617. 旅の準備に向けて ~会議開始
ドルドレンは支部に戻ってきた。本部は疲れる。疲れると腹も空く。
「腹が減って仕方ない。無駄な精神力を使う」
お昼ぴったりに戻ったドルドレンは、広間から漂う昼食の香りに釣られるが、とりあえず執務室へ行く。執務の騎士たちは、もう昼休みだから後でにしろと言う。
了解して、イーアンはいるのかと思い、工房へ行くと、開けてビックリ。ミレイオが、龍の着物を羽織って、龍のマスクを手に立っていた。
「あら。お帰り」
「お帰りなさい。ドルドレン」
「ミレイオ、何故その着物を」
え?ああ、これぇ? 間延びしたミレイオの返事は、散々、着回した後で私物状態の返事。
『タンクラッドのなんだって?マスクはあんたたち用、って聞いたけど。面白いから着てみたの』似合うでしょ、と言われて、無表情に頷いた。愛妻(※未婚)をちらっと見ると、愛妻が苦笑いしていたので、恐らくミレイオは無理やりだろうと判断する。
とにかく一緒に食事をしようと誘うと、ミレイオは龍の皮の上着を脱ぐ。そして上半身裸に、鱗ベストの上に赤い毛皮を着用し、イーアンと手を繋いだ。ドルドレンはその毛皮とベストを見て、イーアンを見つめる。
「ミレイオが寒いのです。お帰りの際にこれを着て頂くようにしました」
「ベストの下が裸である。それは寒くないのか」
「やぁねぇ。下に着たら、野暮じゃないのよ。これは我慢よ。寒かったら、途中で着るけど」
着るんじゃないか、と心で思うものの。ミレイオは見た目に気を遣うと知っているので、ドルドレンは頷いておいた。
前を歩く、イーアンと手を繋ぐミレイオは、旅でもこれか、と思う馴染み方。二人は、不思議な姉妹関係を築いている気さえする(※ミレイオは性別判定不可)。男だと分かっているが、男の状態に思えないので、自分も認めてしまった。イーアンは最初からそうだったようだし、ミレイオもそのつもりなのだ。
「ミレイオ。今日は午後に、ちょっと旅の話し合いがあるのだ。時間があったら、参加してもらえるか」
「あ。そうなの?良いわよ。私、休日だから」
ドルドレンは二人の前に進んで広間へ入り、自分が運ぶから先に席に座るようにと促した。ミレイオはあっさりお願いして(※給仕されるのは嫌ではない)イーアンを連れて暖かな日差しの入る食卓へ着いた。
さっき話し合いに誘った、ミレイオの様子から。ドルドレンは、ミレイオに同行の許可が下りたことを知った。イーアンが先に伝えたのだろう。出発時、ミレイオを含めて7人。オーリンはどうなるか分からない(※危なっかしい)から、とりあえず7人だなと。
盆2枚に3人分の昼食を乗せ、馬車が何台いるかを考えながら、二人が手を上げる席へ進んだ。それぞれに食事を回し、3人で昼食。
ドルドレンはミレイオに、お皿ちゃんの話をまず訊ねた。イーアンは、その素晴らしさを話したくてうずうずするが、これは実物を見た方が良いと理解しているので、黙っていた。
ミレイオは、お皿ちゃんも含め、全てを完成させたのが今朝だったと言い、持ってきたから後で見てくれと答えた。『あんたがどう言うかと思って』ちょっと口端を吊り上げた、片目ずつ色の違う瞳に見られて、ドルドレンは微笑んだ。
「一緒に来る以上。ミレイオが使っても良いと思う」
ドルドレンの答えに、刺青パンクは眉をすっと引き上げて『ふうん』と小さく笑う。食事を続けて微笑んでいるミレイオに、ドルドレンも黙って笑みを浮かべたまま、食事を進めた。
食事の席では、ミレイオがこの後に少し話を持ちかけ、ドルドレンとイーアンはそれを聞いて、後で全員に伝えたいと答える。内容は、先週にミレイオがイーアンに質問した心配事項が殆どなので、改めてドルドレンは答える。
