616. ミレイオの芸術お皿ちゃんと制服希望
空の上で鉢合わせる、交通機関とは。
ミレイオもイーアンも、お互いの様子を見て空で止まって、笑い合う。『ミレイオ。これから伺おうと思って』イーアンは青い龍越しにそう言いながら、ミレイオの足元のお皿ちゃんを見て、ぱっと笑顔になる。ミレイオも嬉しそうにすーっと寄ってきて、イーアンの側に立つ。
「私もこれから。ドルドレンに、これ頂戴って言いに行くところだったわ」
笑みを浮かべるミレイオに、イーアンはちょっと抱き寄せられて、頭にキスをされる。『こんな形で会うなんてね。生きてて初よ』と笑う刺青パンクに、イーアンも大きく頷く。
「今日。お昼にならないとドルドレンは戻らないのです。彼は本部へ出かけていて」
「あら。そうなの?じゃ、どうしようか。あんたの工房でも良いんだけど。って、うちのほうが近いか」
振り向くミレイオ。まだイオライセオダを通過したばかり。後方に町が見える。『どうする?うち来る?』時間が早いでしょ、とミレイオに言われ、イーアンもそう思う。
「良いわよ。支部に行ってもいないなら、それまでうちでも。そうするか」
おいで・・・ミレイオに促されて、イーアンはミレイオの家に向かった。完成のお皿ちゃんを早く見たいイーアン。横を飛ぶミレイオの足元をずっと見つめていると、視線に振り向くパンクが吹き出した。
「分かるから。あんたの気配が最近強くて、顔見なくても分かる」
家に着いたらじっくり見てということで、イーアンはちょっと恥ずかしい気持ちで、到着するまで我慢。と思ったら、近かったので、5分程度でミレイオの家に着いた。
ミンティンを降ろし、一旦空へ戻した。ミレイオはイーアンの背中から胴体に両腕を回し、『飛ぶよ』と微笑んで、二人はお皿ちゃんで家まで上がる。
家に入れてもらって、ミレイオは長椅子の部屋へイーアンを連れて行き、座らせた。手に持ったお皿ちゃんをちらちら見ているイーアンに、手渡す。
「どうぞ」
「まぁ・・・・・ 素晴らしい」
イーアンは見てすぐに、涙が溢れる。この人、天才なんだろうか、と感じる美しい彫刻が、お皿ちゃんを包んでいた。
笑みを浮かべているのに、涙が伝うイーアンの頬に、ミレイオはちょっと驚きながらも満足。純粋に感動する心を持つ、彼女の感覚に嬉しく思う。『そんなふうに見てもらえて、幸せよ』涙を拭ってやり、ミレイオは囁いた。
ミレイオの彫刻は、大胆で立体的な構図が広い面を中心に彫られ、周囲に鏤められた植物や動物の模様が、一つ一つに意味を持たせる、繋がる物語を見せていた。
表面に雲を抜ける大きな龍は、人の姿と龍の姿が混ざり合う。その龍は腕を伸ばし、地上の亀裂を突き破る、地下の住人の腕と絡み合っていた。
地下の住人は人の姿を半分持ちながらも、巨大な馬の足と体が続く。両腕を繋ぐその間に、一人の人間が包まれていて、上下を対象に中央の人間は小さく彫られていた。
裏面には円心状に、外側に空と雲と太陽と月と星、その下に地上と海、中心に地下の国があった。全てに美しい鳥が舞い、緩やかな蔓が3つの世界を繋ぐ曲線を滑らせている。
イーアンは感動。ひたすら感動して涙を落とす。
「私は。あなたに会えて本当に嬉しい。こんな素晴らしい芸術を見るとは。何て運が良いのか」
お皿ちゃんを見つめ、それから製作者のミレイオに顔を上げてニッコリ笑うイーアン。ミレイオもニッコリ笑って、両腕を広げる。イーアンはお皿ちゃんを膝に乗せ、横に座るミレイオに満面の笑みで抱きついた。ミレイオもしっかり抱き締めて、くるくるした螺旋の髪に頬ずりする。
「私の想いが入ったわ。あんたはそれを最初に見た人で、心から私の想いに共感して泣いたのね」
ミレイオはイーアンの顔を起こして、鳶色の瞳を見つめてから、その濡れた頬に自分の頬を付けて温めた。『美に感動して泣く人に見てもらえて、本当に幸せ』有難うと、頭を撫でながらお礼を言う。
