメよ。面倒事が増えても困るだけだから。あんたは、この件はすっこんでるのね」
ミレイオの意見は特に逆らう内容でもないため、ドルドレンもタンクラッドも、そうしようと同意した。親方はちょっと不審げだったものの、『俺の知らない所でイーアンに何かされては、後悔もへったくれもない』とぼやいて引き受けた。
「俺を怒らせるなよ。変態親父も好色女も。お前、止めろよ。俺が剣を抜く前に」
「タンクラッドの怒りに、火がつかない保障が出来ない。努力はするが、殺傷は避けてくれ。馬車がかかっている」
親を守る会話になっていないことに、家族が大事なシャンガマックは、悲しそうに見つめていた。総長は馬車さえ手に入れば、親は用なし(※正解)の様子。
そんな褐色の騎士の表情を見ていたフォラヴは、そっと彼の肩に手を置いて『深く考えてはいけません。世界は実に、数多の人生を抱えています。全て必要なのです』そう友達を諭した。
結論。これについては、イーアンも連れて行くにしても、同行者として、タンクラッドとミレイオは、確実に護衛に付くことになった。
「行く時。教えろ。絶対に俺を抜かすな」
「そうよ、ちゃんと言いなさいよ。あんた達じゃ心配しかない」
大人な二人の同行により、お父さんと遭遇する危険を穏やかにする計画が決まった(※穏やかにする計画=脅すのみ)。それはドルドレンにとっても、頼もしいような、心配のような。(※彼ら二人が、親父に耐えられる気がしない⇒特に親方)。
しかし、イーアンの保護も含め、馬車は必要である以上、親父に会わずには乗り切れないため、ドルドレンも決意した。不安そうなイーアンを抱き寄せ『俺が守る』とちゃんと伝える。イーアンも『お願いします』と答えた。
イーアンとしては、パパは危険と理解しているものの、パパワイフの方が懸念だった。
狙われたのは、ドルドレンもそうだったが、親方は間違いなく彼女の心を鷲づかみにする。伴侶は、パパに見た目が似ているから、それもあると思うが、親方は別のイケメンである以上、パパワイフがどう動くのか心配だった(※親方は容赦なくキレる気がする)。誰もケガをしないことを、ひたすら祈った。
「よし。ではな。次なる話題だ。午後の時間が取れないものは言え。もしこのまま話を続けるなら移動する」
総長の言葉に意外そうな皆は、どこへといった感じの顔を向ける。『近くの食事処へ』ドルドレンは時計を見た。
「そうじゃないと。そろそろ執務のやつらは俺を連行しに来る」
逃げないといけないのかとイーアンは気が付いた。それをそっと皆さんに告げると、ちょっと笑い声が聞こえたものの、全員移動には応じた。恥ずかしそうな総長は咳払い。時刻は2時半近く。
「それでは移動だ。イーアン、ヒョルドと食事をしたあの店へ」
「分かりました。行きましょう」
イーアンの返答に、ミレイオは苦笑い。
他の者は話を知らないので、とにかく工房の外へ出て、各々笛を吹いて龍を呼んで背に乗る。イーアンはドルドレンの龍に乗る。ミレイオはお皿ちゃん。そのお皿ちゃんに、他の7人は視線を向けた。
「私はね。出し惜しみするの。後で見てよ」
フフッと笑って、ミレイオは赤い毛皮を翻し、龍の前を飛び抜け、スカーメル・ボスカへ飛ぶ。7頭の龍もすぐにその後を追いかけ、近くの食事処へ向かった。