「ミレイオの指摘は、尤もだ。今日、旅に出る者を集め、その話をしたいと思ったのだ。備品も消耗品もある。龍の皮の上着やマスクについては・・・イーアンと男龍たちの采配だが。それ以外は俺たちで決定出来ることが多い。
俺は今日、本部へ行き、向こうの用事も済ませたが、こちらの用もあったのでそれを話した。機構の窓口と通関手続きの件は、今後早急に話を進めるだろう。いいかな?イーアン。また後で、これについては詳しく話す」
イーアンはお礼を言って、何の話かと訊ねたミレイオに『旅に出ている間にも、魔物を倒せば回収して輸送する』と話した。旅でも仕事か、とミレイオは笑ったが、しかしその意識は大事なことだと、理解してもくれた。
「そうね。折角、何かの縁でこうして。職人の力も繋がったんだもの。ハイザンジェルは小さな国だけど、小さな国だからこそ、すぐに動かせることも、出来ることも沢山あるわ。やりましょう」
「はい。国民の皆さんにも、きっと良い形で貢献出来ると思います。頑張ります」
この後、食事を終えて3人は工房へ戻る。ドルドレンはイーアンに『着工は1時半から』と教えた。最初に挨拶して、取り掛かるのを10分くらい見て、それから話し合いにしようと決め、2時に皆を集めることにした。
イーアンはタンクラッドに連絡し、『2時からです』と教えると、その前に行くと言われた。『おうちの着工があるから、2時から』もう一度言うと、親方は渋々『2時ぴったりにする』と、意見変更して連絡を終えた。
序にオーリンにも連絡すると、暫くして応答に出て、『2時に来てもらえるか』とイーアンが伝えたと同時に『もう着く』の返事が戻った。溜め息を吐いて了解し、イーアンは腰袋に珠を戻した。
「それ。その珠。タンクラッドも持っているでしょ?数が限られているの」
ミレイオはイーアンの珠を見て、ドルドレンとイーアンに質問。数に限りがあることを教えたが、ドルドレンは少し考えて『後、何対あるのだろう』と愛妻に訊いた。
「タンクラッドの家に預かって頂いています。あなたと、タンクラッド、オーリン、ファドゥ。この4名が現在、使用中。ですので、あと9対のはずです」
ミレイオは、自分もあると嬉しいとお願いする。『あんたたちと、連絡取る回数が増える』必要じゃないのと畳み掛けたので、ドルドレンは静かにそれを制し『タンクラッドに、それも持ってきてもらおう』とした。
イーアンはもう一度、タンクラッドに連絡を取る。
親方は連続なのでちょっと嬉しい。機嫌宜しく『何だ』と応じると『ミレイオが欲しがっているので、連絡球を持ってきてほしい』との内容に、目が据わった。
『ミレイオ。来ているのか?お前がミレイオの家か』
『ミレイオが支部にいらしています。後もうじき、オーリンも来ます。早過ぎるけれど』
『何だ。旅の準備の話だからか』
『そうです。出発する時の全員で話し合います。連絡球は、以降、必要とドルドレンが判断しました』
止むを得ないので、親方は不承不承、了解する。そして2時に行くと伝え、連絡を切った。こうなりゃ序と、香炉も持参してやろうと思う親方は、あれこれ持ち物の支度を開始した。
ミレイオは思い出した用事があり、それをロゼールに、と言う。『サンジェイから手紙をもらったわ』返事を書いたというので、ドルドレンはその手紙を預かった。
「今、渡してくる。シャンガマックたちにも、2時から集まるように伝える」
そう言って工房を出て行き、扉を閉めたイーアンはミレイオと話そうとして止まる。ミレイオが『どうした』と訊くと、イーアンはハッとして微笑み、窓際に近寄る。
「もう来ます」
窓を開けて少し待つと、東の空からキラッと光る龍が現れた。『オーリンです』苦笑いしたイーアンは、空に向けてちょっと手を振った。ガルホブラフが降りて、そこに眠り始める。背中を飛び下りた弓職人は、『よう』と朗らかな笑顔。すたすた窓へ寄り、ひょいっと室内に入って驚く。