それからイーアンの体をちょっと抱え直し、片腕に抱き寄せたまま、お皿ちゃんの説明をした。イーアンはそれをじっくり聴いた。
龍は、イーアンでもあり、男龍でもある。ミレイオはそう指差す。女の体をしていない龍なのに、どこか女の線を持っているのは、あんたと男龍に、龍という存在の融合を見たからだと教えた。
そして地下の住人を指差し、これは自分も含む地下の住人の姿で、馬の体は、地下の住人の象徴を表したことを説明する。自分たちは操る力と欲する思いを永遠に授かる運命で、それは駆け抜ける力強さと野性の具現で見せた。
腕の中に入る、赤子のように体を丸くした人間は『ドルドレンよ』とミレイオは微笑んだ。人間は龍の強さも地下の住人の強さもない。だけど両者を繋ぐ、偉大な弱き者として成長を続けると示した。
「裏はちょっとほら、離して見ると。分かるかな」
「あ。太陽?ん、違う。車輪」
そう、ニコッと笑うミレイオ。『太陽の民でしょ。ドルドレンは。私たち全ての世界を繋ぐのは、自由な空飛ぶ翼の鳥と、地下に根を張りながら空を目指す蔓よ。これが輻なの。私たちは一つよ』刺青だらけの指が差す彫刻が、イーアンにはたまらなく崇高で、涙が止まらない。
もう一度抱きついて、涙まみれになるミレイオに謝りながら『感動した。素晴らしい。あなたは最高だ!』と言い続けた。ミレイオも嬉しいので、抱きかかえて撫でながら『鼻水付けても平気』と笑って言っておいた。
一頻り、イーアンが感動を終えて落ち着いた頃。目も鼻も赤くなっているので、ミレイオは笑う。それから冷たい水で絞った布を持ってきて、『何事かと思われるから』とイーアンに渡した。
「お手数かけます」
申し訳ないと謝って、イーアンは冷たい布を顔に当てて、ぼてっとした目鼻を冷やす。そんなイーアンを見ながら、ミレイオはお茶を出して、一口飲み、お皿ちゃんを見つめる。
「どうだろうね。ドルドレン。これ、私にくれるかしら」
「勿論です。あなたのものです。これを作ったあなたしか、これを乗ってはいけない」
ぼてっとした瞼で、真面目な顔をして言うイーアンに笑い、『有難う』とお礼を言うミレイオは、ぷくっとしたイーアンの頬を撫でる(※泣けば泣くほど顔が腫れるイーアン)。もうちょっと冷やすように言って、咳払いし、改めて自分の作品に微笑む。
「うん。良い出来よ。私が乗らなくなったら、誰か・・・これを理解する人が乗るでしょう。でも、それまでは、私が使いたいわ。私にはこれを使う用があるのよ」
イーアンはその言葉を聞いて、空で聞いた話をしようと決める。本当は、ドルドレンから言われた方が良いかなと思っていたが、この場で自分が言うのも変わらないと気が付いて、ミレイオに向き直る。
「私は一昨日。空へ行って、あなたのことを伝えました。同行する人の有無を聞いたのです」
「あら。そうなの?どうだった?」
「はい。ミレイオは同行されても問題ありません。理由は、旅の意味の本質を補助する分には、誰が加わっても問題ないからだそうです。旅の邪魔や、旅を遠のかせるような動きをされなければ良い、と。ルガルバンダが言いました」
「えっ ルガルバンダが?私が一緒で良いって?」
目つきが変わるミレイオに、イーアンはがっちり頷く。『そうです。ルガルバンダは、問題ないと言いました』はっきり言い切ると、ミレイオはいろんな意味で感激していた。
それから、イーアンはお昼近くまでミレイオと話した。話の流れ上、勇者の話も出たが、それについては控え目に伝えた。それでもミレイオは呆れていた。
「その人。何で勇者だったの」
「それは分かりません。精霊の都合だと思います」
「ねぇ。あんた、ホントにドルドレンで良かったわね。そんなやつじゃ、あんたが可哀相・・・む、その前に、あんたが耐えられないで犯罪を犯しかねない」
「タンクラッドもそう言いました。私は助かったのかも、と。とにかく、ドルドレンに人生最高の感謝を捧げるだけです」
そうねー・・・ミレイオも何も言葉が出てこない様子で、ちょっと頭を掻いて首を傾げ『そんなヤツで務まる仕事って(=勇者業)』と心底、疑問そうだった。イーアンも同感なので、特に何も言わず、ミレイオの言葉に黙って相槌を打つだけ。
「そろそろ行こうか。もう11時。ドルドレンはお昼前に戻るんでしょ?」
「その予定です。本部で会議なので、幾らか長引く可能性はありますが、午後は別の用事が支部にあるので」
あの子も偉い立ち場なのよね~ ミレイオは意外そうに笑って『馬車の民が規則だらけの騎士の、それも総長』珍しいと言いながら、お皿ちゃんを持って外へ出る。
イーアンも外へ出てミンティンを呼び、下までミレイオに連れて行ってもらって、そのまま龍の背中に乗せてもらった。
「私は折角だから、お皿ちゃんで行くわ」
「とても格好良いです。ロゼールもサマになっていましたが、ミレイオが乗ると迫力が違う」
「どんな迫力よ」
アハハハと笑って、二人は北西の支部へ出発した。ミレイオのお皿ちゃん固定ベルトは、お皿ちゃん本体からも着脱可能の機能性。そして一旦取り付ければ、乗り手の足首から下を、がっちり固定する優れもの。
イーアンはそのベルトを見て、ロゼールにもこのくらい、しっかりしたオプションを作ってあげたかった、と反省(※ロゼお皿ちゃんは、簡易ベルト)。
それを話すと、ミレイオは、後で型紙を取れば良いと言ってくれた。『どうせ。お皿ちゃん大量に出回らないもの。良いわよ』今後、お皿ちゃんが3つ越えて発見されたら、その時に型紙代をもらうわと言うので、イーアンもそれをお願いした。
北西支部について、ミレイオは少し大人しかった。具合が悪いかと思って訊いてみたら、『違う。寒かっただけ』と答えた。
「意外と冷えるのね。もう春だから平気かなって思ったけど」
ちょっと腕を擦っているミレイオを、イーアンはすぐに工房へ連れて行って、暖炉の側に座らせる。『お茶を淹れましょう』火から下ろしていた鍋をかけて、ぬるま湯だからすぐ温まると伝えた。
「ありがとう。帰り、ちょっと上着借りるわ。私があんたにあげた上着、ここにある?」
「あります。ちょっと待っていて下さい」
イーアンは寝室へ取りに行き、頂戴した上着を手に持って戻った。工房へ戻ると、ミレイオはよほど冷えたのか、暖炉に手をかざしていた。
「年だからかしらね。いやぁね」
苦笑いのミレイオに、イーアンは赤い毛皮の上着を引っ張り出す。暇な時にアティクに手入れをしてもらい、幾らか綺麗になった赤い毛皮。乾かしたまま、工房にかけておいたので、それをミレイオの背中にかけた。
「あ。綺麗ね。ベッドの毛皮と同じじゃない」
「私が最初に作った上着なのです。ミレイオには小さいですが、肩に掛けている分には温かいから」
ミレイオは肩幅があるので、袖を通すときついだろうと思うと話すと、上着を両手に持って、くるくる、表と背を交互に眺めたミレイオは、自分の着ていた上着を脱いでから、赤い毛皮にさっと袖を通した。
「あら。着れる。ミレイオ、きつくありませんか」
「大丈夫だと思う。先の上着の上からだと窮屈だろうけど。これ、あんたに少し大きいでしょう。直になら、そんなにきつく感じないわよ。毛皮だから、やっぱり暖かいねぇ」
気に入った様子のミレイオに、イーアンは状態解説。随分、戦闘で傷めつけたから、毛が禿げている部分もあると指差すと、ミレイオは裾を引いて上着の損傷を確認し『平気、平気。ちょっとじゃない。こんなの気にならない』と微笑んだ。
「これ。借りて良い?私これなら、家に戻る時、寒くないかも」
「どうぞ。着てお戻り下さい。お腹は冷えませんか。魔物の鱗で良ければベストもあります」
見たい、着たい、と笑顔を向けられて、イーアンはそれも寝室へ取りに走り、マブスパールのヘビの魔物で作ったベストを持って帰って、刺青パンクに差し出した。
ミレイオはベストも着用。大きめに作って、背の腰で絞るベルトを付けたので、ミレイオの逆三角形の体にもおかしくなかった。『腰が細いですね』イーアンはミレイオのスタイルの良さを誉める。『そう。私、鍛えても体が大きくならないの』これが限界かも、とミレイオは言いながら、ベストの上に毛皮を羽織った。