「わ。ミレイオ」
「わ、って何よ。挨拶しろ、坊主」
「こんにちは」
「そうね。こんにちは。私はちゃんと用事があって来たのよ。あんたもそう、って感じは、しないけど」
オーリンが何かを言おうとする前に、首をゴキゴキ回して鳴らすミレイオは、さっと片腕を伸ばして『イーアン。おいで』と引っ張り寄せる。
「こっちいらっしゃい。私から離れないようになさい」
片腕に抱え込んだイーアンをぐっと隠して、オーリンを見るミレイオ。『また、おかしなこと言うんじゃないよ』わかった?立ち尽くす弓職人を睨む。イーアンは、ちょっと申し訳ない気持ち。
「言わないって。ちょっと相談に来ただけだ」
オーリンが答えて、イーアンに少し笑いかける。『もう数日お待ち下さい』イーアンは同じことしか言えないので、それだけで済ませた。ドルドレンが戻ってきて、弓職人が増えていることに頷く。
「オーリンも。そうだな。同行する予定だから、同じ場にいてもらう方が一度で済むな」
「総長。何の話だ。同じ場?同行って、俺も旅に出るのは決定したわけか」
「はぁ?あんたもぉ?」
ドルドレンの言葉に聞き返すオーリン。そのオーリンの言葉に、ミレイオは眉を寄せる。急いでドルドレンを見て『ちょっと、こいつも一緒なの?』と指差す。ドルドレンは肩をすくめた。イーアンはミレイオに『オーリンが、回収時に手伝いを買って出て下さっている』と教える。パンクは呆れたように弓職人を見た。
「あんたが。旅に同行。あーそうー・・・・・ 」
「ミレイオが嫌がることじゃないだろう。俺はその必要があるって思ったんだよ。だって、あんた。イーアンが魔物解体するの、同じくらいの速度で出来る?それに、汚れ仕事だぜ。その後も運び出すんだし」
だよね、とオーリンはイーアンに笑う。それは本当なので、イーアンは頷いた。心配そうに見ているミレイオを見上げ、大丈夫ですと伝えた。
「この前のことです。彼に、魔物の回収を手伝って頂きました。大きな体の魔物なので、一緒に解体して頂き、時間も早く済みました。この時、旅で回収するつもりであることを話すと『集めた物をどう、国へ発送するつもりか?』と訊かれて。
確かにそうです。私は旅路を離れられませんから、向かう道のどこかで発送することになるのですが、一々抜けるかと言われれば、それも良くありません。このため、そこまでが、オーリンが請け負ってくれる部分です」
ドルドレンもミレイオも。言われてみれば分かる。そして同時に、旅に出るということは、普段なら細かく思える部分も、念入りに気にしておかないと、後々に響くと感じる。
ミレイオは違う視点から、その『細かさ』を見ていた。しかし、オーリンにも、仕事を続けるイーアンにも、また異なる視点の『細かさ』がある。こうしたことを知ると、その場にいる全員が同じように思った。
「話し合い。やはり、何度か必要だな」
ドルドレンの低い声が工房に落ちる。『それぞれの立場から、動きに必要と思うことを聞かねば』そう付け加えて、椅子に座った。4人は少しの間、各自が出来る範囲で、今日決定する準備を分けようと、相談する。
そうこうして、時刻は1時を過ぎ、20分頃。ドルドレンはイーアンに、そろそろ着工現場を見に行こうと促し、オーリンとミレイオに『仲良く待つように』お願いして、工房を出た。
オーリン。聞きたいことがある。『ミレイオも、もしかして。手伝いでも仲間でもないけど、同行』ぼそっと呟いてパンクをちらっと見る。瞼を半分下ろして蔑むように見てくる刺青パンクは、『そうよ』と答えた。
溜め息をつき『どうして何で』と思うものの、口にすると危険そうなので、オーリンは静かに頷くに留めた。そんな龍の民を見つめ、ミレイオは一言。
「イーアンに女友達が必要でしょ。私がいなきゃ困るじゃないの」