「やだ。カッコイイわよ。似合うと思わない?」
もはやファッション・ショー。ミレイオは暖炉のある部屋で復活して、一度上半身裸になる。見たことあるので、イーアンはそっとしておく。
それから裸にベスト⇒その上に赤い毛皮上着を着用。『どう?どう思う』鏡、大きいのないんだけどと、ノリノリミレイオは、什器不十分にケチまでつけ始める。
笑うイーアンは、全身用の鏡がなくて申し訳ない、と謝って、とてもカッコ良いことを伝えた。
「あんた用のベストだから、少し丈が短いじゃない?でもそれが良い感じ。私、ズボンって腰骨ギリギリで作るから、この線が見えると魅力的。そうじゃない?」
そう思う、と力強く同意するイーアン。ミレイオは服装にお洒落な方。この方のセンスに従う、と決めているので、自由にしてもらう。
ミレイオはさらにヒートアップする。イーアン工房に、魔物の他の材料はないのかと訊いてきたので、地下室から、魔物の牙や爪を持ってくると、案の定、欲しがった。
「凄いんだけど。よく集めたわねぇ。しょっちゅう倒してるから、当たり前か。
これ、買うから、譲ってくれる?良い?これでいろいろ出来るじゃない。装飾品とか」
そしてミレイオ、棚に置かれた、龍の皮の親方上着を目ざとく発見。『あれ何』ちらっとイーアンの服を見て指差し、それか、と訊ねられた。もう逃げられる気がしないので、イーアンは親方上着を出す。
これはタンクラッドの注文で、ルガルバンダが彼の為に龍の皮を渡したから、自分が作ることになったと話すと。
「えええっ ルガルバンダがっ 生意気よ、タンクラッドなんかに勿体ないわよ!」
激しく苛立つ刺青パンクは、毛皮上着を一瞬で脱ぎ『貸しなさい!』と引っ手繰って、ばさーっと広げ、了承も何もない状態でそれを羽織った。イーアンびっくり。ミレイオの刺青とピアスと鱗の着物は、恐ろしくドラマチック!!
うっへ~~~ イリーガルにカッチョエエ~~っ!!
なかなか、見ようと思っても見れない姿だ、と誉めると、ミレイオは仰け反って自慢。『でしょう?私何でも似合っちゃうのよ』と腰に手を当てて、嬉しそうだった。
「しかし悔しいわね。タンクラッドがこれを着るのか。あんた、お揃いじゃないのさ。ドルドレンは良いの?」
その話も先日したばかり、とイーアンは打ち明ける。伴侶にも作ることにした矢先、シャンガマックもフォラヴもザッカリアも、これを欲しいと言うので恐らく彼らにも作ると言うと、ミレイオは、うんと頷く。
「そうね。何か強そうだもの、これ。イーアン。あんた、私にも作りなさい」
「えっ。ミレイオもお揃い希望ですか。全員これってどうなんでしょう」
「嫌なの?良いじゃないの、龍の皮って結構ありそうな感じだし。ほら。空、龍だらけって最近知ったから。そうでしょ」
「そう。そうですね。意外にも入手しやすいと知りましたが。しかし、こればかりは上で聞いてからでないと」
あ~・・・ミレイオもそれは理解した様子。『分かった。じゃ、前向きに話を進めておいで』命令を授かるイーアン。旅の全員が、龍の皮で、着物・・・・・ それ。それじゃ部隊だよ、と思うイーアン。制服が多数決で、これって。
最後に、トドメのようにミレイオは棚の上を見上げ、素っ頓狂な声を出してイーアンの背中を押した。
「あれ!あれ取って!見せなさい!何よ、あんなの作って。早く教えなさいよ」
イーアンは諦めた。自分の仕事が山積みになると覚悟する。早くしろ、とミレイオに腰を掴まれ、持ち上げられて、棚の一番上に置いて隠しておいた龍のマスクを取り、それを見せることになった。
お読み頂き有難うございます。
明日は仕事の都合により、朝夕2回の投稿です。お昼の投稿がありません。いつもお立ち寄り頂けることに、心から感謝して。どうぞ、良い週末をお過ごし下さい。