オーリンはもう、何も考えないことにした。女友達=オカマの構図が成り立っているらしい、と理解して、『そう』と呟いてこの話題を終える。これから面倒臭そう・・・・・ それだけは覚悟した。
裏庭口から出てすぐ、二人の目が一方に吸い寄せられる。人の話し声が耳に入ると共に、沢山の荷馬車が壁の近くにあり、建築場所の土を均している作業員の姿が見えた。
「ドルドレン。あれですね」
「そうだ。行こう」
二人は笑顔で現場へ向かう。工事をする業者の長が二人を見つけて、手を上げて招いた。『総長。始めます』大きな口のおじさんで、背はそれほど高くないものの体格が良く、日焼けした顔が笑っていた。
「総長の家だからね。手抜かりないように頑張るよ。そっちは奥さん?」
「宜しく頼む。彼女は俺の奥さんだ。イーアン、はい、ご挨拶」
ワンちゃんに挨拶させるような伴侶に、イーアンもちょっと笑って、会釈してご挨拶。おじさんも笑顔で頭を少し下げたが、瞬間、イーアンの角を見た目が、見開いて固まった。ドルドレンは気がついて、さっとイーアンの肩を抱き寄せる。咳払いして、おじさんが見上げる目を捉え、一言。
「彼女は。龍だ。聖なる存在。で、俺の奥さん。以上だ」
「へ。龍。聖なる。龍?え、人間じゃないのか?お話の中の生き物だと思ってたよ。本当?奥さんだろ。奥さんだよねぇ?」
なぜかイーアンに確認を求めるおじさん。イーアンは笑って頷き、『いつもはこんな感じです。一応、ちょっと龍の力があるだけです』と控え目に伝えた。おじさんはぽかーんとしていたが、ハッとして手をポンと打った。
「ああ!そうか。あんたか、北西の龍に乗る女。龍なのに、龍に乗るの?」
「そうですね。言われてみれば不思議な感じですが、その通りです。それで合っています」
笑ってしまうおじさんの反応に、イーアンは笑顔のままで肯定する。おじさんはとりあえず受け入れ出来たらしく、『へぇ』と感心しながら『角があると強そう』と誉めてくれた。
「そう。じゃ、龍の奥さんも住むんなら。総長、天窓作るか。空に出たりするんだろ、龍だし」
「え。天窓。予定外だが、それを言われると分からん。どうなの、イーアン」
「普通に外に歩いて出ますから、要らないような。あれば素敵だけど。使用はしないと思います」
ドルドレンに確認されて、イーアンは別に普通の家で良いと話した。
家の話をある程度、再確認後。二人はおじさんと作業員の皆さんに挨拶して、宜しくお願いして回る。
しかし、挨拶ごとに、横に並んでついて来たおじさんは『この奥さん。人間じゃないんだよ』と言いふらしたので、イーアンはドルドレンの腕にくっ付いて、恥ずかしそうに小さく頷いて『人間じゃないですけれど、無害です』と言い添えるのに忙しかった。
皆さんが驚いているので、総長は咳払いし、愛妻を『人間じゃない』と言わないよう、おじさんにきちんと注意する。『彼女は龍なのだ。人間じゃない、と言われると語弊があるだろう』困った顔で教えると、おじさんは『ああ、そうだね』とようやく気がついたらしかった。
そして二人は現場を離れ、工房へ戻る。ドルドレンは俯く愛妻を撫でて『気にしてはいけない』と慰めた。
「きっと。人間じゃない、そのことの方が、彼らには浸透します」
「どう人間じゃないのか、それを知る日が来たら、イーアンは人気者になるだろう」
そんな人気いりませんよ、とイーアンは苦笑い。ドルドレンも笑って『でも。本当なのだ。龍は人気があるよ』と教える。そんな話をしながら、工房へ入る二人。扉をくぐってすぐ、二人は少し驚いた。
「全員揃ったか」
エラそうな剣職人が、どかっと椅子に仰け反って座って迎えた。
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